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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第十八話 池田屋事変の顛末

 結局、長州藩の暴挙は未然に防がれた。

 全ては池田屋における新撰組の活躍による。

 池田屋に集合していた長州藩士は約四十名。

 そのうち十名余りを殺害。

 逮捕者は二十数名。

 何名かは裏口から逃亡した。

 戦果としては上々であり、誇ってよいものである。

 また実利的な点から言っても利益は大きかった。


「近藤さん。幕府から褒賞金を頂戴した」


 六月七日、つまりは池田屋事変の二日後のこと。

 歳三は近藤の部屋を訪ねた。

 昨日は丸一日、会津藩と事件の後処理にあたっていた。

 そのため近藤と顔を合わす機会は無かったのである。

 奮戦していた近藤は昨日は寝込んでいたためだ。


「おう、そうか。ずいぶんと対応が早いものだな」


 近藤がこちらを向いた。

 隊服ではなく楽な浴衣姿である。

 激闘の余韻冷めやらずといった感があった。

 とりあえず元気そうなので、歳三はほっとした。

 腰を下ろす。


「うむ。それだけ我々の働きを認めてくれたということだよ。総額六百両だ」


「なんと。中々大した金額だな」


「皆喜ぶさ」


 歳三は笑みをこぼした。

 現代の感覚で言えば、一両は約3万円。

 つまり総額1,800万円を戴いたことになる。

 臨時賞与としてはかなりのものだ。

 局長の近藤からして嬉しそうである。


「論功行賞が全てではないが。金が無いと何にも出来ぬからなあ。やはり有難いものだよ」


「違いない。また、今回の新撰組の活躍は広く認知していただけるそうだ。この点については会津藩のお墨付きだ」


「うむうむ。松平公も我々の顔を立てざるを得ないといったところか。頑張った甲斐があったな」


「決まりが悪いのだろうね」


 歳三の言い方は容赦が無い。

 京都守護職の名が泣くとすら思っている。


 "だが、これで足掛かりを得た"


 主導権を握るどころか、全て自分達で片づけたのだ。

 新撰組は飛躍的に有名になるだろう。


「新撰組が認められる時がきたんだ。近藤さん。もう寄せ集めの剣客集団と笑うやつはいないよ」


「そうかあ。歳がそう言うならきっとそうなんだろうな」


 ハハッ、と近藤は笑った。

 浴衣姿なのでとても局長には見えない。

 近所の町人が寛いでいるようにしか見えなかった。

 額にぽんと手を当ててから、近藤は歳三の方を見た。


「歳よ。正直に言ってくれ。お前池田屋に着いた時、何を考えていた?」


「というと?」


「わしや総司の心配は無論していただろうさ。だがな、心のどこかでこの件を新撰組だけで片付けようと。そう考えていたんじゃないかってな」


「……」


「図星じゃないか? いや、責める気は無いよ」


 事実、近藤の声は穏やかだった。

 それでも歳三は畳に視線を落とした。


「近藤さんには嘘はつけないか。私もまだまだだな」


「やはり、な」


「責めないのかい」


「責めんさ。長州藩の暴発を新撰組だけで防ぎ、高名と褒賞金を頂戴した。成功したんだよ、俺達は」


「すまん、近藤さん」


 近藤は笑顔である。

 実際、歳三を責めるつもりは無いのだろう。

 だが歳三は謝った。

 ここで謝罪の一言が無ければ、信頼関係は壊れてしまう。


 "もっと早く会津藩に助力を頼むことは可能だった"


 二日前、現場に着いた時。

 会津藩に連絡がつき、直ちに援兵を送ってもらった。

 だが彼らが行ったのは池田屋の包囲だけだ。

 中での戦闘は新撰組が受け持ったままである。


 "あそこで代わってもらえば、いや"


 近藤らの疲労を考慮すれば、会津藩に突入してもらうことも選択肢ではあった。

 だが歳三はその選択を良しとしなかった。

 事件終了後の絵まで彼は描いていたのである。

 新撰組全体の利益を重視したが故に。


 "俺は近藤さんや総司を見殺しにしようとしたのか"


 自問しても答えは出ない。

 中途半端に会津藩を介入させれば、逆に事態を混乱させたかもしれない。

 その意味では無理やり交代しなくて正解だったのかもしれぬ。

 事実、近藤は無傷である。

 沖田は吐血したとはいえ刀傷は無い。

 結果だけ見れば最良と言えよう。

 だが。


「気にするな、歳。お前みたいに全体を見渡せるやつが一人は必要だ。俺はさ、お前が副長で良かったと思っているよ」


「……恩に着る」


 歳三は頭を下げた。

 この期待に応えねばならない。

 信頼を裏切ってはならない。

 その為に自分は副長の職務を全うする。

 新撰組を育てるために鬼になる。


 己の内に覚悟を秘め、歳三は近藤の部屋を後にした。


******


 池田屋事変により、幕府と長州藩の対決姿勢はより鮮明になった。

 多数の藩士を失い、長州藩の面目は丸つぶれである。

 京都大火の企ても未然に防がれてしまった。

 慎重論は消え、合戦やむなしの積極論が鮮明になった。


 池田屋事変から一ヶ月後の七月。

 長州藩は兵卒千六百人を出兵させた。

 京都郊外にて幕府はこれを迎え撃つ。

 新撰組もこれに従軍している。


「こいつが合戦ってやつか。新撰組も軍隊としての整えをしなければならんな」


 歳三は陣羽織をまとっている。

 ふり仰げば、新撰組の隊旗が風にはためいている。

 赤字に『誠』の一字が染め抜かれた旗だ。

 どこの藩にも属さず、武士としての信念に殉ずる。

 その心意気を表現した隊旗だった。


 結論から言うと、この『禁門の変』は小競り合いで終わった。

 長州藩はすぐに兵を引いている。

 だが新撰組が初めて軍隊として動いた−−その点では重要な出来事だった。

 激動の幕末は新撰組を、そして土方歳三の運命を揺さぶっていく。

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