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14.不穏

 谷底へは、さほどかからずに出ることができた。


『なるほど、これはたしかに道ですね』


 谷底の枯川は、川底だった部分を細かい砂が覆っている。

 石の多い河原を想定していたから、これは嬉しい誤算である。


「一見して道とは見えぬよう、雑草は放置されておるのじゃな。しかし、通行の妨げになるほどの木や岩は見当たらぬの」


 アナイスがフロントガラスから枯川を観察しながらそう言った。


『しかし、これだけの幅、距離の枯川を整備するのは、かなりの人手が必要だったのでは?』


 私が懸念したのは、この枯川を知っている者が他にいないかということである。


 私の懸念に、クリスが答える。


「それは大丈夫だ。この枯川を道として維持しているのは他ならぬ僕だからだ」


 クリスの回答の意味が、私には飲み込めなかった。


『どういうことでしょう? クリスだけで整備したというのですか?』

「そういうこと。詳しくは言えないけど、秘密が漏れていないことは保証できる。この道は、今とはむしろ逆方向に通ることを想定したものなんだ。つまり、緊急時の王都からの脱出路に当たる。だから、この道の存在は王家の機密事項なんだよ」


 クリスは「どうやって」道を整備したのかは説明しなかった。


(魔導、だろう)


 ガラハドが身を捨てる覚悟で守ろうとしているクリスの魔導。

 それは一体どのようなものなのか気になるが、クリスは聞かれたくないように見えた。


『整備されているとはいえ、多少の障害物はありますから、速度は控えめで進みます。もちろん、騎兵の通常速度よりは速く走りますので、万一後方から追っ手がかかっても問題ありません』

「わかった。いいようにしてくれ」

「オルフェウスの言うことなら間違いあるまい」


 クリスとアナイスが揃ってうなずく。


 一方、カーゴの方から声が上がった。

 クラリッサだ。


「それなら、オルフェウスの上に歩哨を立ててもいいだろうか?」


 私は少し考える。


(私のカメラアイは視界が利く距離ならば視認できる。レーダーの有効距離は三百メートル。だが、どちらとも走行のために必要十分な機能しかない)


 もちろん、死角も存在する。

 枯川の脇には木立もある。両側は切り立った崖になっているが、その上も、私には確認できない領域だ。


(待ち伏せのような事態を想定するなら、彼女らの斥候能力を借りた方がよい)


 人間が、どのような場所で、どのような罠を仕掛けるのか、ということについて、私はほとんど無知である。


『わかりました。一旦停車します。ただし、カーゴの上は人が乗るようには設計されておらず、走行中は大変危険です。十分なご注意を』

「ああ。もともと、馬車の上に乗って警護するということもある。オルフェウスが控えめの速さで走るというなら大丈夫だろう」

『一応、軽作業用ロボットアームで支えますが、ロボットアームはあまり強い力が出せません。基本的には自力で立っていただくことになります』

「了解だ。助かる」


 というわけで、私は一旦停車する。

 カーゴの上に、少女騎士リースがよじ登る。


(たいした身のこなしだ)


