7.初仕事
◆オルフェウス視点
なぜ私は冒険者になろうと思ったのか?
そして、なぜ私はカーゴにアナイスと聖少女騎士団を積んでいなかったのか?
私は、ギルド職員たちが困惑から立ち直るのを待ちながら、今回の作戦について考える。
私が最初にアナイスたちに提案した作戦は、「どうにかして私を森の中に隠し、どうにかして騎士たちに荷車を調達してもらう」というものだった。
だが、この作戦には難点があった。
まず、私が隠れられるようなスペースを見つけるのが難しいこと。
次に、キヌルク=ナンに手配されている可能性のあるクラリッサたちを街に行かせ、荷車を調達させるのはリスクが高いことだ。
この難点を乗り越えるために、私は思索を重ねた。
その結果として私が見出した作戦はこうである。
私はこの世界にとってはあまりにも異物であり、早晩、人の目につくことは避けられない。
ならば、あえてこちらから出ていってしまうのも手である。
いつかどこかで人目につくのであれば、自分でタイミングを選んで人前に出てしまったほうが、主導権を握れるという点で有利である。
だが、人目についた私のカーゴに、アナイスたちが乗っているのを見られるのは非常にまずい。
巨大な鉄の荷車に、シャノン大公国の大公女たちが乗っている。
この事実をキヌルク=ナンに把握されると、今後の行動の自由度が著しく減少してしまう。
だから、森の中に、アナイスたちを隠してきた。
森に私を隠すのは至難の業ではあるが、アナイスたちが森に隠れるのは容易である。
森にはモンスターや野盗がいるおそれはあるが、街が近いことから大規模なモンスターの群れや野盗団に遭遇するおそれは低い。また、遭遇したとしても、練度の高い聖少女騎士団ならば逃げ切れる、と、クラリッサが保証した。
そのうえで、私はノディアの街にある冒険者ギルドに赴き、冒険者として登録する。
冒険者ギルドは、身分や資格は一切不問というのが伝統だ。
自動運転車は冒険者にはなれないなどという規定ももちろんない。
私が冒険者に登録する理由ももちろんあるが――
「で、では、あなたは異世界からの転生者であり、自力で移動し、考えることのできる荷車だと言うのですね?」
ジャンと名乗ったギルドの職員が、調査票を手に、私にそう確認する。
『その通りです』
「転生者か……。冒険者志願者の中にはそう主張する者がしょっちゅういるが……」
「こりゃ、認めるしかねーだろ。こんなもん、この世界のどの国が造れるってんだ? 自力で走る荷車なんざ、見たことも聞いたこともねえ」
さきほど私のカーゴと運転席を改めた強面の男がそう言った。
強面の男は、最初は私のことを疑っていたようだったが、入念に私を調べた結果、信じざるをえないと判断したらしい。
『冒険者ギルドは来る者を拒まず、と聞いています』
「それはそうなのだがな」
ジャンが頭をかきむしる。
強面が言った。
「しかし、おまえが荷車なんだとして、モンスターと戦えるのか?」
『場所は選びますが、轢いてしまえば済むことでしょう?』
「そりゃ、おまえに轢かれたらひとたまりもないだろうな」
『ただ、私としては、モンスターと戦うよりも、輸送の仕事をいただきたいと思っています』
「荷車だけにか」
『荷車だけに、です』
本来の目的はべつにある。
当然、アナイスと聖少女騎士団を無事グリュリア王国へと送り届けることだ。
冒険者は身分証ひとつで都市間を行き来できる。
私が冒険者になれば、アナイスたちをカーゴに乗せて、グリュリアまで誰にも見咎められることなく移動できる。
ただし、私のカーゴは空である、ということは印象づけておきたい。
だからこそ、先ほどは進んで強面にカーゴや運転席の中を見せたのである。
何度か仕事を請け負い、多少の信用を獲得すれば、この街の東門・西門で荷を改められることなく、アナイスたちを乗せたまま通過することができるようになるだろう。
近隣の都市への荷運びを請け負うことで、数日の時間がかかってしまうのは痛いが、少女騎士に荷車を調達させるよりはずっと安全なはずである。
「ええい、もういい。俺も割り切ることにする。普通の冒険者志願者と同じ扱いで行こう。簡単な仕事からさせてみて、使えるようなら冒険者として登録する」
ジャンが、吹っ切れたようにそう言った。
『ありがとうございます。それで、早速なのですが、仕事をご紹介いただけますか?』
「ああ、そうだな。北にあるカルナックという街に行って、材木を取ってきてほしい。材木の量はおまえに任せる。出来高払いだ」
『私向きの仕事ですね。材木の長さは?』
「問題なく、おまえの『かーご』に収まるだろうよ。本来、専用の荷車に取りに行かせるものなんだが、その荷車はおまえよりだいぶ小さいからな」
『この街の周辺にも森がありますが、材木は別の街から輸入するのですね?』
「この辺の木はあまり材木には向かないからな。あと、防衛上の理由もあるらしい」
『ああ、大規模な軍隊の集結を防ぐ意味合いですか。騎兵や攻城戦兵器には森は不便でしょうね。具体的には、キヌルク=ナンですか』
「よく気のつく荷車だな……おまえと話していると自分の正気が疑えてくるよ。そうそう、材木には産地の識別ができるように特殊な加工が施されている。荷を持ち逃げしたところで、よそで売りさばくってことはできないからな」
