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4.トラック、少女たちと会話する

「改めて、自己紹介をさせてくれ。わたしはクラリッサ・フィン・サーブラン。シャノン大公国聖少女騎士団の団長を務めている」


 クラリッサが言った。


『カーゴの皆さんともおつなぎします』


 私はそう言って、運転席真ん中に備え付けられたディスプレイを起動、カーゴ内の様子を映し出す。


「なんだこれは……『かーご』の風景を映しているのか?」


 クラリッサが驚く。


『はい。ただし、向こうにはこちらの画像は出せません。音声は既に中継しています』


 カーゴ内にはディスプレイはないが、スピーカーはある。

 さっきからの会話もカーゴへと中継していた。


 カーゴの中で、二頭の馬をあやしていた女騎士が、きょろきょろと周囲を見ながら言った。


「ええっと、そちらからは見えてるってことですか?」

『その通りです』

「じゃあ、わたしも自己紹介しますね。ミッケ・ポッケといいます。動物のお世話が好きです」


 栗色のくせ毛とそばかすが特徴の少女がそう言った。


 ミッケに続き、カーゴの中を興味深そうに観察していた、暗い髪のメガネの少女が言う。


「シフォン・フィン・ギュスタです。騎士団では一応参謀ということになってます」


 シフォンも、どっちを見ていいかわからないようで、視線を宙にさまよわせていた。


 次に、亜麻色の髪を緩く編んだ少女が言う。


「リース・フィン・フォンテネラといいますー。弓が得意なんですよー」


 私が人質になったアナイスを助けた時、アナイスを拘束していた男を正確に射抜いていたのが彼女だった。

 あの時の鋭い表情とは異なり、いまはどこかおっとりした雰囲気を漂わせている。


 最後に残ったのは、黒髪を短く刈った、色黒の少女。


「……イザベラ。斬り合いなら任せて」


 ぼそりとつぶやくように、イザベラが言った。

 さきほどの戦いで、斬りかかってきた騎兵をたやすくいなしていた。

 小柄ながら、剣術に優れているようだ。


『クラリッサ、ミッケ、シフォン、リース、イザベラですね』


 確認しなくても私が人の名前を忘れることはないが、人との会話には枕というものが必要だ。


 シフォンが言う。


「わたしたちは聞いていますから、姫や団長から話を聞いてください。この状況でみんなが話すと混乱しそうですし」

『わかりました』


 シフォンの言葉を受けて、私は運転席のクラリッサと助手席のアナイスに意識を戻す。


 クラリッサが言った。


「今紹介した五名が、聖少女騎士団の構成員だ」

『騎士団、と呼ぶには人数が少ないようにも思われますが……』

「聖少女騎士団は、姫を守るための近衛だからね。人数はこれで足りている。正確には、国に残してきた見習いが数人いるが、今は関係のないことだな」

『ということは、今いるこの場所は、あなたがたの国ではないということですか?』

「オルフェウスが異世界からやってきたというのは本当らしいな。それでは、周辺の情勢はおろか、地理すらもわからないということか」

『はい。私の中にこの世界に関するデータは一切ありません』


 正確には、この世界に現れてから見聞きしたものを除いて、ということだ。


 アナイスが口を開く。


「地理や国際情勢についてなら、妾が説明しよう」

『お願いします』

「今走っているこの街道は、『西の大道(おおみち)』と呼ばれておる。今はなき帝国ランの旧帝都クナンナネールと、我がシャノン大公国、そしてさらに西にあるグリュリア王国を結ぶ幹線街道じゃ」

