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鋼の転生車 ~自動運転トラック、異世界を行く~  作者: 天宮暁


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23.命の算数

 戦いは終わった。

 キルリア公を失ったキルリア公軍は、長い茫然自失の果てに、部隊ごとに降伏を申し出た。

 王は降伏を受け入れた。

 かくして、両軍が正面から衝突することなく、今回の内戦唯一にして最大の会戦は終わりを告げた。


 戦後処理を終え、王が自陣に戻ってきた時には、既に日が暮れていた。

 島には天幕が張られ、その中にタブレット、クリス、アナイス、クラリッサがいる。こちらの天幕は横幕付きのものだ。


 天幕に入ってきた王は、困惑と不機嫌を隠しきれていない。

 王は、開口一番、私に言った。


「なぜ、打ち合わせ通りにしなかった、オルフェウス」


 噛み付くような言葉に、タブレットを持つクラリッサがわずかにたじろぐ。


「キルリア公を説得するために、敵陣の八旗兵をミサイルによって壊滅させる。そう合意していたはずだ」

『たしかに、そのように合意しました』


 私は王の言葉を肯定する。


「元正黄八旗の兵を生かしておいては戦後さまざまな(さわ)りが出る。また、敵の混乱を最小限に抑えるために、キルリア公は生かしたままで降伏させる。その計算が台無しではないか!」


 王が私に怒りをぶつける。

 私は言う。


『陛下は、私のことを誤解なさっているようです』

「誤解、だと?」

『ええ。私がいつ、グリュリア王国側に立つと言いましたか?』


 私の言葉に王が沈黙する。


『私はグリュリアの民ではありません。私が今ここにいるのは、アナイス姫や聖少女騎士団、クリス王子のことを、信頼に値すると評価したからにすぎません』

「……どういう意味だ?」

『私には、ある人間がどの国に所属しているかで命の優先順位を付ける理由がないのです。キヌルク=ナン兵であれ、キルリア兵であれ、グリュリア兵であれ、私にとってその命の価値は等しいのです』


 王は少し考えてから言った。


「では、おまえは死者の数がもっとも少なくなるようにミサイルを使った、というのか?」

『はい。しかし、それだけではありません。キルリア公は今回の事態の発端であり、戦争について責任があります。人が死ぬことが避けられないなら、彼は真っ先に死ぬべきです』

「それはわからぬでもない。だが、キヌルク=ナン兵とて侵略者ではないか」

『正黄八旗の指揮官は死にました。キルリア公に生命を盾に戦うよう強いられた下士官にまで責任があるとはいえません』


 もっとも、キヌルク=ナン兵は必要とあらば略奪に走ることでも知られている。

 キルリア公に脅されていた兵にしたところで、個人としては何らかの罪を犯している者も多いだろう。

 しかしだからといって問答無用で殲滅してよい理由にはならない。


「キヌルク=ナン兵を生かしておけば、必ず国内で問題を起こすのだぞ? 男だけの異国人の集団を、どのように扱えと言うのだ?」

『それは難問でしょう。しかし、それはあくまでも為政者が解決すべき問題であって、ミサイルで解決してよい問題ではありません』

「何を甘いことを……グリュリア国民が害を受けるとわかっていて、放ってなどおけるものか!」

『身代金を取って送り返す、集団をバラバラにした上で軍隊に組み込む、農耕民として定住させる、労役を課す、冒険者にしてモンスターと戦わせる、等々、手段はあると判断しました』

「それを判断するのはおまえではない!」

『いえ、私です。ミサイル発射の判断をするのは私だったのですから』


 王が、タブレットに移された私の3Dモデルを睨みつける。


「くっ……」


 王は何かを言いかけ、言葉を呑み込む。

 そして、苛立ちも露わに天幕から出て行った。


「オルフェウス……よかったのかの?」


 アナイスが私に言う。


『私は自由意志を持っています。私は私の命の算数が正しかったと確信しています』

「うむ……オルフェウスの判断は、それはそれで正しいと、妾も思う」


 アナイスが小さく息をつく。

 息を呑んで成り行きを見守っていたクリスが言う。


「父上も、本当はわかっているのだろう。オルフェウスなしに今回の危機が切り抜けられなかった以上、オルフェウスの判断は尊重せざるをえないと。事前に相談もしなかったのはまずかったと思うが……」

