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「アルフレート殿下は、あなたには渡しませんことよ!」

 わたくしをきっと睨んで、人差し指をわたくしの鼻先に突き付けていらっしゃるのは、オリビア・メディシス公爵令嬢。五大公爵家の一角であるメディシス家の御令嬢です。

 わたくしより二歳年上でしたかしら。翡翠色の瞳、ふんわりとなみうつ桃色の髪、ほんのり淡い桃色の唇、背はわたくしが背伸びした時くらいの高さです。流行のフリルとレースをふんだんにあしらった裾がこんもり拡がるドレスが良く似合っています。普段はとっても可愛らしい容姿の方なのですが、今日は何故かややつり目がちな大きな眼がさらにつりあがっていて、少し怖いです。


 こんにちは、アナスタシアです。

 わたくし、なんと王宮に来ております。


 ☆


 朝食を済ませて、さあ今日も朝からお勉強を頑張りますわ!と思っておりましたら、お父様が今日はお勉強を休んで一緒にお出かけするのだと仰いました。

 普段遣いのドレスでなく、お客様をお迎えするとき用の格式ばったドレスの中でも最高クラスに豪華な一着をカレンが用意していて、メイドの皆総出で着付けされました。白百合城の名の由来でデマーゼル公爵家の紋章である白百合をモチーフにしたドレスです。わたくしはシンプルなドレスが好みで、豪華なドレスは苦手なのですが、抵抗は無意味かつ逃げることなど不可能な状況でございました。髪は金糸と銀糸を縒った豪奢な組紐を用いて手の込んだ編み込みをされ、靴は少し踵の高いものを履かされました。うなじが出る髪型は何だか恥ずかしい気分になりますし、踵の高い靴は不安定で歩きにくいです。

 仕上がりを目にしたお父様とお母様は可愛い可愛いと褒めちぎりますし、メイドの皆は良くお似合いですよと口を揃えます。

 うう、でも姿見の中のアナスタシアは何だかとっても無理をしているようにわたくしには見えるのですけれど?

 小柄でやせっぽち、ありふれた青い瞳に金髪というエルドア王国ではごく普通の容姿の子供が、鏡の向こうで不相応に飾り立てられていました。

「本当に似合う?お世辞ではないの?」

 と聞いてみると、カレンは握った手から親指だけを上に向けて立て、ぐっとこちらに差し出す仕草をしました。意味がよくわかりません。でも、カレンの口元がほんの微かな笑みを帯びたような気がしたので、おそらく肯定しているのでしょう。

 お洒落に疎いわたくしの感性とカレンとどちらを信じるかと言えば、当然カレンですわね。

 そう思うと少しだけ気が楽になりました。


 準備が整ったところで白百合城を出立し、馬車に揺られること数時間。わたくしの場合、馬車に乗り込んですぐ寝入ってしまい、途中の記憶がないのですけれど、ともかく王宮に到着いたしました。

 今回のお出かけは、王家主催の昼食会に出席するためなのだそうです。

 開始まで間があるということで王宮の中庭散策を勧められました。履き慣れない靴で転びそうなのを内心はらはらしつつ、どうか優雅に見えますようにと祈りながら歩いておりますと、急に呼び止められて冒頭の状況となったのでした。


 ☆


「アルフレート殿下、でございますか?」

「そうですわ!」

 アルフレート殿下がどうされたというのでしょう。ええと?と思案してみます。

 あ!そうですわ!昨日お父様が教えてくださった、わたくしの婚約者様ですわ!

「ええと、アルフレート殿下とわたくしの婚約は、御前会議で決まったと聞き及んでおりますけれど、オリビア様は反対されるのですか?」

 わたくしは困惑してしまいました。まだ正式に発表されていないとはいえ、御前会議で了承されているのですから勅命に準ずる効力があるはずです。

 それに反対するというのですから、相当重大な理由がオリビア様にはあるのかしら?

「反対ですわ!アナスタシア様は五歳、アルフレート殿下は十五歳。年齢が違い過ぎますわ!」

「そうでしょうか?」

 わたくしは首を傾げました。年齢は理由としては少々弱い気がします。今は確かに大きな年齢差ですけれど、十年後二十年後と経ていくと十歳差は気にならなくなるのでは?貴族の婚姻では親と子ほども年の差がある組み合わせもなくはないのです。

 そう指摘しますとオリビア様は言葉を詰まらせ、わたくしを差す指がぐらつきました。

「あ、あなたがアルフレート殿下にふさわしくないの!もっとふさわしい方がいるはずですわ!」

 ええと、わたくしがふさわしくないというのは仰せの通りだとは思うのですが。

 参考までにふさわしい方がどなたかうかがってみましょう。

「う、例えば、ですわねえ」

「例えば?」

 オリビア様は顔を真っ赤にしてうつむき、絞り出すような声でつぶやきました。

「例えば、わたくし、とか」


 ぽんとわたくしは手を叩きました。

「オリビア様は、アルフレート殿下のことがお好きなのですわね?!」

 オリビア様は大きな眼をさらに見開いて、あわあわと声にならない声をあげました。


 ☆


「アルフレート殿下は、わたくしの命の恩人。そして憧れの御方なのです」

 わたくしとオリビア様は、人目につきにくい中庭の片隅にあるあずまやに移動し、お話を再開しました。

 なんとアルフレート殿下は、オリビア様の一行が森で熊に襲われた際に颯爽と現れて一刀の元に熊を倒したのだとか。熊って一人で倒せるものなのですわねーと感心しておりましたら感心するところはそこではないとオリビア様に怒られ、その時のアルフレート殿下の勇姿がどんなに素晴らしかったかを事細かに聞かされました。

 事件の後は、アルフレート殿下に恋慕の情を抱きながらも、オリビア様は年齢の差を気にしてアルフレート殿下を遠巻きに見守るだけだったそうですわ。

 確かにその状況で婚約相手としてオリビア様より年下のわたくしが浮上してくれば、物申す気にもなりますわよね。

「お話は判りましたわ。けれど、わたくしも易々と退くわけにはございませんわ」

 そう、とオリビア様は呟き、がっくりと肩を落としていらっしゃいます。

 わたくしはオリビア様に右手を差し出しました。

「わたくしたち、ライバル同士ということですわね」

 オリビア様はぽかんとされ、わたくしの手と顔を交互に見やっています。わたくしはオリビア様の右手を引っ張り、強引に握手の形に持ち込みました。

「ライバル同士、誓いの握手ですわ。そしてオリビア様、わたくしとお友達になってくださいまし!」

「えっ?あ、あの?」

 オリビア様は混乱されているようです。

「オリビア様は、わたくしのことお嫌いでしょうか?」

「えーと?嫌いっていうほどあなたのこと、知らないわね?」

「でしたら、わたくしたちきっと良いお友達になれますわ!」

 そ、そう?そういうものかしら?とオリビア様は口ごもっていらっしゃいましたが、照れたように微笑んで手を力強く握り返してくださいました。

「そうね、アナスタシア。わたくしとあなたは今日よりライバル、そして友達ですわ!」

(アナスタシアに強敵(=とも)ができました。オリビア様は流されやすい性格です。次回は昼食会、そしてアルフレート殿下との対面です)

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