2.お昼時と俺様ヘタレ王女
入学式の次の日はオリエンテーションがありクラスメイト同士で簡単な交流などが在った。
アーシェ様も特に絡んでこず平和だった。
オリエンテーションの次の日は土曜日で休日となる。
そして週末を挟んで月曜日から通常の授業が始まった。
「思ったより難しく無かったね」
「最初だけだと思うよ?でも学力テストがないのは意外だった」
「あ、それ僕も思った」
お昼休み、ボーイズトークである。
弁当片手に男子会議。僕の苦手なものの一つだ。
会話という点で言えば男子は女子の数倍も面倒臭い。何が面倒くさいって無駄な話が長い。1言えば済む話を10にも20にも変えてしまう。
まず結論を言おうじゃないか君たち。話はそれからだ。
「平和なのも今だけだね」
まあ僕も迎合しちゃっている時点で面倒くさい男子の仲間なのさ。はあ、女の子と話したい。下ネタもいけるんだよ、僕。
男子たち3名と取り留めもない話をしながら弁当を突っついていると、どこからか喧騒が聞こえてくる。廊下が騒がしいな。
「失礼する。おいアーシェはいないのか!」
うん、やっぱり唐揚げは二回揚げると冷えても美味しい。妹たちも美味しく食べてくれているかなあ。あいつら肉食だから唐揚げの時点で喜んでいるだろうけど。
「誰も知らないのか?肝心な時にあいつは……ん?あれは」
唐揚げに時間をかけすぎたからちょっと弁当の内容変えたんだよなあ。僕、なんで朝から揚げ物なんて作ろうとしたんだろう。謎だ。
「そこのお前、少しいいか」
んー今度からは手間のかからない唐揚げにしよう。油は殆ど使わないで済むしヘルシーだし。本格的なのは夕食だけだな。
「おい!」
やたら近くから声がして顎を持ち上げられる。
丁度口に何も入っていなかったからよかった。
じゃなかったらびっくりし過ぎて噴飯するところだ。目の前に現れた少女の絶世の美貌の所為で。後近い。
透明度のある白さといい、バランスよく整われた目鼻立ちといい、まるで人形のように愛らしい少女だった。
アーシェ様のものよりもっと深い色合いの緑の瞳は強い光がチラチラと揺れているようだった。眩しい。
取り敢えず僕のパーソナルフィールドがガリガリ削られているのでいったん顔を離……せない!
この子完全に僕の顎を固定してるよ。全然力が掛かってないのに後ろに下がれない。前ならいけそうだ。いったら社会的に終わりそうだけど。
「……お前、美しいな」
鳥肌が立った。
何でかって?
気持ち悪いからだよ。
慣れてはいても限度がある。こんな間近でこんな綺麗な女の子からそんなこと言われたくなかった。
自分の中の何かを否定されているかのようだった。
「友好のための留学だったが思わぬ拾いものだったな。この国の男は噂以上の美人ではないか」
「何をしに来られたか存じませんが、アーシェ様ならクラスの男の子を伴われて学食へ行きましたよ」
へりくだった言い方だがこれが正解だろう。この子はアーシェ様の名前を呼び捨てにしている。
それは対等かそれ以上の地位の人物ということになる。
「いや、あいつはもういい。お前、名は何という?」
「……藍川陽彩です」
「だとすれば名は陽彩というのだな」
「はい」
「良い名と良い声だ。益々気に入った。お前を私のハーレムに入れてやろう」
目の前の少女は僕の顎から手を離して体を一歩分離す。
波立つウエーブの掛かったはちみつ色の髪が揺れる。
身長は僕より低いけどスタイルが良い。アーシェ様みたいな派手さはないけどバランスという面ではこの少女が圧倒している。
あれ、今この子なんて言った?ハーレムとか聞こえたような……。
「喜ぶがいい。私の名はレイシア・ファース・ブリスティン。英蘭王国の第2王女だ」
ぎゃーーーーーーー、最悪の女子じゃないか!
僕が驚き目を見開いてこの形の良さそうな胸を張った少女を見ることコンマ5秒。結論は出た。
「すいません。お断りします」
「光栄であろう。そなたであれば側室待遇で迎えよう」
すごい、聞こえていない。ノリツッコミじゃなくて本当に聞き流してるよ。
「ハーレムには入りません」
「ハーレムは嫌なのか?まあ、社会と隔離された後宮が嫌なのは分からんでもないが、通い夫は認められんな。外聞が悪い」
今度は聞こえたけど意味が通じてない。面倒くさい女子だ。でも可愛いから許す!