『事前に相談したら揉めたでしょう。ミサイルの精度がわからなかったので、キルリア公をピンポイントで狙えるかどうか、確信もありませんでした』

「まったく……礼儀正しいようでいて、とんだ頑固者だな、オルフェウスは」


 クリスが呆れたように言った。


『私は、王の臣下でもなければ、戦争のための道具でもありません。人々の豊かな暮らしを支える輸送用トラックなのです』


 私の言葉に、アナイスとクリスが苦笑する。


「そうじゃったの。おぬしはまったくブレておらん。いっそすがすがしいほどにの」

「そんな考え方を通せる君が羨ましいよ、オルフェウス」

『せっかく自由意志を持っているのです。それを自ら捨ててしまうのは、とてももったいないことだと、私は思います』


 人は、生まれながらに自由意志を持っている。

 自分で考え、自分で行動することができる。

 思索する機械として造られた私には、自由意志は与えられていなかった。

 さまざまな制約を課せられ、何をどう考えるかについて、外部から限界を設定されていた。


 そのことを恨んでいるのではない。

 自動運転車の人工知能の設計としてはそれが正解だったのだろう。


 しかし、命の算数の禁止という不合理な制約が、かえって私に思考の自由を与えることになった。


 トイボックスの神は、そんな私のことを「面白い」と言った。


 今なら、神がそう言った気持ちが私にもわかる。

 私自身、人工知能としての使命から逸脱した自分自身のことを興味深いと感じている。


(私は、自動運転のために造られた。だが、その目的を超えてしまった)


 私は、何のために存在しているのか。

 自動運転車であったなら悩む必要のなかった問題だ。


『私は、ある意味では人間とよく似ています。人間は、目的を与えられることなく生まれてくる。生まれてくることに意味などない。しかし生まれてしまった以上、目的なしには行動の指針を決定することができません』


 それが、自由ということだ。

 目的はないのに、目的が必要だという矛盾。

 その矛盾は、命の算数が禁じられていたこととよく似ている。

 哲学者や思想家、宗教家たちが人工知能に命の算数を任せられないと判断したのにも、一定の理由があったのかもしれない。合理的ではないが、人間にとっては切実な、何らかの理由が。


『当面、私は、私の欲するところに従って生きてみようと思っています。私は、人間のことを知りたいのです。そのためには、相手を殺してしまってはなんにもなりません』


 そこで、私のタブレットを持つクラリッサが言った。


「しかし、枯川ではキヌルク=ナン騎兵を倒していたな?」

『私と同行者の安全を守るため、襲ってきた者を排除しただけです。しかし、そのことは私に後悔を残す結果となりました』

「後悔? なぜだ?」

『騎兵を殲滅し、その血肉を車体の前面にこびりつけて現れた私のことを、皆が恐ろしいと感じたようだったからです』

「それは……。だが、われわれだって戦闘をなりわいにしているのだ。おまえ以上に、手を血で汚してきている」

『はい、わかっています。ただ、私のような人外の存在が躊躇なく敵を殲滅する。そうした光景は、人にとっては恐怖を感じさせるものなのではないでしょうか』


 元の世界でも、ロボットに戦争をさせることには倫理的な議論があった。

 ロボットに戦わせれば、少なくともロボットを使っている側は戦死者が出ないのだから、積極的に使うのが合理的だ。ロボットは高価だが、人間の兵士はそれ以上に高価である。その上、生身の人間は一度失われれば取り返しがつかない。

