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16.魔導

◆オルフェウス視点


 枯川に敷かれた「非常線」の前で、私は崖の上にいるドジ・カラマンを改めて観察する。

 膨れた腹と禿げ上がった頭。背は低く、左右に立っている護衛の兵の肩くらいまでしかない。


(あいかわらず風采の上がらない男だ)


 だが、だからといって舐めてかかれる相手ではない。


『おひさしぶりです、ドジ殿。どうしてこのような場所におられるのです?』


 私はあえて聞いてみる。


「ふん、それはわしがおまえに聞きたいことだ、オルフェウス。ノディア所属の冒険者だというおまえが、どうしてこんな場所にいる? それも、クリス王子とアナイス大公女を馭者席に乗せて、だ」


 ドジがにやりと笑う。


「最初から怪しいと思っておったのだ。追っ手を殺して逃げ延びた大公女。それと前後してノディアに現れた鉄の荷車。関係を疑わぬ方が難しい。もっとも、わしの担当は山脈越えとキルリア公の調略だ、無理に貴様らを捕らえるつもりはなかった」

『では、なぜここに?』

「キルリア公から、鞍部砦にクリス王子がいることを聞いてな。クリス王子はアナイス大公女を待ちかねて国境の砦まで出たのだという。そして、アナイス大公女は、おそらくは鉄の荷車(にぐるま)を使役している。だとすれば、クリス王子は鉄の荷車を使って鞍部砦からの脱出を試みるだろう」

『なぜ枯川のことを知っていたのです?』

「むろん、キルリア公だよ。キルリア公は、調略に応じる条件として、わしにこんな要求をした。確実にクリス王子を捕らえ、殺害せよ、とな」

「馬鹿な! 叔父上が、そんな……」


 私の車内で、クリスが愕然とする。


『なぜ、キルリア公はクリス王子が邪魔なのです?』

「キルリア公――いや、キルリア=ナン国王は、もともと野心などは持ち合わせぬ男だ。だが、気の弱さに反して、正義感は強いものがあってな。いや、正義感というのも少し違うな。自分が国王の影に隠れ、常に軽んじられているように思っておったのだろう。さて、どういう言葉で表現したものか……」

『劣等感、といったところでしょうか』

「さよう、そう呼ぶのがふさわしかろう。ただでさえ不遇をかこちていたところに、王子の性別詐称問題が持ち上がり、自分の孫を差し出すように要求された。それでも、平時であればおとなしく煮え湯を呑んだことだろう」

「なっ……」


 ドジの言葉に、車内でクリスとアナイスが絶句している。

 カーゴにも会話は流れているが、クラリッサ以下聖少女騎士団の面々はにわかには内容が理解できなかったようだ。

 それだけ、異例のことではある。

 私は人間の識別にカメラ画像とレーダー像を利用しているので、クリスが男装した少女であることは初めの段階でわかっていた。


(まさか、キルリア公は王子が女であることを公表した?)


