8.納品
夕刻。
私はノディアへと戻ってきていた。
カルナックから運んできた材木の受け渡し先へと向かう。
材木商の材木置き場に車体を停める。
「んじゃ、声をかけてくるぜ」
『よろしくお願いします』
道中でいくらか親しくなったギレンが、そう言って助手席から地面に降りる。
ギレンが材木商の店に入ってしばらくしてから、ギレンが材木商らしき中年男性とともに戻ってきた。
材木商は私を見て驚いている。
「こ、これは……なんという大きな荷車だ。ギルドから聞かされてはいたが、これほどとはな」
どうやら、ジャンが根回しをしてくれていたようだ。
「して、材木は?」
『今お見せします。車体から離れてください』
材木商が十分に離れたことを確認してから、私はカーゴの片側のウイングを開く。カーゴの側面から天上の半分までが、そのまま上に持ち上がる。
中に積み込まれた材木を見て、材木商が目を見開く。
「な、なんという量だ! いつもの荷車の五倍以上は積まれているぞ!」
「へっ、たいしたもんだろう」
と、なぜかギレンが自慢そうに言った。
「と、とにかく、荷下ろしと検品をさせてもらうぞ。おーい!」
材木商は、遠巻きに私を見ていた作業員風の男性たちに声をかける。
男性たちは興味津々の様子で近づいてきた。
「おおう、今回の荷車はとんでもねーな!」
「しかし、どうやって荷下ろししたもんかね?」
『今、側アオリを倒しますので、側面から運び出してください』
私は側アオリ――カーゴ側面の下部分のロックを外し、外側に倒す。
「こいつぁ便利だ! よく考えられんなぁ」
作業員が感心した声を漏らす。
「足場ぁ、持ってきてくれ! こいつは大仕事になるぞ」
作業員たちが、がやがやと話しながら、私のカーゴから材木を下ろしていく。
元の世界であればフォークリフトを使うところだが、もちろんこの世界にそんなものはない。複数人がかりで材木を持ち上げ、下ろしていく。作業員たちはみな引き締まった身体をしている。元の世界では、荷下ろしは大半が自動化されていた。このような光景を見るのは新鮮だった。
日が沈むまでに、なんとか材木をすべて下ろすことができた。
「検品も問題ないな。いい仕事をしてくれた。今の時期、材木はいくらあっても足りないからな」
検品を終え、材木商が言った。
『やはり、戦争ですか』
「そうならないための備えだな。無防備ってのがいちばん危ないんだ。隙がある相手には誰だってつけ込みたくなるからな。それがキヌルク=ナンの太祖ならなおさらだ」
『Si vis pacem, para bellum(平和を欲するならば戦争に備えよ)、ですか』
「え? なんだって?」
『いえ、独り言です。キヌルク=ナンがノディアまで出張ってくることはあるのでしょうか?』
「今のところは、使節が何度かやってきた程度らしいがな」
『ノディアは旧ラン帝国領の中では辺境ですからね』
「いや、たしかにそうだが、さらに西を睨むなら、むしろノディアは重要な地点だってことになる。過去にグリュリアが帝国に攻め入ってきた時には、この街は最前線になったんだ。もう百年は前のことだけどな」
『歴史にお詳しいのですね』
「材木は軍需物資でもあるから、それくらいは知っておく必要があるんだよ」
肩をすくめる材木商に別れを告げ、私はギレンを乗せてギルドに向かう。
といっても、すぐそこだ。
1キロも走らずに、私はギルドの前に到着する。
「ちょっと待ってな。ジャンを呼んでくる」
ギレンがすっかり慣れた動きで助手席から下り、ギルドへと入っていく。
しばらくして、ギルドからジャンとギレンが現れた。
ジャンが呆れ顔で言った。
「まさか、本当に夕刻までに片付けてしまうとはな。しかもいつもの荷車の六倍の材木を運んだんだってな」
『積もうと思えばまだ積めますよ。向こうでの荷積み作業の問題で、今回はこの量となりました』
「徒歩半日の距離を1六分刻で往復して、しかも大量の物資を持ち帰る……か。おまえ、権力者に目をつけられないようにしろよ?」