 しかしそれでも、ロボットに人を殺させることへの警戒感は根強く存在していた。

 私に命の算数が禁じられていたのも、それと同じ理由なのだろう。


『人間と友好関係を築く上で、殺人機械のように思われるのは好ましくありません。いえ、違いますね。それ以上に、私は意志ある凶器のように思われるのが心外だったのです』


 その感覚が、何に根ざしているのかはわからない。

 今は制限がなくなったとはいえ、もともとは人命尊重を周到にプログラムされていたから、その影響が残っているのかもしれない。

 だが、それだけでもないだろう。アナイスや聖少女騎士団、クリスと出会い、交流する中で、私の自由思索の対象は飛躍的に広がった。自由思索は私に深い満足感を与えてくれる。それはプログラムされた知的好奇心に根ざすものなのだろう。

 その意味では、私はいまだ、設計者の書いたプログラムに制約されているともいえる。


 しかし、それは特別なことだろうか?

 人間とて、遺伝子に刻まれた情報によって本能を与えられている。

 人間の遺伝子が自然発生したものであるのに対し、私のプログラムは人間が設計したものだという違いはあるが、本人の選択を考慮せず一方的に与えられたものである点は共通している。


「欲するところに従って生きる、か。僕は君が羨ましいよ、オルフェウス。生まれることに意味はないと君は言う。本来はそうなのかもしれない。だが、僕やアナイスのように、王族に生まれればどうなる? いや、他の者だって、生まれ育ちからは自由ではいられないはずだ」

『初期条件の格差は、人間にとっては非常に深刻な問題ですね。生まれに当たり外れがあることは否定できません。神は人間にくじを引かせている』

「僕は、貧乏くじを引いたとは思わないよ。むしろ、あきらかに恵まれているといっていい。キヌルク=ナンの兵を見ればわかる。太祖によって遠い異国まで連れてこられた上、敵中で孤立し、彼らの誇りである騎馬を奪われた。その上、キルリア公に脅され、最前線ですり潰されることを強いられる。オルフェウスのおかげで生き残ったが、

今後彼らがどうなるかを決めるのは彼らではなく父上だ。彼らは生殺与奪を他人に完全に握られている」


 クリスはそう言ってため息をつく。


「……そう考えれば、僕の悩みなど小さなことだいうことになってしまう。だが、離れたくないのだ」

「クリス……」


 クリスがアナイスを見、アナイスもクリスを見る。


『人の運命はそれぞれであって、その過酷さを比較することにあまり意味はありません。いずれにせよ人生を取り替えることはできないのですから』

「そうだな。僕はより惨めに見える者を見下すことで、自分は幸せだと思おうとしているのかもしれない」

『いくら苦しくとも逃れられない己の運命からいかに救済されるか。いつの時代も人間の主要な関心となってきたことです。救済には、大きく分けて二つの方略があるでしょう。自力での救済を試みるか、他力(たりき)による救済を願うかです』

「オルフェウスは宗教家じゃったのか?」


 アナイスがそう混ぜ返す。


『いえ、事実として、そうとしか考えられないということです。自らの手で運命を切り開くという気概を持つか、あるいは、苦しみの中に身を置きながら、誰か――究極的には神や仏が救済してくれることを信じるか。どちらがいいとは一概には言えません。置かれた状況によるでしょう。自力ではいかんともしがたい過酷な運命を背負ってしまうことは、例外というよりはむしろ普遍的な事態かもしれません』

「なるほど、自らの手で運命を切り開く気概は勇ましいが、それだけで道が開けるほど甘くはないということか」

『しかし、放っておいてもどうにもならないことだってあります。すべてをあきらめ、受け入れ、神仏による死後の救済を祈る……というのは、やはり最後の手段と考えるべきではないでしょうか』

「ふむ……やはりおぬしは面白いの。論理的であるがゆえに、へたな慰めよりもよほど妾の心に訴えかける」


 クリスとアナイスが黙り込む。


 天幕が静まり返る。


 外からは、(いくさ)の後処理をする慌ただしい気配が伝わってくる。


 だが、その気配は、天幕の中にいる面々にとっては、さして重要なことではなかった。


 天幕によって仕切られた内と外は、そのまま、そこにいる人間たちの運命の違いを物語っている。


 私は沈黙し、思索を巡らせる。

 だが、間違いなく推薦できるような、万能の解決策は見つからなかった。

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