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わたくしは悩みましたが、思いきって水滴さんのことをミリーに明かすことにしました。可能な限り秘密を守るとミリーは誓ってくれました。
硝子の小瓶を取り出してミリーに見せますと、ミリーは首をかしげました。
「姫様、これは?」
予想もつかない様子です。小瓶の蓋を開けてスープ皿の上で傾けますと、水滴さんはころんと転がり出てお皿の上でぽよんと一回小さくはね、それからぷるぷる揺れました。
「なんだか判りませんか?」
「申し訳ありません、このような不思議なものを見るのは初めてでございます」
わたくしは両手を腰に置き、胸を張りました。
「これは、わたくしが召喚した召喚魔ですわ!」
「しょうかんま、でございますか?」
「そうですわ!」
しょうかんま、しょうかんまとミリーは小声で繰り返しています。
「しょうかんま、え?ああ、召喚魔?でございますね?!」
わたくしはうんうんそうよ、と頷いて見せます。
「どうかしら?」
「ええと、何と申しましょうか。透き通って、おりますね。水のような、硝子のような」
水滴さんは、その通り!とばかりにぴょんとはねます。
顔を近付けて観察していたミリーは、きゃっと小さく悲鳴をあげました。
「ひ、姫様!動きました!」
それはそうでしょう。
「召喚魔ですもの、もちろん動きますわ」
何歩か後ずさったミリーは、おそるおそる戻ってきます。ある程度近づくと水滴さんがぴょんとはね、またミリーが距離を取る、というのを数回繰り返した後でミリーは大きく深呼吸してようやく落ち着いたようです。
「何ともこれは。わたくしが知っている召喚魔とは随分違っております。召喚魔というのは生き物の姿をしているものと思っておりましたが、これはどうにも」
「『水滴さん』ですわ!」
はぁ、とミリーが生返事をします。
「『これ』ではなくて、『水滴さん』ですわ!わたくし、この子のに素晴らしい名前を付けてあげるつもりですけれど、良い名前が決まらないので今は水滴さんと呼んでいるのです」
「スイテキ=サン?あ!水滴さん、でございますね。その、水滴さんは見た目が知らない生き物でしたので。ええと、その。生き物、でございましょう?」
自信なさげなミリーですが、そこはわたくしにも自信を持って言えないところです。わたくしだって水滴さんのような生き物は見たことがございませんもの。
「ギルバート様の召喚魔のように生き物のような影のような見た目のものもいるのですから、召喚魔の見た目は様々あるのだと思いますわ。それにわたくし、水滴さんは小さくてぽよぽよぷるぷるで可愛らしいと思います」
ミリーには水滴さんの魅力が伝わらないのかしら?
まあ、人それぞれ好みや相性というものがありますから、致し方ないのかもしれませんわね。
それに、水滴さんの良いところは見た目の可愛らしさだけではありませんわ。それをミリーには教えてあげましょう。
と、その前に水滴さんのお食事にしなくては。水滴さんにお皿から出てもらい、お皿にミルクを注ごうとしたのですが、うまくいきませんでした。
たっぷりミルクの入った水差しは、わたくしの力では小揺るぎもしなかったのです。ミリーはすぐわたくしの意図に気付いて、なにも言わないうちに手際よくお皿にミルクを取り分けてくれました。本当によく気が利きます。
「水滴さん、お食事の準備ができました。どうぞ召し上がれ」
声をかけると水滴さんは素早く滑らかな動きでお皿の縁に移動しました。その様子をまじまじと見つめていたミリーは水滴さんがちょんと触れた部分からミルクが音もなく減っていくのを見て、目を大きく見開いて驚いています。
お皿がからになったらミルクを継ぎ足す、というのを続けた結果、水滴さんは水差し一杯分のミルクを飲み干してしまいました。このくらいの量は飲むだろうと勝手に決めた量でしたが、実際に飲むのを目の当たりにするとなかなか壮観でした。ミリーはというと、言葉を失いすっかりからになった水差しを手に呆然としています。
ミリーには、あともう少し驚いてもらうことにしましょう。
わたくしがからの硝子コップを手に取って水滴さんにミルクを出すところを見せてとお願いすると、水滴さんは硝子コップにぴょんと飛び込んで白く大きくなり、それからミルクを残して小さな水滴さんが飛び出しました。
「え?水滴さん、は吸いとったミルクを戻すことも出来るのですね」
ミリーは訝しげにミルクの入ったコップを観察しています。
「元と同じミルクなのですか?」
わたくしは頷きました。
「同じミルクの味でしたわ。水滴さんのこのちからがあったおかげで、わたくし馬車で一夜を明かした時にお腹をすかせずに済みました」