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天罰と悪戯

作者: 大久保 瞳子

「あんまり嘘ばっかりついていると神様から天罰が下るわよ」

母親が人差し指を立てて言い聞かせたとき、少女はキョトンとした顔をした。

「でも、お母さん」

まだ10歳の彼女は、真っ直ぐに母を見つめてこう言った。

「いい嘘ってあると思わない?」

「いい嘘?」

「その人の為になる嘘」

母親は眉間にシワを寄せて言った。

「もう!そんなこと沢山あるわけないでしょ!もう、クッキーを泥棒が盗ったなんて言わないのよ!」

「それはもう言わないわ」

「?」

母親には、少女がある計画を立てていることを知らなかった。嘘を愛した彼女は、その計画のことを誰にも言わなかった。

(沢山なくても、少しならあるんだ。私はそれをその人達の為に作るの。

神様だって、嘘だとしたってその人の為にしたのだから、天罰なんて下さないわ)


きっかけは、消防署の前を通りがかったときだった。

署員達はホースを手際良くまとめる訓練をしていた。

「最近は火事も少ないな」

「まあ、平和が一番だろう」

暇そうに訓練している団員達の為に、彼女は思った。

(かわいそう。訓練したものをカッコ良く発揮できなくて困っているんだわ)

彼女は、ウキウキしながら計画を立てに家に帰った。

少女の家は家族が多かった。食事中は皆その日に持ちよった話題をするのが常だった。

祖父母、両親、兄、姉、弟、そして少女の8人はその日、近所のある話題を家族でしていた。


「青い屋根の家に一人で住んでるお婆さんがさ」

兄が話を聞いてきたらしい。

「なんだか難しい病気にかかってしまったらしいんだけど、独り暮らしで寂しいのと病気で生きる気力を無くしてしまって殆ど寝たきりになってるんだって」

「まあ…かわいそうに」

母親が気の毒がった。

「私なら元気づけてあげられるのに」

少女が言うと、普段の行動から兄がすかさず言った。

「口だけだろ、嘘つき。まったくいつももう」

「そんなことないもん」

「元気づけたいからって病気で寝ている人にあんたみたいのが遊びに行ってはだめよ。知り合いでもないのに」

「遊びになんか行かないもの」

少女は少し考える様にうつむき、そしてにこやかにスープを飲み干した。

(そうだ、自分の病気より、他人の心配してりゃいいのよ)

一人で彼女は頷いた。


ピンポーン


少女は青い屋根の家のチャイムを押した。

なかなか出てこない。もう一度押すと中からネグリジェ姿の老婆が姿を見せた。

「はい…どなた…」

途端に少女は演技を始めた。ハアハア苦しそうに息を付き、よろよろしながら老婆にもたれ掛かった。顔には化粧品のアイシャドーで作ったアザをいくつかつけていた。少女は叫んだ。

「助けて!お父さんが何もしてないのに酔っ払って暴力をふるいながら追いかけてくるの!」

「なんですっって?逃げてきたの?まあ、お入りなさい!」

たった今までベッドの中にいたと見られる部屋にはほとんど物がなく殺風景な空間だった。

(飾っておく思い出もないんだわ)

少女は合点した。

「手当てしてあげましょう」

「いいの。切れている傷はないから」

少女はいかに父親の機嫌が悪い時、何もしていない少女に暴力をふるうか、事細かに嘘をついた。酒乱であることや、外に女性がいる事も付け加えた。

「かわいそうに。あなたは何もしてないのに」

老婆は自らのことも忘れて少女の心配をした。

少女はおずおずとこう言った。

「ねえ、お婆さんの家を私の避難場所だと思っていいかしら?」

「勿論よ、私はほとんど家にいるし、病気はあるけどあなたを匿うことくらい出来るわ」

老婆の言葉に少女はにっこり微笑みを返した。さも安心したように。

「ありがとう」

ついでに感動の涙まで浮かべたのだった。


その夜、近くの公園でボヤがあり、消防隊が出動した。周りに何もなかったのと、花火をした後があったため、どこかの不注意な家族が完全に火を消さないまま立ち去ったのだろうということになった。