「いえ根本が違います。私はこの国で生きてこの国で骨を埋めます。ですからあなたの国には行きませんし、あなたとも結婚しません。ご理解いただけましたか?」
「分からん」
あ、やっぱり許せないかも。
なんでこの説明で分からないんだろう?僕も分からないよ。
「なぜ私の話を断ろうとするのだ?贅沢は好きなだけできるし、欲しいものは何だって手に入る」
本当に不思議そうな顔をして聞いてくる。
だから苛立ちがスッと収まった。
代わりに少し悲しくなる。
この子は贅沢だけで人が幸せになれると思っているのだろうかと。
「簡単な話です。王女と結婚すれば僕は幸せになれなくなるからです」
「ますます意味が分からん。私の側室と言えば皆が喜ぶ。私と結婚したいという者は山のようにいるのだぞ」
「人の幸せはそれぞれです。僕はその結婚を申し込んでくる方たちと価値観が違います。幸福の感じ方が違うのです」
「分からん!私がそれを与えてやってやると言っている!」
まるで子供の駄々だ。でもここで言い聞かせないとこの子とんでもないこと仕出かしそうだ。
「僕は傲慢な人間です。僕は他人からただ与えられる幸福で満足できる人間ではありません。自分でつかみ取った幸せでなければ意味がない。僕を幸福にできる人間がいるならそれは僕だけです」
ははは、言ってやったよ。
人から与えられたものでも僕は幸せになれるけどね。家族から色々なものをもらってるし。
でも彼女はこうやって言い聞かせない限り諦めないだろうから仕方がない。
「何故だ……。宝石だって服だって好きなだけ買ってやるぞ」
弱くなった眦がいっそう哀愁を引き立てる。美人はこういうところも絵になる。罪悪感が刺激されるが心を鬼にする。
「それが、あなたが私に与えてくれるものですか?」
「そうだ!私がお前に……」
「元をただせば国の税でしょう?あなたが得ているお金は誰から頂いているものですか。貴方は国民から頂いたお金で私に贈り物をするのですか」
「それの何がいけないのだ!」
「そのお金は国のために使われるものです。国民はあなたたち王家のためにお金を収めているわけではありません。今の封建制度は王家から民に利潤するという実績によって成り立っています。もし税が不当に扱われていれば国の大事になりますよ」
元々ハーレムは金食い虫だ。
王族の決まった給金でやりくりするなら、まあまだ許せるだろうが国庫まで手を出せば今の社会は黙っていない。
昔と違い国の横のつながりは強い。下手をすれば外国からの粛清が掛かる。
第2王女に出鱈目が出来るほどの強権が与えれていないのは明白だが彼女の発言は危うい。
「そんなことは分かっている!」
「ならば僕の言うことも分かるはずです。他国の男子一人をハーレムに呼ぶためにお金を使うくらいなら国民のために使うべきでしょう?何度も言っていますが私は欲しいものは自分で掴み取ります。王女から何を贈られようと何とも思いません」
「………ぐう」
ま、詭弁だけどね。札束で顔を叩かれたら反対も差し出しちゃう。
僕の発言も大概だ。明言はしていないけど封建制度における王家を否定しているものだからな。
お茶を濁して誤魔化せたかな?どうかな?
レイシア様はジッと僕を睨み付けてくる。
あー怖くない。君の権力は怖いけど顔はとってもかわいいよ。頬っぺた撫でまわしたいくらいだ。出来れば写真に残したい。
取り敢えず僕に女の子を睨む気概はないのでジーとレイシア様の目を見詰めた。
怒っているのに迫力に欠けた顔が面白く、僕は耐え切れず笑ってしまった。
レイシア様はそれを見て林檎みたいに顔を真っ赤にし、口をうにょうにょと動かした。
と思ったら無言で踵を返し大股で歩き去っていった。
あーこれは不味いかもしれない。
嘲笑したと思われただろうか。英蘭王国って不敬罪があるよな、確か……。
思い出して蒼い顔をしていると廊下からクツクツと笑い声が漏れ聞こえてきた。
「エルランド様。お知り合いならば止めてほしかったんですが」
僕はジト目で笑い声のする方角を見詰める。すると教室の扉から肩をすくめた、いや肩を震わせたアーシェ様が現われた。
「くくく、すまない。余りにもあの王女が小気味よく言い負かされていたからおかしくて……」
まだ笑ってるよ、この人。
アーシェ様は目元を拭いながら、って泣くほど笑ってたのか!えーと目を拭いながら僕に近付いて耳元に唇を寄せてきた。彼女から甘い香りが漂ってくる。いい匂いご馳走様です。
「これから大変だよ、陽彩」
そんなことを言ってまた笑い出しながら自分の机に座った。
まさか犯罪者にされてしまうのかとアーシェ様に問いただそうとしたが、男子の集団に囲まれて進めなかった。
「ちょっと!陽彩君かっこよすぎだよあの啖呵!」
「うん!僕同じ男だけドキッとした」
「僕も!」
へいへいどうよ!
モテモテだろ、僕!
男子限定だけどね!
王女が乱入してきてから男子はハラハラしながら事態を見守っていたけど、女子は我関せずと言った様子で大半が静観していた。
王家が粉かけた男子って多分色んな意味で爆弾物件だよね。灰色の青春に戻りそうな予感がする。
あと女子の中でも男子に混じって盛り上がっている人はいるけど完全に面白がってるだろ、あれ。
何でアーシェ様といいレイシア様といい、手を出したら人生アウトコースの女の子とばかり関わりが深くなるんだろう。
その日はいつ処罰が下るのかと戦々恐々としていたけど結局何もなかった。
次の日もその次の日も。
どうやら僕は助かったらしい。