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鋼の転生車 ~自動運転トラック、異世界を行く~  作者: 天宮暁


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24.新たなる旅立ち

 グリュリア王国を揺るがした、キルリア公の乱は終わった。


 キルリア公は爆死し、その遺体を回収することすらできなかった。


 グリュリア王国では、キルリア公の葬儀を行わないことに決めた。


「キルリア=ナン国王なのだろう? なぜグリュリア王国が葬儀を上げねばならぬ? 逆に、キルリア公なのだとすれば、フランシスは単なる反逆者だということになる。その場合でも葬儀は不要だ」


 王はそのように言ったとか。

 キルリア公の身内は身柄を拘束され、現在は王都での蟄居(ちっきょ)を命じられている。


 キルリア公の死、キルリア=ナン国の消滅に伴い、キルリア及びパットリア山脈鞍部砦はグリュリア国側に復帰した。

 キルリアの次の領主をどうするかはまだ決まっていない。キヌルク=ナンの脅威があることから、当面は国王直轄地とする案もあるという。


 だが、それらのことは、私にとってそれほど重要な問題ではない。


(クリスは、聞いていた通りの処分となった)


 クリスは、第一王子としての身分を剥奪され、第十三王女となった。

 これにより、グリュリア王国には王子がいなくなったことになる。

 キルリア公には息子と孫息子がいたが、もちろん、反乱の首魁の子孫を王太子にするわけにはいかない。

 最終的には、遠戚の男子を王女のいずれかの婿として受け入れ、将来の王太子とすることになるらしい。男系にこだわらないという点では柔軟なようでもあるが、それ以外にやりようがないということでもある。


(クリスを女王にする、という選択肢はないのだな)


 クリスは王の嫡出子であり、開祖の力を色濃く受け継いでもいる。

 クリスを王とするのに問題があるとすれば、それはただ「女であるから」にすぎない。


(クリスに婿を取らせ、その婿を王とする、という方法も提案されたが……)


 クリスはそれを断固として拒んだ。

 もちろん、アナイスがいるからである。


(ガラハドが言っていたな。「それでは跡取りができない」と)


 同性婚では子どもを作ることができない。

 地球でも、同性同士の遺伝子をかけあわせて受精卵を作る研究はされていたが、倫理的な問題があるため実用には至っていなかった。


(しかしそもそも、なぜ王位を継ぐ者が、王家の血を引いている必要があるのか?)


 私は直截極まりない質問を関係者たちにぶつけてみたが、その反応はかんばしいものではなかった。

 そうと決まっているから。王の血を引かない者を王にしては混乱が生じるから。王家の血を引くことが王たる条件だから。

 彼らの上げる「理由」はトートロジー(同語反復)であって、私からすればまったく理由になっていない。


(民主的な選挙により代表を選出する、という発想はこの国には存在しない)


 選挙を行うには、さまざまな前提条件が必要になる。

 たとえば、情報を素早く正確に多くの人に向かって発信する技術があること。

 そうでなければ、十分な議論を行った上で候補者を選ぶということができない。

 また、基礎教育が整備されていること。

 教育が不十分な社会では候補者の公約を選挙民が正しく理解し、判断することができない。


(だから、王の血を引く者が王になる。なぜならその者は王の血を引いているからだ。そんなトートロジーで納得させる。そのために、神の名を利用することもある。その者が王であるのは、神によってそう定められているからだ、などと)


 私の知るこの世界の神は、とうていそんなことをしそうにはないのだが。


 ともあれ、


(クリスは王女となり、身分を詐称していたことへの罰として、しばらくの間謹慎を言いつけられる。アナイスとの婚約は解消され、アナイスはシャノン大公国へ帰される)


 もっとも、シャノン大公国へ行くには、鞍部砦を通った上で、キヌルク=ナンの支配する領域を超えていく必要がある。現実にはそんなことは不可能なので、アナイスの身柄は当面グリュリアが預かることになっている。


 なお、シャノン大公国はグリュリア王国と同盟を結ぶことを表明した。ともにキヌルク=ナンの脅威に対抗していくためである。

 だが、鞍部砦で正紅八旗との睨み合いが続いている現状、グリュリアがシャノンに対して援軍を送ることは難しい。シャノンは大砲を数多く配備していることでキヌルク=ナン軍相手に食い下がっているという。また、シャノン大公国の領土である盆地は、肥沃な土地でもあるらしく、食糧が不足する心配もない。


(アナイスは、一刻も早く国に帰りたいだろう。クリスのことを別にすれば、だが)


