5.猫かわいがり
僕は基本お弁当持参である。
料理が半ば趣味でもあるし色々と新しいものを作るのは楽しい。
妹たちは食欲旺盛だから作り甲斐もある。
何といえばいいのだろうか。家族が食べるものはなるべく自分が作らないと気が済まないというか。まあ独占欲に近いものかもしれない。
肝心の昼食だが今日も今日とて3人の男子たちと共に昼食をとっていた。
最近はこの3人と固定で膝をつき合わせている。
「最近運動不足だから油もの全然食べてないんだよ」と特に太ったところの見えない光也君。
「そう言えば、いくら食べても大丈夫って触れこみのサプリメントがあるけど、あれって効くのかな?」とこの中で結構かっこいい細マッチョ男子の隆君。メガネ男子。
「俺飲んでるぜ。正直違いが分からないけどな」と男子では珍しい一人称が俺の浩太君。彼は身長が低くてかわいい感じの顔立ちだ。多分モテる子だと思う。でも君はもっとカロリー吸収しないと背が伸びないよ。
「陽彩君はスタイルいいけど何か秘訣があるの?」
隆君の言葉で三人の視線が僕に集中する。会話の内容に萎えてしまいそうになるが取り繕う。これでもこの3人と会話するのは結構好きだが、男子特有の美容やダイエットの話はあまり関心がなかった。
「特別なことはしてないけど、食事の栄養バランスには気を付けてるよ。自分で作っているせいもあるけど。それと運動はする方だね」
成長途中の妹たちがいるのだ。手を抜くはずが無かろう。既に何冊も栄養学に関する本を読破している。
僕の言葉に三人はホーと感心していた。
「十分特別だって!出来ないよ、高校生でそこまで」
「うん、スタイル維持の鍵は日々の努力だね」
「俺もそれが出来たらいいんだけどつい怠けちゃうんだよなー」
「そうそう」
「うん、分かるよその気持ち」
彼らとの会話はこんな感じだ。何となくクラスにこういう風潮がある。僕のことを持ち上げているというか、常人とは違うような扱いをするというか。
でも君たちは名門校に合格した頭脳明晰な人たちなんだよ?1年でガリ勉して通った僕よりずっと色々できそうだけど。
僕も学校生活で学んだが、男子は全般的に手を抜く傾向がある。
目立たないように心掛けるというか、牽制しているというか、兎に角一人で目立つことを極端に避ける。
中学校の頃、僕とは違った意味で突出して目立つ子がいた。その子は複数の女子に対して色目を使っていたとかなんとか。結構ドロドロとした展開だったらしい。僕はガリ勉真っ最中で当時は詳しいことはほとんど知らなかった。
後日詳しい話を聞いて団結した男子を敵に回すのは怖いという感想を持った。
思い出しそうになった嫌な記憶に蓋をし、会話もひと段落ついたところでいよいよお弁当の御開帳である。自分で詰めたから中身は分かっているけど。
地鶏の炊き込みご飯と白飯のハーフ。
おかずは卵焼きにアスパラとエリンギのベーコン巻、あと金平ゴボウと和風肉団子。
母方の祖母がゴボウとニンジンなどいろいろ送って来てくれたのでそれを早速使った。
彩りも、まあ一応アスパラの緑があるからいいだろう。お弁当って気を緩めるとついつい茶色いものばかりに走っちゃうから大変だ。
人前でお弁当を広げる母さんや妹たちに恥はかかせられない。僕は茶色で構わないけど。
「おいしそうだね……」
「本当にいつも手が込んでいて凄いよ」
「いい婿さんになるぜ、陽彩」
ならないから絶対に。
恒例のお言葉もいただけたことで手を合わせていただき……。
「失礼するぞ!この教室に藍川陽彩はいるか!」
ませんでした。
へいへい、人の昼食タイムを邪魔するのは誰だい。
振り返ろうとしてすぐに視線を弁当に戻した。
血の気がさっと引き、僕は少し青くなる。
嘘、嘘、嘘!何で来ちゃってるのこの人!
ちらっと見えたがあのはちみつ色の髪は。
「む、誰か答えないか」
光也君たちは現れた女子にちょっと見とれていたけど、我に返って僕の方を見る。僕は無言で首を振った。お願いだから誤魔化して!
