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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第二十話 屯所移転

 歳三は屯所移転の話を近藤に持ちかけた。

 何をするにも局長の意向は伺う必要がある。


「移転ねえ。で、具体的な候補はあるのかね」


 近藤は鷹揚に尋ねてきた。

 池田屋以来、一回り人柄が太くなった感はある。

 修羅場をくぐった経験だろうか。


「西本願寺を考えている。あそこなら十分な敷地がある」


「ふむ。壬生からも遠くないな。堀川通沿いであるし、交通の便も良い」


「ああ。それにあそこはきな臭い。坊主共を牽制しておくにもちょうどいいからな」


 別に思い込みで言ってはいない。

 まだ記憶に新しい禁門の変の折、逃走兵が何人か西本願寺に逃げ込んだ。

 幕府は寺に追跡調査をかけ合った。

 しかし寺社で流血沙汰は困るということで断られた次第である。


「放っておいても大事には至らないとは思うがね。せっかくだから釘を刺しておきたい」


「はは、歳はしっかりしてるな。分かった。移転に際してはわしが会津藩に了解を取るよ」


「そちらは頼むよ。私は移転の段取りを考えたい」


「ところでこの移転の話は誰に話している?」


「今のところ、具体的には近藤さんだけだね。総司には世間話って感じでちょっと話したが」


「そうか」


 近藤は不意に黙った。

 二人の間に短い沈黙が下りた。

 その沈黙を先に破ったのは近藤だった。


「屯所移転の話は山南君には相談するのか?」


 歳三は返答を一瞬だけ躊躇った。

 だが迷いはなかった。


「しないつもりだ。近藤さんが了承すればそれでいい。後は私がやる」


「いいのかね。山南君が納得せんだろう。重要な案件だぞ」


「要らない。どっちみち屯所移転は必要だ。名ばかりの副長に決定権は無いよ」


 自然と語調が強くなった。

 山南から権限を取り上げたのは自分である。

 その自覚はある。

 だが、その分だけ働いてきた。

 今さら口出しされたくはない。

 歳三の中の冷徹な部分が囁いていた。

 山南を追い込め、と。


「そうか……お前がそこまで言うならば、わし達だけで決めてしまおう」


「その方が上手くいくさ」


「なあ、歳。お前、山南君とはこのまま行くのか?」


「どうかな」


 近藤の声にはどこか寂しそうな響きがあった。

 気にかけないことにした。

 新撰組は成長している。

 山南無しでも京都の町人と話をこじらせることはあるまい。


「山南さんがどうであれ新撰組(おれたち)はやっていけるよ。それだけの力はつけてきた」


 どこか自分に言い聞かせるようにして、歳三は言い切った。

 今の自分がどんな眼をしているのか、彼自身にも分からなかった。

 近藤はため息をついた。

 完全に満足しているわけではない。

 だが認めざるを得ないのだろう。


「ふうむ。組織がでかくなると面倒なものだな。山南君も過去に色々助けてくれたんだがな」


「それは承知している。だが過去の功績が今働いてくれるわけじゃない。副長職に恥じぬ働きが出来るのかどうかだ」


「難しいか」


「難しいね」


 歳三にとっては扱いづらいという意味も込めている。

 きっぱりと言い切った。

 この話はこれで終わりと言外に告げた。

「修練場へいく」とその場を離れた。

 もやもやとしたものが胸の内に巣食っている。

 振り払いたかった。

 こういう時は無心に稽古をしたくなる。


「邪魔をする」


 声をかけ、修練場に足を踏み入れる。

 すぐに隊士達が気がついた。

 ピンと緊張感が漂う。

「副長、お疲れ様です!」と一斉に挨拶が飛んだ。

 歳三は上下関係について厳しく言ったことはない。

 普段の行いから勝手に畏怖されるようになっただけだ。

 片手を挙げ、気にしないよう伝えた。

 稽古を見ていた永倉が近寄ってきた。


「気にするなと言っても気にしてしまうさ。鬼の副長が出てきたらね」


「だろうな。ところで撃剣師範。私も混ざっていいだろうか」


 歳三の呼び方に永倉は顔をしかめた。


「副長に師範なんて呼ばれると背中がむずむずしますね。師範なんて柄じゃない」


「照れることはないだろう。永倉君の教え方は上手いと評判だ。私にはとても無理だな」


「副長の剣は独特ですからね。実戦的というか」


「違いない」


 永倉の言う通りである。

 歳三は天然理心流を修めているが、伝位としては目録止まりだ。

 目録くらいならば数年真面目にやれば誰でも到達する。


「剣道に打ち込んだ時間が短かったからな。だから強くなるためには何でも学んだ」


 隠すことなく歳三は言った。

 実戦で強ければいい。

 生き残るために何を利用してもいい。

 歳三の剣はいわば純粋な剣士には無い雑草の剣だった。

 だから歳三は自ら剣を教えたがらなかった。

 永倉を撃剣師範、つまり隊士の剣術の指導者に抜擢したのはそれも理由の一つである。

 教えるよりは自ら剣を振るいたかった。


「少し混ぜてもらってもいいかな」


「構いません。誰かに相手させましょうか」


「そうだな。手の空いた者がいれば」


 稽古着に着替えた。

 竹刀を手にする。

 板張りの床を踏めば、試衛館時代が思い出された。

 恐る恐るといった態度で、隊士の一人が歳三の前に立った。

 緊張しているのか顔が強張っている。


「遠慮はいらん。思い切って撃ち込んでこい」


 声をかけてやる。

 その一言で吹っ切れたのだろう。

 踏み込み、強烈な面を入れてきた。

 これを受け止めた。

 腕、肩にかかる衝撃が歳三の闘争本能に火をつけた。


「応!」


 思い切り押し返し、間髪入れず小手を決めた。

 周囲がどよめく。

 まったく油断なく「次」と歳三は言った。

 次も、そのまた次も、竹刀を交え、撃ち込み、返す。

 一撃重ねる度に心の底の澱みが消えていった。

 何人かと稽古をすると息が上がってきた。

 頃合いを見て、隅へと下がる。

 荒い息をつく。

 手ぬぐいで汗を拭くと、ようやく人心地がついた。

 永倉に声をかけられた。


「お疲れ様です。実戦向きだなんて謙遜でしょう。道場稽古だって堂に入ったものですよ」


「いや、永倉君や総司に比べれば全然だよ」


「またまた」


 永倉は笑った。

 稽古相手となった隊士達の方が息が上がっている。

 その時永倉の表情が微妙に変わった。


「そういえば副長。最近妙な噂が出回っているのをご存知ですか?」


「妙な噂? どんな内容だ」


「事の真意は不明ですが。人斬り半次郎が土方歳三をつけ狙っている−−だそうですよ」


 歳三は眉をひそめた。

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[良い点] 人斬り半次郎 めんどくさい奴に
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