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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第二話 局中法渡書

「京都の秋はいいな、歳。空気まで雅やかに思える」


「そうかね。俺には分からん」


 芹沢暗殺から数カ月後のことである。

 歳三は近藤勇と話していた。

 立ち話ではなく、千本通を歩きながらだ。

 町人達の声が程よい活気を生んでいる。

 その中を縫うように、二人は歩いていた。


「俳句を作る割には、お前は風流を解さないなあ」


「かもしれん」


 歳三の返事は簡潔だ。

 無愛想とさえ言える。

 別に不機嫌なわけではない。

 いつも通りである。


 "長い付き合いだしな"


 近藤勇は歳三とほとんど年齢は変わらない。

 七ヶ月ほど年上なだけだ。

 幼少よりの付き合いであり、気心は知れている。

 局長と副長という立場に就いても、その関係性は変わらなかった。

 近藤、土方の二人が組の中心である。


「近藤さん。俺達も改めて新撰組という名を頂戴したわけだが」


 歳三はやや声を低めた。

 彼らの横をしじみ売りの男が通る。

 町人の耳に入れたいことではない。

 応じて近藤も声を潜めた。


「そうだな」


「ここで俺達の方針について徹底する必要がある。芹沢達を消しただけじゃ足りない」


「方針か」


 ふむ、と近藤は頷いた。

 特徴である大きな口はむんと閉じたままだ。

 歳三は頷きで応える。


「ああ。以前俺が作った覚え書きがあっただろう。あれをもう一回徹底させるんだよ」


局中法渡書(きょくちゅうはっとがき)、かね」


「そうだ。俺達は元々寄せ集めの剣客集団に過ぎん。集団を律するための理念が無い。だから規則が必要だ」


 歳三は語気を強めた。

 元々、法度書自体は芹沢暗殺以前に作っている。

 だが重視されてはいなかった。

 芹沢やその側近らが自分らが法律とばかり、好き放題にしていた為だ。

 苦々しい顔で歳三は言葉を続ける。


「規則なんてあるだけじゃ機能しない。日常を通して五体に叩き込み染み込ませる。そこまでやって初めて意味がある」


「うむ。それはわしも同意する。だが、歳よ」


「なんだい」


「人はそこまで強くはないぞ。規則は規則として、その底に情も混ぜねばな」


「……かもしれん」


 こういう点で近藤は甘い。

 だが歳三は近藤の甘さを許容していた。

 近藤は新撰組の局長だ。

 頂点にはそのくらいの寛容さがあってもいい。

 だが、副長の自分は別だ。


 "俺が鉄になればいい"


 冷たく厳しい鉄の規律そのものに。

 組織を震え上がらせ、機能させるために。

 歳三は遠くへと目をやった。

 秋の陽が二条城を浮かび上がらせている。


******


 歳三の作った局中法度書とは五箇条から成る。


 一、士道に背くまじきこと

 一、局を脱することを許さず

 一、勝手に金策すべからず

 一、勝手に訴訟取り扱うべからず

 一、私の闘争を許さず


 元々は数十の規則があったが五つに削られた。

 覚えられなければ意味が無いため、歳三が削ったのである。


「身体に染付かせるほどの重要な覚えだ。数は最低限にした」


「裏を返せばそこまで重要ってわけですね」


 相槌を打ちながら、沖田は文机を覗き込んだ。

 まったく歳三を恐れる素振りが無い。

 こんな真似ができるのは近藤と沖田くらいだ。


「総司、お前まだ覚えてないのか」


「まさか。告知翌日には覚えましたよ。これでも一番隊組長ですからね」


 沖田は笑った。

 まるで邪気というものがない。


「しかしこいつは」と顔をしかめる。


「改めて読むと過酷だなあ」


「百も承知だ」


 歳三は短く答えた。

 五つある中でも最重要規則は間違いなく。

【士道に背くまじきこと】であろう。


「知っての通り、我々は元々武士ではない。今でこそ京都守護職会津藩の庇護下で働いてはいる。が、元は素浪人や農民に過ぎん」


 歳三は自戒を込めた。

 そもそも彼自身、剣術を学んだ農民に過ぎないのだ。

 黒船来航を機として、徳川幕府の威光も揺らいでいる。

 刀は武士だけのものという原則も崩れた。

 その緩みが無ければ、歳三が剣を持つ機会も無かっただろう。


「だからこそ」


 視線を自らの書いた規律に落とした。


「我々新撰組は士道に背くことは許されん」


「士道、ですか」


「そうだ。理想の武士の姿と言い換えてもいい」


 即答せず、沖田は少し考えた。

 沖田の実家は武家である。

 幼い頃に両親が亡くなったため、姉の婿が沖田家を相続した。

 そのため総司自身は武士としての自覚に乏しい。

 武士とは何だろうと考えたこともない。

 だからか。


「土方さんは偉いなあ」


 なんの躊躇いもなく言えたのは。


「何がだ」


「いえ。私は士道も理想の武士の姿もまったく思いつかないので。ちゃんと考えて偉いなあと思ったんです」


「それは茶化してるのか?」


「全然。至極真剣ですよ」


 なるほど、沖田の顔にからかいの色は無い。

 真っ直ぐ朗らかないつもの表情しかない。

 歳三はつい「お前はいいな」と苦笑した。


「あ、土方さん、ひどいなあ。私のこと馬鹿にしましたね?」


「いや、違う。悩みが無くていいなと思っただけだ」


「それこそ馬鹿にしてるって言うんですよ。ま、別にいいですけどね」


 からりと明るく笑い、沖田は立ち上がった。

 その背に歳三が「どこへ行く気だ?」と声をかける。


「修練場です。ちょっと皆を鍛えてあげようと思って」


「任せた。修練だからこそ真剣にな」


「ええ、もちろん。手を抜くことこそ、士道にあるまじきことですからね」


 微笑一つを残し、沖田は立ち去った。

 後姿からも凛とした気が立ち上る。

 天然理心流きっての天才剣士というのも伊達では無い。


 "総司はあれでいいのさ"


 歳三は再び文机に向かう。

 あいつは考えるより、ただ剣を振るう方が似合っている。

 新撰組という組織を組み立てるのは、自分の役目だ。

 歳三は強くその考えを噛み締めた。

 士道とは何か。

 具体的にどのようにその姿を示すか。

 それが新撰組の組織としての要となる。


 "これではないか"


 そして、おぼろげながら見えてきた。

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