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12.初デート

 平日もあっという間に過ぎ、ゴールデンウィークの土曜日となった。

 朝から早めに行動したせいか、準備が終わっても結構時間が余ったため軽く勉強をしている。

 待ち合わせは指定の駅前10時になっていた。

 まあ、あんまり早めに行くと厄介なことになりそうだし、ちょっと時間を調整しているのだ。

 9時を回ったところでノートを閉じて部屋から出る。

 リビングに降りると晴美と帆夏が遅めの朝食をとっていた。そう言えば今日はどちらも午後から道場で午前中は暇だと言っていたっけ。

 晴美はパンをかじり、帆夏は眠そうにしながら牛乳を飲んでいる。父さんはソファーで雑誌を読んでいた。

 降りてきた僕に晴美が気付き、ちょっと驚いた顔をしている。

「どうしたの、お兄ちゃん?珍しくお洒落なんかして」

「今日ちょっとデートの約束があるからそれでね。夕食は父さんに頼んであるから」

「ほーい、行ってらっしゃい」

 晴美はそれを聞いて納得し、手をひらひらと振る。僕も軽く振り返してリビングを出た。

 ただ靴を履き終えたとき。

「ぶはッ!今、兄さん何て言ったの!」

「ギャー!父さん、帆夏が牛乳吹き出したー!」

「うわあ、晴美、シャワー浴びてきなさい。洗濯は僕がやっておくから」

 急にどたばたとした音が聞こえたが特に大事ではないようだ。

 関わると遅れそうだから父さんに任せて退散しよう。

 

 

 電車を乗り継ぎ、登校で降りる駅より二本手前の駅で降りる。

 流石にゴールデンウィークだけあって駅に人が多い。

 この駅には余り下りたことがないが、出口が二つだけなので迷いはしない。

 アーシェ様が待っているであろう東口から駅前に出る。

「目印は……人が多いなあ」

 同じことを考えている人は多いらしく、目印にした現代アートのモニュメントの前には人だかりができていた。

 ……アーシェ様は来ていないようだ。

 時計を確認すれば10時まであと15分ある。僕は仕方なく人の集団の中に近付いた。

 なるべく目立たないように、ひっそりとモニュメントと人だかりを背にして駅の東口が見えるように立つ。これなら駅から降りてきたアーシェ様に気が付くだろう。

 暇を潰せるせるものも持ってきていないので、いつアーシェ様があらわれるか一人トトカルチョを始めようとしたとき、後ろから声が掛かった。

「やあ、おはよう、陽彩」

「えっ!エルランド様いつの間に僕の後ろに回ったんですか?」

 何故かアーシェ様に背後から声を掛けられた。アーシェ様は何だか安心したような顔をしている。

「いや、私みたいな外国の人間が珍しいのか人に囲まれてしまって。それでね」

 あ、後ろの人だかりはアーシェ様の所為だったのか。

 うわー、そんなこともあるだ。

「遠巻きにされていただけだけど、私は割と視線に敏感だからね。陽彩と会えて安心したよ」

「またまた御冗談を」

 絶対嘘でしょ。それは。

 それはそうと、さっきまでアーシェ様に集まっていた視線が、今度は一緒にいる僕にまで向けられている気がする。

 連れ合いの顔でも確認したいのかな。ちょっと怖いぞ。

 アーシェ様は周囲の様子を気に留めた様子もなく、平気そうな顔で僕の頭からつま先まで見るように視線を動かしていた。

「うん、すごく似合ってるよ。ファッションセンスがあるんだね……。余り関心がないと思っていたけど」

 中々いうではないですかアーシェ様。まあ事実ファッションに関心は薄いけど。

「いえ、服のコーディネイトは服屋さんにしてもらっているんです。お店の人に気に入られて、コーディネイトした服で街中を歩いてくれたら安くするって言われているので」

 結構大きなお店でブランドは独自のものだったと思う。

 着せ替え人形みたいにされるが、何を買うか迷わなくていいしお財布にも優しい。実際定価の値段では絶対に買おうと思わないけど。

「なるほど……服はそれでいいけど、もう少し髪型や顔を整えた方がいいかもしれないね。そうすればもっと良くなると思うけど……」

 謎のダメ出しを聞きながら、少しざわめきが大きくなった辺りを見回した。

 人が増えている。何だかモニュメントを囲むように集まっているような。

 アーシェ様もそれに気付いて苦笑していた。

「陽彩のおかげでもっと視線を集めちゃってるね。速くこの場を離れようか」

 そう言いながらアーシェ様は手を差し出した。何、お手でもしろってこと?

