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3.放課後と根暗大和撫子

 レイシア様とトラブルを起こした日から時間が経ち、再び週末を挟んで月曜日を迎えた。入学から10日たった4月15日の月曜日。晴天なり。

 いつも通り授業を終え帰途に就く。

 部活には入っていない。

 興味深いものは多いため仮入部してみて良さそうな部活に入ろうと思っている。

 夕食のことを考えながら僕が校門に繋がる道を歩いていると、どこからか視線を感じた。

 何だがチリチリするというか背中にぼんやりとしたものが当たっているような、奇妙な感じ。

 見回りしてもそれらしい人は誰もいない。

 首を傾げつつ校門を出たのだが違和感は拭えず家に帰る時まで続いていた。

 まあこれがただの勘違いなんてよくある話だろう。

 だけどこの視線はあの日、レイシア様とトラブルを起した日から続いていた。

 最初はあの人がどこからか見ているのかとも考えたが違っていた。

 普通に教室の窓から車で下校しているのを見たからだ。その日も変わらず奇妙な感覚はあった。

 あの人じゃないにしてもあの一件で悪目立ちしたのは事実だ。

 僕は視線には敏感だけど悪意なのか興味なのか視線の種類を特定できるようなエスパーじみた直感はない。一体どうしたものか。ちょっと辟易としていた。


 


 次の日の放課後は料理研究会を見学した。

 本格的な手の込んだ料理を専門に扱うのは料理部。

 家庭的なものを中心に作るのは料理研究会。

 料理部は女子が中心で男子はいない。

 逆に料理研究会は男子だけだった。こういうところでも男女の違いは出る。

 未だ世界の常識として厨房は女性の仕事場という意識が強い。高級店に行くほどそれは顕著だ。男性などウェイターとしてしか雇ってくれない。僕は女の子に給仕される方が好きだというのに横暴だ。


 料理研究会の施設は名門校だけあって立派なものが揃っているし、部員同士の雰囲気も良かった。自分が怠けるようなことをしなければうまくやっていけるだろう。

 先輩部員たちも是非にと言ってくれたが返事は保留した。

 一度は体験してみたい部活もいくつかあったのでそれがすんで気が変わらなかったら入部しても良いだろう。


 この日は普段より1時間ほど遅い下校だった。

 特段何もないだろうと油断しているところに思わぬ不意打ちを受ける。

 黒服で長身サングラスの女性が目の前に立っていたのだ。


「やあ!君、今帰りかい?ちょっと私と散歩でもどう?」

「散歩って……おじいちゃんじゃないんだから。で、何で息子をナンパするのさ、母さん」

 ジト目気味に見ると目の前の女性はサングラスを外し家族だけに見せる顔に表情を緩める。

「私の言いつけを守ってナンパに引っ掛からないかテストしたのよ」

「人選間違いだよ、それ」

「ふん。テストであろうと私の目の前で息子にナンパなど許さないわ」

 ふて腐れたように仏頂面をする母にため息が漏れる。

「……はあ、まあいいけど、仕事はどうしたの?有給でも取った?」

「いや、仕事中よ。あるお方の警護をしているのだけど……いい加減出てきてくれませんか?」

 母さんがそう言うと背後の建物の影から人が静々と歩いてきた。

 制服を着ていることからこの学校の生徒だとすぐに理解できた。なぜそこにいたのか不明だが。


 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。

 古き良き大和撫子を指す言葉だ。これは主に美しい男性に対して使われる言葉だけど、僕はこの女性を見て、彼女にこそぴったりの言葉じゃないだろうかと思えた。

 その女性は僕の黒髪よりずっと長いそれを闇の帳のように揺らしながら歩み寄ってくる。

 同じ色合いの瞳はどこか不安げで庇護欲をそそった。

 身長は僕より高い。姿勢の良さがそう感じさせるのかもしれないが、劣等感がビシバシ刺激される。

 同時に彼女に対する僕の警戒感も刺激されているけど。


「母さん、この方は……」

「ああ、そんな他人行儀に呼ばないでください!」

 彼女は気弱そうな印象からは想像できない断固とした否定の言葉を口にし近付いてくる。

 早っ!あと僕のパーソナルスペースがピンチ!

