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3.出会い

 数に勝る騎兵たちを片付けた姫/女騎士たちだが、いまだに警戒を解いていない。

 その理由はむろん、私である。


「さ、さきほどのは一体なんだったのだ?」


 女騎士のリーダー|(先ほどのやりとりから「クラリッサ」と同定)が言う。

 クラリッサは、すらりと背が高く、金髪を編み上げた美女である。年齢は二十代前半だろう。周囲の他の女騎士が十代に見える中で、大人らしい落ち着きを見せていた。もっとも、今は私の車体を睨みながら、いぶかしそうに首をひねっている。


「複雑に組み合わされた金属の棒が、まるで人間の腕のように動いていた……」

「妾からは見えなかったのじゃが、なるほど、これは面妖であるな」


 姫を人質にした騎兵の腕を掴んだのは、運転席上部にあるエアディフレクター(空気抵抗を減じるために取り付けられた、かまぼこを縦に半分に切ったような形状のパーツ)内に格納されている、軽作業用ロボットアームである。

 関節が4つあり、あらゆる方向への動きに対応できるが、構造上、30kgを超える物の運搬は不可能だ。今回の場合は、腕をつかむだけでよく、騎兵をまるごと持ち上げる必要がなかったから、運搬能力は無視できた。動きもそこまで速いわけではないから、騎兵がこちらに背を向けていたのは幸いだった。

 なお、ロボットアーム先端は、人間の手同様の、繊細な作業ができるマニピュレーターとなっている。

 ちなみに、このロボットアームで荷の積み下ろしをすることはない。荷の積み下ろしは、搬入元と搬入先にある自動運転のフォークリフトや積み下ろし用のロボットが行っている。

 あくまでも、ちょっとした荷解きや異物の除去などに用いるためのアームである。

 アームは二本あるが、今出しているのは一本だけだ。


 女騎士の一人、とくに幼く見える少女が言った。


「で、でも、さっきはわたしたちを助けてくれたように見えました」

「ミッケの言う通りではあるんだよな」


 クラリッサが悩ましげに言った。

 クラリッサに、眼鏡をかけた女騎士が言う。


「あの動きは、あきらかに人質の解放を狙ったものでした。この荷車には、それだけの判断力があるということです。信じがたいことですが……」

「シフォンの言う通りじゃな。状況を把握できていなければ、あんなことはできぬはずじゃ。そして、妾たちを助けてくれたことから、害意がないことも事実であろう」


 眼鏡をかけた少女騎士(シフォン)の言葉に、姫(アナイス)がそう答えた。

 しばし考え、アナイスが前に出る。


「ひ、姫! 危険です!」


 クラリッサが制止する。


「危険と言うなら、今のこの状況に危険でない部分など存在せぬ。だいいち、失礼に当たるではないか」

「し、失礼……ですか?」

「この荷車?は、妾を助けてくれたのじゃ。警戒するのは礼を失していよう」

「そ、それは……」


 クラリッサが言葉に詰まる。


 アナイスが前に出て、私の車体に向かって礼をする。

 ドレスのスカートを左右に広げる、貴婦人のする礼だ。


「さきほどは助かった。シャノン大公国が大公女、アナイス・ニィル・ラハネスブルグが礼を言う。もし、望むことがあれば、妾のできる範囲で叶えよう」


 やや緊張を含んだアナイスの言葉に、私はカーゴ側面のスピーカーから声を出す。


『どういたしまして、アナイス。私はオルフェウス。モリサキ自動車製自動運転トラックD1501Eに搭載された人工知能です』

「し、しゃべった!?」


 クラリッサが驚く。

 一方、アナイスは驚きながらも冷静さを失っていない。


「オルフェウスというのか。意味はわからぬが、詩趣のあふれる名前じゃの」

『私には詩を鑑賞することはできませんが、オルフェウスというのは詩神から取られた名前です』

「モリサキ=ジドウシャというのが、おぬしの所属する国の名前か?」

『私を製造した企業の名前です』

「おぬしを……製造したじゃと!? このような巨大な鉄製の荷車に加え、さきほの鉄の腕。これほどのものを製造できる者がいるというのか」

『その答えは、いるとも言えますし、いないとも言えます。私は異世界にて製造され、事故に遭って破壊されたところを、トイボックスの神を名乗る存在に拾われ、この世界へと転生させられました』

