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11.オルフェウス、性を語る

「アナイス姫!」

「クリス王子!」


 鞍部砦に無事入城を果たした私の前で、アナイスとクリス王子が感動の再会を迎えていた。

 国同士の政略結婚であることは間違いないが、もともと二人は幼なじみだったと聞いている。アナイスも、結婚相手としてまんざらではないらしい。


(美少女と美少年のカップル……いや)


 私は二人を観察していて違和感を覚えた。

 が、ひょっとするとデリケートな問題なのかもしれない。この場で触れるべきではないだろう。


 アナイスがクリスに言う。


「王子はどうしてここにおるのじゃ? じきにここはキヌルク=ナンとの前線になるかもしれぬのに」

「姫が危険を犯して僕のもとに向かっているというのに、どうして王都でじっと待っていられよう」


 なるほど。花嫁を迎えに、国境の砦まで出てきていたというわけか。


 クリスの背後に立つ巨漢が、いかつい顔をほころばせて言う。


「王子は姫のことが心配でいてもたってもいられぬご様子でしたからな」

「ガ、ガラハド! 姫の前で、やめてくれよ!」

「はっはっは! よいではありませんか。王子は年齢に見合わず聡明でいらっしゃる。そのくらいの弱点があった方が、臣下も親しみやすく思いましょう」


 巨漢(「ガラハド」と同定)は、そこで一転顔を引き締めて、私を見上げる。


「しかし、この鉄の箱は一体? 馬もなしに、砦までの坂を上ってきたようでしたが……?」


 ガラハドの問いには、私が答える。


『はじめまして。私はオルフェウス。モリサキ自動車製自動運転トラックD1501Eに搭載された人工知能にして、ノディア冒険者ギルドに登録された冒険者です』

「し、しゃべった……!?」


 ガラハドが口を大きく上げて驚いた。

 アナイスの横で、クリスも驚いた顔をしている。

 周囲の警護の兵は、とっさに私に向かって槍を構えていた。


「こ、これ! 槍を向けるでない!」

「も、申し訳ございません」


 ガラハドが叱り、兵たちが槍を上に向ける。

 アナイスの身内だと思われるから、それに槍を向けるのは非礼に当たる、ということだろう。


「い、今なんと申された? モリサキジドウ……? 冒険者、というのはわかったが。いや、冒険者だというのも、考えてみれば明らかにおかしいのだが……」


 ガラハドがどこからつっこんでいいやらわからず、困惑しきった声を漏らす。


『説明するにやぶさかではありませんが、まずは場所を変えませんか? アナイス姫も長いドライブでお疲れのはずです』

「う、うむ。そうだったな。だが、おまえはどうするのだ?」

『私の端末を持っていってください。クラリッサ、運転席にあるタブレットはわかりますか?』

「あ、ああ。『かめら』に映った光景を映していたものだな?」


 私に話を振られたクラリッサが答える。


『ええ。あれは取り外しができるようになっています。バッテリーの容量の問題で、半日に一度は戻していただく必要がありますが』

「そうなのか? だが、いいのか」


 クラリッサが私に確認する。

 クラリッサの言わんとすることはわかる。

 私の車体からタブレットを持ち出してしまっていいのか、ということだ。

 持ち出した者(この場合はクラリッサ)がよからぬ考えを起こせば、私はタブレットを失ってしまう。


(意図的な取り外しと0時修復を組み合わせた部品の無限増殖は禁止ということだった。が、盗難に遭った場合はどうなるのか)


 盗難されても、タブレットが破壊されてしまえば、修理の対象となりそうな気はする。

 タブレットが破壊されなかった場合でも、私から離れすぎると消滅する、といった安全装置が仕込まれている可能性もある。

 だが、どちらにせよ試すことは難しい。

 タブレットを誰かに預けることが、私にとってリスクであることに代わりはない。


 とはいえ、ここでそれを正直に打ち明ける必要はない。


『そこは、クラリッサやアナイス姫を信用しています』


 それだって、べつに嘘というわけではない。

 これまでの経緯から、彼女らは信用に足る人物だと判断していることも事実である。


「そうか。わかったよ、オルフェウス。その信用に背くつもりはない」


 クラリッサは運転席に戻り、タブレットを取り外す。


『タブレットの正面と背面に、私のカメラがあります。話をする時は、どちらかのカメラを私の話し相手に向けてください』

「わかった。……だが、おまえの姿がないと話しにくい気もするな。いや、今更ではあるのだが」


 クラリッサが言った。

 たしかに、これまでもアナイスや聖少女騎士団の面々は、私と話す時に視線をさまよわせることが多かった。もっとも、最近はだいぶ慣れてはきている。しかしこれからはクリスやガラハドとも話す機会があるだろうから、「私」のアバターのようなものがあるといい。


