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翌日、早速莉乃は父親に遊園地の件を打診してみると「無理だ」と即答されてしまった。




「……どうしてもダメでしょうか」




今まで莉乃が父親に何か強請ることはなかったので、一度の反対で折れそうになってしまう心を何とか奮い立たせ莉乃は食い下がる。




「婚約者同士二人ならまだ考える余地はある。だが俺も一条もそんな時間はない」




……ぐっ!と反論の余地がないことに莉乃は唇を噛み締めた。朔と二人での遊園地も魅力的だけどそれじゃダメなのよ!と内心叫んだところで父親が察する筈もない。




そんな父親と言えば突然自分の意見を告げてきた娘を興味深そうに見つめていた。この男は昨日莉乃を娘と認識したばかりの男である。そんな娘が自分に用があるのだと言われ、話を聞けば一条親子と自分と莉乃で遊園地に行きたいなど言うものだから思わず目を見開いてしまった。




莉乃の子供らしい一面を見た父親はまるで研究対象かのように莉乃を見て、その意図を図ろうとする。そもそもこの子は遊園地になど興味があったのか。見るだけでは全く莉乃の考えが掴めない為「遊園地に連れていけば分かるのだろうか」と一瞬父親は思ったが、詰まっているスケジュールをそんなことに割くわけにはいかないと考えを打ち消した。




莉乃から話を聞こうと言う考えはどうやら父親にはないらしい。




まだ観察対象に莉乃は入ったところでコミュニケーションを取る相手とみなされていなかった。父親には娘を娘と認識し、教育の是非については考える頭はあっても娘との接し方なんて全く考えもしないのだ。




「……そう、ですよね」




莉乃は時間がないと言われれば頷くしか出来ず、また次の案を考えなきゃ…と泣く泣く夢の貸し切り遊園地を諦めた。




哀し気に眉を伏せた莉乃を見てまたしても父親は首を傾げる。……今度は娘が悲しんだ、と。きっとこの男は莉乃の喜怒哀楽全てに不思議そうな顔をするに違いない。




「しかし婚約者と距離を詰めるのはいい心がけだ。来週から学園も始まるだろう。しっかりと関係を保つように」





父親は当り障りのないことを言い、それに応えるように頷いた莉乃を下がらせた。




従順ではなくなったのとは違うのだな。だが感情を見せるようになった娘が考えていることはさっぱり分からん、と父親は莉乃について考えることを打ち切り手元の書類に視線を戻したのだった。





一方断られた莉乃は。




(学園が始まるまでに何とかしたかったのに!あぁもう遊園地行きたかったわ!……やっぱり食事会で地道に二人の距離を取り持つしかないのかしら。朔にそれとなくまずは会話を持つよう勧めるべき?)




父親に断られたことを憤慨しながらも、どこか焦りを感じているようだった。学園が始まってしまえば自然と朔との接点は増える。私との距離を詰めてもまだダメなのよ!と思っても、一週間後に迫った入学式まで朔と会う予定はない。けれど入学式後に両家で食事会をするのでまずはそこね、と莉乃は焦りを抑えるかのように気を引き締めた。





* * *




そして入学式当日。




「朔!」



「莉乃ちゃん」




紺色をベースとして裾に水色の刺繍がしてあるスカートに、淡い水色のシャツに校章が胸元に金糸で刺繍されているブレザーにリボンと言った制服に身を包んだ莉乃は、かなり目立っているため一目で分かった朔に駆け寄った。初々しい制服姿で駆け寄って来る莉乃に朔は驚いたもののその姿を見て少しほっとした。




周りにはもう付き添いの保護者はいないが、同級生からチラチラと視線を送られ居心地が悪かった朔は自身の婚約者の登場に安堵したのである。いくら慣れている視線だと言っても気分がいいものではない。まして朔は紺のズボンに水色のシャツにブレザーにネクタイと言う、とても様になっている格好なので周りも食い入るように見目麗しい朔を見つめていたのだ。





もちろん莉乃も例外ではなく、名前を呼び付け駆け寄ったにも拘らず挨拶なんて忘れポッと頬を染めて朔に見惚れていた。





「莉乃ちゃん、入学おめでとう。制服似合ってるよ」




しかも小学一年生とは思えない口説き文句を朔から言われ、莉乃は耳まで真っ赤に染めていた。そんな莉乃を朔は口元に小さく笑みを浮かべて見つめている。




「ありがとう。朔もとっても似合ってるわ」




辛うじて周りからの興味深々の目に押され莉乃は言葉を絞り出した。少し声が小さいのはご愛敬だ。




周りの同級生たちは王子様のようにかっこいい朔と、お姫様のように可愛い莉乃が並んでいる姿を騒ぎながら見つめていた。




あれは誰だろう、いちじょうさまよ、女のこはだれ、みやのさまよ、と周りはざわざわと会話を繰り広げているものの二人に直接話し掛ける生徒は誰もいない。




そんな中で。





「朔、久しぶりだな」





背後から聞こえた声に、朔と莉乃は不意に振り返った。




そこにいたのは黒髪黒目の端正な顔立ちをした男が制服のポケットに手を入れて立っていた。その男の制服には朔も莉乃も付けている新入生に付けられる百合の花が飾られている。




