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そして婚約者との顔合わせの日はすぐにやって来た。



「いいか、莉乃。くれぐれも粗末のないように」



いつもは莉乃に声なんて掛けない莉乃の父親も、今日と言う日は莉乃に注意を一言掛けた。そんな莉乃の父親はとても莉乃の顔によく似ている。父親の面影を濃く受け継いだ莉乃に残った母親の面影は、莉乃の色素の薄さだけだろう。父親は瞳も髪色も黒だが、母親はハーフと言うこともあってゆるりとウェーブのかかった金髪よりの茶色に灰色がかった瞳を持っている。




しかしその黒の瞳も灰色の瞳も莉乃に向けて愛おしく緩むことはなく、着飾って薄く化粧すらしている美しく愛らしい姿の莉乃を淡々と映していた。




そんな両親に莉乃は表情を変えたことはない。悲しそうに愛を求めたことも、愛を与えない二人に怒ったことも、愛を請おうと笑い掛けたことすらない。




しかし今日は違った。もう直ぐ訪れる婚約者にどう接すればいいのか思案している莉乃は父親の言葉に対して適当に返事を返し、ふと何か違和感を感じて隣に座っている父親を見上げた。




「……それなら、いいんだ」




端正な父親の顔に感情が滲んでいた記憶が莉乃にはない。けれど今の父親の顔を見て、莉乃は思わずパチクリと瞬きをした。




……あれ、何か私やらかした?




莉乃は婚約者に冷たく接するべきなのか、それとも親しみを持って接するべきなのか考えていて気付いていなかった。前世の癖で無意識に莉乃がその顔に笑みを浮かべていたことに。



そして父親は今まで感情を持たない駒だと扱っていた娘が花が咲いたような笑みを浮かべたと思わず目を見開いたのだ。




唖然、と言った言葉が当てはまる父親を見て莉乃は焦る。あれ私何かした?と考えても無意識に笑っていたのだから心当たりがあるわけでもないし、笑ったせいで父親が驚いているだなんて考えに辿り着くわけがない。




礼儀作法も身に付いている莉乃は何が父親の気に触ったのか、と考えるが考えても礼儀作法に問題はなかったのだから答えから遠ざかる一方だ。




ちらりと父親と逆方向に座っている母親を見ても父親と同じような表情をしているのだから、一層莉乃は焦るだけだった。





「…あの、お父様…?」




ついに痺れを切らした莉乃が恐る恐る父親に問う。父親は莉乃の声に正気に戻り、今見た莉乃の笑った顔は何だったのかと莉乃を見たが、その表情は見慣れた顔と変わらず内心で息を吐くことしか出来なかった。きっと見間違いに違いない。そう結論付けた父親は「いや、何でもない」と小さく首を振り娘に視線を落とす。





「…そうですか」





よかった、怒ってるわけじゃなかった。そう安堵した莉乃はまた自分が知らず知らずのうちに笑みを浮かべていて、今度こそ娘の浮かべる二度目の笑顔を正面から見た父親は衝撃を受けるのだ。




娘が笑った、と。全く持って馬鹿らしい衝撃だが娘に感情なんてないと思い扱ってきた父親からすれば娘が笑ったことは一大事であった。何も感情を持たず自分の言うことを聞いていた娘が笑った。




感情を持たないと思っていたからこそ押し付けていた教育に思案を飛ばす。叱ることも避け、使用人とすらの接触も出来る限り避け。それは令嬢としての教育には相応しいものであると父親は断言するが、それが娘にとっての教育に相応しいかと問われれば答えを見出すことが出来なかった。




親と言うものは子を産んだら親になれるのではない。親であろうとするから親であるのだ、という父親の母親_莉乃にとっての祖母に当たる_の言葉を今更ながら父親は思い出していた。




つまり令嬢としての育て方を熟知していても、娘を娘と思っていない父親の教育は到底子供を育てるものではない。そんな当たり前のことを考えなかった父親は非常に娘の笑顔に混乱していた。




そして顔に出さなくとも内心の混乱の中で「娘は娘だ」と始めて自分の子供だと莉乃を認識したのだった。




本当に馬鹿だとしか言いようがない。しかし莉乃の婚約者一家の到着だと言う知らせを受け、今更ながらに気付いた事実を咀嚼する暇もないまま、父親は席を立って娘の政略結婚の相手を迎え入れた。





しかし莉乃はそんな父親の考えなど露知らず。




(来たわね!)




莉乃は魔王にでも立ち向かうかのような心情で立ち上がった。魔王を迎え撃って平穏で幸せな将来を掴むのよ!と意気込んでいるが迎え撃つのは己の婚約者である。




「ようこそお出で下さいました」




使用人に釣られて応接間に入って来たのは背の高い男と、まだ幼い男の二人だけ。あぁ、そう言えば婚約者の母親は亡くなっているんだっけ__と思い出したところで。




婚約者の顔を見た莉乃は、昨日の決心も虚しくドキッっと胸を高鳴らせていた。




それもその筈。ゲームでもとてもとても優れた容姿をしていた婚約者だが美しい美貌が集まる二次元でも莉乃の前世の心を掴んでいたのだ。今では身内に綺麗な顔をした両親がいるものの、それを除けば前世も今世も三次元で容姿端麗な男を芸能人以外に見たことがなかった。




そんな莉乃の前に7歳ではあるが確実に側を通った全ての人が振り返る美貌を持つ男が現れた。いくら将来の目標はおじさんのお嫁さんと決めた莉乃でもときめいてしまうのは不可抗力だ。




(実物ってやっぱりゲーム以上ね)





ドクドクと煩い心臓を無視して、確実に赤くなっている頬にも気付かないふりをする。




そして親から紹介を受けた莉乃は、意を決して口を開いた。




「…始めまして。みやの莉乃です。よろしくおねがいします」




まだ7歳で舌足らずの為、ゆっくりそう言った莉乃はワンピースの裾をちょんっと持って足を下げお辞儀をした。



そろりと顔を上げると莉乃をじっと見つめる婚約者と目が合う。やっぱり婚約者はかっこよく、そんな男が自分を見ているという事実に心臓がはち切れそうなほど鼓動を打っていた。




あれ私今何喋ったっけ。挨拶は綺麗に出来てたっけ。あれ、右脚を引けばよかったんだっけ左脚だっけ。と内心大パニックだ。




(落ち着くのよ私。相手は7歳よ7歳。ショタよショタ。いくら今の私が7歳だからって前世は25を越えてたんだから犯罪よ!)




しかしいくら前世の記憶があろうともそれは記憶でしかない。その記憶がいくら莉乃の性格や根本を変えたからと言っても、あくまで莉乃は莉乃なのだ。そうあくまで7歳。いくら25年以上の記憶が7年の記憶を圧したとしても擦り変わるには至らなかった。




つまり7歳が7歳にときめいても何ら不思議ないと言う事だ。




「…始めまして。一条朔です、よろしく」




そう言って小さく笑った婚約者___朔に莉乃は目眩すら覚えた。




まさか自分の決心がこれほど無意味だったとは。まさかここまで破壊力のある7歳だったとは。自分がチョロすぎだったなんて。




どうしようもない心臓に内心舌を打ち、引き攣りそうな頬を抑えて莉乃は無理矢理笑みを浮かべたのだった___。







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