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6.冒険者志願車

◆冒険者の街ノディア、冒険者ギルド所属「(おど)かし屋」ギレン視点


 俺は、いわゆる「脅かし屋」だ。


 冒険者ギルドに馴染みのない奴のために説明すると、「脅かし屋」というのは、ギルドに冒険者登録を求めてやってきた、冒険者志願者を脅かす役のことである。

 具体的には、志願者に無言で近づき威嚇する、睨みつける、金をせびる、胸ぐらをつかむ、酔ったふりをして(実際に酔っている場合も多いが)ケンカをふっかける、志願者の隙をついて荷物を盗む、などの種々の嫌がらせをする。


 なんでそんなことをするかって?

 もちろん、志願者が冒険者としてやっていくにふさわしい力量・胆力を持っているかを試すためだ。

 冒険者は、一部ではロマンチックな職業のように思われているが、実際は泥臭いことの連続である。モンスターと戦う以上、命の危険もつきまとう。吟遊詩人のサーガを聞いて冒険者に憧れました、なんてうぶな奴にはとうてい務まらない仕事なのだ。


 さて、脅かし屋は通常、冒険者の中から、いかにも見た目が恐ろしい奴を選ぶことが多い。

 遺憾ながら、この俺もそうして脅かし屋に選ばれた口だ。

 元はそれなりの腕の冒険者だったが、怪我が原因で片足を悪くしちまった。食い詰めかけた俺に、ギルドが脅かし屋の仕事を与えてくれたってわけだ。


 脅かし屋の仕事は、ぶっちゃけて言うと、暇と退屈との戦いである。

 冒険者志願者は、2、3日に一人来ればいい方だ。

 それ以外の時間は待ってるしかねえ。

 俺は、ギルド併設の食堂兼酒場で、居合わせた仕事のない冒険者とカードをやりながら暇をつぶす。一応、昼は酒を飲むなってことになってるんで、暇をつぶすにはそんなことくらいしかやることがねえ。

 ま、気楽な商売ではあるけどな。


 その日も、俺はいつものように、居合わせた冒険者とカードをしながら待機していた。


 そこへ、ギルドの方から、職員がやってきた。


「おっ、仕事か?」


 俺は職員に声をかける。


「あ、ああ……まぁ、仕事は仕事なんだが」


 職員が、いつになく歯切れ悪くそう答えた。


「どうした、ジャン。厄介な奴でも現れたか?」


 冒険者を志願する奴の中には、よそで傭兵をやってただとかで、中途半端な冒険者よりよほど戦える奴もまれにだがいる。そういう奴が、調子に乗って契約条件だの報酬だのについてゴネだしたりすると、ギルドにとってはちょっと厄介なことになる。


「いや、厄介というかなんというか」

「なんだ、歯切れの悪い。まさか、キヌルク=ナンの連中がからんできやがったのか?」

「キヌルク=ナンとは関係ない……はずだがな」


 ジャンが大きくため息をつく。


「なんだ、うまく説明できるか自信がないんだが」

「なんだよ、ずいぶん気を持たせるじゃねーか」

「そういうつもりはないんだ。かいつまんで言えば、だ。冒険者志願者がギルドにやってきたんだが、そいつが、あまりに身体がでかいもんで、ギルドの中には入れない、だからギルドの職員が外に出てきてくれないか、と、こう頼むんだよ」

「はあ?」


 俺は唖然とした。

 少し考えてから、ようやく絵が見えてきた。


(要はハッタリじゃねーか)


