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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第二十一話 覚えが無いのに

「人斬り半次郎って薩摩の中村半次郎のことかね」


「ええ。この噂ご存知でしたか?」


「いや、まったく。初耳だな」


 歳三は憮然とした面持ちである。

 長州ならともかく薩摩に恨まれる覚えは無い。

 だが中村半次郎の名は知っている。

 薩摩藩に仕えている居合いの達人。

 猛攻を以て鳴る薬丸自顕流の第一人者だ。

 幕末の京都で最も有名な剣客の一人と言っていい。

 人斬りという物騒な二つ名からも、その剣腕と性格が知れる。


「ただの噂にしちゃきな臭いな。面倒くさい」


「俺もちらっと聞いただけなんですがね。隊士の間では町人の間でちょいちょい聞くとのことですよ」


「中村が私を殺して何か得することがあるのだろうか」


 不可解である。

 新撰組は薩摩藩とは特に仲は悪くない。

 そもそも薩摩藩はこの頃は幕府方である。

 世にいう薩長同盟が成立するのは慶応二年(西暦1866年)の一月だ。

 無論、歳三はそんな将来のことは分からないのだが。


 "もし、中村に動機があるとすれば"


 新撰組と中村半次郎に直接の接点は無い。

 だが共通点はある。

 人斬りの一語だ。

 京都に降る血の雨の幾ばくかは両者の手によるものだ。

 歳三は中村に思うことはない。

 だが、向こうはあるのかもしれない。

 

 ここからは完全に想像だ。

 もし中村に動機があるとすれば。

 人斬りとしてどちらが上なのかを知りたいのか。

 新撰組に自分の標的を奪われたのか。

 あるいは新撰組を潰し、自分の売名を行いたいのか。


「どちらにしても面白い話ではないな。顔も知らぬ相手に狙われているというのは」


「鬼の副長でもですか」


「当たり前だ。こちらに落ち度も覚えも無いのにつけ狙われてはたまらん」


「では誰かの依頼によるとか」


 永倉が指摘する。

 歳三もその可能性は考えた。

 自分を恨む相手が中村に暗殺を依頼する。

 無いことでは無いかもしれない。

 だが、それなら町中に噂など流すまい。

 暗殺の標的が警戒心を強めるだけだ。


「ただの流言飛語さ。馬鹿馬鹿しい」


「ですな。そもそも副長に恨みを抱く者など、星の数ほどいるでしょうし」


「……ま、まあ、そうだな」


 自覚はしているが身内に言われると刺さる。

 苦い顔をしながら、歳三は竹刀を片付けた。

 くだらない噂は頭の隅へと追いやって、この件はお終い。

 そのはずであった。

 だが歳三の思惑は見事に外れた。


******


 年が明け元号は慶応へと変わった(西暦1865年)。

 京都で迎える正月も二度目であり、つつがなく過ぎた。

 動乱の時期とはいえ、年末年始くらいは静かなものである。

 幕府方であれ勤王方であれ、このあたりは不文律が成立していた。

 それでも初七日を過ぎると、徐々に動きが出てきた。

 否応なく日常へと引き戻されていく。


「寒いものだね、京都の冬は」


「まったくです。江戸より寒い気がする」


「うん、僕も同感だ。京都は山に囲まれているからかな」


 山南敬助は相好を崩した。

 穏やかな表情である。

 部屋には歳三と山南しかいない。

 新撰組のことを山南と話すなど久しぶりであった。

 挨拶がてら自分から本題を切り出した。


「実は屯所を移すことにしました。局長以下には話を通しています。会津藩も了承済みです」


 暗に山南には意思決定権は無いと告げた。

 屈辱的な事後通達である。

 だが山南は表情を変えなかった。

 ただ「そうかい」と言っただけだ。


「ええ。場所は西本願寺を予定している。順調に行けばこの春に移転します」


「ここから遠くないしね。分かった、わざわざ教えてくれてありがとう」


 棘も険も無い言い方だった。

 山南の様子に安堵しつつも、歳三は若干残念ではあった。

 新撰組発足直後は彼にも血気盛んな部分があった。

 だが負傷をきっかけに牙も抜かれてしまったのか。

 しかし今更ではある。

「いえ、それでは」と言い残し立ち上がった時だ。


「そういえば土方君。君、薩摩藩に恨みでもあるのかい」


「いえ? 特に何も」 


 何故そのような−−と視線だけで山南に問う。

 問われた方は座ったまま、背筋を伸ばした。


「土方歳三が中村半次郎を殺りたがっているというもっぱらの噂だよ」


「馬鹿な」


「いや、僕もそんなことはあるまいと思ったんだけどね。土方君のことだから何か企んでいるのかもとさ」


「俺がわざわざ人斬り半次郎を殺ってどうするんだ」


 苛立ちが語調を荒らげさせる。


「去年は去年でおかしな噂が立っていると聞いた。中村半次郎が俺を狙っているとな。年が明ければその逆か」


「ふむ。つまりね、土方君。お互いがお互いを意識しているということになる。二人ともその筋では有名だ。根も葉も無い噂でも面白がる人もいるだろうね」


「巻き込まれるこちらは迷惑千万だ」


 山南にあたっても仕方がない。

 けれど歳三は吐き捨てた。

 中村半次郎も迷惑しているに違いない。

「ま、あまり気にしないことだよ。人の噂も七十五日というからね」と山南は言ってくれた。

 おかげで冷静さを取り戻した。


「すみません、取り乱しました」


 考えてみればこれ以上ここには用は無い。

 歳三は山南の部屋を辞去した。

 山南はぽつねんと座ったままだ。

 彼の部屋はずいぶんと広い。

 副長として割り当てられた部屋だ。

 けれども訪れる人も少なく、広さを持て余している。


「新撰組副長と薩摩の人斬りか。果たして噂で済めばいいが」


 山南敬助はそろりと呟いた。

 暖を求めようと火鉢に手をかざした。

 パチンと炭が弾ける音が空虚な部屋に響いた。

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[良い点] 示現流か 一撃必殺 殺陣が大変
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