「あのー藍川君ならそこに」
ここに来て女子の裏切りである。クラスメイトの女子に売られてしまった。
斜め後ろからカツカツとリズミカルな足音が聞こえてくる。
「いるなら返事をしないか。感心しないぞ。そこの男、少し席を借りるぞ」
あろうことか光也君から席を奪って僕の隣に腰かけてきた。
机の上にガサッと大きめの紙袋が置かれる。
「さて、昼食にしようか」
そして何事も無く紙袋からパンを取り出す。もうここまで来たら逃げるとか無理だろう。
目の前に現れたのはレイシア様だった。相変わらず美しいご尊顔ですね。でも見たくなかった。
光也君や机を囲んでいる他の男子もどうしていいのか戸惑っている。まあ僕に何とかしてほしそうな視線を寄越しているんだけどね。
「ブリスティン様。突然の事態に困惑しているんですが、僕に何の御用でしょうか」
レイシア様は少し固まって視線を下に向ける。
「な、なんだ、あれだ。昼食をこの教室で食べたい気分だったのだ。ここにはアーシェがいるからな」
へーそうなんだ。僕の名前を一番に尋ねた気がするけど。へー。
「そうですか、残念ですがアーシェ様はここにはいませんよ」
「のようだな。仕方ないのでアーシェの代わりにお前を話し相手にしてやろうというわけだ。どうだ、感謝してもいいぞ」
今度はこちらに顔を向けて挑発的に笑っていらっしゃる。目はスイスイ泳いでいますけどね。
この人やっぱり僕に復讐に来たのではないだろうか。この教室の凍り付いたような雰囲気の中、この人と会話しながらお弁当を食べろだなんて。
絶対消化不良起すだろ!
でも断るとややこしいことになりそうである。選択肢はなかった。
「……分かりました。僭越ながらブリスティン様のお相手をいたします」
「うむ」
いやー子どもみたいにうれしそうな顔をするなあ。この人対等な人間関係には不慣れなのかな?へりくだると機嫌が良くなるぞ。
王家だからわからないこともないけど美琴ちゃんと正反対だな。
取り敢えず男子3人に軽く頭を下げておく。三人も仕方ないと硬い顔で頷き返した。分かる。プレッシャー凄いもんね、王家って。
レイシア様は手に取ったビニールに包まれた焼きそばパンをためつすがめつ眺め、眉間にシワを寄せる。
そして変なところを掴んで手に力を籠める。ビニールが破れず伸びていた。
「……ブリスティン様は何をお食べになるのですか?」
「うん?このパンだ。使いを出して買いに行かせたが初めて見るものばかりだな。日本独特のものか?」
「そうですね。英蘭王国には恐らくないかと」
レイシア様が悪戦苦闘し、パンの中に挟んである焼きそばがばらけそうだった。そうなったら食べにくいし、この人が人前で下品に食べるところは想像できない。何となく世話を焼きたくなった。
開けてあげるのは簡単だけどプライドありそうだからそれとなく教えよう。
「そのビニール袋って便利ですよね。一部出た魚の背びれみたいなところと反対を一緒に引っ張れば簡単に開いちゃうんですから」
「おおっ!そうだな、私もビニール袋にはいつも感心させれる」
いや貴方絶対今日初めて見ただろう。まあいい、これで何とか……って違うよ!
何で袋の口の両端を引っ張ろうとしている!確かにどっちもギザギザで背びれっぽいけど。これは僕の言い方が悪かったのか?
もういいや、この人のプライドなんて知らない。
「ブリスティン様、日本のビニール袋の開け方は違いますよ。この継ぎ目の出ているところを握って、はいこっちの何もないとこを持って外側に力を入れてください」
レイシア様をこちらに振り向かせ、机の上に乗せた状態でビニールの開け方を指南する。
まごつくのが面倒だったので、手を取って誘導したけど良かったのかな。
あっさりパリッと音を出してビニール袋は破けた。
「見事に破れたぞ。陽彩、感謝する!」
深緑の目を嬉しそうに細めレイシア様は笑った。
笑顔はやっぱり可愛い。この人色々損する人だな。
と思っていたらレイシア様の表情が暗くなった。何だろう。
「陽彩、もしかしてお主は苦労しているのか?」
「え、どうしてですか?」
何、心でも読まれた?今絶賛苦労してるよと読まれちゃった?
