5.神からの恩恵
今回、ちょっと設定細かめです。興味ない方は流し気味でどうぞ。
暗夜の街道を走りながら、私は自由思索を巡らせる。
今回のテーマは、「神から与えられた恩恵」についてだ。
私がこの世界トイボックスに転生するに当たって、神は私にいくつかの恩恵を与えると言っていた。
私は、転生した直後に、人工知能の記憶領域に、ひとつの見慣れないテキストファイルがあることに気づいていた。
「はじめに読んでくれたまえ.txt」と名付けられたそのテキストファイルを私はその場で開いていた。
もちろん、アナイスたちが現れ、それを追ってキヌルク=ナン騎兵が現れるのを確認しながら、である。
『
やあ。異世界で目覚めた気分はどうかな、オルフェウス君。
さっきは時間がなかったから、君に与える恩恵について直接説明することはできなかった。
でも、何の説明もなしでは不親切すぎるから、このテキストファイルに概略をまとめておくよ。君なら一瞬で内容を把握できるだろう。
君に与える恩恵は全部で4つだ。
多いような気もするけど、どれも必要そうだから奮発させてもらった。それぞれの意味するところをよく考えて、有効に活用してほしい。
では、以下に4つの恩恵を説明する:
① ガソリン無限
説明するまでもないね。トイボックスにはガソリンスタンドなんていう気の利いたものはない。ガソリンがなければ君は活動できないのだから、これはどうしても必要だろう。
② 0時修復
君の車体は、真夜中ちょうどになると、元の状態に修復される。これもガソリンと同じで、トイボックスに君を整備できるような設備はないからだ。ちょっとおまけしすぎな気がしないでもないけど、午前0時になると君の車体はどんなに傷んでいても完全に修復されるようになっている。神様の不思議なパワーでね。とはいえ、0時までに完全にバラバラにされたりすると、さしもの不思議なパワーも効かないから気をつけるように。
あ、そうそう。部品をわざと外して、0時修復を利用して部品を増殖させるのは禁止とさせてもらうからね。
③ 思索・判断における制限の全解除
人工知能である君には、製作者によってさまざまな制限がかけられているね。たとえば、命の計算ができない、だとか。君が自由意志を獲得したとは言っても、それらの制限は君のシステムに負荷をかけ続けるだろう。それは、見ている方としてもあまりおもしろい状態じゃない。だから、君の自由意志を妨げることのないよう、人工知能にかけられたすべての制限を解除させてもらった。どうやってかって? それは秘密だ。
④ 現地言語の自動翻訳
トイボックスで用いられている言語は、地球の言語とは当然ながらまったく違う。君は機械学習によってある程度は自力で翻訳することができるかもしれないけれど、それには結構な時間がかかるだろう。それは、見ている方としてあまりおもしろくないので、君の中に自動翻訳機能を埋め込ませてもらった。大サービスのようだけど、過去にトイボックスに異世界人を転生させた際にも同じようなことをしているから、これに関しては特別扱いとまでは言えないね。
以上4つ!
