2.聖少女騎士団
◆自動運転トラックD1501E車載人工知能「オルフェウス」視点
強い衝撃とともに地面に落ちた。
私は即座に車体の各所に付けられたセンサーを確認する。
シャーシに軽度の歪みが生じていたが、それ以外は問題ない。
落下事故の結果としてはかなりマシな部類に入るだろう。トラックは、上空から落とすようには造られていないのだ。
(ここはどこだ?)
私はレーダーやカメラアイ、各種センサーを使って周囲の状況を把握する。
私の車体のそばに、女性が六人いた。
一人は高価そうなドレスを着た十二歳ほどと思われる少女である。
残りの五人は、奇妙な格好をしていた。曲げた鉄板で身体を覆っているのだ。見慣れない格好ではあったが、過去の自由思索から参考となるデータを見つけることができた。あれは鎧と呼ばれる防具である。近世以前に使用されていた防具で、主に剣や槍、弓といった原始的な武器による攻撃を防ぐものだ。
鎧の他に、女騎士たちは、腰に剣を下げ、背中に弓を背負っている。
(であれば、ドレス姿の少女も、パーティの参加者と推定するのは間違っているだろう)
大胆な仮説ではあるが、少女は身分の高い女性であり、周囲の女性はその護衛であると考えるのが妥当だろう。
とりあえず、少女を「姫」、残りを「女騎士」と呼称する。
改めて観察すると、女騎士たちも十代が中心であると思われた。
リーダー格の女騎士だけは二十歳前後と推定される。
「荷車……なのか!?」
リーダー格の女騎士がそう言った。
「なんと……まさか、ミッケの祈りが天に届いたとでもいうのか?」
姫が疑わしそうに言う。
「姫は近づかないでください。わたしが調べて――って、そんな場合じゃなかった!」
リーダーが叫んで、私とは別の側を向く。
カメラアイとレーダーで確認した限りでは、現在私がいるのは石を敷き詰めた街道の上のようだった。
街道の幅は広く、私が余裕を持って走れるくらいはある。
敷石はところどころでこぼこしているので、レーダーによる路面走査が必要だ。
近くには、二頭の馬がつながれた木製の馬車が止まっている。馬車はあきらかに傾いており、まともに走行できるとは思えない。
街道の左右には木立がある。カメラアイの画像を見る限りではうっそうとした森が果てることなく続いていた。
リーダーが目を向けたのは、その街道の奥である。
私の聴覚センサーに、一定のリズムを刻む、「パカラ、パカラ」という高い音が届いた。私の手持ちのデータでは、そのような音を発する自動車やバイクは存在しない。
そこで、姫や女騎士からの連想が働く。この「異世界」が、もし地球中世に近い世界なのだとしたら、この音は騎馬の発する蹄の音ではなかろうか。
姫や女騎士の様子から察するに、騎馬は彼女たちを追っている。おそらくは、彼女たちを害するために、だ。
「ええい……次から次へと難題ばかり。みんな、森の中に隠れて!」
「ど、どうするんですか!?」
「この鉄の箱を囮にするわ! こんなもんが街道にあったら、追っ手はわたしたちとの関係を疑って足を止めるはず。そこを待ち伏せする!」
リーダーの指示に従い、女騎士たちが森の中に入っていく。
(追っ手は、姫/女騎士の敵で間違いない)
女騎士たちは、素性のわからない私を囮に、追ってきた騎馬兵を待ち伏せすると言った。
不確定な要素の多い中では、賢明な判断のように思える。
しかし、
(私の前で、殺し合いが起きる)
私はあくまでも自動運転車の人工知能である。