『検討してみます。とりあえずは、この画像でどうでしょうか』


 私はタブレットにD1501Eの3D画像を表示する。


「こうして見ると、顔のようでもあるな」


 クラリッサが、私の正面からの画像を見てそう言った。


「クラリッサ。クリス王子、ガラハド殿が話から置き去りになってしまっておる。まずは落ち着いて話せる場所に案内してもらおう」


 アナイスがそう言って、ちらりと砦の兵たちを目で示す。


(私のことは、人目のある場所ではあまり話すべきではない、ということだな)


 クラリッサが、アナイスの目配せにハッとする。


「そ、そうですね。失礼いたしました、クリス王子、ガラハド殿」

「いや、かまわないよ。クラリッサさんもお元気そうでよかった。他の聖少女騎士団の皆さんも、よくぞ姫を守り届けてくださった」


 クリスが、クラリッサや他の少女騎士に言って頭を下げる。


「そ、そんな! もったいないお言葉にございます!」

「さぞや危険な任務だったことだろう。クラリッサさん、よろしければ、団員の皆さんには先にお部屋を用意させていただこう。お話はアナイス姫とクラリッサさんからうかがえばよいだろう。姫とクラリッサ殿もお疲れだろうが、事態が事態だ。申し訳ないが、今しばらくご辛抱いただきたい」

「妾は大丈夫じゃ、王子」

「わたしも問題ありません。ですが、お言葉に甘えて、部下たちは交代で休ませていただこうと思います。ご配慮痛み入ります」

『私も話しますよ』

「……そうだった。オルフェウス……殿、だったな。貴殿からも話をうかがいたい」


 クリスがややまごつきながらそう言った。





 私、アナイス、クリス、クラリッサ、ガラハドは、砦の将官用食堂へと場所を変えた。


 アナイスとクラリッサ、私が、ここに至るまでの経緯を説明する。

 私がタブレットに地図や画像を示してみせると、クリスとガラハドは目をむいて驚いていた。


「……というわけじゃ」


 アナイスが長い説明を終えた。


「なんと……想像以上に危険な目に遭われておられたのだな。くっ、僕自らが迎えに行ければ、姫を危険な目に遭わせることもなかったのに」


 クリスが本当に悔しそうに言った。


(そういえば、クリスは魔導師のはずだ。異世界からの転生者の血を引いているとのことだったな)


 今のクリスのセリフは、レトリックではなく本心からのものなのかもしれない。


 クリスは、テーブルの上に置かれた私(丁寧にも一席が割り当てられ、全員の顔がカメラに映るよう付属のスタンドで立てられている)を見て、深々と頭を下げた。


「ありがとう、オルフェウス殿。貴殿がいなければ、僕は妻となる女性を失うところだった」

『たまたま通りがかっただけです。お気になさらず』

「そういうわけにもいかない。これほどの恩を受けておいて何もしないでは第一王子の名がすたる」

「妾もじゃ。妾らにできることがあれば、なんでも言ってくれ、オルフェウス」

『まだこの世界のことがわからないのですが、当面はグリュリア王国に受け入れていただければ十分です』


 人間ならば富なり地位なりを要求するところなのかもしれないが、私は自動運転車である。ガソリンも無限、0時修理でメンテも不要となれば、実のところ必要なものなどほとんどない。


(いや……)


 だからこそ、私の自由意志が問題となってくる。

 私はこの世界で何をなすべきか?

 あるいは、何をなしたいのか?


「なんと謙虚なお人だ。いや、人ではなかったか」

「実際、オルフェウスは謙虚で礼儀正しく、信義を守る男じゃよ。いや、男ではなかったの」


 クリスとアナイスが揃って首をひねっている。

 なかなか息の合ったフィアンセである。


「ふむ? オルフェウス殿は男性かと思っておったが、違うのか?」


 と、同席しているガラハドが言った。


『オルフェウスという名前は男性名ですが、私自身に性別は設定されていません』

「男でも女でもない、そもそもからして人ではないというわけか」

『もともとは車両を運転するために設計された人工知能ですから』

「荷車を無人で走らせるためだけに人造の頭脳を生み出すとは……なんともはや、信じられぬほど高度な文明であるな」


 ガラハドがうなりながらそう言った。


「男でも女でもない、か。それはどのような気分なのだろう、オルフェウス殿」


 クリスが私に聞いてくる。


『王子、ガラハド殿も、私に敬称は不要ですよ』

「そうか、ならばオルフェウスと呼ばせてもらおう。僕のこともクリスで構わない」

「お、王子!?」


 クリスの言葉に、ガラハドが驚く。


「人ならざる存在に、人の世の貴貧を押し付けても詮ないことだろう。まして、オルフェウスは僕の妻となる女性の恩人なのだ」

「そ、それもそうですが……」

『では、以降はクリスと呼ばせていただきます』

「ああ、よろしく、オルフェウス」

「わ、わしは呼び捨てにはできませぬ。やはりオルフェウス殿と呼ばせていただきますぞ」

「ガラハドは武辺者だからな。許せ、オルフェウス。ガラハドなりの敬意の表れなのだ」

『私はどちらでも気にしませんよ』


 私はそう答え、宙吊りになっていた王子の質問に回答する。


『男でも女でもないのはどのような気分かとお尋ねでしたね』

「ああ。いや、もし気を悪くしたならすまぬが」

『いえ、そんなことはありません。たしかに、性別という概念は、私にとっては縁がなく、だからこそかえって、興味をそそられるものでもあります』

「ほう。具体的には?」

『一例としては、友情と愛情とがどのように区別されるのか、私にはよくわからないのです。見て区別することはできますが、内実については推察することしかできません』

「ふむ。興味深いな。僕とアナイスは幼なじみだ。今ではフィアンセだが、子どもの頃からそうと意識していたわけではない。小さい頃には友情とも愛情ともつかぬ仲だったといえる」