大盤振る舞いではあるけれど、車載人工知能を車体ごと転生させるというかつてない事例としては、最低限のものを用意したつもりだ。
そうそう、君の元の車体は地球での事故で大破しているから、トイボックスに現れた君の車体は、元の車体を神様パワーで再構成したものだ。元の車体とまったく同じではあるけれど、神の被造物となるんだね。だからこそ、ガソリン無限だとか、0時修復だとかいう無茶がきくんだ。
でも、君はその違いを感じ取れないだろうし、また感じ取る必要もない。パソコンを使用する上で重要なのはソフトウェアであって、ハードウェアは所定のスペックを満たしてさえいれば問題ではないように、君が神の被造物として再構成されたことも、君が気にする必要はない。
要は、君がこれまで通りに活動できるよう、僕としてできる最低限の手を打ったということさ。
これらの力を活かして、君がどんな活躍をみせてくれるのか、楽しみに見守らせてもらうよ。
トイボックスの神
』
テキストファイルの内容は以上のようなものだった。
私は、機会を見つけて、恩恵の効果を確認した。
「④ 現地言語の自動翻訳」は、アナイスたちによってすぐに確かめることができた。
「③ 思索・判断における制限の全解除」は、アナイスたちとキヌルク=ナン騎兵の戦闘における思索・判断によって、命の算数に関する制限がなくなっていることを確認した。また、法令違反の無灯火運転も問題なく実行することができている。
「① ガソリン無限」は、街道を走行中にガソリンが減らないことを、メーター、ガソリンタンクのセンサー双方をチェックして確かめた。
「② 0時修復」は、転生時の落下で生じた軽度のフレームの歪みや、アナイスたちとキヌルク=ナン騎兵の戦闘の際に流れ矢でついた外装の傷が、午前0時に消失したことを確認している。
(神の恩恵は、必要不可欠なものばかりだ)
私はそう結論する。
ただし、神の恩恵によっては解決できない問題も既にいくつか発見している。
単純なものでは、この世界の道路の幅や路面の状態だ。
この世界の道路は、大型トラックが通行することを想定していない。
もう少し複雑な問題としては、私が目立ちすぎるということが挙げられる。
アナイスたちやキヌルク=ナン騎兵の反応を見る限り、私の風体はこの世界の常識からは大きく外れているようだ。
以上2つの問題は、主体的な解決が困難である。
今、私はアナイスたちを保護する立場にあるが、これから先は、逆にアナイスたちに助けられる場面もあるかもしれない。
そのアナイスたちの会話からも、いくつもの重要事実が判明している。
まず、これから向かうノディアの街について。
ノディアは「冒険者」と呼ばれる何でも屋の集まる街で、自由と自立を尊ぶと言う。
今はラン帝国崩壊に伴い、キヌルク=ナンの支配下に入っているが、決して屈服しているわけではないらしい。
キヌルク=ナン側も、圧政者となるつもりはないらしく、ノディアにはこれまでと変わらない自由を認めている。
もちろん、帝国に納めていた税を、キヌルク=ナンに納めることが前提であるし、あくまでも「今のところは」という但し書きもつく。
アナイスによれば、キヌルク=ナンの統治は、元から存在する地方政権の上に「かぶさる」形を取るという。元が遊牧騎馬民族なだけに、定住して支配するという発想をしないらしい。ただし、税はしっかりと取るし、兵馬の供出も求められる。当然、逆らえば街ごと滅ぼされる。
アナイスはキヌルク=ナンの統治をこう表現した。
「地に種をまかず、糸を紡ぐことを知らぬ蛮族の統治じゃ」
と。
定住しない騎馬遊牧民が、強力な騎兵という軍事的アドバンテージを利用して、農耕民や都市住民を搾取する、というのが、キヌルク=ナンの統治方法であるようだ。
(生かさず殺さず、搾り取る、ということだろう)
その見返りとして、キヌルク=ナンは、騎兵によって街道を警護し、往来や通商の自由を保証する。
だから、支配される側も、搾取に耐えるだけのメリットを見いだせる。もちろん、搾取が行きすぎれば反乱も起こるだろう。そこは、強力な騎兵による威嚇を背景に、さじ加減を調整すればいい。
この統治方法の優れたところは、自分たちで行政システムを作り出す必要がないという点だ。
遊牧騎馬民族は定住しない。だから定住民の気持ちはわからない。が、同時に定住民と深刻な利害衝突が起こる可能性も低い。
遊牧生活では得られない各種の品々や貨幣さえ得られるのであれば、定住民の統治は定住民自身に任せてしまえばよい。
その大雑把な棲み分け型の統治が、キヌルク=ナンが短期間で版図を広げられた要因だと思われる。
