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「味が変わらなくともミルクは悪くなっている場合がございます。厨房には食料品の良し悪しを鑑定するための魔道具がございますから、それを使って確かめてみましょう。それまでこのミルクはお飲みにならないでくださいまし」

 ミリーはわたくしの手から丁重に、ただし断固として譲らない力強さでミルクの入ったコップを取り上げました。わたくし、そんなに食い意地が張っているように見えますかしら?飲むなと言われましたら素直に差し控えますことよ!

 ワゴンにミルクの入ったコップを載せ、ミリーは厨房に向かいます。わたくしは水滴さんに硝子の小瓶の中に入ってもらい、ミリーの後を追いました。


 ☆


 厨房では夕餐の支度のために皆慌ただしく働いています。それを邪魔しないよう気を配りつつ中に入りまして、食料品の置き場に到着いたしました。わたくしの背丈ほどの高さに積まれた大量の野菜や、大きな生肉のブロック、焼き上げられてからさほど時を置いていないと思われるたくさんのパンなど、わたくしの自室より広い部屋に所狭しと食料品が置かれています。

 なんとこの量で白百合城の夕餐一回分なのだそうです。いえ、もう料理は始まっているのですから、実際はもっと多いのですわね。


 部屋の奥にはカレンが居て、わたくしとミリーの気配に気付いてこちらに歩いて来ました。

 あら?カレンの雰囲気がいつもと少しだけ違っておりますわね。何かしら?

 カレンは眼鏡を外し、かたわらの机に置かれていた別の眼鏡に掛け換えました。

 まあ!眼鏡が違ったのですわね!よく見ると外したほうの眼鏡は硝子のあるべき部分に何も入っておりません。

「お嬢様、どのようなご用命でございましょうか? 」

「ええと、ミルクの状態を確認しに来たのですわ!」

 わたくしはミリーの押すワゴンの上のミルクを指差しました。

「ミルク、でございますか?」

 カレンは無表情のままできょとんとしました。

「メイド長が以前【食中毒】というものについてお教えくださったことがございましょう?見た目や味付けが変わらなくとも、【細菌】が増えて悪くなっていることがあるという。それが気になりまして、魔道具をお借りしにまいりました」

 ミリーの言葉にカレンはなるほど、と頷きました。

「では、わたくしが確認いたしましょう」

 そう言うと、硝子の入っていない枠だけの眼鏡に掛けかえ、ミルクをじっと見つめました。

 判りましたわ!その眼鏡が魔道具なのですわね!

 今気付きましたけれど、魔道具で見たら水滴さんが出したミルクだと判ってしまうのではないでしょうか?『アナスタシア・デマーゼルの召喚魔が出したミルク』なんて結果が出てしまったら、何もかも露見したも同然ではありませんか!

 どうしましょう。せっかくこれまで秘密を保っておりましたのに、ミリーに続いてカレンにまで知られてしまうのでしょうか?かといって今さら止めるのもおかしいですわね。それに、魔道具の性能がそれほど良くないとしたら、ここで騒ぐほうが逆に怪しい印象になってしまうではありませんか。

 わたくしは祈るような気持ちで自然と両の手を胸の前で組み、結果を待ちました。

 息をつめ、カレンの口元を注視します。

「品目は【新鮮なミルク】、状態は【ややぬるい】、特記事項はなし。特に問題ありません」

 カレンの言葉に、ほっと一息つきます。

「ミリー、わたくしの言った通りでしてよ。このミルクは飲んでも大丈夫なのですわ!」

 どうです、水滴さんはすごいでしょう。今度こそ文句ありませんわね、とわたくしは胸を張りました。


 ☆


 下手に留まってカレンに追及されるのは得策ではありませんから、わたくしとミリーは厨房をそそくさと後にしました。カレンはわたくしが何事か隠していることに気付いているかもしれませんね。何も言ってこないのは見逃してくれているからでしょうか。

「それにしても、ああいった魔道具があるのね」

 いったい、どういう仕組みなのでしょう?

「詳しい仕組みは存じ上げませんが、神々の時代の遺物にこの世のあらゆる物事について調べることの可能な神器があったそうです。あの魔道具は、人の時代になってからそれを再現しようとしたものだとか」

「この世のあらゆる物事を?それってものすごいことではなくて?」

 いくら公爵家とはいえ、そのような物を厨房で使っていて良いのでしょうか?本来なら王家の宝物庫で厳重に保管するべきなのでは?

「いえ、あれ自体はそんなに珍しいものではないそうで、王国中に百や二百はあるとのことで。それに、調べられるものがそれぞれ違うとか」

 武器の状態や強さを調べられたり、ケガや病気の程度を調べられたりと効果はさまざまあって、有用な効果を持つものほど高値で取引されているようだ、とミリーは教えてくれました。

「では、先程のは?」

「食べ物について、食べても大丈夫かどうかが判る程度の物でございますね」

 そのくらいの性能ですと、白百合城に勤める者の給金であれば半年分くらいだとのこと。

 高価は高価ですけれど、そのくらいでしたら白百合城の廊下に飾ってある絵画や彫像の類だってそのくらいはしますから、取り立てて言うほどではありませんわね。


 それにしても、神々の遺物だなんて。おそれおおくも、なんて心踊るお話なのでしょう。

「本物の神器はどこにあるのかしら?」

 何でも調べられる神器があれば、水滴さんの正体だって判るはずです。

「人の手には余るものだからと神々が持ち去ったとか、人の手に触れないよう賢者が封印したとか、伝承はありますが本当のことは判りません。いずれにせよ、エルドア王国の建国より前の時代の話でございます」

 そのような昔の物がそうそう出てくるわけはありませんわね。残念ではありますが、神器の話は心の片隅に置くだけにしますわ。

(時系列は8話でロック鳥襲撃を受けたのが一日目の午後、9話で水滴さんのミルクを飲んだのが二日目の早朝、10-11話が同日の遅い昼食、14話が午後のお茶の時間で今回の17話が夕餐直前です。長い一日ですね。次回あたりで『おやすみなさい』できると思います)


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