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1 基本的に暇な時間が多い

これはブログで書いている「三つの塔の物語」の外伝という位置づけです。そっちを読まなくともまったく問題ありません。ただし設定を読むと少し話がわかりやすくなるかもしれません。


 空にドラゴンが飛び、野原にキマイラが走り、海では一角サメがゆうゆうと泳ぐ。そんなファンタジー満載の世界の平和な国の城で、誰かを呼ぶ声が響いている。可愛らしい声には焦りが少々混じっていた。

「シリウス! シリウス来なさい!」

 呼んでいるのは銀糸の長髪を持つ可愛い女の子。年は14歳くらい。動きやすそうな服装で、落ち着いた柔らかさよりも活発的なしなやかさを感じさせる雰囲気をもつ。

「お呼びですか姫様?」

 呼び始めて三分も立たないうちに、オールバックでピシッとタキシードを着こなしメガネをかけた若い男が現れる。執事です、と紹介されたら誰もが納得できるだろう。

 そして事実、シリウスは姫の世話役を兼ねた執事だった。

「やっと来たわね。次からはもっと早く来るようにしなさい」

「努力します」

 シリウスは一礼し答えた。

 だが姫は知らない。ここに来るまでに執事が花壇を踏み越え、窓をぶち破って来たことを。早く来いということは、さらに被害が増すということを。

 そんな未来を予想せずに姫は話し始める。

「まあいいわ。それよりも事件よ!」

「事件ですか?」

 首をわずかに傾げ、姫の言ったことを復唱する。

「そう! 朝からメアリーの姿が見えないの! 私に何も言わずにどこかへ行くなんて、いままで一度もなかったわ。きっと攫われたのよ」

 本当のことだとしたら大変なことなのだが、姫の言動には焦りのほかにうきうきとしたものが混じっていた。

「メアリーと言いますとメイドの?」

「そう」

「それでしたら何も問題はありません。初孫が生まれるそうで、家に戻っております」

「へ? そうなんだ。でもなんで何も言わずに帰ったんだろ?」

 今度は姫が不思議そうに首を傾げる。

 メアリーは姫が生まれた頃から世話になっていて一番懐いているメイドだ。メアリーも子供同様に姫を可愛がっていた。

「それは、私が伝言を頼まれたことを忘れていたからです」

 シリウスは姫の疑問を即座に解消する。ちなみに伝言を忘れたことの反省の色はまったくない。

 卑屈な感じがなく、あまりに堂々と白状したので姫は、怒るどころか自然に受け入れてしまった。

 すぐにおかしいと感じはしたが、怒るタイミングを逃したので怒れない。


「あ〜あ、退屈が紛れると思ったのに」

「退屈ですか」

 それならばと、シリウスは机の上の本や紙束を指差す。

「あのたまりにたまった勉強半年分をやってみては? 暇は潰せます」

「勉強は嫌い。それにあれやって将来役に立つの?」

「立ちません」

 それはもう見事に断言した。ならやらせんなっ! と当たり前の突っ込みがとぶ。

 実際はなんらかの役に立つのだろうが、一般的には使われることのない限られた方面の知識なのでシリウスは学ばなくともよいと判断したのだ。

「言葉遣いが少々悪いですぞ。

 勉強が嫌ならば……元婚約者たちに会いに行かれては? 最近というか、一度会っただけで、まったくお会いになられてないでしょう? 