 そうすることで、現グリュリア国王の統治の正当性を疑わせようというのか。


『あなたが焚き付けたということですか?』

「入れ知恵はしたがな。だが、子どもではないのだ。決断の責任は本人が負うべきではあるまいか?」


 ドジはそう言って鼻で笑う。


『それで、本日はわれわれにどのようなご用件で?』

「なぁに、先ほど言った通りだよ。クリス王子、アナイス姫の身柄の引き渡し、および鉄の荷車オルフェウスの接収だ」

『断ると言ったら?』

「聡明なおまえにはわかると思うがな」


 ドジの言葉と同時に、陣地の中にいるキヌルク=ナン兵が弓や槍を一斉に構える。


「ど、どうするのじゃ?」


 アナイスが珍しくうろたえた声を上げる。


『柵の薄い部分を狙えば、強行突破することは可能です』


 ドジは三重の馬防柵で私を防げると思っているようだが、あの程度の造りならば、場所を選んで突っ込めば柵を突破することはできるだろう。


 私はそう思ったのだが、


「ダメですー」


 カーゴの上のリースが言った。


「薄い部分は罠ですよー。その奥に穴を掘って、布をかぶせて、砂で隠してるみたいですねー。崖の上には落とすための岩も用意されてますー」


 リースの言葉に、私はカメラ画像を解析する。


『……リースの言う通りでした。地面に不自然な箇所があります』


 見落としていたのは私の手落ちだ。

 ドジは、三重の馬防柵で私を防げないことも想定している。

 そのために、馬防柵に若干の隙を作り、私がそこから突破をはかるように誘導しているのだ。

 もし私がそこに突っ込んでいたら、前輪を落とし穴に取られ、転倒していた可能性が高い。


 クリスが言う。


「オルフェウスは、やはり僕の秘密に気づいていたのだな」

『はい』

「黙っていてくれたことに感謝しよう。もっとも、その気遣いも無駄になったかもしれないが」

『その話は後にしましょう。今はこの場をどう切り抜けるかです』

「僕が地面を(なら)そう」

『魔導で、ですか?』

「ああ。だが、準備に時間が必要だ。数十秒、もたせられるか?」

『問題ありません。リース、カーゴ内に入ってください』

「了解ー」


 リースはすばやくカーゴの上から下り、私が開けた後部ハッチからカーゴに入る。

 いくら弓の名手とはいえ、数に勝る弓兵に狙われてはどうしようもないだろう。カーゴの上では遮蔽物もない。


 その間に、クリスが薄く目をつむり、精神を何かに集中するような姿勢を取っている。

 何事か、呪文のようなものを唱えているようだ。


 崖の上で、ドジが言う。


「素直に従う気はなさそうだな」

『ええ。ご希望には沿いかねます』

「しかたあるまい、それなら痛めつけるまで。――やれ!」


 ドジの合図とともに、弓兵たちが矢を放つ。


 カカガガガ……と激しい音を立てて、矢が私の車体に衝突する。

 矢がフロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビをいくつも作る。貫通することはなかったが、何度もくらえばまずいだろう。

 ガラス以外の車体は、表面がへこんだ程度で、さしたる被害は出ていない。


「ふん……思ったよりも硬いな。ますます欲しくなったぞ、オルフェウス!」


 ドジが手を振り下ろし、再び矢が振ってくる。

 私はタイミングを合わせてバックをし、矢の勢いをいくぶんか削ぐ。


 車体を動かしてしまったが、クリスは問題なく集中している。


「さすがに、突っ込んではこぬか。だが、そのままではどうしようもあるまい」


 いたぶるようにドジが言う。

 そして、三度目の矢の雨が降り注ぐ。

 私は車体の角度を変えることで、矢が正面からぶつからないようにする。


「もうすこしじゃ、オルフェウス!」


 アナイスがクリスの様子を見ながら言う。

 ドジは崖の上で腕を組んでふんぞり返り、逃げ回る私を見下ろしている。


「逃げても良いぞ? だが、貴様らの背後からもわが兵が迫っておる。どのみち、この谷を戻ったところで、今頃は落ちているはずの鞍部砦にしか行き着かん!」


 勝ち誇るドジ。

 私は矢をまともに浴びないために、位置を細かく調整する。


「grond, laurau, roflo, madzunerik――大地よ、我が意に応えて流砂と化せ! 粉岩砂獄(ふんがんさごく)の陣!」


 クリスが目を見開いてそう叫ぶ。


 直後、三重の馬防柵陣地を取り巻く、球状の空間が発光した。

 空間の境目は、地面と両側面の崖を切り取っている。

 「切り取っている」というのは比喩ではない。

 文字通り、その空間が切り取られ(・・・・・)、その内側の土という土が、一斉に土砂と化したのだ。


「何っ!」


 うああああああっ!


