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6.地雷原でタップダンスを

 気配を消し背後から現れる。

 現れた瞬間に凄まじい存在感を放つ。

 一体そのスニーキングスキルは何処で身に付けるのだろうか。日本の王家の嗜みかな?


 現実逃避は止めて振り返る。

 怖かった。先日家で夕食をとったときの朗らかさは欠片もない。

 狙ってやったのか分からないが髪が一房口に引っ掛かっているのも恐ろしさを演出していた。これで血を流していたら幽霊としか思えない。

 表情は無表情で目は光が無く炭色になっている。

 ここでようやく昔の美琴ちゃんと今の美琴ちゃんが綺麗に重なった。

 そうだ、昔の美琴ちゃんはこんな顔でいつもボーと虚空を見詰めている子だった。


「何をしていると聞いているのです色狂い王女」

「何をしているも何も昼食をとっているのだ。根暗王女」


 さっきはビクついていたレイシア様だが、今は美琴ちゃんと視線を交わせ、しっかりとものを言っている。

 失礼ながら大蛇に睨まれたポメラニアンにしか見えないのは内緒だ。顔色良くない。

 余りにも一方的な雰囲気に僕は何とか割って入ろうと、美琴ちゃんに声を掛ける。

「美琴さま、どうかなさいましたか?僕たちはただ昼食を共に取っていただけですが……」

 今までここにいないかのように僕の存在を無視していた美琴ちゃんの目がこちらを向く。

 ギョロっと擬音が付くくらいすごい勢いで眼球が動いた。

「どうしてあなたはこんな方と……あなたは……あなたは何もわかっていないのですね」

 今までの気配が鳴りを潜め、悲しげなものに変わる。一体なんだというのだろうか。

 ただ思ったより美琴ちゃんが冷静だと分かった。

 多分レイシア様に何か悪い噂があって僕を心配してくれているのかもしれない。

 確かに教室のど真ん中でハーレムに入れなんて言っている人だから、よそでも似たようなことをしているのだろう。

 でも今回のことに限れば完全な誤解だ。

「美琴さま、ブリスティン様は僕のクラスメイトのエルランド様と昼食を共にしようとしていました。しかし彼女が見当たらず仕方ないからと僕たちと昼食を共にしているのです。何か問題がありますか」

 うん。何も問題ないな。

「あります!」

 あるんだ。

「陽彩君は英蘭の色狂い王女なんかが触れていい人間じゃない!」

 僕はいつからそんなに偉い人物になったのだろうか。いや茶化しているわけではない。言っていることがあまり理解できなかったのだ。

「どうして、そんなことを」

「この王女は誰彼構わず見かけさえよければハーレムに招き入れるような色情魔です!すでに彼女には何人もの婚約者がいます!そんな人の近くにいたら陽彩君が妊娠してしまいます!」

