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13.脱出

「き、キルリア=ナン、だと……」


 ガラハドが乾いた声でそう言った。

 アナイスが、顎に指を当て、眉間にしわを寄せながらつぶやく。


「キヌルク=ナンに降るでもなく、王国を名乗るでもなく、あえてナン国を自称するとはの」

『キヌルク=ナンに連なる国でありながら、キヌルク=ナンとは別の国である、ということでしょうか』

「キヌルク=ナンから攻められず、かつキヌルク=ナンの支配も受けぬため……じゃろうな」


 それは、キヌルク=ナンの衛星国になるということだ。


 ガラハドもクリスもアナイスも、この展開は完全に想定外だったようだ。


(無理もない。キヌルク=ナンとグリュリアでは文化が違いすぎる)


 同じナン国を名乗っていても、実態はまったく違うということになる。

 あるいは、これからキルリアはキヌルク化していく、ということなのかもしれない。


「キヌルク=ナンはよく、そのような都合のいい選択を許容したの。他の支配地への示しもあるだろうに」

『それが調略に応じる条件だったのでしょうね』

「馬鹿な……キヌルク=ナンがそんな中途半端な状態をいつまでも許しておくはずがないではないか!」


 クリスが叫ぶ。


(ドジ・カラマン……評価を改める必要がある)


 およそ軍人としての威厳には欠ける人物だったが、今回の仕掛けを秘密裏に成功させた手腕は大したものだ。


(近い例を挙げるなら、関ヶ原における徳川家康、だろうか)


 キルリア=ナン国が成立すれば、キヌルク=ナンは、グリュリア王国の南東部と、難関として知られるパットリア山脈鞍部砦を、戦わずして手に入れたことになる。

 それだけではない。


(ノディアも危ういな)


 冒険者の街として知られるノディアは、西のグリュリアに対する戦略的要地としての立場を生かし、キヌルク=ナンから一定の独立性を認められていた。

 が、キルリアがナン国化したとなれば、その立場が危うくなってくる。


(シャノン大公国にとってもまずい展開だろう)


 ノディアのさらに西にあるアナイスたちの故郷シャノン大公国も、グリュリアとの連携が今まで以上に困難になるだろう。ばかりか、グリュリアが内紛に追われ、外への対応力を失えば、アナイスの輿入れの目的であるシャノンとグリュリアの同盟自体、意味をなさなくなってしまう。


(グリュリア王国は平地の国だ。パットリア山脈を越えてしまえば、騎兵の進軍を阻むものはほとんどない)


 キルリアを拠点として正黄八旗、正紅八旗を集結させ、大軍でもって王都サリアへと一気に攻め上る。

 キヌルク=ナンは、グリュリア王国に対して、今まさに王手をかけようとしているのだ。


「こうしてはおられぬ。王子、姫。お二人はこの砦を即刻脱出し、王都サリアへと向かってくだされ」


 ガラハドが厳しい顔で言った。


「そんな! 僕がいれば、キヌルク=ナンが相手でも――」

「今回の(いくさ)、勝ち目は薄いと言わざるをえませぬ。ならば、連中にわれらの切り札たる王子の魔導を見せるわけにはいきませぬ」

「し、しかし……」

「王子は、アナイス姫をも危険に晒されるおつもりか?」

「う……」


 クリスが言葉に詰まる。


 私はガラハドに聞く。


『ですが、東からは正紅八旗、西からはキルリア経由で正黄八旗がこちらに向かってくるでしょう。悪くすればキルリア兵まで現れます。逃げ道などないのでは?』

「ここから少し西に行ったところに、谷底へと降りる道がある。谷底は枯川で、街道並とはいえぬが、比較的平坦な『道』になっておる。オルフェウス殿でも通れるはずだ。枯川はキルリアの北を大きく蛇行して、王都サリアへ至る街道そばにつながっておる」

『枯川ということですが、植物が繁茂しているおそれはないのですか?』

「枯川は、いざという時の脱出路として最低限の手入れはされている。一見荒れてはいるが、馬車が通れないほどの障害物は除去されているはずだ」

『ガラハドはどうなさるのです?』

「わしはこの砦に残る。籠城して、可能な限り敵を食い止めよう。王都からの救援が間に合えばよいが、間に敵地となったキルリアもある以上、厳しいと言わざるをえんな」

「ならばなおのこと僕が残って戦うべきだ!」

「王子。お気持ちは嬉しいが、ここでキヌルク=ナンに王子の力をいたずらに披露するわけにはいかきませぬ。ここはご辛抱して、わしにお任せを!」

「くっ……わかった。僕が急ぎ王都へ戻り、援軍を連れてこればいいだけだ」

「期待しておりますぞ」


 ガラハドが破顔して言う。


(ガラハドは援軍は間に合わないと思っているようだ)


