第十六話 喀血
長州藩士達は仰天していた。
新撰組に強襲されたことは無論である。
だがその人数があまりにも少ないことにもだ。
外に配置している隊士を別にすれば、たった四人。
いくら屋内とはいえ、少な過ぎる。
「何でこんなにやられちょるっちゃ」
「しろしい(うるさい)! おまんもこいつら討取れ!」
呆然と立ち尽くす一人に別の者が怒鳴りつける。
やや立て直したとはいえ、依然圧されていた。
無理もない。
新撰組の中でもこの四人は特に腕が立つ部類である。
彼らに敵う者はほとんどいない。
副長の歳三と三番隊組長の斎藤一くらいだろう。
集団戦法を基本とする新撰組だが、個々の質の高さあっての戦術である。
「御所焼き討ちなどとだいそれたことを企みおって!」
池田屋の二階、近藤勇の怒声が響いた。
戦闘開始から半刻=約一時間。
相当に疲れているはずである。
しかしまだ動く。
ぎらぎらとした精気が宿っていた。
「生きては帰さぬ」と物騒なことを口走った。
「生きては帰さんのはこちらの方っちゃ、死ねや!」
「その意気やよし」
挑みかかる相手を迎え撃つ。
下青眼の構えで撃ち込みを止めた。
刀が軋む。
己の身体が軋む。
だが鍛え上げた下肢がものを言った。
「おう」と叫び、近藤は相手の刀を擦り上げた。
刀の鍔を使って返す。
大きく返され、相手の構えは死に体だ。
そこへ容赦なく斬り込む。
左の横薙ぎをまずは相手の右肩へ。
続いてとどめの右の横薙ぎを左胴へ。
返しからの流れるような連撃である。
龍飛剣と天然理心流で呼ばれる技だ。
近藤の得意技である。
"気組みだ!"
無言で近藤は叫んでいた。
天然無心流の最重要事項である。
気合い、戦いに対する姿勢を指す。
精神論と言ってしまえばそれまでだ。
だが、これはこれで有効である。
いくら優れた技があろうと、実戦でそのまま使えるか?
真剣は当たれば相手が死ぬ。
自分も死ぬ。
それを知っていて、尚普段通りに振るえるか?
大抵の場合、これは難しい。
生死の境目を分けるのは技術以前に心構えである。
天然理心流にはその心構えがある。
後発の田舎剣術だからこそ、まず精神論から入ったとも言えよう。
極端な話、殺意と馬鹿力だけで振るった棍棒でも人は死ぬのだ。
「気組みだけならば誰にも負けぬ」
近藤は虎徹を構え直した。
疲労はけして軽くない。
柄を握る手は時折痙攣している。
握力が緩みかけている証拠だ。
だが、ここで折れるわけにはいかなかった。
近藤は沖田に呼びかけた。
「総司、無事か。まだいけるな」
「……ええ」
返事が、ほんの少しだけ遅れた。
敵を牽制しつつ、近藤は横目で沖田を伺った。
疲労だろうか。
顔色がやけに青白く映った。
「おい、どうしたんだ。疲れたのか?」
「かもしれませんね……いえ、大丈夫ですよ。行けます」
沖田は口の端に笑みを浮かべた。
近藤は安堵した。
今見れば顔色もさほど悪くない。
その時、沖田が構えを変えた。
平青眼から右半身へ。
刀を両手で構え、ぐっと腰だめにする。
突きの構えであった。
「とはいえそろそろ本気を出さないとなので」
沖田の気配が変化した。
これまでより一段と深く、清冽な剣気である。
相手を呑む余裕はそのままに集中力が深みを増している。
雑音が消える。
雑念が消える。
敵の呼吸、自分の呼吸が手に取るように分かる。
「行きます」
先に仕掛けた。
板張りの床を蹴る。
瞬時に間合いを詰めていた。
その時には突きを繰り出していた。
だがこの動きを見切っていた者がどれほどいたか。
突きを浴びせられ、長州藩士の一人が倒れる。
傷は右肩、左脇腹、右足の三ケ所。
絶命こそしていないが相当の深手だ。
だが驚くべきはそこではない。
他の長州藩士が戦慄する。
「な、何があったんちゃ……!」
「分からん、気がついたら倒されとった!?
」
「突きやいうとこまでは見えた。けんど、三発やとぉ!」
驚愕がその場を支配した。
その空気を沖田が破る。
再びあの突きの構えに戻り、じっと敵を見定めた。
「イヤだなあ、ちょっと本気を出したらこれじゃ。でも突きだと分かっただけ凄いですよ」
驕っているわけではない。
侮っているわけではない。
ただ純粋に自分の技術に信頼を置いている。
「沖田総司の三段突き。冥土の土産にくれてやります」
神速としか言い様がない。
足さばき、身体の運び、背筋の捻り。
更には腕の動きの連動。
全ての要素を高次元で処理して初めて可能な動きである。
"まだまだ行ける"
沖田が再び突きの構えに戻る。
相手がたじろいだのが分かった。
今度は無闇には仕掛けない。
いや、仕掛けられない。
"まだ。まだ、行けるはずなんだ"
自分に叱咤をくれた。
心が乱れそうになる。
しかしそんなことはお構いなく、相手は攻撃を仕掛けてきた。
いなす。かわす。
再びの三段突きで突き放した。
低めに集め、相手の足をズタズタにした。
とどめを刺そうとさらに踏み込んだ時だった。
「……あ、れ?」
目の前が一瞬真っ暗になった。
すぐに回復する。
だが妙だ。
視界には白と黒が交互に重なるだけだ。
色彩が無い。
体もおかしい。
力が抜ける。
その抜けた隙間に激痛が走った。
悶える暇もなく、沖田は吐血していた。
血の塊が喉から溢れた。
床が真っ赤に染まる。
血の花が咲いていく。
「総司!?」
近藤さん、私、どうしたんですかね。
変だな、手傷も負っていないのに。
胸が痛くて、体が重くて。
私は、何故、こんなに。
血を吐いているんですか。
「っ、す、すい、ません……」
混乱していた。
それは敵の長州藩士も同様らしい。
いきなり吐血した沖田にびびっているようだ。
不幸中の幸いとばかり、沖田は後退した。
とてもこれでは戦えない。
訳がわからないなりに、とにかく退く。
階段へと後退した。
「離脱、します」とだけ何とか喋った。
階段を転がり落ちるように。
沖田は一階へと下りた。
誰かが自分の名を呼んだ気がした。
聞き覚えのある誰かの声。
けれども誰の声かも思い出せずに。
"何だか疲れたな"
沖田総司の意識は闇へと沈んだ。
次から金土日の投稿となります。