『こういうことでしょうか』


 私はディスプレイにざっくりとした図を表示する。


 いちばん西にグリュリア王国。そこから東に向かって、現在地、シャノン大公国、旧帝都クナンナネール。

 アナイスたちは、シャノン大公国から西に向かって出発し、グリュリア王国へと続く西の大道の途上にある。


「ほう。これはわかりやすいの。じゃが、縮尺としては、ここはもう少し長く、ここはもっと短いはずじゃ」


 画面を指さして言うアナイスに合わせて、図を修正する。


「な、なんと……便利なものじゃな。それならば、この図で説明しよう。シャノン大公国は、もともとラン帝国に四方を囲まれる盆地にあった。一種の天然の要害で、帝国に呑み込まれずに長らく独立を守ってきた国じゃ」


 アナイスの説明に合わせ、シャノン大公国のサイズを調整し、周囲を山で囲んで盆地らしくする。


「じゃが、今世紀に入った頃から、栄えある帝国ランに衰えが見えはじめた。その直接の原因は、東方から侵入してきた遊牧騎馬民族じゃった。遊牧騎馬民族は、ランの衰えに乗じる形で勢力を拡大し、同時に多くの部族からなる寄せ集めにすぎなかった集団を、中央集権の強力な軍事国家へと発展させた。それが、キヌルク=ナン国じゃ。キヌルク=ナンは、ついにランを滅ぼし、その版図を自らの版図に付け加えた。大陸の東からパットリア山脈までを領土とする、超巨大国家ができあがったのじゃ」

『パットリア山脈というのはここですか?』


 私は図の中にある、グリュリア王国とキヌルク=ナン国の国境をポインターで示す。


「さよう。天の屏風と呼ばれる峻険な山々で、さすがのキヌルク=ナンも、まだグリュリアには手を出せずにおる」

『なるほど。あなたがたシャノン大公国は、強力な軍事国家であるキヌルク=ナン国に、盆地の周囲を囲まれてしまったのですね』

「そういうことじゃ。そこで当然思いつくのは――」

『西にあるグリュリア王国との同盟……でしょうか』

「その通り。妾は、グリュリア王国の第一王子に嫁ぐことになった。結納の品々を持ち、商隊に扮して、キヌルク=ナンの領土をなんとか抜けようとしておったのじゃが、キヌルク=ナン騎兵に見咎められてしまった」

『キヌルク=ナンの支配力は、シャノン大公国とグリュリア王国の間にある現在地点まで及んでいるということですか』

「結果から言えば、そういうことになる。キヌルク=ナンは東の国じゃ。まだ西の大道の西側までは十分に支配できていないのではないか。そう、読んでおったのじゃがな」


 アナイスの言葉に、クラリッサが言う。


「姫。わたしは、あの検問に不自然なものを感じました」

「不自然じゃと?」

「まるで、最初から、姫が通りかかるとわかっていたようではありませんか? あのような厳しい検問が敷かれていたということは……」

『アナイスがグリュリア王国に嫁ぐという情報が漏れていた、ということですね』

「むう……」


 アナイスが黙り込む。


 私は会話をしながらも、トラックをまっすぐに走らせている。

 夜になったが、ヘッドライトは点けていない。

 レーダーや赤外線カメラのある私は、その気になれば無灯火で走行することができる。

 もちろん、日本では道路交通法に引っかかるため、そのような機会はなかった。ヘッドライトの照射距離よりレーダーの探知距離の方が長いので、私がヘッドライトを点けるのは、もっぱら歩行者や人間のドライバーのためである。


