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4.体験入部

 今日の放課後はピックアップしておいた部活の体験入部だ。

 といっても今から向かう部活には入るつもりはない。文字通り体験したいだけ。


 部活の行われる場所は教室がある校舎から大分離れた位置にある。

 目的地が見える場所まで来ると学校とは思えないほど緑豊かな芝生が眼前に広がっていた。

 専用の厩舎が見え、藁と動物特有の匂いも漂ってくる。

 既に柵の中で躍動する影がある。

「わぁーワクワクしてきた」

 近くで見ればその艶やかな体にただ見惚れてしまう。

 僕は馬を走らせることが出来る、馬術部の体験入部に来ていた。



「それじゃあ今日は3名だね。それぞれ部員に案内させるから」

 馬術部の部長だという女性と厩舎の外であいさつを交わす。

 この体験入部は予約制で事前に連絡しておかなければならない。安全面などを考慮してのことらしい。

 僕のほかに2名体験者がいるがどちらも女性だった。そう言えば見える部員もみんな女性ばかりだな。

「すいません。男性の部員はいないんですか?」

 僕がそう聞くと部長さんは当然とばかりに笑う。

「ああ、結構体力がいるし馬の世話を嫌がる男子が多いからね。僕たちがいない間の世話は学校が雇っている人間がするんだけど部活中はなるべく自分たちで世話をしないといけないから。慣れるまで大変なんだ」

 確かに。僕はテレビくらいでしか見たことないけど。

「気楽にしてね。君のことを無理に誘ったりしないから。マネージャーとしてなら歓迎だけど……君みたいな綺麗な子だと雑用を頼むのが申し訳なくなっちゃうんだよねえ。でも来てくれたら凄い潤いがあるけど……」

 無理に誘わないと言いつつグイグイくるな、この部長さん。

「あはは、今は気になる部活が多くて目移りしてます」

「うん。ここ名門だし二つの王国が共同出資しているからね。部活の予算は他校と比べものにならないから」

「確かにどこも設備が良かったですね」

「でしょ!」

 ああ、この部長いい加減僕だけに話しかけるのをやめてほしい。他の二人が手持無沙汰じゃないか。僕よりよっぽど入部しそうな人たちなのに。

「それでこの間新しい馬具を……」

「あ!陽彩じゃないか!」

 中々体験が進まず困っていたところに耳慣れた声が届く。

 振り返ると制服から着替えてヘルメットと紺のジャケット、白いズボンに革靴姿のアーシェ様だった。

 うわーすごく似合ってる。制服姿もいいけどジャケットを着ると綺麗というよりカッコイイ感じが際立つ。

「え、アーシェさん彼と知り合い?」

 ビックリした様子でアーシェ様に問いただす部長さん。

「知り合いも何も私のボーイフレンドですよ。ね、陽彩?」

 さて、アーシェさんの言うボーイフレンドとは一体どれくらいの仲なのだろうか。言い方が軽いし男友達と捉えていいのかな。

「はい、彼女とはクラスメイトです」

「へ、へーそうなんだ」

「む、陽彩、そんな他人行儀な呼び方に言い直さなくてもいいじゃないか」

 そう言いながらアーシェ様はまたもや僕のフィールドに接近してくる。今回はあまり近付いてこないな、よし。

 部長さんの方は探るように僕とアーシェ様を見ている。何だか嫌な眼だなあ。

「部長。これから彼女たちは体験入部何でしょう?私が陽彩の案内をしても宜しいですか?」

「え、いや。君は一年生じゃないか。安全を考えても部長の私が」

「部活に入ったのは遅いですが馬術について言えば物心着いたときからこなしています。男性とのタンデムの経験も私が一番多いと思いますよ」

 部長がやたら渋っているのをバッサリと切り捨てるアーシェ様。

 僕は安全が確保されるのであればどちらでもいいのですが。

 部長はアーシェ様を引きずり僕たちに声が届かないところに移動した。

「しかしだねえ。折角こんな……男子が……」

「………」

 アーシェ様の顔は笑っていたと思うけど、少し雰囲気が変わったように感じた。

 アーシェ様は部長さんに二、三言何か声を掛けた。

 何故か部長がこちらを向いて蒼い顔をしている。おい、あんた何言った。

 さらにもう一言声を掛けて部長の顔色が青から白に変わる。

 そんな部長の肩を軽く叩き、アーシェ様はこちらに近付いてきた。

「さ、話は纏まったし行こうか陽彩」

「は、はあ」

 本当に何言ったんだよ!絶対問いただしちゃる!



