3話 ユナ・フォーリア
朝比奈日向の第二の人生は、ユナ・フォーリアとしてスタートした。
日本と同じような島国……ただし、領土は日本の倍以上あるが……に生まれ、王都で育つ。
カフェを経営する両親から、たくさんの愛をもらい、すくすくと成長した。
この辺りは、前世と同じだ。
なるべく変わらない人生を送れるように、天使さまが配慮してくれたのかな?
そんなことをユナは思うが、考えても答えが返ってくるわけではないので、深くは気にしないことにした。
とりあえず、心の中で感謝しておいた。
祈ることは大事だ。
転生したユナは、まずは新しい世界についての勉強をした。
前世の記憶、知識はあるものの、異世界についての知識はまるでない。言葉も知らなければ、文化も常識も知らない。
まずは学校に通い、それらの勉強を始めた。
幸いというべきか、前世の知識があるため、数学などの基礎知識などの勉強をする必要はなかった。高校生が小学生の授業を受けるようなものだ。寝ていても、テストで100点を取ることができる。
なので、勉強のリソースは、全て異世界に関する知識に割いた。
おかげで、かなり早い段階で言葉を喋れるようになり、異世界の文化や常識なども理解することができた。
次はどうしようかな?
考えた末に、学校に通いながら、両親が営むカフェを手伝うことにした。
前世で親不孝をしてしまったため、今回は親孝行をしようと思ったのだ。
ユナは、美少女という言葉がよく似合う、かわいい女の子だ。明るい性格をしていて、器量も良い。
看板娘にならないはずがなく、たちまち人気者になった。
ユナを目当てに……恋愛的な意味ではなくて、姪や孫をかわいがる感覚だ……店に足を運ぶ客が増えて、カフェは賑わった。
忙しい毎日が続いていたけれど、両親は仲が良く、ユナにとても優しい。
そうやって、ユナは第二の人生を順風満帆に過ごしていた。
ただ、一つだけ気になることがあった。
「正義の味方、ってお願いしたんだけど……どうすれば正義の味方になれるのかな? 何もないけど、もしかして忘れられた?」
――――――――――
そして、時は流れて……
ユナの10歳の誕生日。
事件は起きた。
「おとーさん! 羊のグリルと牛のステーキ。あと、特製サラダとオリジナルドリンクをセットで追加!」
「あいよっ! グリルとステーキ、サラダにドリンクだな? すぐに作るからな」
「おかーさん! そこのテーブルは私が片付けるから、会計をお願い。武具屋のトマスさんがお帰りだよ」
「ありがとう。それじゃあ、後はお願いしちゃうわね」
フリルのついたエプロンをつけて、今日もユナはカフェの手伝いをしていた。
父のカシウスが料理を作り、母のエレナが接客をする。
ユナは、主に母の手伝いをしている。
本当はカシウスの手伝いもしたいのだけど、まだ料理は早いと、両親に揃って反対されていた。
「ユナちゃん、また食べにくるからな」
「うんっ、また来てね! あっ、トマスさん。お酒はほどほどにしないとダメだよ? 特に、お昼から飲むなんてもっての他だからね」
「かはー、ユナちゃんは厳しいねえ」
「おいおい、ユナ。大酒飲みのトマスにそんなこと言ったら、酒が売れなくなるだろ。営業妨害は勘弁してくれよ」
カシウスが笑いながら言うと、ユナはぷくーっと頬を膨らませた。
「お店の売り上げも大事だけど、お客さんの健康も大事なんだからね!? そういうところも考えないと、いつか愛想をつかされちゃうんだから!」
「お、おう……その、悪い。考えなしだった」
「ううん、わかってくれればいいんだよ。あっ、でも……最近、おとーさんもお酒、たくさん飲んでいるよね?」
「え、えっと……さてと、残りのメニューをしあげるとするか!」
「ふふふっ、お父さんったら。そうやって、いつもユナにやり込められて、ほいほいと逃げてしまうんだから」
「おかーさんも、おとーさんと一緒にお酒飲んでいるでしょう? 私、知っているんだからね?」
「あ、あらあら……あれは、その、ほんの息抜きというか……」
「息抜きくらいなら、私もうるさく言わないよ? でも、おかーさんは飲みすぎ! 瓶が何本も転がっていたもん」
「うっ……ご、ごめんね、ユナちゃん? お母さん、気をつけるから」
「うんっ、気をつけるように!」
「はははっ、カシウスの旦那もエレナさんも、ユナちゃんに頭が上がらないな。この店で一番偉いのは、ユナちゃんかもな」
まいった、というように両親が苦笑して、それを見た常連客が笑う。
穏やかな時間が流れていたが……
ダァンッ!!!
平和を打ち破るように、荒々しくドアが開かれた。
マスクで顔を隠した男が、飛び込むように店内に入ってきた。
男は、客を見送ろうとしていたエレナにナイフを突きつける。
「全員動くな! これが見えるなっ!?」
「ご、強盗だ……!?」
この国は豊かな国ではあるが、まだまだ発展途上だ。
日本と同じように、鎖国をしていた時代がある。
現在は、国交は回復しているものの、鎖国で負ったダメージは癒えていない。先人たちのたゆまぬ努力によって、国力はある程度回復した。しかし、完治ではない。鎖国という負の損失は、大きな歪みをもたらしていた。
治安は乱れ、王の膝下である王都でさえ、日々、何かしらの事件が起きている。
この強盗も、国の経済が荒れたことによって仕事を失い、自暴自棄になった者……ある意味、国の被害者だった。
「だ、誰か冒険者に連絡を……!」
「ふざけたことをするんじゃねえ! 下手なことしたら、こいつがどうなっても知らねえぞ!?」
「貴様! エレナを離せっ、俺の妻に何をするつもりだ!?」
「何もしねえよ、おとなしくしてればな。だから……黙れ! うるせえんだよっ」
興奮する男は、エレナに突きつけたナイフをちらつかせた。
カシウスは今にも殴りかからんばかりに唸るものの、妻を人質に取られている以上、うかつに動くことはできない。それは他の客も同じだ。
誰もが、言われるまま、じっとしていることしかできない。
……ただ、一人を除いて。
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