「神に……転生じゃと」


 アナイスが唖然としている。


『事情の説明には、大変な時間がかかると思われます。しかし、私の推測によれば、アナイスたちは敵に追われている最中だったのではないでしょうか?』

「むっ……その通りじゃ」

『では、一刻も早くこの場を去ることを推奨します。先ほどの騎兵が戻ってこないことを知れば、後背に控えていると思われる敵勢力は、新たな追っ手を繰り出すでしょう』


 私の言葉に、アナイスが顔を曇らせる。


「できぬのじゃ。せっかく助けてもらった命ではあるが、荷を渡すわけにいかぬ以上、妾はここに残るしかない。妾は荷を焼き、自刎する。妾の死体が見つかれば、追っ手は他の騎士たちの追跡を熱心には行わないだろう」

『あの擱座(かくざ)した馬車の積荷は、アナイスの命よりも重要だということでしょうか?』

「はっきりと言うの。じゃが、その理解で間違ってはいない。本来であれば、妾と荷の双方が、目的地にたどり着かねばならぬのじゃがな」


 アナイスの言葉に、私は考える。

 といっても、時間にすれば一瞬だ。

 私は、自由意志に基づいて行動することを決めた。


『アナイスの目的は、私が協力することで、達成できる可能性が高まると思われます』

「手を貸してくれると言うのか?」

『その通りです』


 私は、カーゴの後部ハッチを開いた。

 ガコッという物音に、騎士たちがびくりと構えた。


『私はトラックです。トラックとは、大量の荷物を運搬するための車両です。擱座したアナイスの馬車を、私のカーゴに積載してください』


 私はカーゴの床をスライドさせ、地面へのスロープを作り出す。

 カーゴ内に車両等を運び込むために使われるスロープだ。


「荷車をまるごと積めというのか? しかし、おぬしの巨体と荷を満載した荷車じゃ。われわれの連れてきた二頭の馬で引くことなど、とうていできないではないか!」

『馬で引く必要はありません。私は動力を内蔵しています。また、私の最大積載量は14.6tであり、アナイスの馬車を馬ごと乗せても問題なく移動することができます』

「な、なんじゃと……」


 アナイスが口を開けて呆けている。

 アナイスに、クラリッサが言った。


「姫! 今はオルフェウスの言うことに賭けてみましょう。どちらにせよ、荷を焼き、姫が自刎なさるより悪い事態にはなりえません」

「そ、それもそうじゃな。皆の者、聞いての通りじゃ! 荷車を馬に引かせ、オルフェウスの『かーご』の中に運び込め!」


 方針が決まってからは早かった。

 少女騎士たちは、荷車を馬に引かせてカーゴに入れようとする。

 が、馬が怯えて入りたがらない。


「駄目です! 外が見えない場所に入ることを、馬が怖がっています!」


 女騎士のひとりがアナイスに言う。


『それでは、ウイングを開きましょう』


 私はカーゴのウイング――側面から天面の半ばにかけてを上に開く。


「な、なんと!」


 アナイスが驚く。


『これで、馬も怯えないのではないでしょうか』

「そ、そうじゃな。急ぐのじゃ!」


 外が見えるようになったことで、馬たちが私のカーゴにようやく入る。

 荷車は車軸が破損しているらしく、半ば引きずるようにしてカーゴに載せる。重い荷車を後ろから押していた騎士たちは汗みずくになっていた。


『走行中はウイングを開きっぱなしにはできません。今から閉めますから、馬が怯えないようにしてください』

「わ、わかりました!」


 と、少女騎士の一人(ミッケ)が言って、二頭の馬をなだめはじめる。

 できるだけゆっくりとウイングを閉じる。

 多少の混乱はあったが、二頭の馬をなんとか落ち着かせることができた。


『申し訳ないのですが、人間のための搭乗スペースは、運転席と助手席の二席しかありません。他の方は馬車と一緒にカーゴに乗っていただくことになります』

「いや、十分じゃ」

「馬車の荷台に乗って移動することなど騎士にとってはよくあることです」


 アナイスとクラリッサがそう言ってうなずく。


『では、アナイスとクラリッサは、前方に回ってください。運転席に入るための扉があります』