 はい、着替えました。

 僕もアーシェ様と同じ格好に着替えている。制服のままだと汚れるし、これも体験ということで服を貸してもらった。

 髪もしっかりメットイン。

 厩舎の中はお世辞にもいい匂いだとは言えないけど、鼻が曲がるほどではない。想像より匂ったが。

「乗馬部はやること色々あるんだよ。でも今日は楽しいことだけをやろうか。折角陽彩が来てくれたんだし」

 何だか楽しそうなアーシェ様だが今の僕はこの人の話を右から左に聞き流している。

「ううー思った以上にくるなあ」

 種の本能ともいうべきか、僕という人間は自分より大きな体躯を持つ哺乳類が大好きなのだ。

 犬も超大型犬が大好きだし、動物園も大好きだ。

 ここにいる馬たちはどれも艶々していて毛皮の上からでも綺麗に筋肉の筋が見える。

 触りたくてたまらない!

「ふふっ」

 何か笑われている気がするが気にすることなく舐めまわすように馬を見て回る。

 うーん写真とかだと葦毛が好きだけど栗毛の馬は実際に見ると相当な美人さんだな。正直堪りません。


「やあ、ヒース。今日は元気かい」

 やがて一頭の馬の厩舎に辿り着いた。

 今までの馬もどれも綺麗だったがこの子は素人の私でもわかるくらい立派な葦毛の馬だった。体というか毛並みというか、いいところのお嬢さんみたいな。

 正式にはヒースクリフという名前らしい。ヒースは愛称だ。

 ヒースクリフは男性の名前だから雄なのかな?自分でも首を傾げるがとにかく感動した。

「こちらは陽彩という子だよ。今日は君にこの子を乗せてもらいたいんだ」

 アーシェ様は人と話すように首を撫でながら馬、ヒースに話しかける。

 アーシェ様には気を許しているようだけど僕はちょっと警戒感されているかな?