「お前のその手は……その……」
「ああ、カサカサですよね。すいません、不快なことを」
料理してるし結構手が荒れている。ケアをすればいいのかもしれないけど、今まで気にしたことなかったかな。
「いやそんなことはない!ただ気になっただけだ」
うーんそこでどうして僕の両手を包むように握るのかな?すべすべで柔らかくて気持ちが良いけど。
僕も気持ちは押さえているけど、レイシア様みたいな美人に何も感じないほど朴念仁でもないんだから、あまりこういうことはしないでほしい。
「僕は特には苦労していませんから気にしないでください」
そうは言っても納得しないレイシア様。
「私の愛用しているハンドクリームを使ってみるか?悪くないものだと思うぞ」
悪くないどころか最高級品だろう。手が出せない。ハンドクリームだけに。……ごめんなさい言ってみたかっただけです。
「お気持ちだけで結構ですよ。お気遣いありがとうございます」
「……お前は本当に何も求めないのだな。まるであやつのようではないか……」
「?」
顔に影が差し、悲しそうな呟きが耳に届く。彼女はそれを払うようにかぶりを振った。
「いや、いい。取り敢えず昼食にするぞ」
そう言いながら、暗い顔のままレイシア様はパンを掴んでちぎって口に運ぶ。あ、そう言う食べ方をするものじゃないのに。案の定手が汚れている。
「食べにくい……あまり味も好きではないな」
食べずらいものを食べるとき、雰囲気の悪い場所での食事、人の心理状態が美味しさに直結するのは確かにある。
レイシア様が持ってきた紙袋から見えるパンは調理パンやメロンパン。どれもちぎって食べるには難しいものばかりだった。メロンパンをきれいに食べる技術があるのなら僕もぜひ知りたい。
僕の手のせいもあってテンションがた落ちのレイシア様。庇護欲を感じると同時に嗜虐心がムクムクと湧き上がってくる。うん、僕性格悪いかも。
すっかり蚊帳の外の男子3人も居心地最悪そうだし僕が何とかするか。
「ブリスティン様、良かったらこれ食べますか?まだ手を付けていませんから」
「それは……陽彩の弁当か?しかしそれではお前の分が」
「はい、ですから代わりにその焼きそばパンをください。それで充分ですから」
「いやしかし……」
そう言いながら僕の弁当をチラ見するレイシア様。ふふふ、知っているぞ。机に座ってから弁当に視線が吸い寄せられていたことを。僕の目は誤魔化せないさ。
「実を言うとこれは僕が作ったんです。手が荒れているのも料理ばかりしているからなんですよ」
「そうなのか!やはり苦労を……」
なんでやねん!一般人なら料理くらいするわ。王家の人間からしたら自分で料理など考えられないのだろう。
「どうします?僕はどちらでもいいですけど」
「うーむ。そうだな、まだ日本食というものを余り食したことがないからないい機会だ」
レイシア様ハードル上げ過ぎである。いきなり辞令が来て日本代表にまつりあげられた気分だ。
取り敢えず弁当に手を付けていないので箸をそのまま渡す。
「ふむ、これが箸というやつか。よし、いただこう」
「ブリスティン様?」
「何だ」
「箸の持ち方がちょっと……」
どうして逆手に持っているんだろう?しかも構えが短刀を持った忍者みたいだ。
「こうではないのか?」
「残念ながら……」
うーん箸を使う機会がなかったのか。日本食もあまり食べたことがないらしいし仕方ないか。
英蘭王国と日本王国は相当親密だからお互いの文化に触れあっていてもおかしくないと思っていたけど当てが外れた。
うん、段々面倒になってきた。今から箸の扱いを教えていたら昼休みが終わる。
「ちょっと箸をお借りしますね。はい、あーん」
僕はレイシア様から箸を受け取って、おかずを摘まんで彼女に差し出した。レイシア様は驚いたように体をのけぞらせる。
「何をしている!はしたないぞ!」
はしたないなんて言われると結構傷つくな。まあ相手におかずを差し出しているのだからはしたないと言われても仕方ないけど。
「時間がありませんから。大丈夫です、日本ではカップルなどが人前でこういう食べ方したりしていますから一概にはしたないとは言えません。今回は仕方ないのです」
「カップルとは恋人のことだろう!」
レイシア様は赤くなっておかずと僕の顔を行ったり来たりする。
ハーレムに誘おうとしておいてどうしてそこで照れる。羞恥心のポイントが分からない。
「気にしなくていいですよ。手を怪我した人にこうして食べさせたりもしますから」
昔下の妹の晴美が拳を壊した時にしばらくやってあげたことがある。怪我が痛々しかったからついつい甘やかしてしまった。晴美に構い過ぎて上の妹の帆夏が長期間拗ねていたのはいい思い出だ。
「そうなのか?」
「そうです。今日だけですから」
どうして僕が説得しているんだろう。まあちょっとやってみたい気持ちがあるのは確かだ。餌付けしているみたいで慣れると楽しいんだよな。
べ、別にちょっと落ち込んでいるからって甘やかしているわけじゃないよ!
