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9.志願車から冒険車へ

 翌日からは、仕事の日々だった。

 北のカルナックから材木を運び、そのさらに北にあるツラトリアからワイン樽を運ぶ。

 ジャンは私がキヌルク=ナンに目をつけられることをおそれているようで、北から西寄りの仕事を選んでくれているようだった。


 この間、アナイスたちと連絡を取る手段はない。

 無線機でも積んでいればよかったのだが、元の世界では無線インターネットが普及していたため、連絡事項はすべてインターネット経由でやりとりしていた。


(手紙のやりとりでもできれば安心できるのだが……)


 そこは、彼女たちの能力を信頼しておくしかない。


 その日も仕事を終え、冒険者ギルドの前に戻る。

 最近ではさすがに周囲も慣れてきて、私が駐車すると、周囲の誰かがギルドに入って、ジャンを呼んできてくれるようになった。


「いやあ、おまえがいると仕事がはかどるよ」


 ジャンが満面の笑みでそう言った。


 私としても、今の仕事に不満はない。

 ギルドからもらっている報酬は、元の世界での自動運転車の一日当たりの稼ぎと比べても多いくらいだ。というより、完全無人化された自動運転車による貨物輸送は、必要なガソリン代をかろうじて上回る程度の収益しか生まないのだ。給料を受け取るべき人間がいないのだから当たり前だ。もっとも、自動運転車を業務利用する企業には、その台数に応じて社会福祉税がかかる仕組みとなっていた。その税金を使って、失職したドライバーに職業訓練を施したり、失業給付や生活保護に充てたりしていたのだ。

 それに比べ、今私は一人の「冒険者(仮登録)」として扱われているので、人間相手と同じ報酬が出る。他に私と同じような仕事ができる者もいないため、報酬にはかなり色がついているらしい。


「オルフェウス。おまえには十分に働いてもらってる。異例の早さではあるが、正規の冒険者として登録させてもらおうと思ってる。明日の仕事をこなせば、完遂済みの仕事が十件に達するしな」

「うへえ、もう登録かよ。俺の時は半月もかかったんだぞ」


 ジャンの言葉に、すっかり気安くなったギレンが言う。

 ギレンは、今も私の助手席に座っている。ジャンによれば私のお目付け役ということであるが、私としても経験豊富な元冒険者であるギレンから聞ける話は貴重だった。


「明日は、カルナックから材木を取ってきてくれ。手順はいつも通りだ」

『了解しました』


 その夜は、すっかり私の定位置となったギルド裏で夜を明かし、翌朝カルナックへ向けて出発する。

 私だけなら夜間でも何の問題もないのだが、今はギレンを乗せている。あまり悪目立ちもしたくないので、夜間の活動は控えることにした。


(夜は視界が悪いから動けないと思われていた方が、今後のためにはいいかもしれない)


 ノディアから北西方向にかけての地図も埋まりつつある。

 冒険者としての正規登録が済んだら、適当な理由をつけて西へ向かうことにしよう。

 もちろん、アナイスたちを回収して。





 昼前には、私とギレンはカルナックに到着していた。


 カルナックは、山沿いにある街で、木こりたちの集落が自然と発展してできた街だという。

 戦略的な要地ではないから、ノディアのような城壁はなく、ただ丸太を地面に打ち付けただけの木塀が街をぐるりと囲んでいる。


 もともと材木を運搬する必要があったこともあり、ノディア-カルナック間や、カルナックから北への街道は、比較的幅員も広く、路面も整備されている。


 私がカルナックの材木集積所の前に停車すると、近隣の子どもたちが集まってくる。

 木こりたちが私の車体に触ろうとする子どもたちを追いやって、いつも通りに材木を積んでいく。

 私にできることは何もないので、ただ待つばかりである。

 助手席にいるギレンも、うとうとと船を漕いでいた。


 そこに、場違いな音が聞こえてきた。


(蹄鉄の音だ)


 アナイスたちを追っていたキヌルク=ナン騎兵の騎馬の足音とよく似ている。

 それが複数。

 しかも、こっちに向かって近づいてくる。


(合計五騎)


 カメラアイに、近づいてくる騎兵の姿が映った。

 前に二騎、真ん中に一騎、後ろに二騎。

 前後の四騎は精悍な若い騎兵だが、真ん中の一騎に乗るのは腹の膨れた中年男性だった。脂ぎっていて、髪が額から頭頂にかけて禿げ上がっている。中年男性は、馬の扱いもややおぼつかないように見えた。


(将官とその護衛、ということか)