人命尊重はプログラムに組み込まれているが、それはあくまでも運転中に限ったことだ。
だが、
(なぜ今私は、そんなことを確認した。自明のことだったはずだ)
少し考えて、気づく。
私は、人が殺されるのを阻止したいと思ったのだ。
(仮称「神」の言うところの「自由意志」だろうか)
とはいえ、姫/女騎士たちと、追っ手と、どちらが加害者で、どちらが被害者であるかは確定できない。
姫/女騎士たちが犯罪者であり、追ってくるのは警察官かもしれないのだ。
私が思索を巡らせている間に、騎兵たちがやってきた。
騎兵は若く精悍な男たちだ。日に焼けた肌とざんばらになった黒い髪。革製の胸当てを身に着け、弓を手にし、矢筒を背に負っている。
数は九。女騎士の倍ちかい。
「なんだ、あれは?」
近づいてきた騎兵の一人が不審そうに言った。
もちろん、私のことだ。
「貴様、近くに言って確かめろ」
騎兵のリーダーらしき男が、別の騎兵に言う。
命令された騎兵は、言われたとおりに私に近づいてくる。
おそるおそる、私の車体を触る。
巨大なゴムのタイヤに驚き、車体の下にある無数のパイプにまた驚く。
一方、森の中に潜んだ女騎士たちは焦れているようだった。
囮である私に、騎兵が一人しか近づかなかったからだろう。
リーダーはその騎兵に攻撃を仕掛けることを躊躇していた。
そして、それはおそらく正しい。
他の騎兵たちは弓に矢をつがえ、私の方に向かって構えている。
「危険はない……と思いますが」
私を調べていた騎兵がそう言った。
「ふむ……」
騎兵のリーダーが顎に手を当てて考える。
「アナイス姫とは無関係なのか? それにしても面妖な」
「いかがいたします?」
「……放っておくしかあるまい。われわれの任務はアナイス姫の捕縛だ」
「護衛は噂に聞く聖少女騎士団なんでしたね」
「ふん。追いついたら好きにさせてやる。アナイス姫以外に利用価値などないからな」
リーダーは、部下たちを統率するための餌として、女騎士を好きにすることを利用しているようだ。
(当然、犯罪だ。戦時中であっても、戦争犯罪に当たる)
私に、性犯罪への生理的嫌悪感は備わっていない。
ただ、いたずらに危害を加えようと考える者の評価を、それにふさわしい分だけ引き下げる。
私が騎兵たちの評価を調整していると、騎兵のリーダーが言った。
「さあ行くぞ。もし捕らえられなければ相応の罰が下ると思え」
「うへえ」
「へっ、捕まえられりゃいいんだろ。たんとかわいがってやろうぜ」
男たちがふざけながら馬を前に進めていく。
私の車体の前に差し掛かる。
そこで、女騎士たちが動いた。
「放てぇッ!」
森の中から矢が飛んだ。
「ぐぉっ!?」
「うぁっ!」
騎兵の一人が、矢を目に受けて落馬した。
別の騎兵の馬に矢が刺さり、馬が暴れて乗り手が落ちた。乗り手は頭から地面に落ち、動かなくなる。
が、他の騎兵はとっさに身をそらして飛んできた矢をかわしていた。
「続けて放て!」
女騎士リーダーの命令に、矢の音が答える。
「ぐっ!」
「ぬぉっ!」
騎兵の一人が首に矢を受けて落馬。
もう一人の頬を矢がかすめた。
二頭の馬に矢が当たる。が、この二頭の乗り手は暴れる馬からひらりと飛び降り、無事だった。
リーダーは二度目の矢もかわしている。
リーダーは馬首を巡らせようとするが、街道の片側は私の車体で埋められている。
その間にもう一度矢が飛んでくる。
今度は二人の騎兵が顔に矢を受け、絶命する。
これで、残る騎兵は四人となった。
「森の中だ! 捕らえろ!」