「……陽彩、そんなに私の手を凝視しないで。恥ずかしくなってくるから」

「あ、すいません。行きましょうか。まずは何処に連れて行ってくれるんですか?」

「……分かっててやっているよね」

「はい勿論です。行きましょう?」

 昔なら喜んで手を握らせてもらうけど、この間レイシア様に手荒れを指摘されたばかりだからちょっと躊躇してしまう。

 アーシェ様は仕方なさそうに手を引っ込めて僕の隣に並んで歩き出した。僕もそれに少し遅れる形で続く。

「……これはデートなんだよね」

「はい、そのつもりですよ」

 何だか釈然としない様子のアーシェ様。

 僕もアーシェ様のノリに合わせた方が楽だけど、この人のことは計りかねているし適度に調子を外そうと考えている。僕も中々面倒くさい男子かもしれない。

 でも僕に普通の男子みたいな可愛げは求めないでくださいね。想像しただけで鳥肌が立ちそう。

 人の通りは多く、視線は常に付きまとうけど、集まった視線の殆どがアーシェ様に注がれているのだと思えばかなり気楽だった。

 うん。繁華街で買い物したいときはこの人を誘うのが良いかもしれない。妹だとこうはいかない。

「ねえ陽彩?何だかよからぬことを考えてない?私が良い虫除けみたいに思っていない?」

「いえ、エルランド様をそんなふうに思うなんて恐れ多いですよ。僕も人生初のデートなんですから、結構楽しみにしてるんですよ」

 初デートの相手がアーシェ様みたいに綺麗な人というのは、いい思い出になるのではないだろうか。

「嘘は吐かなくていいよ。陽彩がデートの一つもしたことないなんて……」

「嘘は吐いていません。本当のことですよ。僕はエルランド様みたいな方でもなければデート何て考えもしませんでしたから」

 実際デートなどしたことはない。この間まで中学生だったし1年は勉強漬けだったのだ。

 女の子とある程度は仲良くなれるものの、価値観の相違の所為で今一歩関係を進められなかった。僕は彼女たちの男を見る目が不快だった。

 女の子は大好きだけど、愛や情ではなく欲が先走った眼がどうしても耐えられなかった。

 結局そんな人といても僕の気持ちは打ち明けられないだろう。

 定食屋の夢を聞かせてもただ否定されただろう。

 僕は全てを肯定されなくてもいいから、話を理解してくれる人が欲しかった。

 アーシェ様の軽そうに見えて深い配慮のある態度は僕にとって好ましかった。

「ちゃんと僕の夢を聞いてくれた人ですからね。結構エルランド様のことは信用していますよ」

 僕がそう言ってアーシェ様を見ると彼女は少し歩くスピードを緩めながら僕の隣に来た。

 彼女の顔は何とも言えないような複雑なもので、後悔している風にも見えた。

「どう言えばいいのか分からないが……私は陽彩のことを少し誤解していたのかもしれない」

 何を誤解していたかは分からないが、あまり考え過ぎも良くないと思いますよ。

「お互い付き合いが浅いんですから、誤解と言うほどのこともないでしょう?」

「ふふ、そうだね。何を分かった気でいたんだか、私は」