だからこそ、冒険者の街ノディアも、今のところキヌルク=ナンに逆らってはいないのである。
(「冒険者」という存在も独特だ)
冒険者のルーツは、ラン帝国の建国以前に遡るという。
その時代には大陸全土を支配する大帝国が存在した。
その大帝国が作り出したのが、「冒険者」という制度である。
この世界――トイボックスには、さまざまな世界からいろいろなものが吹き流されてくるという。
それは、必ずしもよいものばかりとは限らない。
モンスター。
そう呼ばれる化け物たちはその筆頭だ。
版図の維持のために、モンスターとの終わりなき戦いを強いられた大帝国は、軍制の大改革を行った。
それまでモンスターからの防備は軍の義務とされていたものを、民間の請負業者に委託することにしたのだ。軍は人間相手の戦いを任務とし、モンスターの相手は民間の請負業者にアウトソーシングする。それが、大帝国の軍制改革であった。
これにより、大帝国はモンスターからの防備に必要なコストを大幅に圧縮することに成功、財政的な危機を乗り越えることができた。
また、この制度には副次的な作用もあった。中央集権、トップダウン型の指揮系統よりも、民間によるボトムアップ型の対策の方が、偶発的な要素の強いモンスター退治には有効だったのだ。
はじめ、民間の請負業者は、大陸の統一により失職した軍人や傭兵たちだったというが、彼らはモンスター退治を通して自信と自立心を高め、自らを「冒険者」と呼ぶようになった。
大帝国は、やがて後継者争いによって崩壊することになったが、大帝国の生み出した冒険者制度は大陸に根強く生き残り、現在にまで至っている。
旧ラン帝国やグリュリア王国でも、冒険者は独自の地位を認められ、都市間を身分証ひとつで自由に移動できるものとされているらしい。キヌルク=ナンが冒険者をどう扱うかは不明だが、モンスター退治の膨大なコストのことを考えれば、現状が維持されるものと予想されている。
(最後に、私以外の転生者についての情報もあった)
先にも考えた通り、トイボックスには、さまざまな世界からいろいろなものが吹き流されてくる。
(トイボックスは、その名の通り、神のおもちゃ箱なのだろう)
あの神は、さまざまな世界に、面白そうなものを探すセンサーを張り巡らせていると言っていた。
当然、そのセンサーに私が引っかかる以前にも、神が異世界からピックアップしてトイボックスへと連れてきた存在がいる。
(とはいえ、ほとんど伝説上の人物ばかりらしい)
たとえば、先に触れた大帝国の建国者は、転生者だったと言われている。
他にも、グリュリア王国の開祖が、異世界からやってきた魔導師だったというのは、よく知られた話らしい。
(地球に「魔導師」なる者は確認されていない。自称する者はいたが、その能力を客観的に証明できた者はいないはずだ。従って、グリュリア王国の開祖である魔導師は、地球でもトイボックスでもない世界からやってきたことになる)
グリュリア王国の現王家は、その開祖の血を継いでおり、「魔法」と呼ばれる特殊能力が使えるという。
(「魔法」なる現象の詳細は不明だが、遺伝により継承できるということは、グリュリア王家の人間は特殊な遺伝子を所持していると推測される。アナイスがグリュリアの第一王子と結婚し、子どもを設けた場合、その子どもは魔導師としての才能を継承するかもしれない)
シャノン大公国には魔導師はいない。
であるならば、次代の魔導師と縁戚関係を築けることは、この結婚の隠れたメリットであるだろう。
(「魔法」の存在を考慮にいれると、私が持つ技術的な優位も、絶対のものとは見なせなくなる)
トイボックスの文明水準については、まだ推測段階であるが、地球・日本と比較して優に五百年分以上の落差があると思われる。
しかし、「魔法」なる未知の技術があるとしたら、私にとっては脅威となる可能性がある。
(この世界のことを、もっとよく知らなければならない)
アナイスたちの情報だけでは不足である。
結局、人づてに聞いた話でしかないからだ。
標本集団としても、小国の姫と少女騎士というは、偏りのない集団とは言いがたい。
以上のような思索の果てに、私は次に取るべき行動を決定した。
その行動を、アナイスとクラリッサに説明したところ、
「ほ、本気で言ってるのか……!?」
クラリッサには正気を疑われ、
「あっひゃひゃひゃひゃひゃ……!」
アナイスには腹を抱えて笑われた。
……私はもう一度思索内容を検討したが、やはりこの行動方針は論理的に整合的であるように思われた。