「言っておくけど馬は人の言葉は分からないよ。声を出しているのは私が気持ちを伝えやすくしているためだから」

 そうなのか。すごく通じ合っているように見えたけど。

 アーシェ様はヒースから手を離して僕の方を見る。

「陽彩も触ってごらん。始めは肩のあたりをだよ。それから馬がなれて来たら額や鼻を触っても大丈夫だから。優しく笑顔でね。馬はとても臆病だから安心させてあげて」

 僕はコクリ頷きヒースと向き合う。

 改めて見ると顔がものすごく大きい。顔のパーツも規格外だし。馬だから当然だけど。

 取り敢えずアーシェ様に習って話かけながら撫でるか。

「こんにちはヒースさん。僕は陽彩と言います」

 なるべく警戒感を与えないようにそっと、でも躊躇なくヒースに触れる。ポカポカとした温かさと、しっとりとした細かい毛の感触が手に伝わり思わず感嘆の息が漏れる。

 ヒースに変わった様子はなく、嫌がってはいないみたいだ。

「今日は体験入部でここに来ました。出来れば乗せてもらいたいですけど無理であれば構いません。こうやって触れ合えただけで大満足です」

 喋りかけながら撫でていると、少し硬さが消えてきた気がする。このへんで顔に行ってもいいのだろうか。ダメならアーシェ様が止めるだろう。

 僕はヒースの額に手を持って行く。笑顔を心がけて。

「でも僕はあなたに乗ってみたいです。あなたに乗って見える景色を見てみたい」

 馬に座れば視線は高くなる。肩車に近いものだろうけど流石に高校生にもなって肩車をしてくれる人もいないだろう。特に男子は絶対にダメだろうな。

 しばらくそんなやり取りを続けていると、気のせいかもしれないが始めの頃よりヒースの雰囲気が柔らかくなったと思う。

「……あのー、いつまでこうしていればいいんでしょう?まだ僕警戒されています?」

「え、いや、ああ。もう大丈夫だよ。ヒースも乗せてもいいって」

 多分馬からのサインを見て取っての言葉だろう。ただなぜ僕を熱心に見る。

「どうかしました?」

「いいや。僕はヒースが羨ましいと思っただけさ。陽彩の素敵な笑顔を向けられていて」

 この人恥ずかしいセリフを堂々と!でも全然気障に映らない。美人って得だなあ。あと僕もちょっと今の言葉にときめきかけた。

「はあ、僕は大体いつも笑っていますよ」

「そう言うのとはちょっと違う、特別な笑顔だったということさ。まあ私も見られたし役得かな」

 この人は読めない。

 多分男子に対していつもこんなことばかり言っているのだろうけど、何でだろうか。

 彼女の言葉には上辺だけじゃなくて気持ちが籠っている気がする。

 それは恋とか愛とかプラスとは反対の感情みたいな……。

「よし、ではいよいよ馬に乗ってみようか。張り切っていこう」

「お、おー」

 まあこの人には取り敢えず近付き過ぎないように気を付けよう。



 馬に跨るのはそんなに難しくなかった。

 アーシェ様のサポートがあったからだけど。

 ただ乗った後が大変だった。

 広い柵に覆われた芝生の上を、ゆっくりとしたペースでヒースに乗って歩いている。常歩というらしい。英語で言うならウォーク。そのまんまだ。

 ただ態勢がちょっとまずいかなあ。

 馬に乗って高く開けた視界は確かに感動してたけどその後のことのせいで景色に集中できない。

「うん。陽彩は筋が良いよ。でも少し硬いから肩から力を抜いて」

「は、はい」

 殆ど抱きすくめられるような態勢だった。

 背中がアーシェ様と密着している。馬の上は揺れるため背中に柔らかい感触があったてドキドキするようなムラムラするような。ちょっと自己嫌悪に陥っている。

「少し私に寄りかかるかい?それなりに鍛えているから大丈夫だよ」

「はい」

 いや勿論寄りかかりますとも!僕も態勢が辛くてデスね。決してお胸様の感触をしっかり味わっておこうとかそんなこと考えてませんデスよ、はい。

 言い訳は置いておいて後ろに力をかける。背中を丸めるのはいけないらしいのでちょっと仰け反った態勢になってしまっているような。

「……このまま何周か軽く流そうか」

 そんなこんなで初めての乗馬はとても良い体験となった。

 ちゃんと乗馬も楽しんでいたよ。風を切るっていいよね。ホントだよ?



 乗馬体験を終えた後は別の場所にヒースを連れて行って馬具を外して芝の上に放した。

 ヒースはそこで一人で自由に駆けている。私が乗っているときよりずいぶん速い。

「あれでも彼女の中ではまだ遅いよ。もっと速く走れるから」

「僕が乗っていたら股が裂けそうです」

「男の子がそう言うこと言わない」

 何となくではあるけど肉体接触のせいなのか色々と乗馬について教えてもらったせいかアーシェ様と随分と話せるようになった。

 そして気が付いたがこの人すごく面倒見がいいし真面目だ。普段の教室の態度もうそのようだった。教室にいる時よりリラックスしているように見えるしこちらが素なのだろうか。

「ふふ、陽彩。そんなに見詰れると私も照れてしまうよ」

 やっぱり軟派かもしれない。後欠片も照れてないじゃないですか。

「そう言えばエルランド様は先ほど部長さんに何と言っていたんですか?」

「気になるかい?」

「はい」

 アーシェ様は僅かに悩みながら、何かを思いついた顔でこちらを見る。いやな予感。

「そうだな。これからは敬語で話さないと約束してくれたら教えよう。勿論私を呼ぶときはちゃんと名前で呼んでね」

「……そうですか、では遠慮します」

 アーシェ様は僕があっさり引いたことでポカンとした顔をした。こういう顔もいいよなあ無防備な感じで。

「え、気にならないの?」

「なりますよ。でも全然釣り合いがとれていませんから」

「陽彩は私と親しく話すのが嫌なのかな?」

 また悲しそうな顔を作っている。この人わざとこちらに分かるように顔を作っているのだろうか。分かり易過ぎだぞ。

「クラスメイトですけど身分が違います。僕は平穏無事に過ごすのがモットーですから余計な波風は立てたくないんです」

「……そうか。大体の男の子は喜ぶんだけどなあ」

 アーシェ様の口元が少し吊り上がる。笑うところあった?

