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『七行詩集』

七行詩 361.~380.

作者: s.h.n


『七行詩』


361.


人と人との出会いの際


真っ白なノートを贈り合い


起こったことを記録するなら


空っぽのノートはお揃いでも


書き留める間もなく 満ち足りた貴方とは違い


私は真実だけを記すために


起こりもしない 出来事を待ち続けている



362.


私たちは老い 昔の姿だけを胸に


どこかで再び会うことがあれど


互いに気づくことはないでしょう


時折夢に見る顔が 誰であったか 知りたいなら


あなたは心に 日記を持っていたはずです


そこに書かれていませんか


私の名前が 何であったか



363.


駅前のカフェは いつも満席


恋愛話は 砂糖のように 紅茶の味を整えて


当人の 知らぬところで 花は咲く


私たちが もしもテーブルに 向かい合うなら


改めて何を話すのだろう


その苦さに 貴方が先に 席を立つなら


二度目はきっと 来ないだろう



364.


言語は一つの民族が


今日この日まで 存続したことの証で


私の言葉は 私の命が


今日この日まで 存続したことの証で


約束は 叶わぬ願いを持ち寄ってでも


慰め合ったことの証で


私の言葉は それらを記録するためにある



365.


雪の降る夜は静かで


辺り一面 空まで白く染め上げる


朝が大地に色を返すと


その銀世界は 広く眩しく 私を誘い込んだのだ


いつかも同じ景色に 私は新たに踏み出せた


全ての足跡は一度消え


ここから一歩を 始められるように



366.


運命は 貴方の名により 貴方の手により


書き換えられてしまったのに


貴方をなくして 終わるそれは


私の唯一のオペラとなる


短い歌を 明けない夜に繰り返し


この嘆きは 喉が枯れ 声を失う瞬間に


ようやく安らぎを迎えるのです



367.


この胸に 秘め続けた勇ましさなど


いざ前にすると 何もできず


或いは何をしようとしても


正解に向かうことはない


まるで水の中 手繰り寄せようとして藻掻き


立たせた波が それを遠ざけてしまうように


貴方の手は 離れ行く運命なのでしょう



368.


この道に 通い続けたことも忘れ


それぞれの靴が 互いに背を向け 歩き出すのに


抗うことは せいぜい遠回りに過ぎない


だからといって このまま別のどこかで


幸せになりたくなどはありません


せめてもう少し 私は耐えてみせましょう


この苦しさこそが 愛しさなのだと知ったので



369.


生涯には 決して出会ってはいけない人がいると


私が欲したのは 幸せなどではないということも


私に教え 私の幸せを奪った貴方よ


もう少し 貴方が傍に居てほしい


それが慰めの幻であれ


一人の夜道を照らす明かりは


探しても 代わるものなど 無かったのだから



370.


その顔を 思い出すのは 月の夜


貴方の名が駆け巡るとき 再び病に 侵される


それは麻薬のように 昼夜幻を見せながら


蝋燭の炎を やつれさせる


幸せは 人の数だけあるというのに


私は 貴方の居ない 白日の世界を


どうして選べなかったのか



371.


私は駆けた 同じ速さで 駆ける間は


貴方が私に背を向けても 離れることはないと


この足よ どうか転ばないで


私はあの人を 追わねばならない


膝を擦りむき 泥を被ることよりも


振り返らず行く 貴方との距離が


開いてゆくのを 見つめることが 怖いので



372.


紙切れ一枚 言葉を敷き詰めて 初めて


気持ちの正体に気づくのに


いざ目にして 驚きに言葉を 失うとき


如何にして 伝えればよいのでしょう


今は 貴方の無事さえ 分かれば良いので


この手紙を差し上げるのは


まだずっと先のことになるでしょう



373.


私が水であったなら


貴方を潤し 指先へ流れる血となれた


私が空気であったなら


その呼吸により 貴方を満たすことができた


それはまるで 私が人であるが故に


貴方を支えることができず


人であるが故に それに悩んでしまうようだ



374.


思うまま 笑うことや 泣くことに


資格を求める意味はなく


堪えきれなくなったとき


正しい感性で 貴方は涙するだろう


結ばれることや 結ばれぬことは


人の迷いが生んだ 結果であり


正しさは 物事になく 心が受け止めるものである



375.


寒さに疼き 熱にうなされる 病床に


枕元に立つ 貴方の姿は


救いとも 更なる罰とも言えるでしょう


声も出せなくなったとき


水面で酸素を求めるように


口元で名前を呼ぼうとする


私を笑いに 来たのでしょう



376.


もしもすべての明かりが消え


列車が止まってしまったなら


一日に何通の手紙が


この町で 行き交うことでしょう


ほんの些細なことでさえ


気がかりでやまない心には


貴方に伝え 訊ねる手段が必要なのです



377.


年を取り 物の覚えが悪くなり 物の忘れが酷くなり


際限のない情報や 苦悩を生涯抱えることは


ただ あまりにも辛いので


記憶はいつも浜辺にあり


波が少しずつさらって行く


私は少しずつ忘れていく


自分が差し引かれていく音を 静かに聞いている



378.


桜よさくら、年に一度しか咲かぬといえ


あれから一度も顔を見せない あの方に比べれば


お前はよく会いに来てくれるね


桜よさくら、もしもあの方が


この並木の下を 潜ったなら


また良い季節を 迎えられるよう


代わりに祝福してあげて



379.


この遺書を もしも貴方が読むときは


“またあの長い手紙か”と


いつものように 呆れ半分に読んでください


私は貴方に話したいだけで


私はいつもと同じです


最も特別な友人に


私の限界を見ていて欲しいのです



380.


自然は多感の宝庫であり


全てを忘れる癒しである


その穏やかな 川の流れと


同じ速さで歩けたら


風を受け入れる 木々のせせらぎと


同じ呼吸を感じられたら


この小さな身体も 自然の一部となれるだろうか





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