マドカという人物
◇◇◇◇
「私って、誰だろう?」
自分から吹っ掛けてきた勝負の癖に途中放棄。終いには笑い出すし訳の分からない事も言ってきた。
俺は「マドカ」という人間がますます理解出来ずにいた。
(……聖魔学園とはこうも頭のおかしな奴ばかりなのだろうか)
――俺が聖魔学園に来て出会った生徒はどれも個性的な面々だった。
初対面の奴に「下僕」というチビに極端に怯えている奴、どういう本かは知らないが「⑱禁指定」と書かれた本を大事そうに持つ奴もいた。
マドカとか言う女はその中でもトップに輝く程の個性派だ。
人間はどいつもこいつもこうなのか……と溜め息を吐いてしまう。
地面にへたり込んでいたマドカが立ち上がった。だがその表情はどこか悲しげであった。
瞳は光を宿しておらず完全に虚ろ。何かがおかしいと身の危険を感じた俺はその場から一歩後ろに下がった。
――俺が後ろに下がってから数秒後、地面が大きく抉れた。
抉られた、というより削られたに近い。まるで大きな竜が爪で一閃したかのように地面は削られていた。
(……どういう、事だ?)
目の前にいるマドカは呆然と立っている。マドカがこの数秒の間に地面を削ったのならばそれ相応の動作、というものがあるはずだ。
マドカには動作が無かった。ただ立っているだけで地面が削れるなんて馬鹿げている。魔法で削ったにしても詠唱が短すぎる。
「……訳が分からない」
マドカの視界には俺が映っていないようだ。耳で聞きとるには難しい小さな声でぼそぼそと「私は……私は……」と呟いている。
「おい―――」
言葉を遮るかのようにまた、地面が大きく削れた。瞬時に後ろに退いていなければ今頃、肉と血の挽肉状態になっていた。
状況が掴めない。俺は成す術が無く後ろに下がり続ける。その度にリズミカルにガスガスッと地面が削れる。
(くそッ……これじゃあ埒があかない)
この場にはマドカと自分しかいない。それでは地面を削っているのはマドカしかいないと言っているようなものだ。だがマドカは一歩たりとも動いてはいない。
「本当に?」
考え込んでいたせいか横にいたとメリーさん(性悪悪魔)に気がつかなかった。
目が合うと性悪悪魔はクスクスと笑い俺の思考を見透かすかのようにもう一度続ける。
「本当に、そうお思いで?」
「……今は取り込み中だ」
「あらあら冷たい。 安心しなさいな、この戦いが終わるまで私と貴方は味方。まぁ、味方と言っても助言を与える程度だけど♪」
「なんで俺が悪魔と味方になんか……」
「私は同胞を見捨てないのです。 貴方はこのままでは死にます。デスです。キルです。それは解りますか?」
「……あぁ、死ぬだろうな」
地面を削ったのが誰か。それすら見抜けない俺はこのまま行けば多分削られ、挽肉になってしまうだろう。
悪魔と協力するのは腑に落ちないが認めざる得ない。今の自分は非力だ。
「あらあら!物分りが良いですね!意外ですっ!」
「俺だって、死にたくない」
「くすっ……素直で従順な子は大好きですよ」
「お前に好かれても嬉しくない。むしろ、がっかりだ」
「うふふ♪ではここでみんな悪魔の味方メリーさんからの助言です♪ あの子をよく視てくださいな」
こんなこと助言でも何でもない。当たり前の事を述べているだけだ。
マドカは何度となく見た。地面が削れる時も、性悪悪魔と話している時も。片時ももを離したことはない。
だけどマドカは動いていない。
「見てる。嫌と言うほど見てる」
「――そんなもの外してしまえばいいのに」
性悪悪魔が指差したのは俺のかけているサングラスであった。
確かにサングラスをかけているせいで視界がハッキリと見えない。もしかすればマドカの動きが見えるかもしれない。しかし俺にはサングラスを外せない理由があった。
「……これサングラスは駄目だ。絶対」
「死にたくないのでしょう?」
「……それとこれとは話が別だ」
「うっふふ……誰も見ていませんよ? 私に見られても別にいいでしょうに。私は、貴方の正体を知っていますからね」
上級悪魔だけあってか自分が何者なのかとっくに見抜かれていたらしい。俺の正体が誰かにバレてしまったら――それは死を意味する。俺は自分の正体を誰にも悟られずに聖魔学園で過ごさなければならないのだ。
しかしここで死ねば全てが終わりだ。
復讐も果たせぬまま死ぬのは真っ平御免。ここは背に腹は代えられない。
「……分かった」
俺はサングラスを外し性悪悪魔に投げつけた。
(……久しぶりに外したな)
家にいる時も常にサングラスをかけていた。外でサングラスを外す機会なんて絶対無いと思っていたがサングラスを外し見た空は青く澄み渡り、草木は新緑。視界は鮮明になった。
「うふふ。サングラスをしない方がよっぽど素敵で、私好みです」
「お前は本当に、性悪だな」
――また地面が削れた。性悪悪魔はふわりと後ろに下がり切り株に座る。本当に助言だけしか協力しないようだ。ニタニタと笑う顔は「後はご自由に」と物語っている。なんとなくだが俺はムカついた。
俺は大きく横に飛びマドカに視線を合わせる。
(……………!!)
