とりあえずの始まり
2月27日 0:40
異世界「日本」に迷い込んで約1年に後少し。現実とは思いたくないけど、元の世界に帰りたくても帰る事など出来る筈もないんだ。夜な夜な飛び回る黒い影の者、人々の足下に潜み長い舌を出したり引っ込めたりしてる者。ダンジョンの奥深くの部屋にて気色悪い頬笑みを浮かべる者。そんな存在を目にして元々居た世界に戻れる筈もないんだよね。知ってしまった罪は消えない。
そして、ここは虚構の広場。
裏切りの虚無域「霞ヶ関」。
時に独り歩きをしてみたくなる。深夜の人通りの無くなった霞ヶ関官庁街。街灯だけが存在を主張して、音も匂いも無い止まった時間の中で足音も欠き消す静寂の世界に浸って独り歩くの。
裏切りの虚無域「霞ヶ関」に隣接する、
まやかしの巫女が奉られる場「皇居外苑」
真っ暗で足下の砂利の音とざわめく風の音に包まれる皇居前広場で、まだ明けぬ夜をベンチで過ごす。中途半端な時間の残業明けで終電もとうに終わり馴染みの逗留所にも帰るに帰れず、24時間営業の店などまだ在りもしない時代だから、帰って寝たいが帰る術もなく、唯一の手段のタクシーでは安月給の身では利用不可能だし、結局の処朝までここに居るしか方法は無いって事ね。
元の世界に居た頃は、こんな時間にやる事と云えば流れ星を探す事ぐらいだったけど、東京じゃ所謂光化学スモッグの蓋がしてある空なのだから、流れ星処か満天の星空さへ観たこと無いよね。月だって観たこと無いんだもの。街路樹越しに月明かりだと思って見上げたら街灯だったなんて良く在る事で、満月だと云われても東京タワーの展望台にでも上がらないと観られない。
地上から天の様子を観ることも叶わないなんて、まるで職場での私と同じじゃなくて。採用されたばかりの身では、直属の上司の顔を覚えるだけでも精一杯。トップなら写真とかで顔を拝めるものの、幹部と謂われる上層部の人達には、お目にかかる事も無いしね。
見えない夜空と知らない幹部は同じだって思ってたら、腰掛けと謂われる私達は、さしづめ流れ星なんだろうな。キャリアアップなんて縁の無い世界で、なんの期待もされてない。期待されてるとすれば、同期の男性の家内に成ることぐらいかな。でなきゃ雇用機会均等法が出来たばかりとは云え、男女同数の採用ってねぇ。
流れ星は燃え尽きて地上に墜ちる事なく消え去るものだけど。私達はこの世界から消える訳にはいかないのよ。例え今の職場から消える事になったとしても、私達の存在その物が消える訳じゃないから。でもねこのままだったら望まれる家内ってのに成れなければ破棄されるのかな。家内に成らずに長年勤めてる人も居るけど、人としての扱いじゃないから。出勤して仕事をこなす自働機械。会話もなくて、挨拶も無い。誰も話し掛けない存在。自由を求めたら得られるのは無視って云う代償だけなのね。
流れ星の用に、燃え尽きて消え去った方がどれだけ楽か。
同期男性の家内に収まるべく気に入られる努力して、早く嫁いで来年の新規採用枠を空けてくれって、人事に言われてもね。
嫁ぎ先が見つからないなら、ここに居ても無駄なんだから転職しろよって肩を叩かれる2年目にしてってさ、どーしたものかな。
私達の価値ってそういうものなの。
なんのために高等教育を受けたのかな。
私達の意識を変えても、あの凝り固まった世界が変わらなかったら
高等教育を受けて世界を知って意識を変えて、男性社会に飛び込んだのに、なんにも変えられないのね。
こんな時間まで拘束して、ただの嫌がらせでしょ。自発的に職場から消えて貰いたいんだよね。追い出したとか、辞めさせたとか云われたく無いだけなんだよね。面子のために。
今日も、ダンジョンの奥でほくそ笑むゴブリンの親玉の呼び出しに、応じて休暇届と云う提出するだけでダンジョンから抜け出せる魔法の書類をゴブリンの数だけ運び込んだけどさ、集団で治癒の効果の在る地下から涌き出る有難いお湯にでも浸かりに行くのかね。
ゴブリン風情が良い御身分で。この世界ではゴブリンにも人権が在るらしいね。あなた達の様な実働部隊が集団で休暇が取れるものかしら。いくら平和な世の中とはいえ弛み過ぎてないって思ったけど、腰掛けの流れ星には関係無い事なのかな。
もうすぐ、新たな生け贄が新採用の名の下に集められる季節がやって来る。あちらの世界から何も知らない生け贄が、まやかしの巫女による召喚の儀によって呼び寄せられる。誰が何処から喚ばれるのかなんて判る筈もないし、召喚された方もまさか自らの身にこの先何が待ち構えているのかも知る由もない。
生け贄に捧げられるのか、ゴブリンには改造されるのか、またはダンジョンの奥では頬笑みを浮かべる悪魔になるのか。
まだ誰もその答えを知らない。
とあるRPG風ゲームのNPCが主人公です。NPC故にプログラミングされたセリフ以外は喋れません。なので小説では心の内で思った事柄を綴って行く事になります。NPCとはいえ感情や意思は在ります。セリフは少なくても主人公には頑張って貰いたいと考えてます。