第16話〜指南役ロバートの期待
私の名はロバートと言う。
元近衛騎士であり、今はカスターニャ伯爵家で剣の指南役をしている。
年は四十余年だが、アルベルト様のご子息に剣術をお教えする以外の時間は鍛練に割いているため、まだまだ現役の者に実力も肉体も負けているということはないと自負している。
本来であれば近衛を引退した後には騎士団を指揮する立場になっていてもおかしくはなかった。
しかし先代国王を暗殺しようとした刺客から身を呈して庇った際に、厄介な呪いを受けてしまったことが原因で引退を余儀無くされた。
実力はあれど呪いを負った者が王家に仕えることはできないからな。
しかし国王の命を護った功績もあり、伯爵家に指南役として勤めることができた。
カスターニャ伯爵家は代々騎士を輩出している家柄でもあるし、すでに成人を迎えた長男や、成人間近の次男坊にはそこそこの剣の才能があるようだった。
もっとも長男はカスターニャ伯爵家を継ぐため、護身程度にしか剣の腕前を修めなかったが。
数年経つ頃には次男坊も成人を迎え、学院も卒業した。
指導の甲斐あって騎士団に入団し、その後も着々と実力と地位を築き上げているようだ。
次男坊が騎士団の寮に寝泊まりするようになり、もうこれで私の役目も終わりかと思っていたのだが、別邸に住んでいる三男にも剣を仕込んで欲しいと言われた。
後妻との間にできた子供が別邸で暮らしていることは噂には聞いていたが。
なんでも流行り病で亡くなった妻の後釜に迎えた女性も、再婚してたったの一年で、子を産んで亡くなったとのことだった。
貴族はその血を絶さないために何人か子供を作っておくものだ。
長男、次男と二人の息子がいたが、後一人か二人、出来れば娘が欲しかったのだろう。
娘がいれば、言葉は悪いが政治的に使えるからな。
だが再婚した妻は子供を一人だけ産んで他界。
さらに産まれたのは女の子と見間違えてそうな男の子ときたものだ。
さすがに何度も短期間に後釜を迎えるのも外聞が悪い。
さらに身分的に後妻は前妻よりもやや家柄が低かったらしく、家同士のごたごたでご子息は別邸になかば隔離されるように押し込められている、のだったか。
これらは噂好きの侍女たちが話しているのを鍛練中に偶然聞いたものだ。
そして本邸から別邸に移動し、アルタ=ベル=カスターニャ、若君に剣術をお教えすることとなった。
初めて若君を見たときに感じたものは、儚い、というものだった。
8歳という年齢を考えれば、これからの成長はまだ分からないが、若君は同年代の者と比べてあまりに小さかった。
手足も細く、その容姿も相まって女子にしか見えなかった。
さらにその瞳。
まるで何の感情も感じられない、恐ろしいまでに透き通ったその眼。
こちらからの問いかけに最低限の返事と反応は返すが、まるで人形が動いているようだった。
試しに子供用の木剣を振らせてみたが、当然のごとく満足に振るえない。
体作りの為に走らせてみたが、その進みは亀のようだった。
淡々と走り、淡々と木剣を振る。
それ以外のことはできそうになかった。
体が小さかろうが、体力がなかろうが、そこに意思があれば上達させることはできる。
才能の有無はともかくとして、最低限身を守れる程度の技術は身に付けさせることはできる。
しかし若君には一切の感情も意思も感じられなかった。
一週間、あの手この手で試してみたが、若君は淡々と取りかかるだけ。
私は最低限のことができればいいと、素振りと体作りのみを続けさせることにした。
カスターニャ伯爵には申し訳ないが、この子を鍛えたところで、騎士になれるほどの実力もつく気がしなかった。
そんな考えも半年経つ頃にはがらりと変わっていた。
ここ最近、若君の剣筋に意思が宿り始めたのだ。
今でも型通りに回数をこなすだけの鍛練は変わらない。
しかし何かが劇的に変わった。
そして剣の才能を感じさせるまでになった。
それも片鱗なんてものでなく、恐ろしいまでの鬼才を。
まだ技も型もほとんど教えていないというのに、時折私の太刀筋よりも洗練されたものを出す。
そして乾いた砂地が水を吸うように、教えたことは二度目にはものにしている。
若君、いや、この方はすぐにでも私を越えてしまうだろう。
その圧倒手な才覚には嫉妬すら覚えなかった。
いずれこの方は王国一、いや大陸一まで登り詰めるかもしれん。
私は少しでもその手伝いとなれるよう全力を尽くそうではないか。