 なお、キルリア公を爆死させた対歩兵多連装小型誘導弾は、弾頭の装填からきっちり24時間後に消滅した。

 弾頭はすべてを装填したわけではなかったが、弾頭を入れなかったミサイルも含め、台座ごとすべてのミサイルがなくなり、ついでとばかりに余っていた弾頭まで消え去った。

 つまり、綺麗さっぱりなくなったということだ。


 だが、


(アナイスには開祖から受け継いだ力がある)


 アナイスはミサイルが発射される一部始終を目を皿のようにして見守っていた。

 それに加え、私がミサイルの仕組みを説明すれば、


(ひょっとしたら、力を使って対歩兵多連装小型誘導弾を生み出すことができるかもしれない)


 そうなったら、シャノン大公国に攻め寄せるキヌルク=ナン騎兵をたやすく蹴散らすことができるだろう。


(以上のような条件をもとに、私は今後の計画を策定する)


 まず最初にするべきことは――





 夜の街道を、人目を忍んで進む二つの人影があった。

 傷んだ外套を頭からかぶる二人は、一見旅人のようにも見える。

 だが、彼らの足取りは危なっかしく、とても旅慣れているようには思えない。


 成人と比べれば、二人はやや背丈が低い。

 目深にかぶったフードからのぞく口元はまだ若く、十代の半ばにも届いていないようだった。


 この世界において、夜道は途方もなく危険である。

 周囲の治安が良ければ、野盗とは出くわさずに済むこともあるだろう。

 だが、夜になると行動を活発化する一部のモンスターの中には、人の姿を求めて街道に出没するものもいるという。

 この世界の夜は、決して人間の領域ではない。


 二人は、それぞれほの明るいカンテラを手にしている。

 暗闇に閉ざされた街道を照らすには、あまりにか弱い明かりだった。


 夜を照らすには――そう、これくらいの明かりが必要だ。


「うっ!」

「な、なんじゃ!?」


 突然私のヘッドライトに照らされて、二つの人影が悲鳴を漏らす。


 パッパー。


 私はクラクションを鳴らし、二人に私の存在を教える。


 二人が、光と音の源を探す。

 そこにいたのは――


「お、オルフェウス!? どうしてこんなところにおるのじゃ!?」


 アナイスが、私の車体を見つけてそう叫ぶ。


『それは私のセリフです。アナイス、そしてクリス。こんな夜更けに、一体どこへ行こうというのです?』


 私の問いかけには、クリスが答えた。


「……わかっているのだろう? 僕たちには、ともに帰るべき場所がない」

『参考までにお聞きしたいのですが、このあとどうなさるおつもりだったのです?』

「僕の力があれば、冒険者として食っていくことはできるだろう。王子として育てられたから、剣の方もそれなりには使える」

『女性、それもまだ成人前の女の子が二人で冒険者、ですか?』

「甘い、と言うつもりか? もちろん、そう言われるだろうことは覚悟の上さ。二人で話し合って決めた」

『そうなのですか?』

「そうじゃ。止めてくれるな、オルフェウス。だいいち、妾たちには生まれついての自由意志があると言ったのはおぬしじゃろう」

『その通りですね』


 私はそこで言葉を区切る。

 そして、車体を二人に向けて斜めに動かす。

 カーゴのウイングを上に開き、側アオリを下ろす。

 カーゴの中にいた面々を見て、アナイスが目を見開いた。


「おぬしら……」

「姫」


 カーゴの中にいたのはクラリッサ率いる聖少女騎士団一同だ。

 クラリッサはカーゴから飛び降り、アナイスの前にひざまずく。


「姫。わたしは悲しく思います。なぜ、姫に剣を捧げたわれら聖少女騎士団にお声をかけてくださらなかったのですか」

「そ、それは……妾らの事情におぬしらを巻き込むわけにはいかぬと思って……」

「姫のご事情はわれわれの事情です。危険とわかっているのであればなおさら、われわれに声をかけていただきたかった。そこまでのご信用を得られていなかったのだとすれば、わたしは聖少女騎士団の団長としてふさわしくなかったことになります」

「そ、そうですよぉ! 置いてっちゃうなんてひどいです!」

「わたしたちがー、どうしてー、危ないってわかりきってる任務についてきたと思ってるんですかー」

「団の参謀役として言わせていただければ、姫の行動は控えめに言っても無謀です。私に一言『考えろ』と命令してくだされば、もっとマシな計画を提案させていただきましたものを」

「……クラリッサを泣かせたら、たとえ姫さまでも許さないよ?」


 クラリッサに続き、ミッケ、リース、シフォン、イザベラが口々に言う。


「お、おぬしら……」


 アナイスがうめいて下を向く。


 私はクリスに向かって言う。


『実は、国王陛下からご依頼を受けましてね。クリスを守ってやってくれと』

「オルフェウスはグリュリア王国についたわけではなかったのではないのか?」


 クリスが言った。


『いえ、冒険者として、国王陛下から仕事を受けただけでですよ。報酬も前払いでいただいております。先の戦いでの戦功や、クリスを王都まで護送した分の報奨金もいただきました。人間だったら一生遊んで暮らせるほどの額だそうです』