 と、私のフロントガラスに水滴がついた。

 水滴はみるみるうちにその数を増していく。


『雨です。これは都合がいい』

「どうしてじゃ?」

『さらなる追っ手がいた場合、追っ手は私の走行跡に注目するかもしれません。雨が降れば、走行跡は目立たなくなります』


 ただし、石畳の街道の表面が濡れると、ハイドロプレーニング現象が起きやすくなるだろう。

 日本のアスファルトの路面と較べても、濡れた石畳は危険度が高いと思われる。

 速度を若干落とし、ハイドロプレーニング現象の兆候がないか、ブレーキやホイールのセンサーに注意する必要があった。

 とはいえ、そのあたりのことは彼女たちに話してもしかたがない。


「なるほどの。先の追っ手は残らず討ち取ったから、次の追っ手はすぐにはかからぬと思うが」

「追っ手にしても、雨の中で馬を駆けさせるのは危険だと判断するでしょうね」


 アナイスとクラリッサがそう言った。

 二人の目は、フロントガラスで動くワイパーに釘付けになっている。


『この先については、どう考えているのでしょうか?』

「おっと、そうじゃった。西の大道の、パットリア山脈の関所は、グリュリアの支配下にあるはずじゃ。そこまでたどり着ければ、妾の身分を証明すればよいだけじゃ」


 アナイスの言葉に、クラリッサがやや暗い顔をする。


『クラリッサ。何か気がかりがあるのですか?』

「ああ。キヌルク=ナンは、われわれの動きを察知して検問を敷いていたのだ。だとすれば、関の手前に、別の検問を敷いていてもおかしくはない。おそらく、この先にあるノディアの街付近になるだろう。西の大道は、ノディアの街の真ん中を通っているのだ」

「むう。仮に検問がなかったとしても、オルフェウスはこの風体じゃ。街に入っては目立ってしかたがあるまい。騒動は避けられぬぞ」

『速度を上げて一気に突っ切ることはできませんか?』

「それは難しかろう。ノディアの街は城塞都市じゃ。東門と西門が完全に開かれているとは思えぬ」

「街中も、人混みがすごいので、馬車が通行するのもやっとなのだ。オルフェウスの巨体がすんなり通れるとは思えない」


 私は二人の言い分を検証する。


『では、ノディアの手前で私は身を隠し、団員の皆さんはノディアで新たな荷車を探すというのはどうでしょう?』

「荷車を調達してからオルフェウスのところまで戻り、『かーご』に積んだ壊れた荷車から荷を積み替えるということか」

「ふむ。現実的じゃの」


 二人がうなずく。


『ただし、懸案が二つあります。ひとつは、私の身を隠せる場所が見つかるかということ』

「……難題じゃの」

「ノディア周辺は森の深いところだ。街道を外れればどこか適当な場所があるかもしれないが……もうひとつは?」

『団員の皆さんが、ノディアでキヌルク=ナン兵に目をつけられずに荷車を確保できるか、ということです。東門からノディアに入り、ノディア内で荷車を見つけ、荷車を引いて東門を出た後、私のもとに戻って荷を積み替える。それから再び東門に入ることになります』

「なるほど。東門を出たり入ったりでは目をつけられかねぬか」

「随行していた男性騎士は、われわれを逃がすために犠牲になってしまった。女性だけ、それも少女だけの集団がうろついていては、それだけで目立ってしまう。キヌルク=ナンが既にわれわれを手配している可能性を考えればなおさらだ。不可能とまでは言わないが、危険は小さくない、か」


 二人が揃ってため息をつく。


『もう少し検証してみましょう。私はこの世界の常識がまったくと言っていいほどわかりません。有効なシミュレーションをするには、大量のデータを入力する必要があります』

「そうじゃな。オルフェウスの知恵に期待するしかあるまい。もし他に案がなければ、どうにかしてオルフェウスを隠し、どうにかして騎士たちに荷車を調達してもらう、ということにはなろうが」

『方針としては、不確定要素が多すぎるでしょう』

「そうであるな」


 アナイスがうなずいたので、私は私に乗り込んでいる全員に提案する。


『世界のこと、国のこと、街のこと……なんでも構いません。皆さんの知っていることを、思いつく限り、可能な限り早口で口述してください。私は全員が同時に口述しても十分に聞き取ることができます』


 私の提案は受け入れられ、姫と護衛の騎士たちは、一斉に早口で話しはじめた。

 おかげで、夜間人目につかず街道を走れる間に、私は方針策定のために必要な最低限の情報を得ることができた。

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