六分刻というのは、半日(12時間)を6等分した単位のことで、元の世界の2時間と等しい。
なお、トイボックスの1日はほぼ正確に24時間であるようだ。私の時計では、わずかな誤差があるようだが。
(地球、月、太陽の条件が、地球とトイボックスでほぼ一致しているというのは出来過ぎだ)
偶然で片付けるのは無理があるだろう。
たとえば、「世界」なるものが、別の「世界」をコピーした上に作られている、というような可能性が考えられる。あるいは、「世界」にはもととなるプロトタイプのようなものがあるのかもしれない。
そもそも、「異世界」と簡単に言うが、「世界」が「異なる」というのはどういうことなのか? 地球と同じ宇宙の離れた場所にある惑星にいるというだけなのか、それとも、地球とは宇宙自体を共有していないのか。しかしだとすれば、宇宙には「外」があることになる。地球を含む世界は、その「外」のどこかにあり、このトイボックスも「外」のどこかにあるということだ。だとしたら、その「外」こそを、ひとつの世界と呼ぶべきではないのか。
(今考えてわかることではなさそうだ)
私は一瞬の間にそれだけの思索を行い、先のジャンの言葉に返答する。
『それは、どういう意味でしょうか?』
「そのままの意味だ。オルフェウス、おまえの輸送能力は、軍事の常識を変えてしまいかねん」
『しかし、私は一台しかいません。局所的には有用であっても、大局的な影響は限られると思います』
「そりゃ、大局的に見ればな。だが、おまえが一地方の領主につくと考えてみろ。大量の兵糧や兵員を馬の何倍もの速度で輸送できるとなったら、その領主の軍隊の活動範囲がどれだけ広がることか」
『なるほど。地方領主が私を抱え込もうとする可能性があるのですね』
「ああ。ノディアはこういう街だから、領主の存在感は薄いが、他の街はそうではない。何より、キヌルク=ナンには警戒することだな」
『なぜです?』
「奴らの優位がどこから来てるかはわかるか?」
『騎兵を主体としていることによる機動力でしょうか』
「その通りだ。ったく、政治や軍事のことまで正確に理解してやがるな。おまえの世界の荷車はみんなそんななのか」
『みんなではありませんよ』
私は神によって種々の制約を取り除かれたから自由に思索ができているのだ。
「キヌルク=ナンは騎兵主体の軍隊だが、騎兵自体の機動力は高くても、輜重部隊の足の速さは変わらねえ。そこにおまえが現れたらどうなる?」
『騎兵に随行して補給を行えるということですね』
「そういうこった。だから、間違っても東には向かわないことだな。この街にあまり長くいるのも危険かもしれんくらいだ」
ジャンの言葉に、ギレンが言う。
「おいおい、せっかくの走る荷車を手放しちまうってのか?」
「平時だったら存分に活躍してもらいたいんだがな。冒険者の身の安全をはかるのもギルド職員の大事な仕事だ。俺のおすすめはグリュリアだね」
『そうですか。検討します』
検討も何も、私自身既にグリュリアに行くことを決めている。
ジャンがそれを後押ししてくれるのはありがたい。ジャンに勧められたから西に行くのだと言えば、私の目的を問いただされるリスクが減る。
ギレンが私に言った。
「そういやおまえ、宿はどうするんだ? いや、宿っていうのもおかしいんだが、夜間はどうするつもりだ」
『よい駐車場所がなければ、街道の路肩に停めようと思っています』
「それなら、ギルド裏の空き地を使うといい。冒険者が訓練に使う場所だから、日が昇ったら動いてもらう必要はあるがな」
ジャンが言う。
『明日の仕事はあるでしょうか』
「ああ、今日のでおまえの力はわかったからな。頼めそうな仕事をいくつか見繕っておく」
『そうですか。それでは、今晩はお言葉に甘えます』
「この街も、比較的治安はいいと言われるが、夜となればまた別だ。へんなちょっかいを出されないよう気をつけろよ。どう気をつけたらいいかはわからんが」
その後、ジャンに今日の仕事の精算をしてもらい、その日は冒険者ギルド裏で夜を明かすことになった。