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「んんー。ふぇ?!」

 うとうととまどろんでおりましたら、急にふわりと浮遊感がいたしました。次いで、果てしなく落下していく感覚。何かにつかまろうといたしましたが手には何もつかめず、なすすべもなくわたくしは落ちてゆきました。

 ぽす、と音がして落下は止まり、わたくしは混乱しつつ眼を擦り、周囲をうかがいます。

「あら、座席から落ちてしまいましたのね」

 何事かと思いましたわ。びっくりして完全に目が覚めてしまいました。


 おはようございます。アナスタシアです。


 馬車の中で一夜を明かしたのは初めてでしたが、幸いなことに馬車の座席はわたくしの背丈ですと横たわるのに十分な広さがあり、ふかふかのクッションがたくさんあったおかげもあって問題なく睡眠をとれました。

 時刻はよくわかりません。窓の外は夜が明けていますが、やや薄暗いのが朝方だからか木々に遮られているからかは判断材料がありませんもの。

 馬車には魔物や動物避けの術式が施されていますので、中に居ればひとまずは安心です。ロック鳥相手には効き目がなかったようですけれど、相手が悪かったのですわ。あんな恐ろしい魔獣がそうそう出没するとは思えません。

 出ませんわよね?

 だ、大丈夫ですわ!もし忌避術式を無視するほど強力な魔獣が襲って来ても、馬車には構造を強化し防御力を高める術式も多数施されているのです。壊されたりはしないはずですわ!

 ともかく、馬車の外に出るのは危険ですわね。おとなしく救援を待つほかありません。


 あれから皆がどうなったのか。考え出すと気が重たくなります。走り出した馬車から最後に見えた護衛の皆は、手酷いダメージを受けていました。

 わたくしの護衛はデマーゼル領の守りである白百合騎士団の精鋭でした。それを防戦一方に追い込むなんて、ロック鳥はまさしく噂に違わぬ怪物でしたわね。一夜開けた今も、恐ろしさに身震いします。カレンの思いもよらない強さは驚きでした。カレンはポットのお湯が切れると水魔法で水を足して火魔法でお湯に変えるということを平素から自然に行っていましたので、魔法が得意だとは知っていました。何もないところで水や火を出すのは難易度の高い魔法ですから。でも空を覆い尽くすほどに大きな魔物を倒すほどだなんて、そんな様子は全然なかったのです。

 昨夜の皆の言動を思い起こすと、どうもわたくし以外の皆は知っていたふしがありますわね。

『巻き添えになれば死ぬぞ!』だなんて、か弱い女性に関する言葉ではありませんもの。

 ただ、あれほどの強さがあっても恐らく制約があるのでしょう。二羽目のロック鳥に苦戦していたのがその証差ですわ。使える魔力に限界があるのか、あるいは全力を出せる時間が短いのか。いずれにしても騎士団の主力として前面で戦い続けることはできないのたろうと思います。


 ☆


 馬車が揺れ、動き出しました。何事かしらと外の様子を覗き見しますと、馬さんがポクポクと歩みながら下草を食んでおりました。そうですわね、昨日王都で餌をもらったとしても結構時間が経ちましたものね。馬さんがおなかをすかせるのは当たり前ですわ。

 そういえば、いままで考える余裕などなかったのですが、気付けば最後に何かを口にしたのは昨日のお茶の時間に頂いたおやつでしたわね。

 昨日の夕餐、今朝の朝食と二回続けてなにも口にしておりませんので、自覚してみると相当おなかがすいております。昨日のおやつをもう少し頂いておけばよかったかしら?いえ、そうとも限りませんわね。最近王都で流行しているという、パン種の入っていない生地を薄く焼き上げて様々なフルーツを巻いて食べるお菓子で、白百合城ではあまり供されない類いのものでした。物珍しさもあってわたくしにしてはたくさん頂いた覚えがありますもの。あれ以上はおなかに入りません。

 こうなりますと、下草を食べられる馬さんがうらやましい気もしてきますわね。馬さんはお菓子を食べませんから良し悪しですけれど。

 馬車の中を見回したところ、水差しとコップのセットがあるだけで食べ物はございませんでした。水差しの水をコップに注ぐと一杯分にやや足りないくらいの量でした。普段はカレンが水魔法で足してくれますので困らないのですけれど。

 わたくし、カレンに頼りきりでしたのね。そう思うと、カレンと離れて一人きりなのだと思い知らされてひどく寂しくなってしまいました。

 あら?そういえば。わたくし、一人きりではありませんでしたわ!ポケットから硝子の小瓶を取り出します。そう、水滴さんが一緒なのでした。

 昨夜ミルクを用意できなかったので、水滴さんもおなかがすいていることでしょう。

「水滴さん、申し訳ないのだけれど今はこのお水しかないの。これで我慢してくださるかしら?」

 水滴さんはぴょんとはね、硝子のコップの外側をつつーと登ってふちを乗り越え、今度はつつーとコップの内側を降りて水面ぎりぎりで止まりました。

 そこからゆっくりゆっくり水滴さんが降りて行くごとに水面も下がってゆき、ついには空になりました。いつもながら不思議で見ていて飽きません。

「おなかがすきましたわねー」

 硝子のコップの底で丸くなりコロコロしている水滴さんに話しかけますと、水滴さんはぷるんと揺れました。

 どうかしまして?と観察しておりますと、水滴さんの色が透明から白に変わり、それから大きくなりはじめたのです。硝子のコップが白い水滴さんですぐに満たされました。

 驚きであやうくコップを取り落とすところでしたが、なんとかこらえましたわ。

 さらに見ておりますと、コップ一杯の白い水滴さんの中から、いつも通りの小さくて透明な水滴さんがつつーと出て来て、コップのふちで止まってぷるんと揺れました。

「これって」

 コップの中に残った白いものは、ぷるぷるの水滴さんとは違ってさらさらした液体でした。

 この色。そしてこの、ほのかな匂い。

「水滴さん?もしかしてこれ」

 飲んでも大丈夫?と聞いてみますと、水滴さんはぴょんとはねました。

 おそるおそる、ほんの少しだけ口に含んでみます。

 この味、この口当たり、こののど越し。どうみても

 ミルクでした。白百合城に毎日届けられる絞ったばかりの新鮮なミルクと同じ味です。

 わたくしは空腹も相まって、ミルクを全て飲み干しました。すると水滴さんは再び硝子のコップに入り、さきほどと同じようにしてコップをミルクで満たしたのです。

「水滴さん、すごいわ。あなたミルクを出す魔法が使えるのね」

 びっくりですわ。これまで聞いたことさえない魔法です。魔法で出せるのは水魔法が得意な魔法使いであっても、混じりけのない澄んだ水だけのはずなのです。空気の中に漂う水を集める魔法だからです。

 二杯目のミルクを飲み終えると、わたくしはおなかいっぱいとなりました。

 水滴さんは、一仕事終えたという感じで硝子の小瓶に戻って、眠ってしまったようです。わたくしもなんだかとても眠くなってしまい、身を横たえました。

 おやすみなさい。

(水滴さん頑張りました。アナスタシアは寝ます)

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