「はい、あーん」
「あ、あーん」
固いけど戸惑いながらもレイシア様は口を開く。うん、歯並びも綺麗で歯も白い。歯茎の色も健康だ。
まずは半分にした肉団子を小さい口の中に投入。シソと香味野菜を細かく刻んで練り込んだひき肉に焼きを入れ、醤油ベースのたれをかけたもの。シンプルだけどご飯に合う。
続いて白飯を。ちょっとドキドキしたけど不味くはないようだ。飲み込み終えると催促するように口を開いている。
では今度は金平ゴボウだ。
「か、辛いな」
ちょっと難しい顔をしている。辛いのは苦手なのかな?唐辛子が入っているし弁当のおかずだからそれなりに濃い味にしているからね。すかさず白飯投入する。
ご飯を噛み締めてレイシア様が目を見開いて驚いている。ふふ、白飯とおかずのマリアージュに酔いしれるといい。白ご飯で濃い味が中和されるのは日本食の醍醐味の一つだと思う。
「その色の違う米は何だ?」
「炊き込みご飯です。歯応えのある野菜と鶏肉が入っていますからよく噛んでくださいね」
「あーん」
もぎゅもぎゅと噛み締めるように噛んでいるレイシア様。うーんすごく素直だよ。食べさせている僕も楽しくなってきた。
レイシア様も最初の固さが取れてきていて、ご飯の味もちゃんと感じてくれているようだ。
「炊き込みご飯をもっと食べたいぞ」
「はいどうぞ」
そうやっている光景を間近で見ている男子三名は未だに静かだ。弁当に手を付けていない。
「うわ、私汚れてるのかな。陽彩君がすごくエロく見えるんだけど」
「私も。あの顔ちょっと、キツイ。ムラムラしてくる」
「私もあーんてされたい!やっぱり顔が良い女子って不公平だよ」
何だか女子がコソコソ話しているようだが内容は聞こえない。
「次はその茶色いのと白い米が食べたい」
女子の会話に意識を持っていかれかけた僕に声が掛かる。ムッとした顔で命令された。
おっと忘れていたわけじゃありませんよ。
「日本のお弁当の茶色は白いご飯に合うものが多いんですよ」
「ふぐふぐ」
口にご飯をつめながら、なるほどなと感心しているレイシア様。
やばいわー僕の顔絶対にやけてる。何だろう、苛めているわけじゃないけど嗜虐心が満たされてゆくような。いや違うかな?
自分でもよく分からない気持ちが湧いてくる。
しかし和やかだったのはそこまでだった。
いきなりレイシア様の顔が凍り付いたように固まり、体がビクンと跳ねる。
のどに詰まったかと思って、箸をおいて彼女に声を掛けようとしたが、それは出来なかった。
誰もいない筈の背後から肩に手が置かれ、驚いて声を出すタイミングを失った。
何だろうか背中に冷水が流し込まれでもした様な寒気が走る。
さっきまでポカポカした気持ちが一気に冷え込んだ。
振り返りたくない。
そんな僕の気持ちとは関係なくその人物は声を漏らす。
「何やっているんです?英蘭王国の色狂い王女……」
壮絶な気配を放ちながら僕の背後に現れたのは。
「むぐ、お前は日本王国の……なぜここに」
大和美琴ちゃんでした。