 アーシェ様は幾分すっきりした顔で改めて僕の顔を見る。

「では陽彩、手を繋がないかい?折角デートなんだから色々体験した方がいいだろう?」

「予行演習にですか?」

 僕の含みのある笑いにアーシェ様は肩をすくめた。

「そうだね、お互いの予行演習のために」

「それなら喜んで」

 僕はアーシェ様が差し出す前にその手を取って握る。全体的に柔らかいけどタコのように固い部分もある。

「差し出される前に手を取るなんて大胆だね」

 そう言いながらアーシェ様に不快な様子はない。

 あー手汗が出ないように気を付けないと。余裕のふりしているけど、待ち合わせ場所でアーシェ様を見てから結構緊張しています。

 僕にだってアーシェ様が注目を浴びていた理由は分かる。

 モデルみたいに整ったスタイルで白いパンツと黒のシャツがよく栄えていた。

 上着には太めの糸で編まれたシンプルな模様のジャケットを着こなしている。簡素に見えてもデザインが洗練されていた。

 いつも三つ編みに結われている銀髪は、今日はストレートに流されていた。解かれた髪はいつもの3割増しに綺麗だった。

 うーん、デート中はなるべくなら主導権を取りたいけど、何処まで頑張れるだろうか。でもこうやって堂々と女の子と手を繋いで街を歩くのは結構楽しい。

 ふと気づくとアーシェ様がこちらを見ていた。

「本当に……君は……」

「どうかなさいました?」

「いや、何でもないよ。ふふふ」

 何時もの意図的に形作られた笑みとは違い、今の顔は思わず漏れた柔らかい笑みだった。

 淡く浮かんだその横顔を見てしまうと、顔に火がついてしまったかのように熱くなる。

 至近距離で見た本当に楽しそうに笑う彼女の顔は、心臓が高鳴ってしまうくらいとても魅力的だった。

 

 

 さて、デートと評して連れて来られたのはなんとヘアサロンだった。

 髪を整えられ、洗われ、顔もスキンケアと称していじり倒された。

 因みにアーシェ様も別室で同じようにされているとのこと。

 僕は初めてのデートだから勝手が分からないけど、こんなものなのだろうか。

 頭皮や首や顔などのマッサージもしてもらえてすごく気持ちが良い。

 デートのセオリーかどうかは分からないが来てよかった。

 一通り整髪が終わったところで美容師の女性がこちらに問いかけてくる。

「それではどういった髪型にしますか?」

「……それでは適当に結い上げてもらえませんか?自分では余りしないので折角ですから」

 僕は基本、肩のあたりで一本に結ぶかストレートにしかしていない。

 小さい頃は父さんに頻繁に結ってもらっていた気がするけど今はご無沙汰気味だ。なので久しぶりにしてもらいたくなった。

「はい、お任せください!」

 どうやら職業意識の高い人に担当されたようだ。この女性の目からは炎が立ち昇りそうなほどのやる気を感じる。前衛芸術家のような髪型にならないことを祈ろう。

 なったらなったで家に帰ってから家族の笑いをとるつもりだけど。

 

