17.間の抜けた最期
◆聖少女騎士団イザベラ視点
崖をよじ登ったわたしは剣を抜き、敵の指揮官を抱えて逃げるキヌルク=ナン兵に追いすがる。
兵たちは崖の上を覆う森の中を、息を切らして逃げていく。
「く、くそっ!」
兵の一人が振り返り、わたしに向かって剣を構える。
その構えには隙が多い。
(キヌルク=ナン兵は、剣が下手)
一合目で相手の剣を巻き上げ、跳ね飛ばす。
相手は何をされたかもわからないまま、喉を斬り裂かれて絶命する。
「な、なんだこいつは!」
別のキヌルク=ナン兵は弓を構えた。
(弓はうまい)
飛来した矢を、わたしは首を傾けてかわす。
わたしの短い髪が一房持っていかれた。
わたしは剣の刃を口でくわえ、両手で地面を突き飛ばして加速する。
「なっ!」
弓兵は矢をつがえるのが間に合わない。
わたしは吐き出した剣を空中でつかみ、弓兵の喉を刺し貫く。
刺し貫いたまま、弓兵の身体を斜めに傾ける。
傾けた弓兵の身体に、別の弓兵の矢が刺さった。
わたしは剣を引き抜き、再び駆ける。
「う、うわあああっ!」
わたしが迫ると、弓兵は弓をむちゃくちゃに振り回す。
が、そんな攻撃に意味はない。
わたしは頬を弓で打たれながら、相手の首を跳ね飛ばした。
敵将ドジ・カラマンを抱えた兵は、その間にさらに奥へと逃げている。
(深追い……)
一瞬迷うが、わたしは追うことにした。
森の先に、他の兵の気配はない。陣地があるとしてもまだ先だ。
敵はあの重そうな指揮官を抱えているから、必ずそれまでに追いつける。
(わたしは、特別だから)
孤児だったわたしが聖少女騎士団にいるのは、わたしの身体能力にクラリッサが目をつけたからだ。
この世界トイボックスには、異世界からおかしなものたちが流れ着く。
おかしなものたちは、やがてこの世界の人間と同化するが、その力の一部は血脈として受け継がれる。
(さっきのクリス王子の魔導もそのひとつ。わたしも、そう)
もっとも、土砂を操り、敵兵を呑み込んだクリス王子の魔導ほど派手ではない。
でも、使い勝手はその分いいと思う。
(わたしの力は単純。身体能力が、ひとより高いだけ)
普通の人が十の速さで走るとすれば、わたしは十五から二十くらいの速さで走ることができる。
普通の人が十の強さで剣を振るとすれば、わたしはやはり、十五から二十くらいの強さで剣を振ることができる。
それだけのこと。
(でも、クラリッサは教えてくれた。わたしは、器用でもある)
剣を、まるで自分の手の延長のように使うことができる。
リースほどではないが、弓だってうまい。
槍や槌、斧、たいていの武器は手に馴染む。
(結局、剣がいちばん便利)
攻撃にも守りにも使えるし、間合いもあまり選ばない。
どこででも手に入るから、壊れたとしても替えがある。
わたしは逃げるキヌルク=ナン兵に追いつきつつ、背後から斬りかかって殺していく。
(馬を下りた騎兵なんて、陸に上がった魚と同じ)
さすがのわたしでも、馬より速くは走れない。
馬に乗ると動きが制約されるから、騎乗しての戦いもあまり好きではない。
が、いったん馬を降りてしまえばこっちのものだ。
「お、おい! まとめてかかるぞ! 追っ手は女一人だ!」
キヌルク=ナン兵が、ようやくまともな対処を思いつく。
三人の兵が立ち止まり、一人が弓を、二人が剣を構える。
矢が飛んでくる。
わたしは剣で矢を弾く。
同時に進路を直角に変えて、剣を構えた一人に斬りかかる。
「ふっ!」
「ぐああっ!」
相手はわたしの剣を受けようとした。
わたしはただ、力いっぱい振り抜いただけ。
それだけで、相手は受けようとした剣ごと押し斬られた。
「くそっ! こいつ、何かの力を持ってやがる!」
「……ようやく気づいたの?」
うろたえた剣持ちに近づく。
横薙ぎに振られる剣をくぐり、跳ね上がるのと同時に剣を下からすくい上げる。
兵は胸から顎、鼻までを縦に斬られて倒れ込む。
最後は弓持ち。
矢をまた弾いて跳びかかる。
空中で横に回転して、その勢いで横薙ぎに斬る。
「ぎゃああっ!」
弓ごと腹を割かれた兵が絶命する。
(悲鳴を上げられるうちはまだまだだって、クラリッサが言ってた)
声を上げる時間すら与えず、命を奪うのが理想だと。
小さい頃からケンカで負け無しだったわたしは、クラリッサと戦って負けて、その下についた。
以来、クラリッサはわたしの剣の師匠である。
クラリッサは強い。力任せに戦うだけでは絶対に勝てない。
わたしは剣を血振りしながら前を向く。
前から、悲鳴が聞こえた。
「っ!」
わたしはあわてて走り出す。
木々の間を縫ってしばらく行くと、やや開けた場所に出た。
そこに、ドジ・カラマンの――上半身が、転がっていた。
――ギキャアア!
ドジの下半身を巨大な鳥脚で押さえ、ロック鳥が雄叫びを上げた。
「生け捕り……失敗?」
ドジは逃げる最中にロック鳥に襲われ、身体を裂かれた。
そういうことだろう。
(オルフェウスはすごい策士だって言ってたけど……)
ずいぶん間の抜けた最期を迎えたものだ。
(難しく考える人は、目の前のことがおろそかになる)
だからわたしは考えない。
身体が動くに任せて行動する。
シフォンに言わせれば、わたしは考えなさすぎるそうだが、わたしに言わせればシフォンは考えすぎだ。考えに没頭するあまり、目の前にある石に気づかず、つまづいて転んだりするのだから。
わたしはロック鳥をじっと見る。
ロック鳥は身の丈2メートルを超える巨鳥だ。
目がいいらしく、上空からでも地上の動物を見つけ、急降下して襲ってくる。
個体数はそんなに多くはないらしい。
生態は謎に包まれているが、他の鳥類から逸脱した大きさや獰猛さから、ロック鳥もまた異世界から流れ着いたものだと言われている。いわゆる、モンスターである。
わたしは絶叫を上げたままの顔で絶命しているドジの上半身の前に立つ。
ロック鳥がわたしを睨む。
わたしは剣を構え、殺気を放って威嚇する。
(殺気を出すコツは、相手を殺すさまを思い描くこと)
上から下から右から左から正面から。
想像の中で、わたしはロック鳥を何度となく斬り殺す。
ロック鳥とわたしが睨み合う。
時間が流れた。
先に顔を背けたのは、ロック鳥の方だった。
ロック鳥はドジの下半身を脚でつかんだまま、巨大な羽をはばたかせ、宙に浮く。
――ゲキャアアッ!
ロック鳥はいななきながら舞い上がり、そのまま、空の彼方へと消えていった。
「ふう……」
わたしは額に浮かんだ冷や汗をぬぐうと、地面に転がるドジ・カラマンの上半身に振り返る。
驚愕した顔のままで固まっている首を、一刀のもとに斬り落とす。
わたしは首を、ドジのマントを破ってくるむ。
前方で、異常にようやく気づいたキヌルク=ナン兵が騒ぐ気配がした。
「戻らなきゃ」
わたしはきびすを返し、駆け出した。
(敵将の首を取った……けど、生け捕りじゃないから怒られる?)
すっきりしない結末に、そんなことを思いつつ。