結成
「くすくす……。ねぇ、クライン。 貴方が今、目の前で戦っている少女が誰だか分かる?」
「……マドカ、じゃないのか」
「さぁ?どう思うも貴方の勝手よ。くすくす」
小馬鹿にされたようで腹が立った。性根までとことん腐っている。悪魔とはそういうものなのだがこいつは悪魔の中の悪魔だ。と軽蔑した。
「気になるなら本人に聞いてごらんなさいな♪」
叩き斬りたいところだが性悪悪魔の言う事が気になった。マドカはおかしくなる直前「私は誰?」と口にしていた。それが妙に気がかりなのだ。
俺はマドカにゆっくりと問いかけた。
「……。お前は誰だ」
その言葉を口にした時、マドカの動きがピタリと止まり、手に持っていたバトンを落とした。
「私は――誰?」
マドカは目を大きく見開き震える口で呟いた。……今思えばおかしくなったマドカと初めて会話らしい会話をしたような気がした。
「……答えてくれ。お前は誰なんだ」
「私は……――」
「マドカっ!」
向こうからマドカの名を呼ぶ女の声が聞こえた。全く間の悪いと心の中で嫌味を言う。
「そう……私は、マドカ」
マドカは自分の名を呟くとフラりと地面に倒れた。
安否を確認するが気を失っているだけであった。顔色も先程とは明るみを増し、俺が知っているマドカに戻ったようだ。
「あらら、残念。足止めしておいたはずなのに邪魔が入りましたか」
「――お前はどこまで知っている」
「私は知りませんよ、何も」
性悪悪魔はパチンと指を鳴らすと先程飲んでいたティーカップが消えた。
「お前は何を考えているのか全く分からないな」
「悪魔には「心」というものは存在しません。それは貴方も同じでしょう?」
「……何を言っているのか分からないな」
「うっふふ……。またいずれお会いしましょう♪ では、御機嫌よう」
性悪悪魔はもう一度指を鳴らすと今度は黒い日傘がポンッと出現した。
日が差し込まないのにも関わらず日傘を差し、性悪悪魔は森の中へ消えてしまった。
「……あ」
忘れていたがあの性悪悪魔にサングラスを預けっぱなしだった。多分性悪悪魔はその事に気づいていたはずだ。
だがこんな事もあろうかとサングラスは常に五個持参している。性悪悪魔の思惑を阻止してやったと思わず口元が吊り上がってしまう。
「大丈夫か!?マドカ!」
内心「ざまぁみろ」とほくそ笑みなだらサングラスを装着すると同時に一人の女がこちらに向かって走って来た。
俺には目もくれず一目散にマドカの元に走る。安否を確認し、横に立っていた俺に気づいたのは一分後の事である。
「ん?誰、お前?」
「……お前こそ誰だ」
「私はユカリ。こいつ……マドカの幼馴染だ」
このユカリという女、どうにも俺の苦手なタイプだ。
俺の苦手なタイプは大きく三種類に分けられる。図々しい奴、話が通じない奴、自分に構ってくる奴、それらに当てはまる人間は苦手だ。このユカリという女は図々しい奴に部類される。
見た所、この女は『黒の一族』だ。
――黒の一族、実際見るのは初めてだが世間からは冷たい目で見られているそうだ。暴力が全てで知性の欠片も無い、らしい。
(……見た感じ普通の女だが)
いや、人は見かけによらないと言う。マドカだってそうだ。この女だってキレたら収拾がつかなくなるかも知れない。
このユカリというツインテールがマドカの言うもう一人のチームメイトのようだ。出来るだけ関わりたくない。と俺は自分の名を名乗らず早々にこの場から立ち去ろうとした、が――。
(いや、待てよ……)
マドカが豹変した事について幼馴染であるこのツインテールなら何か知っているんじゃないか。そう思ってしまった。
「……俺はクライン。ただの通りすがりでさっきこいつに襲われた」
「あー?マドカに襲われただー?」
「……突然おかしくなったんだ。私は誰だ、って」
ツインテの顔が一気に曇り、何かを考えるように腕を組んだ。
「ふーむ……私は誰だ、か」
「何か知っているのか」
「いや?」
まさかの即答に今までの動作は何だったんだと呆れた。ノリといいテンションといいマドカと似ている。この馬鹿二人のチームに入るなんて考えただけで悪寒がした。
「私は誰だ、ねぇ。 マドカは昔の記憶が無いからそんなこと言ったんじゃないかねぇ」
「……どういう事だ」
「なに?お前マドカに気でもあんのか?妙にマドカの事気にかけてると言うか」