 美容師さんの会心の髪型も出来上がったところでアーシェ様の元へ向かう。

 美容師さんは自分の仕事に感涙して握手を求めてきた。仕事熱心なのもいいけど感極まられるとお客さんが困ると思うんですけど。僕もどう慰めようか困った。

 僕が待合室に行くと既にアーシェ様がいた。

 手元の飲み物が減っており、アーシェ様は僕より大分早くに終わったようだ。

 すいません。僕は悪くないんです。凝り性の美容師さんが悪いんです。

「お待たせしてすいません、エルランド様」

「いや、待ってないよ。と言いたいけど本当は結構待たされて…………え?」

 待合室で本を読んでいたアーシェ様が顔をあげた状態で固まった。

 すごい間だなあ。

 この髪型って結構凄いのか?もしかして凄腕の美容師さんにあたったのだろうか僕は。

 アーシェ様は片手で顔を覆い下を向いていた。

「……陽彩、もう一度髪を整えてもらった方がいい。今度はいつも通り何も特別なことはしなくていいから」

「変でしたか?美容師さんに適当にお願いしますと頼んで、こうなってしまったんですけど」

 自分で見える場所にある毛先を撫でる。女性受けは悪くないと思ったんだけど不評のようだ。

「本当にそれは駄目だ。頼むから……」

「はあ、そうですか。あ、その前に写真を撮ってきていいですか?」

「写真?ここにそんなサービスなかったと思うけど……」

 僕の言葉にアーシェ様は顔を持ち上げ質問した。

 視線が下がっていて目を合わせてくれない。

 こういう時感受性のズレが恨めしい。

 相手からどう見えているのか客観的に掴みづらい。

「このヘアサロンのオーナーさんが、写真を撮らせてくれたら料金をタダにしてくれるそうです。何でも見本用のサンプルに……」

「駄目に決まっているだろう!」

 あやまたず強い言葉を返され体が委縮する。今までアーシェ様の口から聞いた声の中で一番大きかったかもしれない。

「ですが、タダはとても魅力的ですよ。僕も余計な出費は押さえたいですし」

「ちょっと待って……陽彩は何を言っているの?もしかして自分で払う気でいたのかい」

「はい、それはそうでしょう。僕のことなんですから」

 何を言っているんだこの人は。僕が払わなかったら誰が払うというのだ。

 あ、このセリフいつか格好良くいってみたいかも。

「……陽彩、デートは基本的に女性側が費用を持つものだ。働き手でない男性にお金を出させるような女は私たちの国では相当な恥知らずだよ。陽彩は私を恥知らずにさせるつもりかい」

 何だか呆れた声を漏らすアーシェ様。そんな常識があったのか。じゃあこの間晴美にアイスを奢ってしまったことで晴美は恥知らずに。まあ日本は関係ないか。

「すいませんでした。そんなことも知らず」

「いや、私も悪かった……ちょっと動揺してしまって」

 うん、確かにらしくない。今日のアーシェ様は本当に不調な気がする。

 まあ僕がペースを掴むためにアーシェ様のペースを掻きまわしているのが大きいけど。こんなことをする男子はあんまりいないだろう。

 今回の写真の話は僕に非がないけどね。

 目を逸らされたまま話すのも嫌なので、アーシェ様の横に回り込んで正面から顔が見える位置に近付いた。

「ですがアーシェ様。僕は理由もないのにアーシェ様にお金を出していただきたくないんですが」

「え?」

 予想より近くで声が聞こえて慌てるアーシェ様。下を向いていたら気付きにくいけど、本当に動揺しているのが分かる。

 僕はアーシェ様に目を合わせて言わせてもらう。

「金銭を頂くというのは、僕にとっては返さなくてはいけない借りになってしまいます。ですから僕に対して簡単にお金を出すようなことはしないでください」

 アーシェ様が金銭を口実に何かを要求するとは言わないが、昔無理やり贈り物をしてきては要求を通そうとするしつこい女子がいた。

 大なり小なりそういったことをする人がいるため、普段からその手の隙には気を配っている。

 断固とした意志を込めてアーシェ様を見るが、彼女は僕の視線から逃れようとする。いや、こういう時人の顔を見ないのは失礼でしょう。

「何故、目を逸らすのですか?」

「いや、すまないけど今はこのままで話させてほしい……」

 腑に落ちないが仕方なく引き下がる。

 取り敢えず自分の金銭にまつわる過去の体験談をアーシェ様に説明した。アーシェ様は一応聞いてくれてはいるがひどくどうでも良さそうな様子だった。いや、顔を背けてるからそう感じるだけか。

 そんなに僕の顔を見るのが嫌なの?

 僕の感受性というよりアーシェ様の感受性に問題がある気がしてきた。

「兎に角、僕はアーシェ様にデートの費用を出して貰おうなんて考えてませんから。そのつもりで。いいですか」

「……分かった、分かったよ。今日は陽彩の言い分に従う」

 僕は相当無茶を言っているつもりだったけどあっさり折れてくれた。あれ、かなりの恥だって言っていたから渋ると思ったのに。

「でもここの支払いだけは私にさせてくれ。写真も絶対にダメだ。これだけは譲れない」

 頑なな様子できっぱりと言われてしまった。顔は背けたままだから欠片も締まらないけど。

「……そうですね。無理を言っているのは僕ですから。分かりました、この借りは何をしてでも絶対に返します。何でも言ってくださいね」

「頼むから、今そんなことを言わないでくれ……」

 僕の言葉に下を向いたアーシェ様は力なく呟いた。

 もう何なんだろう、この人。




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