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鋼の転生車 ~自動運転トラック、異世界を行く~  作者: 天宮暁


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22.会戦

いろいろすっきりしないと思いますが、次話で触れますので、一日だけお待ちを。

 サリアの南、街道を西に外れた場所に、その草原はあった。

 差し渡し4キロの円状の草原は、中央に向かってゆるやかに落ち窪んでいる。


 石の多い草原には、いくつかの丘があった。

 その丘は、かつては島だったのだという。この「草原」は枯れた湖であり、「草原」が湖水を(たた)えていた時代には、丘は湖水から顔をのぞかせる島であった。島には集落もあったというが、湖水がなくなったことで廃墟となり、今では遺跡と呼ぶ方が似つかわしいほどに風化している。


「旧ダラリア湖、と呼ばれているんだ」


 そう、クリスが解説する。

 私は、島のひとつに築かれた陣地の上にいた。

 陣地には、グリュリア国王サグルス二世を筆頭に、将軍や幕僚が床几に座り、草原に展開する自軍と、それに対峙するキルリア公軍を緊張した面持ちで見つめている。


 私のそばにはアナイスと聖少女騎士団もいる。

 私のタブレットを持っているのはクラリッサである。


『枯川と由来は同じなのでしょうか?』

「その通り。例によって僕の祖先であるグリュリア王国の開祖が川の流れを変えた結果、この湖は干上がることになった」

『元が湖だから土地が平坦で、適度に丘もあって会戦には向いている、ということですね』


 ただし、現在の街道筋からは外れるので、私がここに入るにはクリスの力を借りる必要があった。魔導で地面を均し、私の通れる道をむりやり切り拓いたのだ。


 クリスと話す私に、国王サグルス二世が近づいてきて言った。


「オルフェウス。キルリア公との交渉の準備が整った」

『わかりました。クラリッサ、お願いします』

「わたしでよかったのか?」

『むしろ、他の方では困ります』


 信用でき、実力もわかっているクラリッサでなければ、タブレットを安心して預けることはできない。

 私は王とキルリア公の交渉に立ち会うために、クラリッサにタブレットを持ってついてきてもらうことにした。キルリア公側にタブレットを見せたくはないので、木製の小さな行李(こうり)に入れてもらい、行李に空けた穴から外の様子をうかがうことになる。


 王は、私とクラリッサをともない、精選した護衛の騎士とともに、両軍の陣の中間に設けられた天幕へ向かう。

 不用心なようでもあるが、王としての正当性を問う戦いだけに、交渉の席での騙し討ちはまずないだろうと言っていた。もちろん、互いに相手を警戒し、徐々に歩み寄る形で天幕に入る。天幕も密室ではなく、屋根だけが張られ、四方は開かれた形状だ。


 天幕で、キヌルク=ナン風の服装の上に緋色のマントをまとった四十ほどの男と、グリュリア王が睨み合う。


「キルリア公よ」


 王がそう呼びかける。


「私はキルリア=ナン国王フランシス・トドラク・キルリアスである」


 キルリア公が硬い表情のままそう返す。


「キルリア公よ。おとなしくその素っ首を差し出せば、配下や親族の処遇については考慮しよう」


 王はあくまでもキルリア公と呼ぶ。


「それは私のセリフだ。おとなしく譲位するならば、おまえの家族の命だけは助けよう」


 キルリア公が突っぱねる。


(ここまではシナリオ通りだな)


 こうなることはわかっていた。

 戦いの前に形式だけでも相手に慈悲を示す。その上で相手が慈悲を拒めばしかたがない。大義名分を得るための儀式のようなものだ。


 だが、


「私は本気で言っているのだぞ、キルリア公。この(いくさ)、貴公に勝ち目はまったくない。戦えばいたずらに兵が死ぬ。今は敵とはいえ、巻き込まれただけの兵に罪はない。貴公の反乱をなかったことにはできぬが、可能な限り苦しまずに死ねるよう配慮はしよう」

「……本気で言っているのか?」


 あくまでも説得しようとする王に、キルリア公がいぶかしげな顔をする。


「なぜ私が、あえてサリアを出、会戦することにしたと思う?」

「攻城戦になり、戦いが長期化するのをおそれたのではないのか?」

「それも間違ってはいないがな。……最後にもう一度だけ聞く。本当に、いいのだな?」

「くどいぞ、兄上!」


 キルリア公は、当然、王の念押しを一言のもとに斬り捨てる。


(そういえば、この二人は兄弟なのだったな)


 人間は肉親を時として自分の分身のように慈しむ。

 自分に近い遺伝子の持ち主を残すことが進化上有利であるからかもしれないし、親族同士で固まることによって世の中の不確実性に対処しようとしているのかもしれない。

 だが、そうした合理的な説明以上に、人間は自分と「血を分けた」者を優遇する。強い愛着を抱いてもいる。


 王は、王統を保つためにクリスの性別を偽り、弟に孫を差し出すよう要求した。

 キルリア公は、自らの孫を差し出すことに耐えかねて反乱を起こした。


(その点では、王の方が分が悪い)


 だが、キルリア公はキヌルク=ナンの勢力を国内に引き入れ、王位簒奪のために反乱を起こす。戦いになれば、多くの者が戦死する。命の算数の観点からすると、非合理的な判断といえる。


(キルリア公に、野心があることも否定はできない)