 冒険者志願者の中には、少しでも自分を高く売ろうとハッタリをかます奴もいる。

 キヌルク=ナンの騎兵を千人斬りしただとか、ドラゴンと戦って角を折っただとか、自分は転生者の末裔で特殊な能力を持ってるだとか。

 ハッ、そんなもんがあるんなら、冒険者なんてヤクザな商売をするもんかってんだ。


 しかしそれにしたって今日のは酷い。

 ここまで失笑モンのハッタリは初めてだ。

 いっそ、そんなアホなハッタリをかました度胸を買って、お望み通り冒険者にしてやってもいい。


「任せろ、ジャン。どんだけ図体がでかいんだか知らねーが、でかいのが怖くって脅かし屋が務まるかってんだ。俺が一発ぶちかましてやりゃ、ほうほうのていで逃げ出すさ」

「い、いや、それが……ううん。言葉で言ってもわからないか。じゃあ、すまんが、一発『ぶちかまして』やってくれないか、ギレン」

「おうよ」


 最後まで歯切れの悪いジャンに首を傾げつつ、俺はギルドの方に向かう。

 ギルドのカウンターでは、職員たちが顔を寄せ合って何やら言い合っている。

 俺は職員たちに向かって、


「任せとけ。日当の分は仕事をするさ」


 と言って胸を叩く。


「あ、ああ……ギレンか。そ、そうだな。志願者は一度脅かしてやる。それがこのギルドの掟だったな」

「おいおいしっかりしてくれよ? やらせだと思われたら効果が半減するんでな」


 ったく、どいつもこいつもうろたえやがって。

 いくらでかいつったって、人間である以上は限度ってもんがあるだろうに。

 ギルドの建物に入れないほどでかいだって? キュクロプスかなんかかよ。


 俺はギルドの正面扉を押し開き、外に出ながら言ってやる。


「おうおう、おめえが志願者か? ちょっとばかし図体がでかいからって調子に乗ってっと……」


 そこまで言って、俺はギルドの玄関前が薄暗いことに気がついた。


 前を見る。


 壁が、あった。

 鉄色の壁だ。


 頭を左右に巡らせる。

 鉄色の壁はギルドの正面を覆い隠していた。いや、ギルドの正面より長かった。

 高さは、長さよりはマシだ。せいぜい、俺の身長の倍以上ってくらいだからな。


 その壁がギルドの前を塞いでるせいで、ギルド前が日陰になってしまっているのだ。


「んだこりゃ」


 俺は思わずつぶやいた。


『はじめまして。私はオルフェウス。モリサキ自動車製自動運転トラックD1501Eに搭載された人工知能です』

「なっ……ど、どこからしゃべってやがる!?」


 突然聞こえてきた声に、俺は周囲を見回した。


『目の前にある『荷車(にぐるま)』からです。正確には荷車という表現は語弊がありますが、この世界にあるもので近いものを探すと、この表現となります』

「お、おう」


 いや、何言ってるかさっぱりわからなかったが。


「ってことは……まさか、おまえが今日の冒険者志願者だって言うのか?」

『その通りです。私オルフェウスは、冒険者に登録していただきたく、こちらまでうかがいました。ここは冒険者ギルドで間違いありませんか?』

「あ、ああ……合ってるよ」


 思わず、素直に答えてしまった。


『私は見ての通り『荷車』ですので、ギルド内に進入することができません。ギルドの建物を壊してしまいますので』

「そ、そりゃそうだろうな」


 見た感じ、いかにも頑丈そうな「荷車」だ。

 こんなバカでかい、しかも全部鉄でできてるような荷車なんざ、見たことがないが。


(そもそも、馬はどこだ?)


 こんなでかい、その上鉄でできてるような荷車を引ける馬なんざ、ほとんどモンスターみたいなもんだろう。

 が、荷車の前に回ってみても、馬などはいなかった。


『馬をお探しですか?』

「あ、ああ。どうやってここまで来たんだ?」

『私は動力を内蔵しているので、馬などの牽引用の動物を必要としません。ちょっとお見せしましょう。もっとも、周りに集まっている方々は、つい先ほどご覧になっていますが』


 そう言われてはじめて、荷車を少し離れて取り巻くように、人だかりができていることに気がついた。


『ちょっと下がっていてください』


 荷車が言う。

 俺は下がる。

 脅かし屋が素直に引き下がっていいのかと思ったが、事態が予想の斜め上すぎて理解が追いついていなかった。


 目の前の壁が、ゆっくりと前に動いた。

 それから、再びゆっくりと後ろに下がる。


『ご理解いただけましたか?』


 荷車が言う。


 そこで、ようやく俺の頭が回りだした。


(そうだ、こんだけでっかい箱なんだ。中に馬がいるんだろう。いや、人間も乗ってて、伝声管かなんかで声を出してるに違いない。とんだ虚仮威しもあったもんだ)


 俺は内心で納得しながら、荷車に言う。


「おい、おまえの中を見せてみろよ。中に馬と人が入ってるんだろ?」

『いえ、現在私は空荷です。運転手も乗っていません』

「なら見せられるだろ? ったく、冒険者志願のハッタリにしちゃ大掛かりすぎんだろ」

『そこまで言うなら、ご随意に』


 ガコン、と荷車の後ろ側から音がした。

 俺は後ろに回り込む。

 荷車の扉が開いていた。

 頑丈そうな、両開きの扉だ。

 この扉だけ外して売っても、相当な値段になるだろう。

 冒険者ギルドを担ぐためだけにこれを用意したんだったら、そいつはまちがいなく大馬鹿だ。


 俺は大馬鹿を探そうと、荷車の中に乗り込もうとする。

 だが、荷車の荷台は、どういうわけか床が高い。

 片足が悪い俺にはちっと酷な高さだった。


『もしや、足がお悪いので? 昇降機を使いましょう』


 荷車(に隠れてる大馬鹿)の声とともに、荷台の床の一部が動いた。


「うおっ!?」


 床は、後方にせり出すと、今度は地面に向かって垂直に下がった。

 これに乗れ、ということらしい。


(ええい、脅かし屋がビビってられるかよ!)


 俺はやけくそになって床に乗る。

 床は俺を乗せて上昇し、もとあった場所へと静かに戻った。


 これで、俺は荷台の入り口に立ったことになる。


 が、


「誰もいねえ」


 荷台には、誰もいない。

 荷物も乗ってないし、もちろん、馬だの牛だのも乗ってない。

 荷台に隠しスペースもなさそうだ。冒険者としてダンジョンに潜った経験から、俺は見た目で奥行きをある程度測ることができるが、外から見た幅と内側の奥行きに食い違いはないようだ。


『運転席も見ますか?』


 荷台からさっきの動く床で下ろしてもらった俺は、今度は荷車の前へ向かう。

 荷車の上から突然折れ曲がった金属の棒が下りてきて、俺は思わず身構える。

 が、その棒は、「運転席」とやらの扉を開けただけだ。


(今の棒――いや、手か?)


 あんな精巧な金属の加工品なんて見たことがない。

 どうやってあんなもんを動かしてるのかも謎だ。


 俺は運転席とやらを覗いてみる。

 不思議な手触りの革を張った椅子が二つあり、片方の前には奇妙な大きな輪があった。

 それ以外にも見慣れないものがいろいろあるが、どれも奇妙すぎて、うまく言葉で言い表せねえ。

 だが、これだけは言える。


「誰もいねえな」


 こちらも、外と中で大きさに食い違いはない。

 誰かが隠れてる余地はない。

 いや、


「そうか! 床下か!」


 俺はその場に伏せ、荷車の下を覗き込む。

 異様に複雑な鉄の細工や、荷車の車軸らしいものはあるが、人が潜む場所はなさそうだ。


「ど、どういうこった……」


 俺は、脅かし屋としての仕事も忘れ、ただ呆然とつぶやいていた。

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