 ドジとキヌルク=ナン兵たちが声を上げる。

 土砂は、そのまま流砂と化し、谷底の陣地を呑み込んだ。

 もうもうたる煙で前が見えない。

 私はレーダーで前方を確認する。

 土砂は、三重の馬防柵を、間にいた兵ごと完全に埋め尽くしていた。

 土砂には渦巻状の砂紋が刻まれている。

 渦巻く流砂で呑み込み、砂中に敵を沈めたのだ。


(この枯川を一人で整備したと言っていたが、こういうことか)


 クリスの力を持ってすれば、谷底を均すのは難しいことではない。

 おそらくは修練も兼ねて、この枯川を整備したのだろう。


 馬防柵が埋まり、落とし穴も埋まっている。


 つまり、私の前には、走行可能な「道」がある。


『行きます』


 私は猛然とアクセルをふかし、まだ砂煙に覆われている陣地へ突っ込んでいく。


 砂は柔らかいが、慣性をつけて一気に駆け抜ける。


 途中、埋まりきっておらず、砂から身体の一部を出していた兵を何人か轢いた。


「げほっ、がはっ、く、くそっ! 話が違うではないか!」


 ドジが崖の上でわめいている。


 私は陣地を駆け、砂煙の向こうに突き抜ける。

 そのまま走ること数百メートル。私はブレーキをかけて停車する。


「な、何がなんだかわからぬ……ど、どうして止まったのじゃ?」


 アナイスが混乱した様子で聞いてくる。


『すみませんが、カーゴ内のみなさんは降りてください。派手に動こうと思いますので』

「わ、わかった。これ以上激しく動かれてはカーゴの中で挽肉になってしまう。総員、下車しろ!」


 クラリッサの命令一下、後部ハッチから聖少女騎士団が飛び降りる。

 私は後部ハッチを閉めると、その場で小さく回って再び陣地の方を向く。

 クリスとアナイスは、降りたところを狙われては困るので、運転席に乗せたままだ。シートベルトとエアバッグがあれば大丈夫だろう。


『敵を減らします。私の性能やクリスの力を知る者は少ないほどいいですから』

「な、何をする気じゃ」


 私は、いまだ砂煙に覆われる陣地へと再び突っ込む。

 砂煙の中の兵の位置は、レーダーで把握している。

 陣地の合間にいた弓兵はほぼ生き埋めになっているが、奥に立っていた騎兵はまだ生き残っている。

 私は騎兵たちを轢いていく。

 砂塵を突っ切り、再び∪ターンして、騎兵を轢く。

 それを何度も繰り返す。

 砂塵の中が、大混乱に陥った。

 が、それすらもすぐにやんだ。

 私が最短経路で往復し、生きた騎兵をすべて轢殺(れきさつ)したからだ。

 私の車体のフロントは激しくひしゃげ、フロントガラスにはちぎれた人体や馬の一部が張り付いている。


「ひ、ひぃっ!」


 砂塵から出た私の有様を見て、崖の上でドジが腰を抜かしていた。


 が、敵もさるもので、ドジはそばで呆然とたたずんでいた護衛の兵に命じる。


「わ、わしを連れて逃げろ!」


 ドジの言葉にハッとした兵が、ドジの身体を担ぎ上げようとする。


 その兵の首を、飛来した矢が貫いた。

 リースの狙撃だ。


 私が暴れている間に、少女騎士たちも行動を始めている。


 クラリッサの命令で、身の軽いイザベラが側面の崖をよじ登る。

 それを狙う崖上の弓兵の眉間に、リースの矢が突き立った。


 が、崖の上は谷底からでは死角が多い。


 兵たちはリースの矢を逃れつつ、ドジを抱えて逃げ出した。


「……逃がさない」


 崖をよじ登ったイザベラがつぶやき、兵たちを追って走り出す。


「深追いはするな!」


 クラリッサが崖の上に向かって叫ぶ。


 崖の上の様子は、私のセンサー類では把握できない。

 イザベラに任せるしかないだろう。

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