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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第三話 隊士抜擢

 新撰組の屯所は京都の南西にある。

 居住しているのが八木邸である。

 その近くに壬生寺という寺がある。

 この壬生寺の敷地を隊士の詰め所として使わせてもらっている。

 付近の住民から畏怖を込めて"壬生狼"と呼ばれる理由である。

 その壬生寺の境内で二人の男が向かい合っていた。

 一人は歳三。そしてもう一人は。


「壬生狼と呼ばれるのは別にいい。侮られるよりはましだ。けれどさ、副長。けして評判がいいわけじゃあないよな」


 渋い顔で男が口を開いた。

 きりりと結んだ口元に厳しさが漂う。


「永倉君の言う通りだ。そこらの破落戸(ごろつき)と大して変わらないと思われている」


 歳三はむっつりと答えた。

 男−−永倉新八は「ふぅむ。仕事に支障が出るほどには嫌われたくないもんだ」とため息をつく。

 永倉は神道無念流免許皆伝の剣客にして、二番隊組長である。

 それほどの者でも周囲の評判は気になる。


 "無理もないか"


 歳三は同情した。

 新撰組の任務は大きく分けて平時の市中見回り、及び反幕府活動を働く不逞浪士摘発の二つである。

 町人に嫌われていては市中見回りなど出来ない。

 事情聴取や捕物の際、町人の協力は不可欠だからだ。


「新撰組の評判を立て直さなくてはならん。その点については百も承知だ」


「何かいい方法でもあるのかい?」


「案はある。永倉君、手を貸してくれないか。最近入隊した隊士を集めてくれ」


「分かった」


 特に理由を聞かずに永倉は了承した。

 歳三と何から何まで馬が合う訳ではない。

 だが副長としての能力は信用に足る。

 それ故にである。


 数分後、歳三の前には六人の隊士が整列させられた。

 皆、緊張を隠せない。

 その隊士達の顔を一瞥し、歳三は口を開いた。


「諸君らが入隊してまだ日が浅いことは承知している。隊の規律を教えこむ時間も取れず、私自身責任を感じている」


 思わぬ言葉にその場の全員が動揺した。

 永倉も腰を浮かしかけたほどである。

 構わず歳三は言い続ける。

 場に応じて俺と私を使い分けることは、副長に就いてから覚えた。


「それ故、私自身が市内巡回の任務を諸君らと行いたい。期間は明日より三日とする。新撰組のあり方について任務を通して伝えたいと思う」


 歳三は平然としているが、隊士達はそれどころではない。

 副長自らが新参の隊士を率いるなど考えられぬことである。

 歳三がその場を去った後、彼らは顔を見合わせた。

 ある者はこれは試験ではないかと言う。

 またある者は巡回の折に落伍者を粛清するのではないかと恐れた。

 それだけ土方歳三の存在は重かったのだ。

 また彼らだけではなく、永倉も歳三の真意を測りかねていた。

 追いつき、短く問うた。


「副長、いやさ、土方さん。どういうつもりだい」


 永倉は元々試衛館の食客である。

 同門では無いが付き合いは長い。

 故に名字で呼ぶこともある。


「何がだね、永倉君」


 歳三の返事は短い。

 じろりとその大きな目を永倉へと走らせた。

 くっきりとした二重瞼が役者のようだと女には受けがいい。

 だが任務遂行時には冷たい光を放つ目だ。

 今もまた、底光りしている。


「平時の市中見回りとはいえ、不意の事件が無いとは限らん。何か考えがあるんだろうが腕の立つ奴を連れて行った方がいい。沖田なり山南さんなり」


「いらんよ。副長の責任を以て、彼らを一人前にするためだ。全員の無事も含めてな。近藤さんの了承も得ている」


 一番隊組長の沖田も、自分と同じ副長である山南敬助もそれぞれの任務がある。

 それ以上に、歳三には彼の思惑があった。

 多少の危険はむしろ望むところである。

「しかし」と永倉は食い下がろうとしたが、そこまでだった。

 歳三の意向を尊重したのだろう。


「分かった。副長はあなただ。これ以上は言うまい」


「感謝する」


 一礼して歳三はその場を去った。


******


 夜が明けるとすぐ、壬生の屯所は活動を始める。

 四十名ほどの隊士が集まり、それぞれの任務に就く。

 もう少し数が欲しいため、江戸で隊士募集の活動はしている。

 だが、それがどの程度の増加になるかは今は分からない。

 歳三としては現有戦力の強化に打ち込む他は無い。


 "俺が新撰組を作る"


 井戸水で顔を洗う。

 清冽な冷たさに、ぶるりと身を震わせた。

 朝の冷気が戦意を研ぎ澄ましてくれる。


 "そのためにここにいるのだ"


 元は関東は多摩地方の農民に過ぎない。

 近藤勇も同じである。

 天然理心流を学んでいたからこそ、浪士隊に取り立てられた。

 京の都の土を踏むことも無かっただろう。


 "ここからだ"


 常々抱く思いを一際強く噛み締めた。

 部屋に戻り、寝間着から隊服に着替える。

 白襦袢の上に生成りの麻の着物。

 その上から最後に浅葱色の陣羽織を羽織る。

 袖のだんだら模様は目立つが、名を売る意味では悪くない。

 下は細い縦縞模様の袴である。

 着替え終えた後、歳三は刀を腰に挿した。

 会津公より拝領した銘刀、和泉守兼定である。

 黒皮で巻かれた柄に触れた。

 しっくりと手に馴染み、安心感がある。


「よし、行くか」


 誰にも聞こえぬ小声で、自らに気合を入れた。

 新参隊士達との市中見回りが己を待ち受けている。

 気を抜けるはずもなかった。

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[良い点] 鬼の副長の行くところ 血風の吹き荒れる
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