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わたくしにお友達ができました!しかもとっても可愛らしい方です!
年齢も近いですし、家柄もわたくしと同じく公爵家ですし、もっと早くから親しくなっていればよかったと思うのです。
慣れない靴でぐらつくわたくしを見かねて、オリビア様はわたくしと手を繋いで支えてくださいました。お優しく頼りになる方です。まるでわたくしに新しくお姉様が出来たかのようですわ。
「ねえオリビア様、もしよろしければお姉様とお呼びしてもよろしいかしら」
オリビア様はつーんとそっぽを向いて仰いました。
「そんなのダメよ。絶対に許さないわ。いい?アナスタシア。わたくしたちは友達、でもただの友達とは訳が違うのよ?わたくしとあなたはアルフレート殿下の寵愛を競いあうライバル同士なのよ。わたくしとあなたは対等。あなたのほうからわたくしの下に付くようなことを言ってはいけないわ!」
なんと!ライバルとはかくも厳しいものなのですわね!わたくしはライバルというものを甘く考えてしまっておりましたわ。深く反省しなくては。
「むしろわたくしのほうが一歩出遅れた立場。アナスタシアは勝ち誇るべきですのよ!」
「勝ち誇る、ですか?」
オリビア様は、こうしますのよと扇子を取りだし、口元を隠しておーっほっほ!とよく通る綺麗な声で笑い声をあげ、手本を見せてくださいました。
「わたくし、自分の扇子を持っておりませんわ」
しゅんとしておりますと、しょうがないですわねえとオリビア様は仰ってわたくしの手に扇子を握らせたました。
「アナスタシアがご自身の扇子を入手なさるまで、この扇子をお貸ししますわ。それに扇子がない場合は手でもよくってよ?大切なのは口元を隠すこと。淑女たるもの歯を見せて笑うのは禁物なの」
おーっほっほ!と真似をしてみますと、オリビア様からもっと声を高らかに、もっと力強くと助言をいただきました。
「小さな姫君たち、なんだか楽しそうな遊びをしているね?」
ひとしきり勝ち誇る笑い方の練習をしていましたら、背後から声を掛けられましたわ。懐かしいお声に、どなたかすぐに判りましたわ。
「お兄様!」
「アレクセイ様!」
わたくしと同時にオリビア様も現れた人影に声を掛けました。
「半年ぶりでございますわね、お兄様。オリビア様は、わたくしのお兄様を御存知ですの?」
「もちろんですわ!王国騎士団一の精鋭と名高い竜盟騎士団の団長に史上最年少で任じられ、王国屈指の智謀知略と武芸の才を兼ね備えた若き英雄。加えて甘く涼やかな容姿は数多の令嬢や貴婦人を魅了して止まず、さながらエルドア王国建国時に名を馳せた名将マリウス卿の再来とまで巷でうたわれる騎士の鑑、アレクセイ様ですもの!」
「やあ、照れるね」
お兄様はニコッと微笑んで、ひざまずくとオリビア様の手を取り優雅に手の甲へ挨拶のキスを贈りました。
「オリビア・メディシス嬢、初めまして。あなたの兄上ギルバートは我が親しき友。願わくは我が妹アナスタシアも含め、永きに渡る厚情を賜りたく存じます」
「ゆ、許します」
お兄様の口上に、オリビア様は作法に則って返礼されました。オリビア様のお顔が真っ赤です。
「わあ、お兄様ってとっても有名でしたのね!」
わたくしはお兄様に抱き付きました。王都で騎士団に所属していることは知っておりましたが、物語の登場人物もかくやというほどに巷の評判が高まっているとは知りませんでしたわ。
「まあね。でもほとんど前評判のようなものだよ。噂倒れにならないよう精進しなくてはね」
「わたくし、お兄様を応援いたしますわ!」
お兄様はわたくしの頭を撫でようとして、せっかく綺麗に編み込まれているのだから撫でて崩れたらもったいないねと仰って手を引っ込めてしまわれました。
お兄様に撫でていただける折角の機会でしたのに。
「わたくしの髪型、変ではありませんか?凝りすぎていてわたくしには似合わないのではないかと心配です」
「そんなことはないさ。これは王都で最近流行りのスタイルだね。編み込むことで動いても広がらなくなるから、活動的だと人気があるよ。もちろんアナスタシアにとても似合っているよ。さて、そろそろ昼食会が始まる刻限だからね。アナスタシアの晴れ姿を皆様に見ていただこう」
お兄様はわたくしたちを探しに来てくださったそうです。
わたくしは右手をお兄様、左手をオリビア様と繋いで会場に向かいました。
☆
王宮の大広間で昼食会が始まりました。
正面の壇上で国王陛下と王妃様が乾杯の声をおかけになり、皆様手元の杯を飲み干します。わたくしとオリビア様はお酒はまだ早いとグレンの実のジュースを頂きました。
「わたくし、少しだけならワインを頂いても大丈夫ですのに。子供扱いは心外ですわ」
オリビア様はそういいつつグレンの実のジュースが気に入られたようでおかわりをなさいました。