 レイシア様は美琴ちゃんの言葉に傷ついたように表情を歪ませ、顔色を悪くした。事実のはずの言葉に彼女はひどく動揺したように見えた。

 この場でレイシア様の気持ちなど分からないが、美琴ちゃんに言いたいことが二つある。

 僕は妊娠しない。するのは女性だけだ。

 そしてもう一つ。

「美琴さま。僕は噂のほどは知りませんが本人の前で、公衆の面々の前で個人を辱めることは言わないでください」

 悪口を言わない人間はいないだろう。人が人を嫌うことも止められない。でもこれはやっては駄目だ。

 美琴ちゃんが一方的に喧嘩を売っているようにしか見えないし、レイシア様も醜聞をさらしている。意味もなくお互いを傷つけあっているだけだ。

「な、なにを言って……すでに彼女に騙されているのですか?」

「ブリスティン様はここで昼食を取られていただけです。それなのにいきなりやってきて糾弾したのはあなただ。ここはあなたが謝罪しなければいけないのではありませんか」

 格好つけて言ってみたけど、王家の人は簡単に謝罪できたっけ?うーん。

 美琴ちゃんは僕の言葉にショックを受けたのか呆然としている。心なしか震えているような。

「陽彩……」

 青かった顔を赤らめてこちらを見詰めていると思いきや、キッと美琴ちゃんを睨み付けるレイシア様。

「この根暗女!黒髪!黒目!色白!あ、違うからな、これは陽彩に言ったわけではないぞ!そこの根暗王女に言ったのだ!さあ謝らないか!」

 悪口のボキャブラリー少ない。彼女のことをあまり知らないのに、何となくレイシア様らしいと思ってしまった。あと欠片も僕の悪口が言われているなんて思ってないですから。

「謝るならあなたもです、ブリスティン様」

 気炎を上げるレイシア様を放置できず僕は声を掛けた。

「何故だ!こいつが悪いと陽彩も……」

「あなたも悪口を言ったでしょう、最初と、あと今も」

「なに!」

 裏切られた!とでも言い出しそうな目で僕を見るレイシア様。別に僕はあなたの味方ではないですよ。喧嘩両成敗。

 僕が誰の味方かというなら、このクラス全体の味方です。どうするんですかこの最悪の空気。

 僕と美琴ちゃんを見比べレイシア様は唸りながら悩んでいたが、先に美琴ちゃんの方が立ち直った。

「言葉が過ぎました、英蘭の第二王女。先ほどの誹謗中傷につきましては謝罪します」

 ちょっと奥歯にものが引っ掛かった言い方だけどまあいいか。瞳も元の綺麗な色合いに戻っている。ちょっと顔がまだ怖いけど。レイシア様にガンを飛ばしているし。

 意外と素直に謝った美琴ちゃんに、レイシア様は眉間にシワを寄せ考え込み、絞り出すように声を漏らした。

「悪かった。謝る」

 レイシア様も美琴ちゃんにバチバチと火花を飛ばしている。お互い本当に言葉だけである。これ以上はどちらも譲歩しないだろう。

「はい、この話はここで終わりです。昼食に戻りましょう」

 僕はパンと手を叩き、皆の注目を集めて声を出す。いつまでもこんな雰囲気を引きずるのは良くない。

 柏手が利いたのか静まり返っていた教室にざわめきが起こり、皆昼休みの続きに戻った。


 僕は知らずに入っていた肩の力を抜きため息を漏らした。

 未だに僕の後ろで静かに佇んでいた美琴ちゃんに振り返り彼女に声を掛ける。

「ところで僕の教室に何の御用だったんですか?」

「え、ああ。一緒に昼食をとりたかったのでそのお誘いに。先日の夕食のお礼も兼ねて用意したのですが……」

 そう言いながら美琴ちゃんは、手に持っていた風呂敷を持ち上げる。三段重ねの重箱らしく一箱一箱が大きい。

 美琴ちゃん、カレーの時もそうだったけど結構食べるからこれくらいでも大丈夫なのだろう。

 しかしそれにしても抜けている。こういう場合は事前連絡がとても大事だと思うよ。今回に限って言えばレイシア様にお弁当をあげてしまったから大丈夫だけど。パンは家に持ち帰っても食べられるからお誘いに乗ろうかな。王家のお弁当の中身というのが気になる。

「どちらで食べるつもりだったんですか?」

「上級生が教室にいると皆さんのご迷惑だと思いますので、中庭に出ようと考えています」

 時計を見て時間があるのを確認する。大丈夫そうだ。

「まだ時間がありますね。では折角のお弁当なので、ご相伴に与らせていただきます。ですがブリスティン様が食べ終わってからでいいですか?こちらが先約なので」

 そう言いながらレイシア様を振り向くと何度も頷いて僕に同意を示す。この人一々かわいい。今日で大分印象が変わった気がする。


「……そう言えば先ほどは何をされていたのです?」

 美琴ちゃんが僕の顔を見ながら不思議そうに尋ねた。額にチリっと痛みが走る。何だ?