 私の車高は4メートル近い。カーゴの床から登るとしても、3メートル近くある。それを、登るようにはできていない後部ハッチの脇を伝ってあっという間に登ってしまった。


「はいー。準備できましたぁー」


 カーゴの上で、リースがゆるゆると手を振った。

 リースは、亜麻色の髪を緩く編んだ、色白の少女である。普段はどこか眠そうな顔をしているが、弓の名手だと言っていた。

 弓が得意なら、おそらく視力もいいのだろう。

 リースはカーゴの上で片膝をつき、手には弓を持っている。


『では、徐々に速度を上げます』


 時速20キロまで上げても、リースの身体はほとんど揺れない。

 整備されているとはいえ、雑草を踏み潰しながらの走行で、カーゴはそれなりに揺れているはずなのにだ。

 用意しておいた軽作業用ロボットアームも、今のところ出番がない。


「はえー、これは眺めがいいですねー」


 リースが目を丸くして言う。


『私の方が驚いています。辛くはないのですか?』

「うーん、わたしやイザベラ以外だったら、つかまるところはいるかもねー。もう少し速くしてもいいよー?」

『いえ、これ以上は、地面の状態を考えると危険でしょう。この速度でも、一般的な騎馬の進行速度よりは速いはずです』

「だねー。でも、それにしてはそんなに揺れない気もー?」

『サスペンションがあるので、この世界の馬車よりは揺れは抑えられていると思います』

「はー、やっぱすごいんだー」


 リースと会話しつつ、私は枯川を進んでいく。


『枯川に入ってから五キロを走破しました。砦からは十分に離れたと言えるでしょう』


 この世界の度量衡はまだ知らないので、私は主観的観測を加えてそう告げる。

 運転席でクリスとアナイスがほっとする。


 だが、その時だった。


 カーゴの上にいるリースの顔から弛緩が消えた。

 次の瞬間には、リースは矢を放っていた。

 いつ矢筒から矢を引き抜き、弓につがえたのかすらわからない早業だ。

 矢は、枯川の左、崖の上へと走った。


「ぐぁっ」


 私の聴覚センサーが、ぎりぎりのボリュームで男のうめき声を拾った。


「敵ですー。キヌルク=ナンの軽騎兵ー、馬には乗ってなかったですー。数は1、もう仕留めましたー」


 リースの報告に、車内の空気が一気に緊張する。


『見えませんでした。リースはよく気づきましたね』

「なんとなくいそうだなって思っただけだよー」

『カン、ですか?』

「そうそうー」


 リースは軽くそう答える。


『……どう思います?』


 私は車内の人間たちに聞く。


「キヌルク=ナンの斥候兵が、たまたま近くにいた……と、思いたいのじゃがの」

「なぜ街道から外れたこんな場所に、というのは疑問だ。もしや……」


 アナイスとクリスが考え込む。


「じゃが、進むより他に道がないの」

「ああ、谷底から出られる箇所は限られている。進むか戻るかだ。だが、前方に斥候がいたとなれば、後ろからも騎兵が追ってきている可能性がある。挟撃されるくらいならいっそ前に突っ込むべきだろう」

『現有戦力で突破できると考えますか?』

「いざとなれば、僕が力を使おう。さいわい、地形としては最適だ」

「そうじゃの。多少の数ならばクラリッサたちで対処できようが、数が倍を超えては厳しいじゃろう」


 クリスとアナイスの発言について考える。


(クリスもアナイスも、クリスの魔導については絶対的な信を置いている。同時に、聖少女騎士団は、倍近い数の敵兵を相手にできるほどの精鋭部隊だということになるが……)


 その見積もりは、人間にありがちな過度の楽観のようにも思われる。

 一方、これまでの言動から、私は、クリス、アナイスともに、高い判断力を持つと評価している。


(信じるべきだろう。それに、私自身にもできることはある)


 自動運転車として課せられていた「制約」は、既に神の手によって取り除かれている。


『わかりました。進みましょう』


 それから二度、リースが矢を放つ場面があった。

 一度は勘違いであったが、もう一度はキヌルク=ナンの兵を見事一矢で射抜いていた。


『リース、よろしければ、どう判断しているのか教えていただけませんか?』

「いいよー。ここかなって場所があったら言うねー」


 リースはその後、何度か「怪しい」場所を指摘した。

 そういった場面は録画を残し、その録画を機械学習にかける。

 リースのカンが告げる「怪しい」場所の特徴量を抽出し、機械的に検知できないかと思ったのだ。

 もっとも、サンプルが少ないので、一朝一夕には無理だろう。


 進行方向に、私は気になるものを見つけた。


『みなさん、見てください』


 私はそれをタブレットに拡大して表示する。


「馬防柵、じゃの。そして、やはりキヌルク=ナン兵がおったか」

「黄色い三角旗……キルリアに入城した正黄八旗の部隊か」

『どうしましょう?』

「慎重に進んでくれ。向こうの出方を見よう」


 私は速度を落とし、見えた陣地へと近づいていく。


 行く手にある陣地は、谷底を横に塞ぐ形で、丸太の柵が張られていた。柵は簡単には倒れないよう、斜めの丸太で支えられている。

 アナイスの言葉を借りれば「馬防柵」だ。


(騎馬の侵入を防ぐための柵、か)


 だとすれば、敵は「騎馬」がこの方向からやってくることを予想していた、ということになる。


 馬防柵は三重に張られ、その合間にはキヌルク=ナン兵の姿がある。

 手前側の兵は馬を下り、馬防柵の間で槍を構えている。

 三重の馬防柵の奥には、騎乗したままの騎兵たちの姿がある。

 数は、目視できる限りで四十三。


 やがて、キヌルク=ナン兵がこちらに気づく。


「――止まれ!」


 声は、左の崖の上から聞こえた。


 私は崖の上をズームしてタブレットに表示する。

 そこに映っていたのは、



「グリュリア王国第一王子クリス・ブラハト・ブリュリアス! 及び、シャノン大公国大公女アナイス・ニィル・ラハネスブルグ! そして、鉄の荷車オルフェウス!」



 崖の上の人物は、太った身体をのけぞらせ、こちらを傲然と見下ろしながら言う。


「貴様らの身柄、キヌルク=ナン国正黄八旗長ドジ・カラマンが預かった!」


 問題の男――ドジ・カラマンがそこにいた。

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