 ガラハドは、クリスたちを逃がすための囮になろうとしているのだ。


 クリスも、その思いを見過ごすような人物ではない。

 クリスがガラハドに言う。


「これだけは約束してくれ、ガラハド。キルリアからやってくるのが叔父上の軍なのか正黄八旗なのかはわからないが、叔父上なら砦を無理に攻め取ろうとはしないはず。籠城が無理だと思ったら素直に降伏してくれ」

「は。かしこまりました。もとより、この砦に詰めている兵の半数はキルリア兵です。キルリア兵同士での戦いなどさせたくはありませんな」


 ガラハドがため息とともに言った。


(ここはキルリアのすぐ東なのだから、キルリア兵が多いのは当然か)


 もしキルリア兵が攻めて来るとしても、その矛先はだいぶ鈍ることにはなるだろう。

 もっとも、砦の西を塞がれれば、東からはキヌルク=ナンの正紅八旗がやってくる。


(キルリア兵は形ばかり戦う様子を見せておけばいい。正紅八旗が到着すれば、雪隠詰めにされた鞍部砦が落ちるのは時間の問題だ)


 そう考えて気づく。


『もし現れたのがキルリア兵だったら、キルリア=ナン国に対して降伏し、この砦を明け渡す方がいいのかもしれませんね』

「むっ、そうであるな。キヌルク=ナンに渡すくらいならば、キルリア公に預けてしまうのはひとつの手だ。もっとも、国を裏切った者に砦を明け渡すのは抵抗があるが……」

「先に正紅八旗が到着してしまえば、そういうわけにもいかなくなる。東から来るのが正黄八旗だったとしても同じだ。だが、下手に抵抗して皆殺しの憂き目に遭うくらいなら、素直に投降してほしい」

「いえ、王子。その考え方では、キルリア公を非難できなくなるでしょう。キヌルク=ナンを恐れるあまりに戦わずして降ったという前例を作ってしまえば、この先の戦、勝てるものも勝てなくなりましょう」

「……それはそうだな」


 厳しい顔で言うガラハドに、クリスが渋々うなずいた。


「さあ、砦のことはわしにお任せくだされ。なに、わしとて無駄に歳を取ってはおらぬ。老将の力をキヌルク=ナンに見せつけてくれましょう」


 そう言うガラハドに促され、私たちは急ぎ出発の準備をすることになった。





 鞍部砦の東側の城門が開く。

 こちらは鉄格子ではなく分厚い木の扉だった。

 この砦はあくまでも東の旧ラン帝国に備えて造られたものであり、西側からの攻撃は想定していない。むろん、簡単に破れるような扉ではなかったが、こちらは裏門なのだという印象だ。


 私は、運転席にアナイスとクリスを、カーゴに聖少女騎士団を乗せ、砦の騎兵の先導を受けて、街道を西に走っていく。

 案内役の騎兵は、私の前をおっかなびっくり走っている。


『もっと速度を出してください。こちらには余裕がありますので』

「わ、わかった」


 外部スピーカーから聞こえた私の声に、騎兵が馬の速度を上げる。


 ほどなくして、分かれ道にやってきた。

 まっすぐ西に向かう本道と、北に折れる枝道である。


「こちらです」


 騎兵は枝道に入っていく。

 枝道は本道より細い。私の車体が左右から伸びた木の枝を揺らし、折っていく。


 枝道を、1キロほど進んだ地点で、騎兵が止まる。


「ここです」


 そう言って騎兵が指した先は、どう見ても森のようにしか見えない。


「偽装が施されていますが、馬車が通れるようになっています。進んでください」


 たしかに、レーダーで調べるかぎり、地面はならされているようだ。

 私は「森」に向かって車体を進める。

 車体が偽装として生えている背の高い草や若い木を倒し、踏み潰していく。


「そのまま道なりに進んでいただくと、やがて下り坂にさしかかり、谷底の枯川へ出られます。この川が枯れたのは、王子の祖先である初代グリュリア王が、魔法で川の流れを変え、下流にある城を干し殺しにされたからなのだとか。私は入り口の偽装をできる限り修復して砦へ戻ります。王子、どうかご無事で」


 騎士が敬礼をして言った。


 私は、何か言いたそうにしたクリスに、


『お言葉を中継します。そのまましゃべってください』

「そ、そのままか。えっと……うむ、お役目ご苦労だった。偽装はありがたいが、敵兵が現れぬうちに戻るのだぞ」


 スピーカーから聞こえてきた声に、騎士がぎょっとした。

 が、敬礼を崩さずに言う。


「はっ! もったいなきお言葉です!」


 騎士は感激した様子で道を戻っていった。


『では、われわれも進みましょう』


 私は、レーダーで前を「手さぐり」しながら、森に隠された道を進んでいく。

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