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 こんばんは、アナスタシアです。

 わたくし、ただいま困ったことになっております。

 周囲に人影どころか民家の一つもない深い鬱蒼とした森の中。そこにポツンと馬車が一台止まっております。木々に遮られ、月明かりさえ届きません。その馬車の中で、わたくしは一人心細さに震えておりました。


 ☆


 発端はアルフレート殿下から観劇のご招待を賜ったことでした。

 わたくし、招待状を受け取った時にあまりの嬉しさにその場でくるくると回転してしまいました。直後に御使者の方や護衛騎士の皆様が同席していたことを思い出し、淑女らしからぬ行いをしてしまったことに恥じ入り顔を赤くしておりますと、御使者は『アナスタシア姫が大層お喜びくださったと、アルフレート殿下にしかとお伝えいたします』と仰り、にこやかなお顔で帰路につかれました。

 ああっわたくしの醜態についてはどうかアルフレート殿下はに内密にしてくださいませ!と祈りながらお見送りしたのですが、観劇の当日アルフレート殿下は無情にも『踊りだすほど喜んでくれたそうだね』と仰り恐縮しきりでございました。

『直接立ち合えなかったのが残念だ』と仰られましても、そう思っていただけて嬉しいのは本当のところでございますけれど、わたくし殿下の前ではおしとやかな乙女でありたいのでございます!

 劇場でオリビア様とも落ち合い、二階の貴賓席へ通されました。緞帳が上がり、来賓紹介で劇場支配人がアルフレート殿下とオリビア様に続いてわたくしのことまで紹介なさったので、わたくしはお二人がなさるのを真似て階下の一般席の皆様に手を振りました。とても緊張いたしました。

 劇はエルドア建国王アドナイアス様と大魔導師マルレーネ様の出会いから、北方山脈に住まい民を脅かしていた悪竜をお二人が調伏なさるまでの有名な物語を扱っておりました。マルレーネ様役の女優が放つ魔法も悪竜が吐く火炎も本物と見まごう迫力でした。威力のない幻術で安全と頭では判っておりましても、体が勝手に避けようとしてしまいました。

 劇の幕が降りた後はちょうど午後のお茶の時間となり、劇の感想を語り合いながら歓談いたしましたが、楽しい時ほど時が経つのは早いもので、名残を惜しみながらおいとまいたしました。


「侍女殿、お耳を拝借したく」

 王都から白百合城への帰路、馬車に同乗していた警護の騎士がカレンに話し掛けました。声を潜めていても、それほど広くない車内のことですから二人の会話の内容は聞こえました。

「気配が不穏と外の警護が合図を」

「やはりそうですか」

「侍女殿も!ではこの静けさは」

「間違いないでしょう。羽音が聞こえました」

 騎士は窓を開けて良く通る声で叫びました。

「総員参集!直ちに堅護の陣を構築する!襲撃に備えよ!」

 そして馬車が止まりきらないうちに馬車を飛び出していきます。

 馬車の周囲に馬に乗った警護の騎士たちが集まり、円陣を築きました。騎乗の騎士は総勢十名、加えて並走してきた馬車から警護の魔法使い4名が飛び降り、円陣の四方に加わりました。

