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 昨日はお出かけのためにお勉強を休んでしまいましたから、今日は頑張りますわ。

 わたくしは毎日、朝食の後と昼食の後に少しずつカレンにお勉強を見てもらっています。カレンはメイド長として白百合城のあらゆることを取り仕切っていて、とても忙しい立場なので無理は言えません。そもそもメイド長が教育係を兼ねるというのは普通ではない気がしますし。でも白百合城で最も博識なのはカレンなのですから、これ以上の適任も他にないのです。語学、算術、詩吟、美術、楽器演奏、王国の歴史と王国の仕組み、礼儀作法にお料理にお裁縫に馬術にダンスにと、ありとあらゆる物事にカレンは詳しいのですから。

 今日のお勉強はエルドア王国各地の地理と気候、それから特産品についてでした。

「カレンは色々なことに詳しいわね。誰に教わったの?」

「誰に、というのは難しゅうございます。長く旅をする間に自然と習い覚えたことばかりでございますので」

 お母様のお話からすると、少なくとも25年以上前から白百合城に勤めていたことになるのでしたわね。それより前のことね、きっと。

「どんなところを旅したの?」

「エルドア王国は国中を転々といたしました。周辺の国々は一通り。海の向こうに渡ったこともございます」

 海の向こう!

「国王陛下もお若かった頃に、海を渡ったそうですわね」

「ええ、その頃あちらでお会いしたことが」

 そこまで口に出して、カレンは言葉を切りました。

「その話をどこでお聞きになったのですか、お嬢様?」

 し、しまったですわ?!国王陛下のお話は、秘密なのでしたわね?!

 はうう、誰にも秘密と誓ったアルフレート殿下の計画までうっかり出てこないよう気を付けなくては。

 わたくしが口を手で押さえて黙っておりますと、幸いなことにカレンはそれ以上は追及してこず、お勉強を再開いたしました。

 ふうー、助かりましたわ。昨日の今日で秘密を洩らしてしまっては、アルフレート殿下に申し開きが出来ないところですもの。

 お勉強の時間を終えてカレンが部屋を離れたところで、わたくしは安堵の息をつきました。

 あら。結局わたくし、カレンのことをあまり聞きだせませんでしたわね。

 謎は深まるばかりです。


 ☆


 自習時間に図書室にやってまいりました。『召喚魔法大全』を読みとき、水滴さんについて調べるのですわ!

「あら?」

 おかしいのです。先日はどのページを開いても魔方陣の図解と説明がびっしりと書かれていたのに、ページがどれも白紙になっていたのです。例外は、水滴さんを召喚した際にわたくしが涙を落としたと思われるページだけ。そのページでさえ残っているのは魔法陣の図解のみで説明文は消えてしまっていました。いつの間に変化したのでしょうか?わたくしが気付かなかっただけで召喚の時に消えてしまっていたのでしょうか?

「確かめる方法はないものかしら?そうだわ!」

 書見台の上で硝子の小瓶を横にし、水滴さんに話しかけてみます。

「水滴さん、この本をご存知?あなたを召喚した時の本ですわ」

 ころんと小瓶から出てきた水滴さんに本のタイトルを見せると、ぴょんとはねました。

 ぺらぺらめくって白紙のページを見せます。

「元はたくさん内容が書いてあったのに、いつの間にか消えてしまったのですけれど。どういうことか知っていて?」

 水滴さんは書見台の上でぺたーと広がりました。

 知らないということですわね。

「そう、ありがとう。困りましたわねー、手がかりがなくなってしまいましたわ」


 それからわたくしは召喚魔法について書かれた本がないかと図書室を探して回りました。

 水滴さんも手伝ってくれて、それらしい本があるとその前でぴょんぴょんはねて教えてくれます。


 昼食の頃合いまで探し続けたのですが、判ったのは召喚魔法に関する書物は白百合城の図書室にないということだけでした。その他の種類の魔法は初心者用の教本から研究論文の写しらしきものまでたくさんあったのですけれど。

 これはこれで、わたくしが魔法を修得する時に活用することにいたしますわ。


 ☆


 昼食のメインは【ピラフ】でした。白い粒々のコメという穀物を炒めたものです。お肉と野菜が細かく刻まれて入っていて、お匙で食べる料理です。

 材料の穀物はデマーゼル領の特産品で、数年前から他領にも出荷しています。連作しても収穫量が減らない作物ですが、小麦と比べて手間がとてもかかり、まだ生産量が少ないそうです。元は遠くの国の作物だとか。これらはみな今日習ったばかりの知識です。