 梅の香のような香りにクラクラしながら助けを求めるように母を見る。

「私の仕事は知っているでしょう?今日は臨時でこの方の警護を任されてね」

 母さんの仕事は近衛だ。

 簡単に言うと日本王国の王家の警護を取り仕切る超エリートである。

 身体能力は女性の中にあってもずば抜けており鬼神のごとく強い。

 ちなみに双子の妹たちは目に入れてもいたくないほどかわいいが、母の功夫を受けており僕が喧嘩しても手も足も出ない。手を出されたことないけど。

 母さんはいつもは女王様の警護についているらしいが今日は違うようだ。

「この方も王家の……すいません、気付かずに失礼を」

 僕が謝ろうとすると強い力で肩を掴まれ制止させられた。

「もうそういう態度は止めてください!私をお忘れなのですか!」

 だから近いよ!肩に指がめり込んでいるしどれだけ必死なんだ。

「はい。初めてお会いするかと思いますが……」

 目の前の女の子の目から光が消え、黒真珠のように綺麗な淡い光を宿した瞳は炭の塊のような色になった。

 怖!後地味に力を籠めるのを止めて、爪が立ってます。

「陽彩、お前は昔に会っているだろう。小学生の時に家に滞在していた。大和美琴さまだ」

「え、嘘!美琴ちゃん?でも全然……あー美人になってたから分からなかった」

「そ、そんな美人だなんて……。それを言ったら陽彩君の方がずっと……」

 いつの間にか光が戻った瞳は恥ずかしそうに細められていた。最後の方はぼそぼそと呟いていたから聞こえないけど碌なこと言っていないだろう。精神衛生上聞かなかったことにする。


 僕の記憶が正しいならこの子は美琴ちゃんらしい。

 でも印象が違うんだよなあ。

 面影がないこともないけど昔の美琴ちゃんっていつも下を向いて僕には見えない何かと会話しているような子だった。

 結構、いや当時はかなり苦手だったのだ。

 気付けば無言で背後に立つのも怖かった。

 でもあれは彼女なりの懐いた人にする精一杯のアピールなのだと母さんに聞かされていたから邪険にできず、実の妹に接するように世話を焼いたっけ。

 目の前の少女に当時の面影はない。人は変われば変わるものだ。


「本当に美琴ちゃん?」

「はいっ!」

 どうやら本当らしい。

「やー彼女の専属護衛が急病でね、大変なのよ。私は偶々陽彩の姿が目に入ったからちょっと声を掛けたの。仕事中なんだけと息子が心配でつい」

「……そうなんだ」

 そうなのか?

 美琴ちゃんの様子を見る限り違うような気もするが。何だから母さんの言葉遣いが言い訳がましいというか胡散臭い。

 僕は内緒話をするように母さんに近付いて小声で話す。

「母さんが護衛しているってことは彼女、王家の人間なんだよね」

「私は陽彩が知らないのに驚きだけど、彼女は第一王女、日本王国の王太女殿下よ」

 げえ!次期女王陛下じゃないですか!

「聞いてないよ母さん!そんな人と一時でも僕は暮らしてたの!」

 小声で叫ぶ僕に母さんは申し訳なさそうに眉を下げる。

「それについては後で話すわ。今は彼女の相手をしてくれない?」

 どうやら僕たちが内緒話をしているのが気に食わないらしい。顔は微笑んでいるが目力が半端じゃないっす。王家の人間ってやっぱり何か出せるんじゃないの?