騎兵のリーダーが命令しつつ、馬から飛び降りる。
腰の後ろに固定した鞘から、大ぶりのナイフを引き抜いた。
女騎士のリーダーが言う。
「奥は弓、手前は剣!」
騎兵に対して近い女騎士は剣に持ち替え、遠い女騎士は弓で援護、ということだろう。
森の中に不用意に飛び込んだ騎兵の一人が、眉間に矢を受けて昏倒する。
が、騎兵たちは仲間がやられたのを気にする様子もなく、次々に森に飛び込んでいく。
先頭に立った騎兵が、ナイフで女騎士に斬りかかる。
女騎士は手にした剣でナイフを受け止める。
剣がくるりと螺旋を描く。
騎兵の手からナイフが弾かれ、同時に騎兵の首がはねられた。
「ぐっ! こいつらつええぞ!」
「そう言っているだろう! 聖少女騎士団だぞ!」
毒づく騎兵に、騎兵のリーダーが苦り切った顔で言った。
その騎兵と、騎兵のリーダーに、それぞれ女騎士と、女騎士のリーダーが斬りかかる。
騎兵は女騎士になすすべもなく斬られるが、騎兵のリーダーは女騎士のリーダーの剣を受け止めていた。
そのまま、数合打ち合う。
「へっ! 女だてらにたいしたもんだ! 決めたぞ、おまえは俺の女にしてやる!」
「野蛮人に抱かれるなど死んでもごめんだ!」
「抱く? そんな生やさしいもんじゃねえよ! ブチ犯すんだ! そのかわいい顔をボコボコに殴ってあざだらけにしてやるからな!」
「蛮族がっ!」
パワーでは騎兵のリーダーに分があった。
だが、剣の技術では女騎士のリーダーに分があるようだ。
女騎士は騎兵のナイフを受け流し、相手の体勢が崩れたところに斬りかかる。
騎兵のリーダーの顔から血がしぶく。
騎兵のリーダーは手で額を押さえながら後退する。
「ちっ、浅かったか」
女騎士のリーダーが言う。
「くそっ、まさかこれほどとは」
騎兵のリーダーがうめく。
が、次の瞬間、騎兵のリーダーが、女騎士のリーダーの背後を見て笑った。
「くくくっ! だが、この場は俺の勝ちみたいだぜ?」
「なんだと?」
「後ろを見てみろよ!」
女騎士のリーダーが、騎兵のリーダーから目を離さないまま、半身だけ後ろを振り返る。
そこには――
「ひ、姫!」
野卑な笑みを浮かべた騎兵が、姫をうしろから拘束し、その喉元にナイフを当てていた。
「アナイス姫が大事なら、手にした剣を捨ててもらおうか。おっと、後ろで怖い顔してる女ども、おまえらも弓を捨てるんだ」
「クラリッサ、言うことを聞いては――」
「お姫様は黙ってな」
女騎士のリーダーに話しかける姫に、騎兵がナイフを押し当てる。
姫の白い首筋に、小さな血の玉が浮いた。
「やめろ!」
女騎士のリーダーが叫ぶ。
「なら、武器を捨てろ。何、殺しはしねーって」
「く……」
女騎士のリーダーが、騎兵のリーダーを睨みつけながら、手にした剣を手放そうとする。
が、女騎士のリーダーは、剣をその場で握り直した。
なぜか。
私の操る軽作業用ロボットアームが、姫を拘束した騎兵の腕を、後ろから鷲掴みにしたからだ。
「なっ……!」
唖然とする騎兵の腕から、姫が逃げ出し、その場にうずくまる。
次の瞬間、矢が飛んだ。
矢は騎兵の喉に突き刺さる。
「く、くそっ!」
騎兵のリーダーが、身体を翻して逃げ出そうとするが、
「遅い!」
一瞬早く動き出していた女騎士のリーダーが、その背中を袈裟斬りにした。
「ぐああああっ!」
「下郎が! 姫に手を出したことを地獄で後悔するがいい!」
背中から血を流し、地に伏せた騎兵リーダーの首を、女騎士リーダーの剣が刎ねていた。
次話、明日(4/9)午前7時投稿となります。