『そのようなことはいたしません。私の仕事は輸送であって、窃盗ではありませんので』
「この書類を、カルナックの材木商に渡してくれ。それと、これがおまえの仮登録証だ。記載されている期間のあいだだけ、冒険者同様都市の出入りを自由に行える」
私がノディアに入った時には、保証金として結構な額を東門に預けさせられた。都市内で何か問題を起こしたら没収されるそうだ。冒険者としての登録ができれば、保証金は全額返されるらしい。また、冒険者として登録しているなどの事情がない限り、都市を出る時には荷を改められる可能性がある。門番も忙しいので毎回改められるわけではないらしいが、私のように目立つ存在は目をつけられやすいだろう。これも、冒険者登録証があれば、荷を改められずに通過することができるという。つまり、アナイスたちを乗せたままこの街を横切るためには、冒険者登録証が必要だということだ。
「それから……今回は事態が事態なので、ギルドの権限として、おまえには監視役をつけさせてもらう」
『監視役、ですか?』
「ああ。仮登録を悪用するおそれのある奴なんかにつけることが多いんだがな。おまえの場合は、ナリがナリなんで、向こうに行って身元を証明するのが困難だろう。それで余計なトラブルを招いて、ギルドの信用が落ちては困る。……というわけで、ギレン、悪いが頼まれてくれるか?」
ジャンが強面(ギレン)に話を振る。
「はぁっ!? 俺が!? 俺は脅かし屋だぞ!」
「それを見込んでのことだ。おまえがこいつと一緒に行って、向こうの連中を睨んでくれれば、向こうもああだこうだとは言わないさ」
「ぐっ……そりゃそうだが」
渋るギレンに、ジャンがそっと耳打ちする。
「ここだけの話、俺は何か裏がありはしないかと危ぶんでるんだ」
「裏だって?」
「キヌルク=ナンが出張ってきてるタイミングでの、自称転生者の生きた荷車だ」
「なっ……まさか、スパイだってのか!?」
「……いや、さすがにスパイはないと思うが……キヌルク=ナンがこいつをスパイに選んだとしたら、選んだ奴は大馬鹿か天才のどっちかだ。具体的にどういう関連があるのか、あるいはないのかはわからんが、こいつの人となり?を知る上でも、誰か信頼できる奴をつけときたいんだよ」
「ちっ、しゃあねえ。そうまで言われたら断れねーな。だが、報酬は弾めよ?」
「もちろんだ。……これでどうだ」
ジャンが指を何本か折ってギレンに見せる。
「……マジか」
「それだけ俺たちも困惑してるんだよ。キヌルク=ナンに付け込まれたくない時期だしな」
と、いうような会話を、二人は小声でやっているのだが、私の聴覚センサーは二人の会話をきわめてクリアに拾っていた。
もちろん、聞こえていると素直に申告するつもりはない。
相談を終え、ジャンが私に向かって言う。
「この男――ギレンがおまえに同行する。だが、これはあくまでもおまえの仕事だ。おまえの判断で進めてくれ。今回は、面通しのためにギレンが向こうに話をつけることはするが、あくまでも特例だ」
『ご配慮いただきありがとうございます』
「荒くれ者の多い冒険者志願者にしては、口の利き方が丁寧だな。貴族相手でも問題なく会話できるだろう。……いや、それ以前の問題か」
「荷車と話したがる奇特な貴族がいるかって話だな」
ギレンがへっと笑った。
(アナイスと、何人かの少女騎士は貴族のようだったが)
彼女らは奇特な部類だったらしい。
『準備がよろしければもう出発したいのですが、ギレンさんは準備に時間が必要ですか?』
「いつでもいいぜ。って、こんな時間に出発するのか?」
ギレンが空を見て言う。
太陽は南をややすぎている。
車内の時計では午後2時をすぎたところだ。
「カルナックまでは徒歩で半日はかかる距離なんだぞ?」
徒歩をおよそ時速4キロ、半日を12時間と仮定すると、48キロの距離である。人間が12時間歩き通しということは考えられないので、ざっと3、40キロと見るのが妥当だろう。「半日」の定義によっては、もっと短い可能性もある。
街道がまともであれば、片道1時間もかからず着くはずだ。
もっとも、向こうでの材木の積み上げに時間がかかるかもしれない。
『向こうでの作業次第ではありますが、日が暮れる頃には帰れるのではないかと思います』
「マジか?」
ギレンが疑わしそうに言う。
「おまえの言うことは判断に困るな。まあ、実際に試してみればいいだろう」
ジャンが言った。
私は運転席の助手席側のドアを開けて言う。
『さあ、ギレン。乗ってください』
「お、おう」
おっかなびっくりギレンが助手席に登ろうとする。
片足が悪いようだったので、軽作業用ロボットアームで背中を支える。
「すまんな」
『シートベルトを締めてください。これです』
私はロボットアームでシートベルトの締め方を説明する。
「ほう、うまくできてるもんだな。急に停まっても前に飛び出さないってわけか」
ギレンはクラリッサと同じことに気づいたようだ。
『では、出発しましょう。ジャン、行ってきます』
「あ、ああ。いってらっしゃい……」
うつろな顔で手を振るジャンに別れを告げ、私はギレンを乗せてカルナックへと向かうのだった。