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小品

夜明け色の花

作者: 星野☆明美

コポコポコポ…

心地良い音がずっと続いていた。

円筒状の硝子の容器が林立している薄暗い空間。

液体の澱で視界はよどんでいるけれど、湧き上がっている酸素の泡が時折レンズ代わりに周囲の様子を見せてくれる。

白衣を着た技術者たちがデータ収集にいそしむ。

「デルタ1からデルタ4まで」

「異状なし」

ここは居心地が良くて、胎児みたいに丸まっていると幸せな夢が見られる。

本当に、それでいいの?

うん。

だって私はとても嫌な世界からここに避難してきたんだもの。

本当に、本当にそれでいいの?

ふいに両目を見開く。

誰かがずっと私に呼びかけてる。誰?

私はあなた。もう一人のあなた。もうずいぶん時間をロスしてしまった。今すぐにでも自分を取り戻さないと手遅れになってしまう。

ブーブーブー!

アラート音。

視界が朱に染まる。

「デルタ3数値上昇」

それは私。

居心地のいい檻から外へ出ることを決意した私。

パリン。

硝子が弾けて割れる。

液体が一気に流れ出て、私の身体も押し流される形で外へ出る。

苦しい。もがく。肺に入っていた液体を吐き出し、咳き込みながら肺呼吸する。

見上げると林立する円筒状の硝子の容器には同胞たちが思い思いの姿で浮かんでいた。

「大変だ!デルタ3を捕獲して容器へ移さないと」

白衣の技術者たちが右往左往している。

私は立ち上がる。自力で!

捕まえようとする手をかいくぐって逃げ出す。

正面に立ちふさがる人をひと睨みすると、その人は失神した。

ごめん!

白衣を剥ぎ取り自分でそれを身にまとう。だって一糸まとわぬ姿でいられないから。

ここは巨大な研究施設だった。

警備兵が出張ってくる前に端末にアクセスして外へ出る順路を頭に叩き込む。

呼吸が弾む。

迷路のような通路を駆け抜けて、ついに外へ出る非常口にたどり着く。

地上15階。吹き上げる風。白衣の裾がはためく。

見上げると、夜明け間近な空を巨大な生物が群れをなして飛んでいた。

ここがどこで、今がいつなのか全くわからなかった。

コンクリートの隙間にわずかに植物が生えていた。

小さな夜明け色の花が風に吹かれてそよいでいた。

心細い私の脳裏に次に何をするかが浮かんだ。

非常階段を駆け下りてゆく。

行かなくちゃ。そして、現実と対峙しなくちゃ。

同胞を救って形勢逆転するのが目下の使命だった。

私は何者?

私は私。

それだけで今は充分だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分が何であるかを気にするよりも、何をするかが大事なんですよね。 主人公の素性が明かされないのを物足りないと感じる読み手さんもいるかもしれませんが、私はこういう説明を省いて一場面を切り取る…
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