「えーと失礼しました、美琴さま。……母さん、取り敢えず僕は夕食の支度があるので帰っていい?ちなみに今日は息子カレーだよ」

 後半は母さんに話しかけた内容だが、母さんは困った顔をしていた。

 因みに息子が作るおうちカレーだから息子カレー。父さんが作れば父カレーとなる。

「それなんだけど……今日はこのまま美琴さまを家に招待しようと思っているのよ」

「えっ」

「すいません。久しぶりに陽紗英さんとお話が出来たので何だか懐かしくて、私が彼女に頼んだのです」

「そ、そうなんですか」

「ええ、それに陽彩君とももっとお話がしたいの……駄目ですか?」

「まあ、家主の母さんが良いと言っていますから僕に異論はありません」

 上目遣いで見つめられ、僕はあっさりと折れた。

 いくら関わるのがアンタッチャブルな王女でも可愛い女の子の頼みは断れませんとも。

「……陽彩君。敬語は止めていただけませんか?私、あなたに敬語で話しかけられると悲しくなります。昔みたいに話したいです」

「えーと」

 チラリと視線を向けると母さんは無言でうなずいた。

「……流石にいつもは無理だからね。特に他人の前では」

「はい!私も弁えています!」

 ところで彼女は終始敬語なのだが、つっこんでいいのかな?いけないよなー。

「では行きましょう……いえ行こうか」

 そう言ってみたものの殆ど歩くことはなく、美琴ちゃんの迎えの車で家に帰った。

 時間が短縮できて良かったような、余計な時間を使ったような。




 家にはまだ双子の妹たちは帰ってきていなかった。恐らく武術の道場だろう。彼女たちはどれほどの高みを目指しているのか兄さん心配です。


 妹たちに思いをはせながら家に入ると、リビングで父さんが洗濯物をたたんでいた。

「おかえり、陽彩。それにお母さんも。美琴ちゃんもいらっしゃい、ゆっくりしていってね」

「お邪魔します。お父様」

 事前に連絡していたから父さんも美琴ちゃんに驚いていない。いや、この子王太女なんだけど、どうしてそんなに冷静なの?

「私は危険が無いか辺りを見回ろうかしら」

「僕も丁度畳み終ったし気分転換に散歩でもしようかな」

 そう言葉を掛け合う両親が意味深にアイコンタクトをしていた。何だ、この違和感。


 リビングに入ってから美琴ちゃんは懐かしそうに部屋を見回す。

 あ、そこの隅に良く座り込んで虚空を見詰めていたよね。何が見えていたのか未だに気になっているけど僕に聞く勇気はない。

「じゃあ美琴ちゃんはテレビでも……見て待ってる?」

 言ってみて首を傾げた。王家の人間ってテレビ見るのか?