「紆余曲折あって僕のお弁当とブリスティン様のパンを交換したんです。まだ箸の扱いに慣れていなかったようなので僕が……」

「……成程、陽彩君が手ずから作ったお弁当を、手ずから食べさせてもらっていたわけですね……」

 納得できたと笑う美琴ちゃんの顔を見て、またチリチリと痛みが走る。どこかで額を傷つけただろうか。

 額を気にする僕に美琴ちゃんが近づいてきて小声で話しかけてくる。吐息がくすぐったい。

「……陽彩君、私そそっかしくて、実はお茶を準備するのを忘れていました。申し訳ないのですが買ってきていただけませんか?」

 何だか珍しいお願いだ。ちょっと首を捻る。

「それはいいですけど、ブリスティン様が……」

「安心してください。王女は私が手ずから食べさせますから。彼女も同性の方が安心できるでしょう?」

 それもそうか。ちょっとさっきまで喧嘩していたのが心配だけど。人前で何かするほど大人げない人でもないだろう。美琴ちゃんも笑顔だし。

「じゃあこちらはお願いします」

「ええ。陽彩君は急がなくていいですよ。廊下を走らず、ゆっくりと行ってきてください」

 そう言いつつ美琴ちゃんは僕の背中をグイグイと押し、僕は教室の外に出された。

 不思議に思いつつも言われた通り歩いて購買部まで向かった。



「さて、ではこれをどうぞ」

「ちょ、何をする!陽彩は何処へ行った!」

「ほら早く口を開かないと鼻にねじ込みますよ」

「こらひゃめろ!」

「まずはご飯だけ全部食べましょう。そのあとおかずを食べさせてあげます」

「喉に詰まるだろ!」

「詰まればいいじゃないですか」

「助けてくれ、ひいろーーーー!」



 二人は仲良くしているかなあ……。

 お茶を抱えて教室に戻ると既にレイシア様は昼食を食べ終わっていた。ぐったりしている。

 そして教室の中は再び緊張感に包まれている。皆ある一角を見ないようにしている。

 美琴ちゃんはその中で満足気な笑顔だった。

 カオスだった。


「おかえりなさい、陽彩君。参りましょうか」

 僕があらわれて花が綻ぶような笑顔を見せる美琴ちゃんだけど、この教室の空気の所為かちょっと素直に眼福だと思えない。

「うん、そうだね」

 僕に出来ることがあるのならば美琴ちゃんを連れてこの場を立ち去ることだけだ。どう贔屓目に見ても彼女が原因だろう。


「まった!」

 いつの間に復活したのだろうか。レイシア様が僕たちの目の前まで来て胸を反らせる。

「私も行くぞ!まだまだ食べ足りないのでな」

「なんて厚かましい。これだから……」

 続く言葉を美琴ちゃんは我慢した。さっき悪口を注意されたからだろう。まあ僕も厚かましいと思うけど。

 ただそんな事より気になることがあった。反射的にレイシア様に手を伸ばす。

「ちょっとジッとしていてください」

「な!にゃにを」

 どんな食べ方をすればそうなるのか不明だが鼻の中央付近に白米がついている。

 動かないように片手で頬を押さえて顔を固定し鼻の頭に触る。指が目に入ったら大変ですからね。

「はい、取れましたよ」

「さっきの米か……驚かせおって」

 予告なしで顔を触ってしまったからな。これは僕が悪い。米粒は捨てる場所もないので自分の口に放り込んだ。コメの一粒命の一粒。

「お前は……そういうことを……」

 あれ、レイシア様が怒ってる。形のいい眉がピンと逆立っていた。

 やっぱりまずかったかなあ。確かに親しくもない人間にやられると気持ち悪いよな。謝っとこ。

「陽彩君、あなたはどうしてそうなんでしょう、どうしていつも………陽彩君、あなたはどうして………陽彩君、あなたは…………」

 急に壊れたラジカセのように、ブツブツと同じ言葉を小声で呟き続ける美琴ちゃん。顔が黒髪に覆われ確認できない。しかも後ろ髪は風もないのに揺れているよ?不思議だね。とっても怖いね。

 うん、念仏みたいな呪詛も久しぶりに聞いたけど高校生になっても恐ろしい。体が震えそう。

「陽彩!お前はそういうことを軽々しくやるのか!」

 僕の横で恐れをまき散らす美琴ちゃんを無視してレイシア様が吠える。ある意味凄い度胸だ。単に目に入っていないだけだろうけど。

「いえ、ブリスティン様が初めてです」

 妹にはやったことあるけどノーカンだろう。多分他人に対してのことを言われているみたいだし。

「え?そう、なのか?初めてなのか………」

「すいません。ご不快な真似をして」

「いや、いい。許す!しかし他の者に絶対やるんじゃないぞ!」

「はい、肝に銘じます」

 あっさり許してくれた。意外と心が広いよ、レイシア様。そしてまた口をもにょもにょしている。この間もやっていたが癖か何かか?