竜伊(りゅうい)。久しぶり。あと入学おめでとう」




「あぁお前もな。ところで隣は?」




「……宮野莉乃さんだよ。僕の婚約者」




朔の前に立った竜伊という男は、朔と幼い頃から仲のいい男であった。東条家の御曹司だ。出会いは初めて朔が参加した身内のパーティで話をしたというもので、パーティで会う度二人はよく共に過ごしている。




竜伊の容姿は朔に劣っておらず、茶髪に茶色の目と言った優し気な風貌で物腰も落ち着いた朔とは対照的だがとてもイケメンだ。黒髪は落ち着いた印象を相手に与えるものの、切れ長の目と結ばれた口元がどこか傲慢そうな雰囲気を醸し出している。





実際竜伊はまさに俺様、と言った言葉が似合う男である。そんな対照的な二人だが御曹司にイケメンと言う似た境遇のせいで気が合わない筈がなかった。





そんな竜伊はこれが朔の婚約者か、としげしげと莉乃の顔を覗き込む。




莉乃はズイとイケメンに顔を近づけられどうすればいいか分からず固まっていると、「竜伊」と朔が助け舟を出してくれたのでホッとした。




「悪い、怒るな」




竜伊は莉乃と朔を二度ほど見比べて面白そうに笑う。




「俺東条竜伊だ。よろしくな、莉乃」



「……えぇ東条さま。みやの莉乃です。よろしくおねがいします」




早速呼び捨てなのね!と頬を引きつらせた莉乃だが、まだまだ回らない舌で何とか自己紹介をし朔にこんな友達がいたのかと内心驚いていた。




(……あら。ちょっと待って。竜伊って朔の親友役としてゲームで出てなかった!?)




しかしあることを思い出して目を見開く。




(嘘、竜伊って寡黙な男だった筈よね!?黙っていれば周りが全て動きます!みたいな。気に入らないことがあれば相手を睨みつけると言うか。無言の圧力が凄まじいと言うか。え、こんな男だったかしら?)




そう東条竜伊とは口数の少ない男としてゲームでは描かれていた。黒髪に似合ったその性格はまさに冷酷の一言。自分に害を成すものについては容赦がなかった。王様のようなどっしりとした威圧感と存在感を晒しながらも、その瞳にはどこか愁いを帯びていて扇情的。色気がむんむんに溢れている描写もはっきりと描かれていた。



しかし身内には情の深い男であった為朔との仲は良く、朔と莉乃がゲーム内で二人の殻に閉じこもっている様子を快くは思っていなかった。冷酷なようで、けれどまともな性格をしているそれに加え俺様要素が詰め込まれた男が竜伊だ。




そんな平凡女子の心を鷲掴みにしてしまう王道キャラ設定で、その上主人公に朔と莉乃の関係は駄目な筈だと不安げに零したどこか弱々しい一面も見ることができて平凡女子の心臓は握りつぶされた上に火を付けられていた。その為竜伊人気は凄まじいものであった。しかも竜伊は主人公に叶わない恋をしていたのではないか!?と考えるプレーヤーたちも出てきて更にそんな考えが竜伊可哀想!と竜伊の人気を蹴り上げたのだ。




朔と主人公とのルート一本のゲームであったことが更に竜伊人気を燃え上がらせるとは何と言ったことか。下手に二人が結ばれるよりも、叶わない恋や見守るだけの恋など悲恋の方が信者チックな竜伊のファンは盛り上がるのである。




朔の人気も凄まじいものであったが、莉乃に依存していた儚げで今にも消えてしまいそうな常に不安を抱えた表情の裏でどこか狂気じみて愛を乞う朔と、依存を断ち切り一見爽やかな王子でも主人公を守るためには非道にもなれる朔とで人気が実は分割されていた。




けれど莉乃に依存をしていた朔が好きだと言う熱狂的な派閥があったとしても、莉乃は一貫して敵だと言う風潮さえ出来ていたので莉乃が好かれることは殆どなかった。先導効果も今思えば巧みにこなされていたのだろう。




兎に角そんなゲーム内の青年と目の前の意地悪そうに笑っている少年は確かに顔は面影があるかもしれない。けれど性格はむしろ俺様であることを除けば真反対なのではないだろうか。




……うそー。と竜伊の顔を見て莉乃は目をぱちくりとする。




そんな莉乃を見て竜伊は不思議そうに顔を傾げたので、きっと性格がこれから変わっていくのよ!と強引に自身の混乱にピリオドを打った莉乃は誤魔化すかのように笑みを浮かべた。




「……そろそろ集合の時間だよ。行こう」




そして丁度タイミングよく朔が声をかけてくれたので、莉乃は朔に頷いて竜伊もこれに倣った。








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