「あ、大丈夫です。でも、あの、お邪魔じゃなければ料理しているところを見ていてもいいですか?手伝えたらいいんですけど私不器用だから……」

「うん?まあ……それくらいならいくらでも」

 何が面白いのか分からないけど、確かに王家の人間ともなれば料理が出来上がる過程も珍しいのかも。でも昔も見ていたはずだけど。

 取り敢えず美琴ちゃんのことは気にせず料理を始める。

 僕のカレーは根菜類を一切使わない。玉ねぎとキノコが中心のポークカレーだ。

 キノコと玉ねぎを適当な大きさに切って準備する。

 それからバターを引いた鍋に玉ねぎを半分だけ投入し飴色になるまで炒めた。

 スパイスは事前に作ってあるので小麦粉やその他調味料と一緒にフライパンで炒める。

 難しいのはここまでで後は適当にカレーを煮込む工程をこなす。

 煮込み始めれば付きっ切りにならなくてもいいので、その間に付け合わせのサラダやデザートを作ってしまう。

 僕の場合スパイスで辛さの上限を作ってから蜂蜜や牛乳などで味に深みやコクをプラスしている。使う肉が豚肉なのも蜂蜜とよく合うからだ。

 そうしてできたものを味見して程よく整ったところで手を止めた。

「ふー、てうわっ!」

 振り返ると奴がいた。

 気配なかったんですけど。不吉な番号で呼ばれる凄腕の暗殺者ですか、あなたは。

「び、ビックリしたー、ずっと見てたの?」

「はい、とても……とても魅力的でした……」

 ぼんやりと熱のこもった眼で見つめられドギマギする。吊り橋効果だろう。きっと驚かされてドキドキしているのだ。

 あと言葉の使い方可笑しくない?料理していただけなんだけど。まあいい。

「えーと、今のうちにお皿を出しておこうかな……」

「それなら私でもできます!是非私にやらせてください!」

 王家の人間を働かせるのもどうかと思ったが、やる気満々の彼女に何もさせない方が気まずい。

「分かった。一緒にやろうか」

「はいっ!」

 嬉しそうに笑う彼女を見ながら、やっぱり可愛いよなあと改めて思う。

 どうやっても付き合うなんてできないやんごとない相手だけど、人が人を思う気持ちに垣根など無いのだろう。

 社会には往々にしてあったとしても。




 お皿を出していると双子の妹たちも帰って来たのでそのまま夕食となった。

 妹たちは美琴ちゃんが王太女だとすぐに気が付いたが、昔ここに暮らしていた美琴ちゃんだとは母さんに言われるまで気付いていなかった。

 まあ、そうだろうね。今の彼女と昔の彼女では違い過ぎる。

 食事を進めながら会話を交わす。

 マナーがどうとか無粋なことを言う輩はうちの家族にはいない。

「へえー美琴姉、お兄ちゃんと同じ大和英蘭なんだ」

「はい、残念ながら2年生なんですけど」

「え、そうなの!」

 僕もびっくりである。同じ制服を着ているから年下でないことは分かっていたが年上だった。

 今の彼女に対してなら確かに納得できるが、昔の美琴ちゃんは年下にしか思えない。いや実際年下扱いしていた。

「ますます昔の美琴さんと一致しないですね……」

 あ、帆夏それを口に出しちゃうんだ。

「ふふ、私も王太女ですから。暗いままではいられません」

「あ、そういう意味では」

「分かっていますよ」

 美琴ちゃんも特に怒っているわけではなく朗らかに笑う。

 あ、カレーのお皿が空だ。

「美琴ちゃんお代わりする?デザートもあるから余裕があればだけど」

「はい。こんなにおいしいものなら何杯でも食べられそうです」

 本当に幸せそうに見つめてくる美琴ちゃんに僕は照れてしまう。口には合わないのではと思っていたのだけど気に入ってくれたようだ。

「美味しいですよね、お兄ちゃんのカレー!」

「はい、とてもポカポカとします」

 晴美と美琴ちゃんがそう褒めるのを聞きながら帆夏はうんうんと頷いている。

 両親は微笑ましそうにそれを見ていた。

 いつもと違うにぎやかな雰囲気に僕の気持ちも自然と和んだ。




 夕食の後思い出話を少ししてから美琴ちゃんは帰っていった。気付けば結構な時間が過ぎていた。

 母さんも美琴ちゃんの護衛として随伴する。本当に仕事をしていたのだなと今更ながらに思ってしまった。

 名残惜しそうに「また学校で会えますよね?」と聞く美琴ちゃんにノーとは言えず再会を約束する。

 ドンドンと何か見えない糸に絡まれているような錯覚に襲われた。気のせいだと思いたい。


「ねえ父さん、どうして美琴ちゃんは僕の家に昔滞在していたの?」

 リビングに戻ってから父さんに声を掛ける。

「そうだねえ……確かにいい機会かもしれない。陽彩はこの国の王家の昔話を知っているかい?」

「うん、それなりに。でもどの話のこと言っているの?」

 何となく長い話になりそうだったので台所に行ってお茶を入れる。妹たちはもう部屋に行っている。

 ソファーに腰かけていた父さんの前にお茶を置いた。

「ありがとう。昔の日本王国の王家は血の繋がりを重んじて近親結婚ばかりしていたのは知っているかい?」

「うん。大分昔の話しだったはずだけど」

「医療が発達した現代では遺伝疾患の要因にもなるし忌避すべきことだと分かっているけど、当時は流石にね」

 僕も父さんの隣に腰かけお茶で喉を湿らせる。

 今から百年以上も前の話だが、日本の王家は短命で30か40ほどの歳で亡くなっていた。

 その原因は近親婚によって遺伝子の機能が弱くなったためだろうと言われている。

「遺伝疾患の要因が特定されたここ百年は、昔と違い貴族や王家に連なるものとは結婚せずに同じ国の中で優秀な男子や女子と結婚して外部の血を取り入れるようにしていたんだ」

「へー確かに今の日本の王家の伴侶って貴族がいないよね。外国の王家の正室は絶対貴族以上の階級じゃないとなれないのに」

「そうだね。だから王家の人間は幼少時代に一時的に一般家庭に預けられ庶民の生活というのを学ぶんだ。一般人の感覚を取り入れて婿を迎えたときに余計な壁を作らないように」

「それでうちが選ばれたのは……母さんが近衛だから?」

「うん。勿論他にも家族の品位やその他もろもろクリアしないといけない面はあったけど、僕らは見事それに合格したというわけだ」

「ふーん。確かに小学生の僕や妹には言っても分かることじゃないね」

「ごめんね、黙っていて」

「父さんが謝ることじゃないよ、あー謎が解けてスッキリした―。僕お風呂沸かしてくる」

「ああ、お願いするよ」


 結局美琴ちゃんも懐かしくてこの家を訪ねただけだったのだろう。

 彼女が一体誰と結婚するのか興味はある。

 日本王国は王家であろうと伴侶を一人しか選べない。

 きっといい人を選ぶことだろう。

 彼女が知らない誰かと寄り添う未来を想像し、何となく残念な気持ちになってしまうのは仕方がない。

 こんな感情を抱くのも僕が普通とは違う感覚を持っているせいなのかどうなのか。

 それは僕には分からなかった。

 まあ、考えてもしょうがないことは考えないでおこう。

 僕は僕の目指す道を歩み、これからも奮闘していくしかないのだから。


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