「おぬしは……まったく……」


 私の言葉に、アナイスが心底呆れたという顔をする。


『私の世界には、こんな言葉がありました。『旅は道連れ世は情け』と。どうせ旅に出るのです。よろしければご一緒しませんか?』


 クリスとアナイスが顔を見合わせた。

 やがて、クリスが言った。


「オルフェウス、君の旅の目的地は?」

『さて。転生者の事跡を訪ねてみようかと思っていましたが、手がかりはまったくありません』

「おぬしの方がよほど無計画ではないか」

『柔軟な計画を立てただけです』

「まったく、ああ言えばこう言う」

『アナイス、あなたの旅の目的は?』

「なんとかして、シャノン大公国に戻りたいとは思っておる。冒険者に身をやつせば、キヌルク=ナン領も抜けられまいか、と」

『あまり成算が高いとはいえませんね。聖少女騎士団と一緒だった時ですら、騎兵に発見されてあわやというところだったのですから』

「うっ……」


 私の指摘にアナイスが言葉を詰まらせる。


『しかし、シャノン大公国を目的地とするのはわかります。ただし、鞍部砦の先に正紅八旗が陣取っている以上、鞍部砦経由は論外でしょう』

「ではどうする? ドジ・カラマンのようにパットリア山脈を越えるか?」

『山道を私が通れそうにないという最大の問題点を除外するにしても、山脈の向こうにはドジが残してきた正黄八旗がいるはずです。敵に頭脳があるなら、今度はこちらが山脈越しに兵を送って正紅八旗の背後をつくのではないかと警戒しているのではないでしょうか』

「ならば、僕たちの考えていた通りだな」


 クリスがふんと鼻を鳴らす。


「……海路しかない。つまり、南だ」

『ええ。それがいいでしょう。もっとも、私を載せられる船を探さねばなりませんが』

「それは難題じゃの。かような船があればよいのじゃが……」

『なければ、今回の報奨金で造ろうかと思っています』

「……その発想はなかった」

「まったく、大胆なことばかり考えるの」


 クリスとアナイスが揃って乾いた笑い声を漏らした。


『異論がないのであれば、運転席に乗ってください。そうそう、カーゴにも座席を付けたんですよ。シートベルトの再現には苦労しましたが……』


 これまでカーゴに乗っていた聖少女騎士団は、カーゴに張ったワイヤーで身体を支えていた。身体能力の高い彼女らだからこそそれで来られたが、今後のことを考えるとやはり座席はほしかった。報酬とはべつに王に頼んで、腕のいい家具職人を紹介してもらい、特注の座席をつけてもらったのだ。シートベルトも、運転席の現品を参考に、衝撃がかかった時にロックするような仕組みをなんとか再現することができた。

 なお、カーゴに荷を積む時には座席は取り外せるようになっている。

 ……この座席の仕様を実現するのに時間がかかったせいで、アナイスたちに追いつくのがこの時間になってしまったのだが。


「まあ、僕たちとしても否やはない。オルフェウスとの旅に慣れてしまうと、馬車や徒歩の旅には戻れなくなってしまうよ」


 クリスがそう言いながら運転席に乗り、手を引いてアナイスを助手席に引っ張り上げる。


『クリスがいれば、私としても助かります。多少の障害物なら魔導で瞬く間に整地してくださいますので』

「まるで僕が土木人足のようだな。開祖から受け継いだ大事な魔導なのだが」

「クリス、オルフェウスに常識など通じぬ。神も王も転生者の遺能も、考慮すべき要素のひとつにすぎぬらしいからの」

『クラリッサたちも乗り込みました。出発します。人目につかない夜のうちに移動しますが、皆さんはお休みになっても結構ですよ』


 かくして私はアクセルをふかす。

 モリサキ自動車製自動運転トラックD1501Eは、周辺環境に配慮して抑制されたエンジン音を立てながら、夜の街道を進んでいく。



お読みいただきありがとうございました。

『鋼の転生車 ~自動運転トラック、異世界を行く~』、これにて完結となります。


書き終えての感想ですが、トラックを無双させるのが思った以上に大変でした(当たり前)。

もうちょいスッキリ無双させたかったですね。

理屈っぽいトラック・オルフェウス君のことを多少とも気に入っていただけたならこれにまさる喜びはございません。


よろしければ感想等、残していっていただけると大変励みになります。


それでは、またお会いできることを祈って。


2017/04/30

天宮暁

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