その話題を父親がした時、少女は大袈裟に驚いて

「大したことなくて良かった」

と言ったのだった。


それからも少女は時々メイクをしては老婆の家に走った。一生懸命聞いてはくれたが、老婆の病状は段々悪くなっていくようだった。病気の為に少女の話を聞く事しか出来なかった老婆は、敬虔なクリスチャンだったので、最後に必ず、

「誠実であれば、神様はきっといつかご褒美を下さるわ」

と語った。それを聞くと、彼女は不満に思うのだった。

(まだ、私が来たときしか私の心配してないわ、これ)


そこで少女はとどめを刺しにかかった。

「ねえ、お婆さん、私がずっと来なくなったら、私がお父さんに殺されたと思ってちょうだい」

「まあ、なんて悲しいこと言うの!気の毒だけど、あなたが家に来るようになって私は楽しい事も増えた様に思っているのよ?」

「でも、いつもいつも私のこと心配してくれてる?」

愛に飢えたような嘘に、老婆は答えた。

「ええ、いつも心配しているよ。また必ず来るのよ?」

「ええ、勿論よ」


しかし、それきり少女が青い屋根の家に行くことはなかった。少し近所ではあっても、元々知り合いでもない二件の家は、それきり互いのことをやりとりなど出来はしなかった。

(だってこれも計画のうちだもの。かわいそうな私に接していたお婆さんは生き生きしてたわ)

少女はそう思っていた。


一年経ち、少女の住んでる街には、ボヤや事故が増え、消防や警察は格段に忙しくなった。彼女は出動を直には見にはいかなかったが、関係する新聞記事を切り抜いて菓子箱に取っておいた。

殊に『消防隊の活躍により、被害は最小限に留められた』などと書いてあると、喜びにうち震えて来るほどだった。


(私は嘘つきだけど、皆にとって良いことになっているわ。神様だって褒めるかもしれないじゃない)

彼女はそう信じていた。


間もなく、青い屋根の老婆は病状が悪化し、救急車で病院に運ばれたが帰らぬ人となった。うわ言のように、

「ああ、あの子はまた殴られてないかしら。どうしたかしら」

と呟いていたという。

不思議に思った医師や看護師はその少女について聞きたがったが、

『アザだらけの女の子』

としか聞き出せなかった。結局街で該当者はいなかった。


夕食時にその事が話題に出た。

「お婆さんは家庭内暴力にあっていたアザだらけの女の子を匿ったことがあったらしい。でも該当する子がいないんだそうだ」

父親が言うと、

「お婆さんは」

少女が口を挟んだ。

「自分よりかわいそうな子がいると知って、幸せだったのよ。いい思い出出来たのよ」

「……え?」

家族全員が、なんとなく意味を計りかねていた。

(だから、嘘だとしたって天罰なんかないわ)


次の日、火元もない近所の空き家から出火があり、発見が遅れたこともあって大火事に発展し、消防隊員一人が犠牲になった。

少女は、まだくすぶりながら空に登る煙を居間の窓から見ながら、

(少しやり過ぎたかな?)

と舌を出して見せた。

(でも、カッコいいじゃない。街を守る為に死んでいくなんて偉いこと、なかなかないわ。私は活躍する場を作ってあげたの。皆生き生きしてる)


その頃、少女の部屋を母親が掃除機をかけていた。

「まったく、自分でやらないんだから」

ベッドの下をかけようとしたときだった。何かにカツ!と当たった。

(何かしら)

覗いてみると、菓子箱が出てきた。中には、火事の新聞記事ばかりの切り抜きと、アイシャドー。何かが彼女の中で繋がった。


「………」


夕食時食卓に、少女は一人満足気に席につこうとして、気がついた。

他の家族が、押し黙ったように彼女を見つめている。

「どうかしたの?」


その時、少女は天から降ってくる響きとともに、初めて聞く声を聞いた。


「さあ、これから君に天罰が届くよ。現実という名の」


終わり



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