「まあ元々大したことでもないし素直に教えるよ。黙っていて陽彩に嫌われたくないからね。部長には陽彩が英蘭王国の第二王女に目をかけられていることを教えて上げただけさ。手を出すのは不味いんじゃないですか、って」

「ふぐっ」

 何という爆弾発言!僕もしかして処罰対象から外れてなかったのか!

 音沙汰ないから平気だと思っていたのに。

 あれ?でも「目をかけられている」なんて言い方するかな?

「目をかけられているというのは……」

「……私には分らないね。取り敢えず君のことはレイシア様からよく質問されるだけで、私にはあの人が何を考えているか不明だよ」

「そう、ですか……」

 アーシェ様はどうもこの話を掘り下げる気はないらしい。折角忘れていたのに、また気になってきた。

 内心の焦りを悟られないように癒しを求めてヒースの方へ熱心に視線をやっているとアーシェ様はポツリと呟いた。

「ねえ、陽彩はどうしてあの時王女の申し出を断ったんだい?」

 言うかどうか少し迷ったが外国の考え方も知っておきたかったので話してみることにした。

「……あの時は理由をぼかしてしか話していませんでしたね。僕に夢があるからです。僕は将来定食屋の店主になりたいんですよ」

 アーシェ様は首を傾げる。定食屋を知らないのかな?

「定食屋というのは料理を提供する場所のことです。お客さんに料理をお作りして代価に金銭を得る客商売のことですよ。庶民のためのレストランといえばいいんですかね」

「……なぜそんなことを男性が、しかも陽彩みたいな子が」

「変ですか?男の私が店を持って働くことは」

「いや、変というより驚いている。男性が働くのはお金に困っているから仕方なくという理由が殆どだ。陽彩みたいに初めから仕事そのものを目的にしている子には初めて会った」

 馬鹿にはされていないけど、やはり英蘭王国でも男性が働くのは違和感を覚えるらしい。

「恐らく僕だけじゃないですよ、就きたいと思っている仕事がある男性は。ただ今の社会がそれを受け入れられないだけです」

 社会には男性の蔑視が根深い問題として存在する。

 そんな場所に夢があっても飛び込んでいくことはとても勇気のいることだ。

 僕の場合は勇気があるのではなく感性がずれているから他の男性より平気なだけだ。代わりに人とは違ったストレスはあるけど。

「陽彩はすごいことを言う。これじゃレイシア様が言い負かされちゃうわけだよ」

 アーシェ様の顔からは不快感はなく納得したような顔が見て取れた。楽しそうに笑っていた。

 いつもの微笑みより幼くとても魅力的に見えてしまった。

「さっきの話は内緒ですよ。まだ学校で話したのエルランド様だけなんですから」

 念を押すように笑顔で迫る。本当に第二王女とかに言われたら攻撃材料にされかねない。レイシア様がニヤニヤしながら「お前は男のくせに定食屋を開きたいのか、笑えるんですけど!ギャグだろ?ギャグだよね?」とか。

 ……うん、想像してみたけどこれはないか、人格崩壊している。

 可笑しな妄想の翼を羽ばたかせる僕に対してアーシェ様はヒースの方へ視線を送っていた。

「調子が狂うな、君には。取り敢えず秘密は守るよ。私も誰にも言いたくはないし」

 その呟きは素朴な優しい声で僕の耳に響いた。いつもの彼女よりずっと親しみやすい。彼女の本来の声色はこちらなのではないかと、そう思えてしまった。


「そろそろヒースを厩舎に戻そう。陽彩も行こうか」

 終始アーシェ様と過ごすことになった体験入部だったがとても楽しく過ごせた。

 少しだけ彼女に近付けたような気がする。

 あれ、僕彼女に近付かないように気を付けるつもりじゃなかったっけ?

 アーシェ様、恐ろしい子!

 


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