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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第四話 市中見回り

 新撰組の機能を一言で表すなら、警察プラス公安だろう。

 この時期の京都は混沌としていた。

 同年八月十八日、つまり芹沢鴨暗殺のほぼ一ヶ月前だが、この日、倒幕派の長州藩が京都から追放されている。

 追放したのは会津藩だが、裏で働きかけたのは孝明天皇だった。

 急進派の公家と組む長州藩を危惧したことが理由である。

 必ずしも天皇と公家が一枚岩ではなかったということだ。

 

 海外からの圧力を背景に、誰が誰と組み政権を手にするか。

 その只中にあった土地が京都であった。

 新撰組が京都で起用されたのも、こうした事態に対応させるためである。

 無論、歳三はそれをわきまえている。


 "長州が追放されたとはいえ、まったく影響力が無くなったわけじゃない"


 壬生寺を出てから、歳三は東の空を仰いだ。

 京の町並みによって、ここからは見えない。

 だが都のやや東側、鴨川の近くに長州藩の屋敷があるのだ。

 幕府方である新撰組から見れば敵以外の何者でもない。


 "ま、それはさておきだ"


 今は自分達自身に集中することが肝要だ。

 ちらりと振り返る。

 六人の隊士達が顔を引き締めた。

 鬼の副長の名は無形の圧力がある。

「諸君」と歳三は低く言った。


「昨日告げた通り、市中見回りを開始する。民草の平穏な生活を脅かす者は我々が取り締まる。ゆめゆめ怠るな」


 了承の声は即時。

 一つ頷き、歳三は歩き始めた。

 隊士達が続く。

 見回りといってもただ歩くだけではない。

 気をつけるべき点が幾つかある。


 −−店先に立つ者に適度に挨拶しろ。

 町の人々との間に距離を作るな。

 親近感を感じられない相手には、人は有事の際に協力してくれない。


 −−ただ歩いているだけでは木偶と同じだ。

 風景を覚えるように。

 昨日と同じか、それとも違う点があるか。

 些細な違いが異常の発見に繋がるかもしれないから。


 −−背筋を伸ばし、視線を左右に配れ。

 市中見回りが機能していると思わせろ。

 本当の安全とは事件を未然に防ぐことだ。

 悪心抱く者を怯えさせれば、そもそも事件など起きない。


 可能な限り具体的に。

 根気よく説きつつ、自ら動いて。  

 歳三は隊士達と視線を同じ高さに保った。

 上手くやる必要はある。

 だが最初から上手い人間などいない。

 いかに要領よく、効率よく行うか。

 その為には手本は絶対に必要である。


「諸君らの見回り一つで、京の治安は保たれる。私が教えたことを肝に銘じて、任務にあたってほしい」


 歳三が激を飛ばす。

 副長自らここまで親身になってくれている。

 その事実に新参隊士達の士気は上がった。

 その日一日だけでも効果はあった。

 だが、歳三の狙いは他にある。

 夕餉の席で沖田相手に話すことにした。


「むしろそちらの方が重要なんだがね」


「土方さんは欲張りだなあ。何を狙っているのやら」


 沖田は微笑した。

 魚の骨を気にしながら、歳三の返事を待っている。


「俺が狙っているものはお前も知っての通りさ。この間話しただろう」


「ああ、士分とか本当の武士の姿ってやつですね」


「そうだ。お前みたいに自然と出来ているやつもいるけれどな」


「へえ、土方さんに褒められると怖いですね。裏がありそうで」


 穏やかな表情のまま、沖田は箸を進めた。

「この西京焼きって料理は美味しいですね。江戸じゃ食べられない」とのたまう。

 歳三はちょっと憮然とした。


「俺はあんまり好きじゃないな。魚は江戸の方が美味いと思うよ」


「食べ物にうるさいと苦労しますよ。ところで市中見回りと士道がどう関係するんですか? 教えてくださいよ」


「ふん、そんなもん決まってるだろう」


 歳三は汁物の椀を手に取った。

 澄まし汁は舌に合うのか、文句を言うことも無い。


「……実際に刀を抜く場面に遭遇してこそだよ、士道の本領ってのはな」


「なるほど、やっぱり」


 そこで沖田は言葉を止めた。

 水菜の漬物を口にする。

 しゃくりとした歯応えの後。


「土方さんは怖い人だな。事件に出会うまで引きずり回す気ですか」


 返事は無かった。

 それでも沖田は満足だった。

「それぐらいしなきゃ駄目ですよね」と笑った。


「見ていれば分かるさ」


 それだけ言って歳三はまた吸い物に口をつけた。



 新撰組の市中見回りは、概ね京都郊外である。

 時には京都守護職である会津藩と被ることもある。

 だが、何となく分担はされている。

 特に天皇の住まいである御所付近は、やはり会津藩の担当している。

 不文律と言ってもいい。

 そのため、歳三率いる見回り組も郊外を中心に歩いていた。


「よし、西大路通を南に下ろう。今日はそこで終わりだ」


 見回りを開始して三日目の夕刻だった。

 歳三は隊士達に指示を出した。

 ほぼ一日中歩き詰めだったためだろう。

 全員が煤けた顔をしている。

 応じる返事にも疲労の色があった。


 "こういう時にこそ真価が問われるもんだ"


 何が、とは言うまでもない。

 武士としての真価である。

 歳三の願いが通じたのだろうか。

 西大路通と御池通が交差する辻で、騒動に巻き込まれた。


「何だ?」


「前方が騒がしいな」


 隊士達がざわめく。

 人々のどよめきがこちらまで伝わってくる。

 そのどよめき収まらぬ中、悲鳴が黄昏を引き裂いた。


「盗っ人、盗っ人ー! 誰か捕まえてぇー!」

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