 五騎は、私に近づいてくると、荷を積んでいる最中の私をしげしげと見る。


「ほほう。これが、噂の鉄の荷車か。これだけの材木を積んで動けるのならたいしたものだ。……馬はどこにおる?」

「は。馬は必要ない、のだそうです」

「馬がいらぬ、だと?」


 中年男性は疑わしそうに言う。

 そして、手近な木こりに声をかける。


「おい、この荷車は馬がいらぬというのは本当か?」


 横柄な言い方に、木こりが何事かを言い返しかける。

 が、中年男性の背後で騎兵たちが弓を握っているのを見ると、顔を青くして答えた。


「へ、へえ。異世界からやってきたということで、馬なしで走ります」

「本当か? 隠しだてするとためにならんぞ?」


 中年男性が木こりを睨む。


『本当ですよ』


 私が外部スピーカーから出した声に、中年男性がぎょっとする。


『私にどのようなご用でしょうか?』

「な……荷車がしゃべっておるのか!?」

『その通りです。私はオルフェウス。ノディアの冒険者ギルドに仮登録された冒険者見習いです』


 中年男性の顔に、困惑が浮かぶ。

 困惑は、すぐに怒りへと変わった。


「ふ、ふざけるな! わしを愚弄しておるのか!」

『そのようなつもりはありません。単に、事実を述べたまで』

「おおかた、その巨体の中に人が入っているのであろう!」


 中年男性が、私に震える指をつきつけ、顔を赤くして言った。


「なんだなんだ、やかましいな」


 そう言って、助手席からギレンがひらりと降りる。


「や、やはり乗っておったのではないか!」

『彼は私の協力者ですよ』

「むっ……」


 ギレンが降りても私がスピーカーから話し続けていることで、中年男性はつきつけた指をさまよわせる。


「ええい! 他にも人が隠れているのだろう! 中を改めさせろ!」


 中年男性の言葉に、ギレンが視線を鋭くする。


「ほう? あんた、見たところカルナックの人間じゃないな? 何の権限があってそんなことを言うんだ?」


 中年男性は、ギレンに睨まれ一瞬たじろぐ。

 が、


「わ、わしはキヌルク=ナン国正黄(せいおう)八旗(はっき)長ドジ・カラマンであるぞ!」


 中年男性がそう名乗る。


(キヌルク=ナンの軍団長のようなものか)


 どうも厄介な相手に目をつけられたようだ。


「ふぅん、キヌルク=ナンのお偉いさんか。だが、だからどうした?」


 ギレンがドジに言う。


「なんだと?」

「冒険者の身分は歴史的に保証されている。キヌルク=ナンの太祖だって、今のところは冒険者の身分を認めてるじゃないか。八旗長のあんたに、太祖の判断を覆す命令が出せるのかよ?」

「ぐっ」


 ドジが言葉に詰まる。

 代わって、護衛の騎兵たちが前に出る。


「おっ、なんだ、やろうってのか? おもしれえ。騎馬民族だかなんだかしらないが、こちとらくぐってる死線の数が違うんだよ! 俺はただじゃ死なねえぞ。やるんなら、死ぬ覚悟を決めてからかかってこい!」


 ギレンが騎兵たちを威嚇する。


(大したものだ。さすがは「脅かし屋」)


 ドジを抜かしたとしても4対1。不利なのは明らかにギレンの方だ。

 しかも、ギレンは古傷のせいで片足が悪い。さっき助手席から降りた時から、かなり無理をしてなんともないフリを続けている。

 ギレンの努力のおかげで、キヌルク=ナンの騎兵たちは気圧されてるように見えた。


『ギレン、その辺にしておきましょう』


 私が言う。


『今のわれわれの仕事は、カルナックで材木を積んでノディアに戻ることです。ドジ殿、われわれに落ち度がない以上、荷を改めさせろという要求には従えません。しかし、われわれにはあなたがたと揉め事を起こすつもりもありません。私はただの荷車。ものを運び、人々の豊かな暮らしを支えるのが仕事なのです』

「ふん……まぁよかろう」


 ドジが、馬の上でふんぞり返って言った。


「鉄の荷車よ。名前はなんと言ったか?」

『オルフェウス』

「オルフェウスか。覚えておこう」


 ドジが馬首を巡らせた。


「行くぞ」

「は、はあ」


 ドジが、騎兵を引き連れ去っていく。


 ギレンが、私の車体にどさりと寄りかかって言った。


「やれやれ。行ってくれたか」

『無理をさせてしまいましたね』

「まったく、生きた心地がしなかったぜ」

『そんなふうには見えませんでしたが』

「おまえと出会った時には、脅かし屋も廃業かと思ったが、まだまだ行けそうだな」


 キヌルク=ナン騎兵たちが去ったことで、木こりたちも荷積み作業を再開した。


(しかし……なぜ、キヌルク=ナンの軍団長がこんなところに?)


 まさか、アナイスたちを追って?

 私の荷を改めようとしたのも、アナイスたちをかくまっていると疑ってのことだったのか?

 しかし、それにしてはやけにあっさり引き下がった。


(別件で居合わせた、ということか)


 だが、このカルナックは材木を産するだけの木こりの街だ。

 戦略的にも要地というわけではない。


 材木の荷積みはいつも通りに終わり、私はノディアの街へと駆け戻る。


 ギルド前で、ジャンが言った。


「いつも通り、早すぎるくらいの仕事だな。オルフェウス、おまえを冒険者に正規登録する許可が下りた。これが冒険者登録証だ」


 こうして、私は念願の冒険者登録証を手に入れたのだった。

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