 キルリア公は王の欺瞞を糺すためと称しているが、その実、これは単なる権力闘争でもあった。


(人は肉親を愛おしむ。だが、同時に、肉親だからこそ嫉妬し、憎悪し、これを殺して成り代わりたいと望む)


 被害者は、それに巻き込まれて死ぬ無名の人間たちだろう。


 王は、強硬なキルリア公を見てため息をつく。

 いかにも、兄弟で相食むことになった我が身を嘆いているかのようだ。

 が、


(本当に説得しようというつもりはないのだ)


 王は手札を隠したままで説得を試みることで、自分の良心にアリバイを提供しようとしている。


「しかたあるまい。ならばその目で確かめよ。――オルフェウス、頼む」


 王が、私の入った行李を見て言った。


 私は返事はしないまま、意識を本体のある島の上に戻す。


 そして、本体のカーゴウイングを全開にする。

 タブレットのある天幕からでは見えないが、カーゴの中からは例の兵器――対歩兵多連装小型誘導弾が現れる。

 その台座にあるコンソールを、軽作業用ロボットアームで操作する。

 アナイスの運んできた弾頭は、聖少女騎士団によって既に装填済みだ。


 私は車体の外部スピーカーから声を出す。


『発車十秒前です。私の周囲から離れてください。5、4……』


 島にいた者たちが、あわてて私の周囲から逃げていく。

 事前に高温のガスが噴き出すはずだと教えてある。


 カーゴの上で、誘導弾の台座が回転し、ミサイルの先端が空に向く。


『2、1、発射』


 島の上を、光と轟音と噴煙とが埋め尽くした。


「な、何事だ!?」


 天幕の下で、キルリア公が声を上げる。

 それを王は黙って見つめている。

 その顔に、キルリア公が何かを悟った。


「は、謀ったか、兄上!」


 キルリア公が天幕を飛び出し、轟音の源を探して天を見る。


 ミサイルは、轟音を立てながら飛翔する。

 噴煙が晴れ渡った空に白い弧を描く。

 ミサイルは草原となった湖を優に飛び越え、かなり先にある小高い岩山に着弾した。


 岩山が、砕け散った。

 着弾点からは爆炎が立ち上り、正午前の空を赤く染める。

 一拍遅れて、草原に展開した両軍に、爆発の衝撃と振動が伝わってきた。兵たちが動揺し、騎兵の馬が暴れだす。天幕にも、砕け散った岩山のかけらが、パラパラと小石になって降り注ぐ。


「な、なんだこれは……!」


 キルリア公が愕然とつぶやく。


「外したか、オルフェウス」

『はい。目測を誤りました』


 王の疑問に私が答える。


 実際、ミサイルの目測は難しかった。

 ミサイルのコンソールに表示される文字は、グリュリア王国開祖の元の世界のもの。トイボックスの神から授かった恩恵では訳すことができない。

 それでも、試行錯誤によって数字はわかるようになった。だが、その数字の単位がわからない。

 時間をかければ解析できるかもしれないが、対歩兵多連装小型誘導弾は、弾頭を装填すると24時間で消滅してしまう。キルリア公軍が現れるのを確認してから大急ぎで装填し、その時点から解析することしかできなかった。弾頭を再び外せば消滅までの時間を止められるかもしれないが、絶対そうとは言い切れない。消えてみないことには時間が止まっていたかどうかがわからない以上、24時間で片付けるに越したことはなかった。


(今の飛距離は5キロ弱と言ったところか)


 一度発射すれば、飛距離からこのコンソールで使用されている単位を割り出すことができる。


(画像によるロックオンは使用できなかった)


 地球では、ミサイルの照準を画像認識によって行う技術があった。

 このミサイルにもその機能はあったが、画像認識は人や地形ではうまく作動しなかった。


(ロックオンは、相手が戦車などの車両であることを前提にしているのだろう)


 対歩兵と銘打ってはいるが、ミサイルに使用されているテクノロジーは地球の現代の基準からするとやや劣るようだった。動くことで形状の変化する人間を認識するような技術は、開祖の世界にはまだなかったのだろう。


 なお、ミサイルの燃料が劣化しているのではないか、という懸念もあったが、ミサイルに傷らしい傷がないことから問題ないと判断していた。

 このミサイルは、神の恩恵によって造られた武器である。私の0時修復やガソリン無限と同じで、燃料も経年劣化しなかったのだろう。


「すぐに次弾を撃てるな?」


 王が言った。


『ですが、脅しには十分かと』


 私が答える。

 王は、やや不満そうな顔になった。

 が、すぐに気を取り直し、キルリア公に向かって言った。


「今の攻撃を、貴公の陣に撃ち込むこともできる。今の一撃は私の精一杯の慈悲と知れ」

「なっ……」


 キルリア公が絶句した。

 降伏、という言葉が脳裏に浮かんだのだろう、キルリア公が迷いを見せる。

 が、キルリア公は迷いを振り切って王を睨む。


「こけおどしだ! それができるなら最初からやっているはずだ! あんなものがそうそう当たるはずがない!」

「そう思うか」


 王がちらりと私を見る。


 だが、私は動かない。


 王が焦れた様子を見せる。


 その隙に、キルリア公がマントを翻して天幕から去っていく。


「どういうつもりだ、オルフェウス。不都合でもあったか?」


 私は答えず、キルリア公の帰陣を待つ。


 そして、ミサイルを発射する。


 再びの閃光、轟音、噴煙、衝撃、爆発……。


 キルリア公は、彼の直臣たちとともに消滅した。

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