 馬車を中心にした大きな魔法円が発生し、揺らめきます。堅護の陣が発動したのでしょう。複数の人の防御力を合計し、ダメージを分散させる魔法だと習いました。

 誰も声を上げません。とても静かです。

 襲撃なんて、何かの間違いではないかと口に出そうとしたその時。馬車の周囲が日にかげったように暗くなりました。


 夕暮れ時ではありますが、まだ日が落ちる時間ではありません。見上げると、そこには巨大な翼を拡げ全天を覆わんばかりの巨大な魔獣がまさに飛来したところだったのです。

 書物の挿絵でしか見たことのない恐るべき魔獣、ロック鳥でした。

「ロック鳥だと!北方山脈に棲息するロック鳥が何故こんなところにいるのだ!」

「迷い出たか。この巨体だ、一度飛び立てば一昼夜とかからずここまで飛ぶこともなくはあるまいが」

 騎士たちは叫びます。

「弓持ちは眼をねらえ!他はどうせ効かん!」

 馬上から騎士が矢を続けざまに放ちます。けれど、ロック鳥の羽ばたきで矢はことごとく打ち払われてしまいました。

「でかいな、優に百年越えは確実の大物だ」

「こんなもん、どうしろと」

 呻くような声が聞こえてきます。

「怯むな!第二射、撃て!」

 今度は魔法使いの攻撃が放たれ、過たずロック鳥の頭部に炸裂しました。矢と違って風の影響を受けにくいからかもしれません。

 ですが、大きなダメージは与えられなかったようです。

「なんてやつだ。上級魔法を雨のごとくに食らって平気とは」

 ロック鳥が雄叫びを上げ、急降下して体当たりする攻撃を仕掛けてきました。繰り返し繰り返し突進してきます。

 バキン。

 何かが割れた音。ロック鳥の何度目かの攻撃で堅護の陣が消し飛んだのです。

「まずい!防御効果消失!もう一度堅護の陣行けるか!」

「攻撃を受けながらでは無理だ!一分でいい、やつを止めてくれ!」

 聞こえてくる戦況は不利です。わたくしはカレンにしがみつき、震えておりました。

「お嬢様。心配はございません。必ずお救いします」

 カレンはとりすがるわたくしをそっと引き離すと、絶対に外に出てはいけませんよとわたくしに言い含め、馬車を降りてしまいました。

「!侍女殿っ」

「わたくしが出ます。その間に陣を再構築してください」

「なんと!総員、傾注!カレン殿がお出ましになる!巻き添えになれば死ぬぞ!」

 傍らに居た騎士が鞘ごと剣をカレンに渡すのが見えました。カレンは剣を抜き放ち、鞘のみを騎士に返しました。

「申し訳ありません、この剣をお返しすることはできないと思います」

 カレンは剣を頭上高くかざしました。

 すると炎を帯びた竜巻が剣を包み、天を衝くほど巨大な焔の刀身が形成されていきます。

 アルフレート殿下の仰っていた魔法剣というものでしょうか。

「お嬢様を襲ったのでなければ、命までは取らなかったものを」

 カレンは今まで聞いたことのないほど冷たい声で言い放ちました。

「極炎を受けて燃え尽きなさい」

 剣が降り下ろされ、一拍の間をおいて巨大な焔の刃が同じ挙動を見せました。

 ロック鳥の絶叫。見るとロック鳥の片翼が切り落とされ、燃えています。

 メイド装束の裾が長いスカートを翻し、さらに剣を振るうカレン。焔の刃は易々とロック鳥を切り裂いていきました。

 やがてロック鳥が沈黙し、後には灰となるまで燃え尽きた残骸が残りました。カレンの手にした剣は限界を迎えたのか鉄の刀身かドロリと溶け落ち、それとともに焔の刃もかき消えていきました。


 難敵を下した安堵で、皆気付かぬうちに気が緩んでいたのかもしれません。

 巨大な雄叫びと激しい羽ばたきが聞こえました。

「二羽目だと!」

 なんということでしょう、ロック鳥はもう一羽いたのです。

「群れないはずのロック鳥が何故だ?!」

「いや、縄張り争いをするうち迷い出たとも考えられる」

 騎士も魔法使いも皆、疲労困憊し防戦一方です。頼みはカレンですが、あれほどの大魔法を使った直後では思うように戦えないのでしょう。別の剣を受け取って再び焔の刃を形成したものの、先ほどより焔の威力が下がっているようでロック鳥は意に介さず攻撃してきます。

 バキン。

 再構築された堅護の陣が、ついに打ち砕かれてしまいました。悪いことに、その衝撃で御者がはね飛ばされてしまいました。手綱を引かれてその場に留まっていた馬は、ロック鳥への本能的な恐怖からか手綱を解かれた途端に逃亡を図りました。無茶苦茶に走り出したのです

「ロック鳥を足止めするんだ!追わせるな!」

 戦い続ける皆を残して、馬車はどこへとも知れず走り続けました。


 ☆


 走り続けて疲れたのか、馬は立ち止まっています。馬車の中からは見えませんが馬は眠っているのかもしれません。

 日没を過ぎ、夜が訪れました。馬車には暗くなると明かりがつく魔導灯が付いていますので暗くはありません。

 皆はどうなったのでしょう?足手まといのわたくしが居なくなったのですから、有利に戦えるようになったのではないかと思います。きっとロック鳥を討伐できたに相違ありません。でなければ、ロック鳥が追ってきたでしょうから。

 そう思わなくては、苦しくて胸が潰れそうでした。


 外の暗さからすると夕餐の頃合いを過ぎ、就寝の時刻と思います。

 わたくしはクッションを集めて座席に敷き、横たわりました。

 お休みなさいませ。

(とんでもない事態になってしまいました。でもアナスタシアは寝ます。五歳なので仕方がないのです。堅護の陣は防御力を参加人数倍にまで上昇し受けたダメージを参加者に均等に分配する魔法。十人で発動すれば一人あたりのダメージは百分の一になります。ただしダメージとは別に魔力を急激に消費するためわずかな時間しか発動できませんし、参加人数が増えるごとに魔力消費が増えます。さらに防御回数に制限があり、魔力が残っていても回数オーバーで割れます。重ねがけはできません。とても強力ですが、使い処が難しい魔法でもあるのです。それでも、こういう魔法を使わないとこの世界の魔物には対抗できないのです)

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