一瞬。
ほんの一瞬だがマドカの体の軸が僅かにぶれた。
地面が削れるまでの時間は一秒。マドカはその一秒の内に地面を削ったと言うのか……?
「見えましたかー?」
性悪悪魔はどこから取り出したのかティーカップを持ち優雅にティータイムを楽しんでいた。相手にするだけ時間の無駄だと舌打ちで返事をし、マドカを見た。
だいぶ距離が離れてしまったが問題無い。目を凝らし、神経を集中させる。
(………来る……!)
マドカの姿が消えた――「消えた」まさにその言葉が相応しい。
勝負は一瞬。マドカの気配を感じたら一発叩き込む。……女相手に全力で切りかかるのもどうかと思うがそこはまぁ、正当防衛という事で。
「そこか……ッ、」
真上に殺気を感じ取った。相手を殺す事しか考えていない――正真正銘の殺気を。
今度は逃げない。正面から相手になるーーー!!
俺は自分の真上に剣を振るった。
ガッキキキィィイン!
金属と金属がぶつかり合うような鋭い音。しかし俺が振るった剣は金属に命中したわけでは無い。
常識外れの事態に俺は一瞬、思考が停止した。
スカートの中からすらりと伸びた肢体。マドカはその細い足で俺目掛け踵落としをしていた。
信じられないがそれが地面が削れた原因、なのだろう。
俺の持つ大剣はマドカの踵に命中した。本来ならばマドカの足は折れている。折れていなければおかしい。折れていなければならないのだ。
しかしマドカは無表情で全く動じることなく冷めた目で俺を見下していた。逆に俺の手足が痺れている。ダイアモンドのような固い鉱物を全力で叩いたような感じに見舞われた。
マドカは表情を崩さずにくるくると空中で二回転をし地面にすとっと着地した。
俺はマドカという存在が本当に分からなくなった。
突然笑い、理解不能な事は言う。足はダイアモンド並みに、いやそれ以上に固いのかも知れない。
マドカは無言で後ろに一歩下がり反動をつけ俺に容赦なく回し蹴りを入れた。
避けきれないと感じた俺は剣を使い防御の姿勢を取った。回し蹴りを弾くつもりだったのだがマドカの回し蹴りの威力は想像以上で俺はそのまま吹き飛ばされてしまう――。
「……ぐッ!」
軽々と吹き飛ばされた俺は木に身体を叩きつけられた。咄嗟に受け身は取ったものの全身に痛みが残る。
「あらあらー押されているわねぇ」
展開が一方的で飽きたのか退屈そうに性悪悪魔が呟いた。手伝う気はさらさら無さそうだ。
まぁ、あの性悪悪魔と共に戦う気は無いとボロボロの体を立ち上がらせる。そこに追い打ちをかけるかのようにマドカが一気に詰め寄り蹴りを入れる。
蹴り自体は避けたものの、蹴りの風圧で頬に切り傷が出来てしまった。頬から流れる血を右手に巻いている包帯で拭い、マドカに向き直る。
マドカは俺に休む暇さえ与えてくれないようだ――繰り出されるのはバトンのラッシュ。
バトン攻撃は剣で全て受け流し、距離を置こうとするがマドカはそれを許さず、くるっと回転し恐怖の回し蹴り。
「また回し蹴りか……っ!」
この近距離で回し蹴りを喰らえば確実に腹に大きな穴があく。剣で防御しても多分腹に穴があく。
それならば……!俺は後ろの木を踏み台にし跳躍――。
性悪悪魔の近くに着地した俺はマドカと距離を置くのに成功した。
「――!?」
マドカの様子を窺おうと後ろを振り返ると、俺は思わず愕然としてしまった。
先程俺が踏み台にした大きな大木――迷いの森に数ある木の中でも屈指の大きさ。軟な嵐が来ても決して折れる事が無いであろうその大木がマドカの回し蹴りを喰らい、いとも簡単に折れてしまった。
「今のを喰らっていたら貴方、危なかったですねぇ」
「危ないどころじゃない。死んでいる」
マドカは振り返り、無機質な眼で俺を見据える。
「くすくす……。ねぇ、クライン。 貴方が今、目の前で戦っている少女が誰だか分かる?」
この物語のメインヒロイン(?)になるクラインですが……‥…‥あ、もちろん男ですよ?彼の名前は「根暗」という言葉からきました。
根暗……ネクラ……‥ネクライ……‥…‥クライン!みたいな?
根クラインってなんか呼びやすいので私も読んでるし、作中のキャラにも呼ばせています。