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12.急変

 その日は、鞍部砦で一泊することになった。


 キヌルク=ナン部隊が迫っているかもしれないという状況ではあるが、いくら騎兵の足が速くても、鞍部砦に至る急坂を上るには、馬を降りる必要がある。

 兵の移動・集合にはトラブルがつきものであることもあり、ガラハドは正紅八旗の到着を、早くとも三日後と読んでいた。


(気丈に振る舞っていたが、アナイスはかなり疲労している)


 私にはドライバーの顔色やしぐさから疲労度や心理状態を推測して、操作補助や休息勧告を行う機能が備わっている。

 膨大に蓄積された機械学習データによって、人工知能による疲労度・心理状態の推測は、人間の精神科医やカウンセラーが行うものよりも正確なものになっていた。元の世界では、単純な病気なら人工知能が診断して薬を処方するという試みも始まっている。


 クラリッサたちの疲労も溜まっている。

 体力勝負の仕事だけに、アナイスよりは元気があるが、敵地を抜けて気が緩んだこともあってか、少女騎士たちは皆どこかぐったりして見えた。


 翌朝、私、アナイス、クリス、クラリッサ、ガラハドは昨日と同じ食堂で朝食を取る。

 アナイスはやや眠そうに見えたが、クラリッサはしっかりしている。一晩で疲労を抜いたのなら大したものだ。


「僕は今朝、自分がアンドロギュノスになっている夢を見たよ。神話にある両性具有の原始人類のことだ」


 私の話は、クリスにはやはり印象深かったらしい。

 私は自分の見立てに確信を持つが、ことさらにそれを確かめようとは思わない。

 おそらく、アナイスも知っている。アナイスが騙されているのでなければそれでよいだろう。


 当たり障りのない話をしながら朝食を取っていると、


「……む? 何やら外が騒がしいな」


 ガラハドが言って立ち上がる。


『グリュリア側から騎士がやってきたようです。相当に急いでいる様子ですね』


 私は本体の方のカメラで捉えた伝令の騎士の様子をタブレットに映す。


 そこで、食堂のドアが叩かれた。


「入れ」


 ガラハドが言うと、ドアが急ぎ開かれた。

 ドアからは砦の騎士が入ってきた。


「将軍、キルリアから伝令がやってきました」

「用件は?」

「重大事ゆえ、将軍にお目にかかって申し上げたいと……」


 ガラハドが一瞬考え、言う。


「では、わしがそちらに行こう」

「待ってくれ、ガラハド。僕も聞きたい。ここに呼んでくれ」

「しかし……」

「僕は第一王子だぞ? 結婚すれば、立太子も日程に入ってくる」

「そうですな……わかりました。そういうことだ、ここに連れてきてくれ」

「かしこまりました」


 砦の騎士は一礼して引き下がり、やがてさきほどカメラで見た伝令の騎士を連れて戻ってきた。

 その間に、ガラハドは砦側の騎士を三人呼んできて、クリスやアナイスの護衛に立たせている。クラリッサは、私のタブレットを片手で抱え、もう片手はいつでも剣を抜けるように空けたまま、アナイスの前に立ち塞がる。


 伝令の騎士は、疲労困憊していた。

 激しく汗をかいた跡があり、全身に砂埃がついている。

 荒くなった息を抑え、伝令の騎士が片膝立ちになってガラハドに言う。



「で、伝令! キルリアにキヌルク=ナンの部隊が入城しました!」



「な、なんだと!?」


 ガラハドが目をむいた。


「この鞍部砦がまだ抜かれていないというのに、なぜ後背のキルリアが落ちるのだ! 貴様、所属はどこだ!?」


 ガラハドは伝令の内容を疑ったようだ。

 が、騎士が階級章を示し、所属を述べると、唸りながら黙り込む。


 代わって、クリスが聞く。

 クリスも、顔色が青くなっている。


「キルリアが落ちただと!? では、叔父上はどうなった!?」

「は……そ、それは……」


 伝令の騎士が口ごもる。


「言ってくれ」


 クリスに促され、伝令の騎士が口を開く。


「キルリア公の安否についてはわかりません。ただわかっていることは、キヌルク=ナンはキルリアに無血入城したということです。私は事の成り行きを案じた部隊長に言われ、単身キルリアを抜け出してこちらに急ぎ参った次第です。私と同時に、王都に向かっても伝令が走っています」

