第四話 市中見回り
新撰組の機能を一言で表すなら、警察プラス公安だろう。
この時期の京都は混沌としていた。
同年八月十八日、つまり芹沢鴨暗殺のほぼ一ヶ月前だが、この日、倒幕派の長州藩が京都から追放されている。
追放したのは会津藩だが、裏で働きかけたのは孝明天皇だった。
急進派の公家と組む長州藩を危惧したことが理由である。
必ずしも天皇と公家が一枚岩ではなかったということだ。
海外からの圧力を背景に、誰が誰と組み政権を手にするか。
その只中にあった土地が京都であった。
新撰組が京都で起用されたのも、こうした事態に対応させるためである。
無論、歳三はそれをわきまえている。
"長州が追放されたとはいえ、まったく影響力が無くなったわけじゃない"
壬生寺を出てから、歳三は東の空を仰いだ。
京の町並みによって、ここからは見えない。
だが都のやや東側、鴨川の近くに長州藩の屋敷があるのだ。
幕府方である新撰組から見れば敵以外の何者でもない。
"ま、それはさておきだ"
今は自分達自身に集中することが肝要だ。
ちらりと振り返る。
六人の隊士達が顔を引き締めた。
鬼の副長の名は無形の圧力がある。
「諸君」と歳三は低く言った。
「昨日告げた通り、市中見回りを開始する。民草の平穏な生活を脅かす者は我々が取り締まる。ゆめゆめ怠るな」
了承の声は即時。
一つ頷き、歳三は歩き始めた。
隊士達が続く。
見回りといってもただ歩くだけではない。
気をつけるべき点が幾つかある。
−−店先に立つ者に適度に挨拶しろ。
町の人々との間に距離を作るな。
親近感を感じられない相手には、人は有事の際に協力してくれない。
−−ただ歩いているだけでは木偶と同じだ。
風景を覚えるように。
昨日と同じか、それとも違う点があるか。
些細な違いが異常の発見に繋がるかもしれないから。
−−背筋を伸ばし、視線を左右に配れ。
市中見回りが機能していると思わせろ。
本当の安全とは事件を未然に防ぐことだ。
悪心抱く者を怯えさせれば、そもそも事件など起きない。
可能な限り具体的に。
根気よく説きつつ、自ら動いて。
歳三は隊士達と視線を同じ高さに保った。
上手くやる必要はある。
だが最初から上手い人間などいない。
いかに要領よく、効率よく行うか。
その為には手本は絶対に必要である。
「諸君らの見回り一つで、京の治安は保たれる。私が教えたことを肝に銘じて、任務にあたってほしい」
歳三が激を飛ばす。
副長自らここまで親身になってくれている。
その事実に新参隊士達の士気は上がった。
その日一日だけでも効果はあった。
だが、歳三の狙いは他にある。
夕餉の席で沖田相手に話すことにした。
「むしろそちらの方が重要なんだがね」
「土方さんは欲張りだなあ。何を狙っているのやら」
沖田は微笑した。
魚の骨を気にしながら、歳三の返事を待っている。
「俺が狙っているものはお前も知っての通りさ。この間話しただろう」
「ああ、士分とか本当の武士の姿ってやつですね」
「そうだ。お前みたいに自然と出来ているやつもいるけれどな」
「へえ、土方さんに褒められると怖いですね。裏がありそうで」
穏やかな表情のまま、沖田は箸を進めた。
「この西京焼きって料理は美味しいですね。江戸じゃ食べられない」とのたまう。
歳三はちょっと憮然とした。
「俺はあんまり好きじゃないな。魚は江戸の方が美味いと思うよ」
「食べ物にうるさいと苦労しますよ。ところで市中見回りと士道がどう関係するんですか? 教えてくださいよ」
「ふん、そんなもん決まってるだろう」
歳三は汁物の椀を手に取った。
澄まし汁は舌に合うのか、文句を言うことも無い。
「……実際に刀を抜く場面に遭遇してこそだよ、士道の本領ってのはな」
「なるほど、やっぱり」
そこで沖田は言葉を止めた。
水菜の漬物を口にする。
しゃくりとした歯応えの後。
「土方さんは怖い人だな。事件に出会うまで引きずり回す気ですか」
返事は無かった。
それでも沖田は満足だった。
「それぐらいしなきゃ駄目ですよね」と笑った。
「見ていれば分かるさ」
それだけ言って歳三はまた吸い物に口をつけた。
新撰組の市中見回りは、概ね京都郊外である。
時には京都守護職である会津藩と被ることもある。
だが、何となく分担はされている。
特に天皇の住まいである御所付近は、やはり会津藩の担当している。
不文律と言ってもいい。
そのため、歳三率いる見回り組も郊外を中心に歩いていた。
「よし、西大路通を南に下ろう。今日はそこで終わりだ」
見回りを開始して三日目の夕刻だった。
歳三は隊士達に指示を出した。
ほぼ一日中歩き詰めだったためだろう。
全員が煤けた顔をしている。
応じる返事にも疲労の色があった。
"こういう時にこそ真価が問われるもんだ"
何が、とは言うまでもない。
武士としての真価である。
歳三の願いが通じたのだろうか。
西大路通と御池通が交差する辻で、騒動に巻き込まれた。
「何だ?」
「前方が騒がしいな」
隊士達がざわめく。
人々のどよめきがこちらまで伝わってくる。
そのどよめき収まらぬ中、悲鳴が黄昏を引き裂いた。
「盗っ人、盗っ人ー! 誰か捕まえてぇー!」