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 アルフレート殿下のことを考えると、その場でじっとしておりますのが難しくなってしまいます。大変無作法ではございますが、わたくしはベッドの上にぽすっと倒れ込み、枕に顔を埋めて足をバタバタさせます。

『ううー!』

 声を出さずに叫ぶといいますか、うなり声をあげるといいますか、そんな状態です。そうする他にどうしようもないのですけれど、こんな姿アルフレート殿下はもちろんのこと誰にも見せられません!

 はっ!そういえば部屋の鍵、かけていませんわ!今誰かに入ってこられたら、この醜態を晒すことになってしまいます。すぐに止めるのです、アナスタシア!


 そんな葛藤のさなか、ドアがコツコツとノックされました。

 わたくしは弓から放たれた矢のごとくにベッドを飛び降り、みだれたシーツと毛布と枕を素早く整え、鏡台の前のスツールに座ってほつれた髪にブラシをかけてから返事しました。

「どうぞ」

 ドアが静かに開き、ワゴンを押しながらメイドのミリーが入って来ました。

「失礼いたします。姫様、ご所望のミルクをお持ちいたしました」

 ワゴンの上には硝子の大きな水差しになみなみと注がれたミルクと硝子のコップ、それにいつものスープ皿が載っております。そうそう、起きてすぐに水滴さんの食事の用意を頼んであったのです。水滴さんはわたくしのためにミルクを出して活躍しましたから、お腹がすいていると思って普段よりたっぷりミルクを持って来てもらいました。

「ありがとう、ミリー」

 急いで体裁を整えましたけれど、うまくできているかしら?不自然でしたらきっとミリーは怪訝な顔をするはずですわね。そう考えてミリーの顔をじっと見つめますと、ミリーは頭を下げました。

「申し訳ありません、姫様。お言いつけ頂いてから時間がかかってしまいました」

 えっ?あっはい。

 そんなこと全然思っておりませんわよ?

「気にしておりませんわ」

 そういえば、ミルクを頼んだのが昼過ぎでもう夕刻ですわね。いつものミリーならすぐにミルクを用意してくれていたのですけれど。

 詳しい事情を聞いてみますと、ミルクを含めて食料品の搬送が遅れがちなのだそうです。

「街道を荷馬車が行く際に、常日頃であれば野菜とミルクと肉類と穀物はそれぞれ別々に出発していたのですけれど、今は護衛に付いてくださる騎士様の数が限られますので、皆が集まってから出発するそうでございます」

 早くも警戒体制の影響が出てきておりますわね。このまま事態が継続しますと、物流に大きなみだれが生じてしまうでしょう。ギルバート様率いる調査団の報告が待たれますわね。


 さて、水滴さんにミルクをあげましょう。

 ミリーに見られないよう部屋から出てもらわなくては、と思っておりますと、当のミリーが話しかけてきました。

「僭越ながら、お聞きしてもよろしいでしょうか。姫様、このミルクは何にお使いでしょうか?」

 えっ?何にと聞かれましても、水滴さんのお食事ですけれども。水滴さんの存在は秘密にしておりますから、そうは申せませんけれど。

 なぜそのようなことを?

「このところ姫様がミルクを望まれますのは、仔犬かなにかを飼っておられるのかと思っておりました。ご不在が続いたので、仔犬の餌が滞りますと飢えてしまうかと思い、勝手ながら姫様のお部屋を含めて姫様が立ち入りそうなところをくまなく探したのでございます。けれども生き物の気配がございませんでした」

 ミリー、あなたって本当によく気が利くメイドなのね!仔犬の存在を推理して、その安否まで気にかけてくれるなんて。わたくし、心から感心いたしましたわ。

 探して何も出て来ないのは致し方ありませんわ。水滴さんはわたくしと一緒にいたのですから。ミリーのせいではありませんのよ。

「この量を姫様がお一人で召し上がるとは思えませんし、なにより一緒にスープ皿を用意する理由がなくなりますし」

 ミリーはわずかに眉を寄せ、思案している様子でしたが、思いきったように言いました。

「メイドの分際で不調法とは存じますが、わたくし気になります!」

 どういたしましょう?

 ミリーはメイドとしての行状には特に問題ありません。というよりとっても有能なメイドです。

 ここで水滴さんについて話してしまった場合、口止めしておけば軽々しく周囲にふれて回ることはないかもしれませんわね。これからもミルクの用意をお願いするつもりですし、不信感をもたれたままではこじれるかもしれません。

 水滴さんのことはまだよく判っていないことばかりで、手がかりと思われた王国図書館へも当面は行けないのですから、ここで方針の相談が出来る協力者が得られたなら調べものが捗るのでは?

「ミリー、察しの通りわたくし秘密にしていることがありますわ。時期が来るまでお父様にもお母様にも、カレンや城の皆や今は不在ですけれどお兄様にも秘密ですわ。その秘密を知ってしまったら、わたくしが良いと思うまで誰にも秘密にしてもらいますけれど、それでも知りたい?」

 ミリーは迷っています。

「それは、領主様やメイド長から問い質されても言ってはならないのでございましょうか?」

 そこは確かに難しいところですわね。お父様に聞かれて知らないと答えたり嘘を言えば、大きな罪に問われてしまうかも知れません。

 水滴さんのことを秘密にするのは皆を驚かせたいという些細ないたずら心からのものですから、そんなことでミリーが罰せられるなどというのはとんでもないことです。絶対に避けなくてはなりません。

「そうね、もし聞かれたらわたくしに秘密にするよう命じられているということは答えていいことにしましょう。さらに詳しく聞かれたなら、わたくしが答えますわ」

 お父様もお母様もカレンも、わたくしが秘密にしたいことを強引に聞き出そうとはしないはずです。問題を起こさない限り、という条件付きですけれど。

 わたくし、何も問題を起こすつもりはありませんから、秘密は守られます。ええ、一分の隙もない理論展開です。完璧ですわ!

(アナスタシアはアルフレート殿下が好きすぎて暴走します。メイドのミリーが再登場です。ミリーはカレンのことを完璧なメイド長として尊敬しています。カレンのほうもミリーを有能な部下として信頼しています。カレンの意外なぽんこつさ、ミリーの立場をも無視する好奇心の強さについて、お互いは気付かずにいます)

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