「どれどれ……これじゃろうか」

「どうやって開けるのでしょう?」


 おっかなびっくり扉に触るアナイスとクラリッサ。

 私は、軽作業用ロボットアームを使って、二人の前でドアを開けてみせる。必要性が薄いため、私にはドアの自動開閉装置はついていない。


『右側の座席にはクラリッサが、左側の座席にはアナイスが乗ってください』

「席順には何か意味があるのかの?」

『右側の座席は運転席です。基本的には私が運転しますが、緊急時には何らかの操作をお願いする可能性があります』

「そ、操作?」


 クラリッサが不安そうにする。


『ご安心ください。自動運転車のシステムは非常に堅牢に作られているため、非常事態は滅多に発生しません』

「ならいいが……本当に、馬なしで動くのか?」


 クラリッサの質問に答える前に、私は車内と車外をカメラアイと各種センサーでチェックする。

 全員が乗り込んでいることが確認できた。


『出発して構いませんか?』

「う、うむ。一刻を争う状況じゃからの」


 アナイスの返事と同時に、私はエンジンを起動する。

 起動音と振動に、車内のアナイスや騎士たちが動揺する。


『この道をまっすぐ行けばいいのでしょうか』

「とりあえずはそうじゃ」

『詳しい事情は発車してから聞きましょう』


 私はブレーキを外し、アクセルをかける。

 トラックが静かに動き始める。


「おおっ! 本当に動いておる!」

「す、すごい!」


 アナイスとクラリッサが身を乗り出して言った。


『お二人とも。シートベルトを着用してください』

「し、しーとべると?」

『右席は右側、左席は左側の肩の上あたりに、プラスチックと金属でできたバックルがあります』

「こ、これかの?」


 アナイスが自信なさげにシートベルトのバックルをつかむ。


『それを、反対側の腰に向かって引き下げてください。――そう、その通りです。そこに、差込口があります』

「ええっと、これか。ああ、なるほど。これなら、馬車が急に止まった時に、馭者が前方に飛ばされるのを防げるな」


 クラリッサが納得したように言った。


 その間にもトラックは加速する。

 路面の状態が不安なので、とりあえずは時速60kmに留めておく。

 クラリッサは、運転席側面の窓に張り付いて、流れていく光景を食い入るように見ていた。

 アナイスも、顔に出さないようにしながらも、経験したことのない速さに驚いているようだ。

 クラリッサが言う。


「ずいぶん速いな。いや、速すぎる。馬の襲歩(しゅうほ)よりも速いではないか!」

「しかもあまり揺れぬ。馬車でこんな速度を出したら、とても座ってはいられぬはずじゃ。それ以前に馬車の車体がもたぬじゃろうが……」

『この速度ならば、騎兵に追いつかれるおそれはないでしょう。この世界の馬が、元の世界の馬と同じような速度であれば、ですが』


 その可能性は低いと推測している。

 元の世界の馬は、有史以来品種改良されてきたものだ。この世界の文明レベルからして、元の世界の馬より速い馬を生み出せているとは思えない。サラブレッドですら、ごく短時間時速60kmを超えられる程度であるから、今の速度を維持していれば、この世界の馬に追いつかれることはありえない。

 もっとも、元の世界には存在しなかった、足の速い別の乗用動物が存在する可能性はある。


「この速度を維持できるというのか?」


 目をさまよわせながら、クラリッサが聞いてくる。

 目をさまよわせているのは、私の姿がないから、どこへ向かって話したらいいのかわからないのだろう。


『維持できます。路面の状態がよければ、今の倍の速度を出すことも可能です』

「今の倍……だと」


 クラリッサが唖然としている。

 一方、アナイスは眉間にしわを寄せて何やら考え込んでいた。


 私は二人に提案する。


『よろしければ、そろそろ情報交換をしませんか?』

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