即座に「違う」と断言した。確かにマドカの事は気にかけている。しかし気があるわけでは断じてない。性悪悪魔が言っていた事が引っ掛かるだけだ。
性悪悪魔は豹変したマドカを「マドカ」では無いような口振りで話していた。どう思うも貴方次第。これにも何かの意味があるように見受けられる。
「なんだ違うのか。 で、どうしてマドカが記憶喪失なのか聞きたいんだっけ?残念だがそれは私にも分からないぜ。分かってる事と言えばマドカは三代目聖魔学園英雄レンカ・ルミナスの妹だってことだ」
「……レンカ・ルミナスに妹がいるなんて聞いたことが無い」
マドカ・ルミナス。名前を聞いた時、レンカ・ルミナスの事が頭を過ったがまさか関係者だったとは……。
レンカ・ルミナスの名はかなり世に知れ渡っており世間に疎い俺でもレンカの一般情報ぐらいは知っている。しかしレンカに妹がいるなんてそんな情報聞いたことが無い。
「それは私も謎なんだよなぁ。でも仮にマドカがレンカ・ルミナスの妹じゃないにしても何でそんな嘘吐く必要あるんだよ」
「……俺が聞きたい」
一体このマドカと言う女がどこの誰で何者なのか。全く想像がつかない。面倒な事になったなと頭を抱えたくなった。
「あーよく寝た」
大きな欠伸と共にマドカは目を覚ます。寝ぼけ眼のマドカはユカリに気づくと「あ、ユカリー」と呑気そうに声をかけた。先程戦ったマドカとはにわかにも信じがたい。
「マドカ!大丈夫なのか!?」
「え?何が?」
まるで俺と繰り広げた命の駆け引きを覚えていないかの口調でマドカは喋り、言葉の途中でまた大きな欠伸をし、ゆっくりと背伸びをした。
「こいつ……クラインが言うにはお前に襲われたらしいぞ?」
「えー……あ!思い出した!私、クラインと勝負してたんだ! でも全然勝負してた時の事覚えてないぁ……。多分途中で転んで意識が無くなっちゃったかな」
ツインテが「なんだそれ」と言うとマドカは俺と交わした勝負の事を全てツインテに話した。
話を聞き終わったツインテは俺に対し「見かけによらず幼稚だねぇ」と嘲笑。感情に乏しい俺でも流石にこれはカチンと来てしまった。ツインテに対する怒りを表に出さないように抑えながら黙って話を聞いた。
「お前ら勝負とか子供だねぇ。聞いて呆れるぜ。 でもまぁ、この勝負マドカの勝ちだな」
「……待て。どういうことだ」
「すっとぼけても無駄だぜ」
ツインテは俺を指差した。……俺の全身は擦り傷に切り傷まみれのズタボロである。
「あ、本当だ!勝負前はこんなボロボロじゃなかったよね!ということは私の勝ちってことでいいんだよね!?」
マドカと俺が交わした勝負内容は『マドカの攻撃を五分間避ける』事だ。マドカが途中意識を失い勝負は無効だと思っていたがマドカの中ではまだ勝負は続いていたらしい。
「いや、この傷はだな……」
なんと説明していいか分からず俺は途中で口籠る。
こいつらには言い訳にしか聞こえないだろうがこの馬鹿どもに「マドカではないマドカにボコボコにされた」と真実を言っても無駄だろう。逆に俺が馬鹿だと思われてしまう。
「黙るってことはこの勝負、マドカの勝ちってことでいいよな!それにしてもマドカにボコボコされるなんて案外お前って弱いんだな」
馬鹿だと思われる事は回避出来たが代わりに相当弱いと思われてしまった。力が全ての俺にとって「弱い」と言われる事は馬鹿や阿呆、根暗以上に言ってはならない言葉だ。その事を全く知らないツインテはへらへらと笑っていた。
「……。勝手に言っていろ」
「ねぇ、クライン!私が勝負に勝ったってことは……私のチームに入ってくれるんだよね!?」
正直言って入りたくない。もう本当に入りたくない。「そんな約束した覚えが無い」と白を切ろうとも思ったが一度交わした約束は守らなければならない。そう教えられた。
…本当に嫌だが仕方が無い。
「………まぁ、うん」と生気の無い返事で俺は答えた。
「本当!?クラインのことだから「……そんな約束した覚えが無いな」って言うと思ったよー!」
「……。俺がそんなことを言うとでも思ったか」
「うん!」と即答で答えるマドカ。割と堪えてしまった。
「というわけで……これからよろしくね!クライン!」
「……あぁ。マドカにツインテ」
「なんで私はツインテなんだよ!?」
お久しぶりです西條です。
シルバーウィークはバイトとルパンに占領されました。泣きそうです。