 フラルド様なんかどうです?」

「会いたくない」

 姫は嫌な顔をして拒否する。

「プレゼントに死なずのヌメリゴキブリ送ってくる奴に会いに行けと!?」

「世界に一匹しかいない貴重種です。見た目はどうであれ宝石に負けない高級品ですぞ」

「今頃、数百数千匹に増えてるわよ」

 姫は雄々しく羽を広げ、飛び去ったゴキブリを思い出す。

 周囲にいたメイドたちの悲鳴がすごかったことも思い出した。そんな中、姫は悲鳴を上げず雄々しく飛ぶ姿を感心してみたいたのだから変わっている。

「それは無理でしょう。不死の代わりに生殖能力を失ったそうですから。今でも一匹のみです」

「……それはちょっと惜しいことしたかも」

 世界に一匹しかいないと聞いて、ゴキブリでも手元に置いとけばよかったかもしれないと考える、ちょっとずれた姫。

 今頃は元気に国のどこかを走っているだろう。

「ゴルゼッタ様ではどうですか?」

「また邪神降臨の生贄になれと? 誰も助けに来てくれなくて、自力で脱出するの苦労したんだからね」

「若い者は若い者どうしの話があるでしょうと、私が護衛を止めてましたからな」

 シリウスはさらりと、とんでもないことを口にする。

「あんたのせいだったの!?」

「事前に生贄にされるという情報は掴んでおりましたが、ヒメサマナラバ、ダイジョウブダロウト、シンジテイマシタカラナ」

 またとんでもないことを言うシリウス。後半の言葉は棒読みなので、本当にそう思っていたのか大変疑わしい。

 溜まった怒りをぶつけようと手元にあったペンや本を投げる姫だが、シリウスは軽やかにすべてかわす。よほど力を入れたのか、投げられた物は床に突き刺さったり、床をへこませたりしていた。

「クラージ様はどうでしょう。他の方と違ってまともです」

 ぜいぜいと荒い息を吐いている姫に対して、シリウスは少しも呼吸を乱していない。結構激しく動いたはずだが、汗一つかかずに提案する。

「まともすぎて、つまんない」

「わがままです」

 シリウスの率直な感想に、姫はプイっと顔を横に向ける。

 クラージも普通ではないという思いはシリウスの心の中にそっとしまわれた。


 少し何かを考えていた姫は、部屋を出ようと扉に向かう。

 その背を追いながらシリウスは聞く。答えは予想できていたのだが。

「どちらへ?」

「アレックスのところ」

「結局、いつもと同じように過ごすのですね」

 やれやれとジェスチャーつきで溜息を吐く。

 その反応にむかつきながらも姫は反論したかったが、できなかった。何も言わずに騎士団のいるところへ向かう。

 その後ろをシリウスが足音を立てずに歩く。そのままいなくなっても、わからないほど見事に気配を消している。

 なぜ気配を消すのかと姫は以前聞いたことがある。そのときシリウスは主人に不快感を与えないためと答えたが、姫はそれを信じていなかった。そしてその姫の勘は当たっていたりする。姫に気づかせずに、突然どこかに消え戻ってくる。そういうことをしょっちゅうシリウスはしていた。

 城内から出て歩いた先に、姫は目的の人物を見つけて声をかける。

「アレックスー」

 名前を呼ばれた人物が振り返る。

 大きな碧眼、すらっと筋の通った鼻、柔らかそうなピンクの唇、雪のような白肌、蜂蜜が溶け込んだような金髪をもつ女性。異性どころか同性さえも見惚れさせる美女が姫に近寄ってくる。

「姫様、その名前で呼ぶのはやめてください。私にはアレイシアという名前があるのですから」

「アレックスが私を名前で呼んでくれたら、アレイシアって呼ぶ。それにアレックスが本当の名前でしょ」

 そうなんですけど、とアレックスという男の名前を持つ美女は泣きそうな顔で返答する。

 余談だが、この名前のせいでニューハーフと間違えられることがよくある。もてるのだがその方向性に違和感を感じさせる人物だ。

 性格は、いたってまともな人物だ。苦労症ではあるが。

 さらにもう一つ余談。男の名前なのは、親が男の子が欲しかったからではない。名前を決める際に名前の書かれた用紙を箱につめ、くじ引きで決めたからだ。候補にはチョボンバなどという非常に個性的なものもあったので、それを引かなかったことに対してはアレックスは親に感謝していた。

「あっシリウスさんもいらっしゃったのですか!?」

「はい」

 アレックスは、姫の後ろに立つシリウスに気づき、気恥ずかしさで顔が赤く染まる。

 背景に花を背負って乙女モード全開といった感じだ。

「なんでよりにもよってシリウスに惚れてるんだろうね?」

 姫の呟きをそばで聞いていたはずの二人は、何の反応も見せない。シリウスは聞き流し、アレックスは顔の紅潮をしずめるため集中していたからだ。

 惚れた理由は姫も詳しくは知らない。ただシリウスがアレックスに対して、何か言ったことが原因らしい。

 一般的なカップルはともかく、奇妙なカップルの恋愛にはたいして興味が湧かないのか、姫は追求しない。

「アレックス、今日も剣術の相手になって」

「またですか姫様」

「だって暇なんだもん」

 暇という理由だけで、姫は剣術を学んでいた。最初は、危ないからと多くの者が止めた。シリウスと他数名は煽っていたりする。

 そんな中、ちょっと興味が湧いただけだろうと、アレックスが皆を宥めて姫に剣を持たせた。

 すぐに飽きるだろうというアレックスの考えを裏切り、姫は飽きず真面目に鍛錬を積んでいった。幸か不幸か、姫には剣の才能があった。それも続いた理由なのだろう。一番の理由は楽しいからだ。