昼食会は立食形式で、給仕が小皿に取り分けた料理を受け取って食べるようになっています。
たくさん食べられないわたくしにはぴったりですわね。
会場のあちらこちらで出席者の皆様が挨拶を交わし歓談しています。お母様は親しい御婦人方と集まってお喋りなさっています。お兄様は会場警備の総責任者の御立場とのことで、ご一緒できませんでした。折角、家族が揃いましたのに残念ですわね。
お父様に連れられ、様々な方に御挨拶をしてまわります。まずは五大公爵の一角でオリビア様のお父様であらせられるエドガー・メディシス卿。可憐なオリビア様からは想像がつかないくらいの鍛え上げられた巨躯の持ち主で、燃え立つように赤い髪。そして同じく赤いお髭で顔中がもじゃもじゃでした。手の甲に挨拶のキスを賜る際、大変失礼なこととは存じますが、このままガブリとかじられてしまったらどうしましょうと戦々恐々としてしまいました。
「ガハハ、どうも先程はオリビアが失礼つかまつったようだ、お詫びする。この子はちと思い込みが激しくてな。儂が歳を取ってからの子ということもあり、甘やかしてしまったのだ。済まぬがこれに懲りず仲良くしてやってはくれまいか」
豪快な方に見えて、エドガー様は御殿医筆頭を務めるかたわら王国医師協会の会長を兼務する方で、王国では他に並ぶ者がないほどに優れた回復魔法の使い手なのです。わたくしが以前、重い病に伏せっていた際も白百合城までお越しくださり、キュアとヒールの魔法でたちどころに治してくださったことがありました。見た目は巨熊ですのに。そしてその見た目に違わず武芸者としても名高い方でもあるのです。アルフレート殿下が熊からオリビア様を助けた逸話を先程うかがいましたが、その場にエドガー様がいらしたなら、戦いすら起きなかったかもしれませんわね。
「もちろんですわ、メディシス卿。わたくしとオリビア様は友の誓いを交わした仲ですもの」
わたくしがそういうと、オリビア様はそっぽを向きましたがまんざらでもないご様子でした。
☆
それからも挨拶の方が引きも切らず、目の回る忙しさです。
わたくしは白百合城から出たことが数えるほどしかなく、王家と公爵家の皆様以外の方とはほぼ初対面です。わたくしと顔繋ぎを望む方がこんなにたくさんいらっしゃるとは意外でした。わたくし、五歳になったばかりの子供ですのに。
今日手の甲に賜った挨拶のキスは、あっという間にこれまでの回数を越えてしまいました。
挨拶の際、皆様がわたくしのことを利発であるとか才気に満ち溢れているとか褒めてくださいました。それだけでも過分な評価ですのに、『トライアの葉は若木の頃から鋭い』などと賢王と名高いエルドア王国中興の祖トリスティア様の幼名になぞらえられては、至らぬ自らに恥じ入り身の置き場がないところでございました。お父様と来たら、止めるどころか仰る通り我が自慢の娘ですよ、などといって毎回御世辞を肯定してしまわれます。御戯れが過ぎますわ!
☆
「初めまして、アナスタシア嬢。エルドア王国王太子、アルフレート・エルドアです。噂に違わず可愛らしいお方ですね。お会いできて嬉しく思います。願わくは御身に喜びと安らぎがあらんことを祈らせてください」
挨拶の方々が途切れてほっとした頃合いに、先触れなしにお目見えになったアルフレート殿下はわたくしの手の甲にキスを賜り、わたくしの返礼を待たずにわたくしの耳元に顔を寄せ囁かれたました。
「ようこそ、ぼくのお嫁さん。これからよろしくね」
予期せぬお言葉に、通り一辺の挨拶しか考えていなかったわたくしは、動揺してしまって小さな声で返礼するのがやっとでした。
「ゆ、許します」
どうしましょう!顔が熱をもって火傷しそう、鼓動は早鐘を打ち続けています。
アルフレート殿下はお噂の何倍も、いえ噂と比べるのが無意味なほど素敵な方でした。
優しげな面差しは乙女のようで、微笑まれると花がほころぶかのよう。この世の全ての紅玉と銀細工を集めて積み上げたとしても、アルフレート殿下の持つ紅の瞳と銀の髪の壮麗さには一歩譲るに相違ありません。背はあまり高くなく少年らしく華奢な体つきで、一見すると熊を倒す方とは思えません。
わたくしはアルフレート殿下にいわゆる一目惚れをしてしまったようなのでした。
(タイトルのスライムはどこにいったかというと、アナスタシアは水滴さんを硝子瓶に入れて連れて来ています。アナスタシアは秘密にしていますが、召喚魔は術者の一部とも言える存在なので、もし連れてきたことがばれても問題にはなりません。オリビアはお父様のエドガー卿が型破りな方なせいで貴族のご令嬢としての常識が少しだけずれています。お兄様は何でもこなす勇者型で、そのうえ各技能が専門職並みに伸びる万能型。物語の途中で参戦して物凄く頼りになるけど終盤になると離脱するタイプですね)