「無血入城だと? では、キルリア公が門を開いてキヌルク=ナン兵を受け入れたということか!?」


 ガラハドの言葉に、クリスが顔を跳ね上げる。


「そんな馬鹿な! 叔父上がそんなことをなさるはずがない!」

「ふむ……もしキヌルク=ナンの大軍が現れたのじゃとしても、キルリアは籠城して王都からの援軍を待つと思うのじゃがの」


 アナイスは、クリスよりは冷静にそう分析する。


『キヌルク=ナン兵は、どこの八旗の所属ですか?』


 私がタブレットから問いかけると、伝令の騎士は声の元がわからず困惑する。

 クラリッサが改めて同じ質問をしてくれる。


「キヌルク=ナン兵は、黄色い三角旗を掲げていました」

『まさか、正黄(せいおう)八旗ですか?』


 私の小声を、クラリッサが繰り返す。


「私にはわかりません……」


 伝令はそう答える。


「黄色い旗なら、正黄八旗で間違いないでしょう。他にキヌルク=ナンに似た旗を掲げる部隊はなかったはず。絶対とは言えぬが」


 ガラハドが言う。


 私は昨日、ここに来る前カルナックで正黄八旗長ドジ・カラマンを名乗る男と遭遇したことを、クリスとガラハドにも話していた。


「まさか、カルナックからパットリア山脈を越えたというのか?」


 クリスが信じられないという顔で言った。


「いや、それだけでは説明がつかない。パットリア山脈を越えられたとして、山越えで疲弊した兵で城塞都市であるキルリアを落とせるはずが……」

「王子、この者の言う通りなら、キルリアは無血開城されたということになります。だとすれば……」


 ガラハドが、その先を続けられずに言いよどむ。


「内応……じゃの」


 アナイスが言った。


「それこそありえない! 叔父上は領民思いの穏やかで優しい方なのだぞ!」


 珍しく、クリスがアナイスに噛み付くように言う。


 ガラハドが、顔をしかめて言った。


「だからこそ……かもしれませぬ。キルリア公はこれから起きる(いくさ)を悲観して、キヌルク=ナンに降ることにした……」

「だ、だが、僕が今鞍部砦にいることを、叔父上は知っている! 東から正紅八旗が迫る状況でキルリアを開城したとなると……」


 クリスの叔父、キルリア公は、クリスが鞍部砦で挟み撃ちに遭うことを承知の上でキヌルク=ナンに降ったということになる。


 ガラハド、クリスは、最悪の事態を否定しようと、伝令の騎士にくりかえし質問を投げかける。

 伝令の騎士は、王子と将軍の詰問にひるみつつも、しっかりと伝令の役割を果たしていた。

 聞けば聞くほど、状況が悪いことがはっきりしてくる。


(ドジ・カラマン)


 脅かし屋ギレンに睨まれ、怯えながら虚勢を張っていた印象しかないが、天の屏風といわれる山を越え、キルリア公を調略したとなると、かなりの戦略家だったことになる。


(カルナックでキヌルク=ナン騎兵が多数目撃されつつも集結している様子がなかったのは、カルナックを素通りしてパットリア山脈へ向かっていたからか)


 あるいは、キルリア公側に、パットリア山脈の西側の案内をさせたのかもしれない。


(山を越える前に、調略を終えていたはずだ。そうでなければ、少数の部隊で山を越え、疲弊しているところをキルリア公に各個撃破されかねない)


 だとすれば、キヌルク=ナンは相当前からグリュリア攻めの準備をしていたことになる。


 昼頃に再び伝令が現れた。


 食堂に通された伝令は、私たちの最悪の予想を裏付けることになる。

 伝令は、食堂に転げ込むなりこう言った。


「――キルリア公が、キルリア(・・・・)ナン(・・)国の独立を宣言しました!」

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