 いまでは、騎士隊長の一人であるアレックスと、三戦して一回は勝てるまでになってしまった。

 嫁の貰い手がまた減ったと両親は嘆いたが、本人は上達に喜んだ。

 やる気を出させた責任をとれと言われ、姫の剣術指南役はアレックスの担当となった。怪我でもさせたら面倒なことになると、多くの者が嫌がった役割をアレックスは喜んで引き受けた。元から姫と仲が良かったこともあるが、姫のそばにはシリウスがいたからだ。

 そしてさらなる上達を望む姫は、今日もアレックス相手に善戦していた。

 訓練所で、美女と美少女がそこらの兵士を超える剣技を披露するという一般的には珍しい光景が見られたが、訓練所でその光景に突っ込む者は誰もいなかった。見慣れているせいだ。


 着替えた姫は昼食をはさんで二時間と少し、素振り、ジョギング、試合とこなしていった。

 体をたくさん動かして満足した姫は、シャワーで風呂を流したあとアレックスをティータイムに誘う。

「少し用事があるから先に行って準備しといて」

 そう言ってシリウスとアレックスを先に行かせる。

 練習に付き合ってもらったお礼として、アレックスにシリウスと二人だけの時間をあげたのだ。

 何の用事もない姫は少し時間を潰そうと、散歩を始める。

 姫の視界に見慣れた子供が入ってくる。見慣れてはいるが、どこか違和感があったりもする。

「ケント〜」

 姫に呼ばれた子供が走りよってきた。年のころは五歳くらい。将来有望な可愛い顔をしている。アレックスとは違う方向で、男女関係無く魅了する。

 間近で見て、姫はケントの違和感に気づいた。

「おねえちゃんなに?」

「いたから、ただ呼んだだけなんだけど……その耳はなに?」

 姫の視線の先には、ケントの髪と同じ紺色をした犬耳があった。後ろを見れば、同色の尻尾もある。どういう仕掛けか、尻尾は常にふりふりと動いている。

「シリウスにいちゃんがくれたんだ。とくていのじんしゅにたいするへいきじっけんっていってたよ」

 自分が何を言っているのかわかっていない様子のケント。シリウスが口にしたことを、そのまま言っているだけだろう。

 しかし、本人はわかってなくとも、実験は成功していた。一部のお姉さま方は、ケントの姿を見て鼻血の海に沈んだのだから。そしてごく一部の男たちをも、とある世界に目覚めさせかけていた。

 そのことを勘で察知した姫は、

「それは、外しておいたほうがいいわね」

 と忠告する。

「そうなの? じゃあ、おじいちゃんにみせたらはずすね」

 そう言ってケントはお爺ちゃんの元へ走っていった。

 お爺ちゃんはこの国の大臣だ。孫が可愛く離れたくなくて、ほぼいつも城に連れてきていた。始めは城中を駆け回るケントに人々は驚いていたが、事情を知った今ではマスコットとして受け入れられていた。おおらかでわりと変人の多い城だ。

「孫の姿を見て、可愛さのあまり倒れなきゃいいけど」

 非常に有能な大臣は孫のことに関しては暴走するのだ。

 暴走の可能性を考えつつ面白そうだからほおっておこうと結論付け、姫はアレックスたちのところへゆっくりと歩いていった。


 夕食を終えて、風呂にも入り、あとは眠るだけとなった頃。

 姫が寝る支度をしていると、不意に思い出したかのようにシリウスが話しかけてくる。

「姫。お伝えしたことが」

「なによ?」

 鏡を見て髪を梳きながら、シリウスへ振り返らずに聞く。

「メアリーのことです」

「孫が生まれるんでしょ? 朝聞いたじゃない」

 生まれたのかしらと思う姫の予想を裏切って、シリウスは言い忘れたことを伝える。

「いえ、一時間ほど前に無事救出されたそうです」

「は?」

 姫の動きが止まる。そして、ゆっくりとシリウスの方へ向き直る。

 青の瞳が驚きに染まりながらシリウスに向けられた。

「どういうことかしら?」

「家に帰る途中誘拐されたそうで、騎士団に救出要請が出ていたのです。

 しかし心配することはなにもありません。怪我一つ無く救出されたと報告がきました」

「シリウスまたかーっ!」

 すでに名物となっている姫の怒声が、夜を迎えた城に響く。

 人々はまたかと、たいした反応も見せずに眠りにつく。

 こうして平和な国の一日が終わっていった。


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