「お父様、【ピラフ】の材料の穀物は遠い異国の作物と聞き及んだのですが、【ピラフ】も同じ国の料理なのでしょうか?」

「コメのことかい?そう聞いているよ。海の向こうでは良く食べられているそうだね。パンのかわりにコメを食べるほどだとか。エルドア王国の気候で良く育つし、美味しい。出来ればもっと作付けを増やしたいのだがねえ」

「まあ!あなた、是非そうなさってくださいませ。そうなれば月に一、二度の【ピラフ】がもっと増えますでしょう?わたくし、【ピラフ】はことのほか好みでしてよ。アナスタシアも好きでしょう?」

 盛んに勧めるお母様に、お父様は苦笑されました。

「難しいね。知っているかい?コメは沼地のような場所で良く育つ。普通の畑では逆にダメなのだよ。しかも本当の沼地ではこれもダメで、水を抜いて乾かすことも出来ないといけない。まとまった量が採れるようになったのは最近だ」

 お父様はお若い頃に【ピラフ】を召し上がる機会があって気に入り、以来栽培しようとずいぶん苦労されてきたそうです。種は船便で異国から輸入するしかなく潮風にやられてダメになってしまったり、せっかく根付いても水加減を誤って枯らしたりと最初の収穫までに十年以上もかかったそうです。

 ちなみにこの【ピラフ】は、コメを食べる習慣のないエルドア王国でも受けいれられるようカレンが工夫したもので、お父様が最初に出会った元の【ピラフ】とも違うらしいです。元はどういう味なのでしょう?わたくし、気になります!

 カレンは元の【ピラフ】を作れるかしら?次の【ピラフ】の機会にそうしてくれるようお願いしてみることにいたしましょう!


 ☆


 午後のお勉強は引き続き王国の地理と気候で、わたくしがコメの話題を挙げたことから農業に関する説明となりました。

「エルドア王国は領土の八割が温暖ですが、やや乾燥気候ですので農業用水は灌漑に頼っています。北方山脈に水気を含んだ空気が遮られ、雪となって降ってしまうため、山脈のこちら側まで届かないのです。北方山脈に降った雪は雪解けと共に地下水となり、麓で湧水となります。それを水源にエルドア王国の中央を縦貫する大運河が築かれ、当時不毛の荒れ野で細々と放牧が行われる程度だった王国南部を一大穀倉地帯に発展せしめました。この大事業はエルドア第二十二代国王トリスティア様の治世に行われました。トリスティア様は他に類を見ないほどに土系統の魔術を極めた方で、お一人だけの力で一晩に一里ずつ運河を掘り進めたと伝えられております。これは標準的な土魔法使い百人と数千人の人員が一年かけて掘れる距離に相当しますが、それでも工期は十数年に及びました」

 デマーゼル領はエルドア王国の南部に位置します。ということは、デマーゼル領の今日の繁栄は大運河あってのものなのですわね。ありがとうございますトリスティア様!


 ☆


 午後のお勉強が終わり、しばらくしますとお茶の時間です。

 今日のおやつは、いくつもの白くて丸くてぷにぷにしたものに豆の甘煮を添えたものでした。

 ぷにぷには大きさといい質感といい白さといい、ミルクを飲んだすぐ後の水滴さんそっくりです。

 色からミルクの風味を想像していたのですが、全然違いました。あまり味がありません。

「アナスタシア、白いところだけ食べてはダメよ。これはね、豆の甘煮と一緒に口に運ぶ時に一番美味しいお菓子なのよ」

 お母様は、お匙の上にぷにぷに一つと甘煮をすくって召し上がりました。

 わたくしもお母様にならって甘煮と一緒に口にします。

「!!」

 驚きでした。味がないぷにぷにが甘煮と合わさると途端に輝いたのです。

 わたくしは無言でもう一口、二口と食べ進めました。

「ね?」

 お母様が得意そうです。

「お母様はこのお菓子をご存知だったのですね」

「ええ。これはね、コメを挽いた粉が材料なのよ」

 なんと。コメとは素晴らしい作物ですわね。ますます広く栽培が広がることを祈りますわ!

「このお菓子の名前はなんというのですか?」

 わたくしが訪ねますと、お母様は満面の笑みで仰いました。

「これはね、【シロタマ】というのよ!」


 ☆


「見れば見るほどそっくりですわねえ」

 わたくしはミルクを飲んで白くなった水滴さんと、記憶の中の【シロタマ】とを比べてみました。

 今日一日で、たくさんのことが判りましたわ!

 コメにトリスティア様に【シロタマ】、それに昔カレンが海の向こうまで行ったことがあることや、召喚魔法以外の魔法に関する資料も見つけました。


 あら?わたくしが本来知りたいことに関しては、全然進歩していないのではなくて?

 まあ、いいですわ。今日全部判る必要はないのです。少しずつ着実に進めますわよ!

 それではおやすみなさい。

(いろいろと説明回でした)

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