1話 プロローグ1
朝比奈日向……享年18歳。
目が覚めると、朝比奈日向は空に浮いていた。
青い空。
白い雲。
それらを背景に、ふわふわと浮いていた。
ありえない光景に、日向は目を丸くして驚いて……それから、納得したようにポンッと手の平を打つ。
「なーんだっ、夢か。びっくりした」
「いいえ、夢ではありませんよ」
「ひゃあ!?」
いきなり声をかけられて、日向はビクンッと震えた。
ビクビクしながら、声がした方を見る。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……?」
翼の生えた女性が、にっこりと微笑んでいた。
その優しい笑みに、いくらか日向の警戒心が解けた。
「あの、あなたは……?」
「私は、そうですね……日向さんの世界で言う、天使という存在です」
「天使……さま?」
「主の使いとして、日向さんの元へやってまいりました」
「そっか……天使さまとか神様とか、本当にいたんだ」
日向は、すんなりと女性の言葉を信じた。
このような非現実的な場所で、翼の生えた女性……天使と言われたら、はいそうですか、と納得する以外にない。
それはそうと、いったい、どういう状況なのだろう?
日向は小首を傾げながら、天使に問いかける。
「えっと……天使さまは、私に何か用が? それと、ここはどこなんですか? 私、どうしてこんなところに?」
「落ち着いてください。順を追って説明しましょう」
コクコクと頷く日向に、天使は痛ましそうな顔を向ける。
なんとなくイヤな予感がした。
「まず、最初に告げておかなければならないのですが……朝比奈日向さん。あなたは、死んでしまいました」
「死んだ? 私が?」
「はい、残念ながら……」
「冗談……っていうわけじゃないんですよね?」
「ええ。覚えていませんか?」
「えっと、えっと……ちょ、ちょっと待ってください! うーん」
日向は必死になって記憶を探る。
がんばれっ、私の記憶細胞! まだそんなにポンコツじゃないはずだ!
……日向は『その時』を思い出した。
――――――――――
朝比奈日向は、平凡な家庭に生まれた女の子だ。
綺麗というよりは可愛い顔をしていて、たくさんの人に愛された。
特に、両親からは溺愛された。
日向の両親は高齢で、娘を産んだ当時、すでに40を超えていた。
ようやく得た子供ということで、日向はたくさんの愛情をもらった。
ただ、両親は優しいだけの人ではない。日向が悪いことをした時は、きちんと叱ることができる人だった。とてもまっすぐな人たちなのだ。
そんな両親に育てられたことで、日向はまっすぐに育ち、強い正義感を持つようになった。
困っている人を見捨てることはできない。理不尽は許せない。間違っていることは正さないと気が済まない。
優しく、強い女の子の誕生だ。
両親は、そんな娘を誇りに思い、ますます溺愛するようになった。
ただ、両親は一つだけ頭を悩ませていた。
日向の趣味だ。
強い正義感が変な方向に影響したらしく、いつしか、日向は『正義の味方』に憧れるようになっていた。
特撮ヒーロー番組は、毎週、リアルタイムで観た。
アメコミ映画は、上映初日に最前席で鑑賞した。
ぬいぐるみよりも、ヒーローが使う玩具を好んだ。
口癖は、『正義の味方になりたい!』。
そんな娘の趣味に、両親は頭を困らせた。女の子なのだから、女の子らしくかわいい趣味を持ってほしい。
普通の親なら、当たり前に思うことだった。
しかし、正義感が強いことは良いことであり、決して悪いことではない。趣味は変わっているが、それ以外は特に問題のない普通の女の子なのだ。
小さい頃は、男女の差はあまりない。おとなしい男の子もいれば、活発に遊ぶ女の子もいる。
日向の趣味も、それと同じようなものだろう。成長すれば、年相応に女の子らしくなるだろう。
両親はそんな結論を出して、日向の趣味や言動に口を挟むようなことはしないで、温かく見守ることにした。
しかし、今にして思えば、それは間違いだった。
両親は、どんなことをしても日向の変わった趣味を辞めさせて、強い正義感にストップをかける必要があったのだ。
日向はすくすくと成長して、高校生になった。
そして、進学を控えた高校三年生の夏……事件は起きた。
いつもと変わらない学校の帰り道。
家に帰ったら、録画しておいた特撮ヒーロー番組をもう一回観よう。あれは最高に燃える、かっこいい!
日向は、まったく変わっていなかった。
趣味は子供の頃から変わらず、正義感は、ますます強くなっていた。
……それが、悲劇を生む。
日向が帰路を歩いていると、道の先にトラックが見えた。
遠目でもわかるくらいスピードを出していた。明らかな速度違反だ。
とはいえ、日向は警察官ではないし、トラックを止める術もない。
眉をしかめて、せめてトラックのナンバープレートを覚えておこうと思った時……小さな男の子が、ボールを追って道路に飛び出した。
男の子はすぐにトラックに気がついたけれど、恐怖のあまり動けない。
トラックの運転手も子供に気がついたけれど、ブレーキを踏んでも間に合わない距離だった。
いけない!
そう思った時には、日向の体は勝手に動いていた。
正しいことをしなければいけない。その信念に従い、道路に飛び出して、おもいきり男の子を突き飛ばした。
男の子が歩道に転がる。
その直後、激しい衝撃が日向を襲い……意識はそこで途切れた。
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