「妾は、早いうちから王子のことを意識しておったがの」

「拗ねないでくれ、姫。単に、少年より少女の方が早く成熟するということなのだ」

「冗談じゃ。妾とてわかる。友情と愛情の差か。たしかに、言葉にして説明するのは難しい」


 アナイスがうなずきながらそう言った。


『ですが、必ずしも言葉で説明する必要はないと理解しています』

「ほう、意外じゃな」

『人間に男女の別があるのは、生殖においてそれぞれ異なる役割があるからです。生殖器を持たない私には性的衝動がなく、従って、その感覚を想像することしかできません』

「せ、生殖器って……」


 クリスが少し顔を赤くして目をそらす。


「こら、オルフェウス。そういうことは露骨に言うでない」


 アナイスが私にそう注意する。


『失礼しました、クリス』

「い、いや、構わない。オルフェウスの言っていることは正しいしな。だが、だからこそ客観的に見られるということもあろう。オルフェウスは、男女というものについてどう考える? 性別を気にせずともよい世界というのはどういうものなのだ?」


 クリスが、再び私に問うてくる。


『そうですね。さきほどは不躾なことを申しましたが、性的衝動というのはとても複雑なもので、単純に子を産むためだけのものとは言えません』

「子を産むためだけではない?」

『私の元いた世界では、性的マイノリティの権利が保障されていました。男性でありながら男性が好きである者。女性でありながら女性が好きである者。異性、同性とも愛せる者。男性でありながら自分は女性であるようにしか思えぬ者、あるいはその逆の者。彼らの愛は『子を産む』という観点からだけでは説明がつきません』

「なんと、そのような者がいるとは……」


 複雑そうにガラハドが言った。

 いかにもたくましく、武芸をなりわいにしてきた将軍だけに、性的マイノリティのことを想像するのは難しいのかもしれない。


『私が見るところ、恋人関係としての愛情を構成する要素は二つあります。ひとつは、相手のことが大事だという気持ち。もうひとつは相手に性的魅力を感じることです』

「なるほど、相手をいくら大事に思っていても、性的魅力を感じるのでなければ、愛情とは異なるということか。親が子を愛しいと思う場合や、友に親しみを覚える場合は、性的魅力は関係がないからの」


 アナイスがうなずく。


『ただし、恋愛関係は双方が互いに同じ気持ちを抱き合っていなければ成り立ちません。想っても想われない辛さというのは、私には想像に余るものです』

「古来、悲劇においても喜劇においても、想いの行方ほど題材にされているものはないだろう。その点、僕は相手と想いが通じているから幸せだ」

「な、何を言っておるのじゃ……」


 恬然と言ったクリスに、アナイスの方が恥ずかしそうにうつむいた。


『まとめると、人が人を想う気持ちそのものが尊いのだと私は思います。また、想いがつながっていることが大事なのであって、恋する者同士の身分や性別は、本来恋愛関係にとっては副次的なものなのでしょう』

「だが、男女でなければ子がなせぬではないか」


 ガラハドがそう言った。


『男女であっても、どちらか、あるいは両方の体質によっては、子どもができなかったり、できにくかったりすることがありますよ』

「むう。それはそうか。だが、わしは貴族だ。世継ぎがいなければ困ると思うし、結婚相手の身分も無視するわけにはいかぬと思う」

『現実問題としてはその通りなのでしょうね』


 日本においては、子どもは保護され、教育を受ける存在だった。

 が、過去においては貴重な労働力であり、またゆくゆくは兵士となって外敵と戦うための存在でもあった。家業を受け継ぐ上で、血縁関係が重要な要素となっていたことも知っている。


「ううむ……やはりわしには受け入れがたい話だ。男女が和合して初めて家族ができ、国家ができる。神の摂理に背いておるように思えてならぬ」


 ガラハドはうなりながらそうこぼす。


 私はフォローを含めて言った。


『オルフェウスというのは、詩人の神から取った名前です。現実的な問題よりは、人々の切なる感情の方に、私は興味があるのかもしれません』

「うむ。オルフェウスは詩人よな。人間より人間くさいと思うことがあるの」


 アナイスがそうまとめて、その場での会話は終わりとなった。

ガラハドの問題のセリフについてはそのうち触れます。

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