 あとすでにBGMみたいになってきた呪詛が2倍速くらい激しくなった。ブツブツがブブブブって聞こえる。

 よし、何も知らないぞ、僕は。


 しかし無視などできるはずもなく、僕が美琴ちゃんにどう声を掛けたものかと迷っていると前方から麗しい人が歩いてきた。

「あれ、レイシア様と陽彩と………大和美琴さまでいいのかな?」

 アーシェ様である。美琴ちゃんの顔も知っているようだ。ちょっと自信がなさそうだったけど。でもこの変貌している美琴ちゃんをちゃんと認識できるのは凄いと思います。

「お前は今日もどこかの男子をひっかけに行っていたのか!」

 レイシア様がそうアーシェ様に問い詰める。あなたが言えたことでしょうか。

 よく考えるとこの二人が会っているところは何気に初めて見た。

 はちみつ色の髪のレイシア様と銀髪のアーシェ様か。すごい絵になる二人だ。

 瞳の色は似通っているし、やっぱり同じ国出身のためか顔も似ているように思える。アーシェ様の方が大分大人びているけど。

「今日は違いますよ。じゃなかったらこんな中途半端な時間にここを歩いていません。お昼もまだですし」

「そうか、ではさっさと食べて来ればよかろう」

「そうさせていただきます。というわけで陽彩、私と食事しない?」

「え?」

「はあ?」

「(ギリッ)」

 なんか歯を食いしばるような嫌な音がしたと思ったら美琴ちゃんが僕の前に立っていた。どうやら復活したようだ。おかえりなさい。

「折角のお誘いですが陽彩君は私と先約がありますので、遠慮していただけませんか?」

 物腰柔らかだけど凄い威圧感。絶対王家の人間は何か出せる。確信した。

「そうだったんですか。それは失礼いたしました」

 頭を僅かに下げ謝罪するアーシェ様。

 毎度この人は息をするように誘うけど本当にあっさり引くよね。よく分からない。

 美琴ちゃんもアーシェ様に対して威圧感を弱めた。

「先ほど第二王女が昼食を食べ足りないと嘆いていたので一緒にお連れになられたらどうでしょう?」

「そうなんですね。私もレイシア様と話したいことがあったので丁度いい。さあ行きましょうか」

「いや待て!私は……」

「レイシア様。人の逢瀬を邪魔する女は馬に蹴られて殺されるらしいですよ、この国では。おそらく恐ろしい呪術の類かと」

「何!」

 何言っているんだこの人。目が滅茶苦茶楽しそうに笑ってるぞ。

 アーシェ様は内緒話をするようにレイシア様の耳に口を近づける。

「レイシア様も馬によく乗るでしょう?危ないですから大人しく私についてきてください。頼まれたこともしっかり調べてありますからその報告も兼ねて……」

「しかし……」

「女性にとって余裕というのは大事ですよ。ここは敵に塩を送っておいてレイシア様の印象を良くする方が長期的に見ればプラスとなります」

「お前がそこまで言うなら……」

 何を話しているのか僕も美琴ちゃんも分からず首を傾げる。

 アーシェ様がレイシア様から離れるとレイシア様が美琴ちゃんにズイッと近付いた。

 二人は視線を絡め、お互いの顔を突き合わせる。

「少し用事が出来た。席を外さしてもらう。行くぞアーシェ(これは貸しにしておいてやろう。おかしな真似はするなよ根暗)」

「そうですか、ごきげんよう(寝言寝て言いなさい。あなたには何一つ与えないわ色狂い)」

 アイコンタクトでも交しているのかと思うほど二人は熱心に見つめ合い、笑い合いながら挨拶を交わす。

 そしてお互いもう言うことはないとでも示すように、ぴったりタイミングを揃えて顔を離した。

 うん、以心伝心だね。もうお互い普通に話せばいいんじゃないかな。君たち実は仲良いんだろ!



 美琴ちゃんに案内されて校舎から離れていない中庭に降りた。

 やたら疲れた気がするが、ようやく僕も昼食にありつける。

 美琴ちゃんから頂いたお弁当は温かかった。どうやら作ってそう時間が経っていないものだったようだ。どうやって用意したんだろう。

 食材も味付けも洗練されていて僕の料理とはまるで違った。勉強になる。

 こうやって食べて違いが分かるようになったのも成長した証かもしれない。

 終始ご機嫌だった美琴ちゃんと和やかに昼食を終えることが出来た。


 因みにレイシア様のパンは全部食べていいということだったので妹たちのおみあげにした。

 僕も焼きそばパンを食べたけど普通に美味しかった。


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